第305話 √a-5 彼女は彼に気付かれない
テキトーな感じに
聞き間違えでなければ会長は今日の議題に体育祭のサプライズイベントを決めるって……まさか、そんな。
いや、もしかして会長なら有り得ないことも……ない!
「サプライズ……ああ、インド料理に欠かせないご飯と香辛料の融合した――」
「サフランライスじゃないよ。文字数も何もかもが違うよ」
「サプライズ……ああ、授業や職務を放棄して――」
「それはサボタージュだと思うけど……もはや原型ないよね」
「サプライズ……ああ、朝日のことですね」
「それはサンライズだよ。サンセットでもないよ!」
「サプライズ……ああ、いい値段ですね」
「グッドプライスだよね、せめて前に付けるのは止めようよ!」
「サプライズ……ああ、驚きとか不意打ちを――それは違った」
「間違ってないよ! 間違ってないってば! ねえ間違ってないよ!」
「サランラップ……ああ、料理を包んだりする」
「ものだよねえ! 分かってるよ! そんなことよりもいつまで程度の低い言葉遊びを続けなくちゃいけないのかな!?」
程度の低いと聞いてムッっとする。
「会長っ!」
「な、なに?」
「この言葉遊びは程度が低いんじゃない……映像化したら凄まじいほどのグダグダ感を生みだす、最低最悪の尺稼ぎだ!」
「余計悪化してるよ! もはや誰も得しない割に時間だけを無意味に費やす結果になるよ!」
「っはぁ……会長ぉ、帰って良いですか?」
「散々荒らした上に今は気ダルそうにそんなことを言うんだ! ひどい、さすがゆとり教育の弊害ね!」
ええと、なぜかユウジがボケに回り始めたのでナレーション代行のナレーターです。
生徒会の長を務める彼女こと葉桜アスカはユウジとコントのような会話を展開していた。
それも通常なら立ち位置が逆の二人が入れ替わっての大乱戦となっているので、なんともカオス。
他の生徒会役員はその公開を呆然と見ていたが、そこですっと福島コナツは手を挙げて言った。
「……いや会長、ゆとり教育以前にユウジは人間性だと思うぜ」
「ふふ、でもシモノは出れないよ……こんなこともあろうかとこの教室のドアにはオートロック機能が仕掛けてあるのだ! はっはっはっ」
悪役張りの台詞なのに、彼女が言うと何故か可愛らしいのであった。
それを聞いて会長の二十面相を楽しげに傍観していた生徒会書記こと紅チサが顔を上げて。
「アスちゃん、もしかして生徒会予算がゴッソリ減っていたのは――」
「ふえ? それはお菓子だよ?」
その返答に「さすがアスちゃん、抜け目がないわね!」と意味のわからないところで感心する頭の切れそうな書記。
一方ではユウジとだけは視線を合わせようとせずにしているどこぞの国からやってきた転入生ことオルリス=クランナはどこにでも売っていそうなメモ帳に流暢な日本語で何かを書き取って行く。
「なるほど、日本の生徒会室にはオートロック機能が常設されているのですね……なるほど」
「クランナもそんなものメモしないでいーから!」
すかさずコナツがツッコミをいれるものの、もはや無法地帯だ。
一時休戦かユウジは席に座りなおしてユイと会話し始め「今期のアニメお勧めはなんかある?」「セイクリとかどう?」「あれか、少し古臭いけど――」
会長と書記はというと「でもアスちゃん、勝手にそんなことしちゃ駄目でしょ?」「で、でも坂本が」「……微妙なネタで返すのね。とにかく、アスちゃん。めっ」
コナツとクランナは「日本は面白い国ですね」「この生徒会が(無意味に)面白いだけだと思うぞ」「そういえばツッコミは”なんでやん”がデフォルトなのですよね?」「いや、それだけじゃあないだろう」
そんな中ではっと気付いた会長は即座に席を立って叫んだ。
「みんな! 議題あげたんだから議論しようよ!」
そのことについてはコナツを筆頭に、
「いやー、アタシは議論よりもヴァ○ガードの方がやりたいぜ」
「某はヴァ○スやりたいです」
「俺は帰りたい」
「アスちゃんを愛でたい」
「議論と言うのは野次を飛ばすものでよろしいのでしたっけ?」
好き勝手だった。それに業を煮やした会長は某生徒会よりも手際よく議論を開始するべく動いた。
「らちがあかないから、はいシモノ!」
「お、俺ですか? そうですね」
ユウジは少しの間考えた後に、これは妙案だと言わんばかりドヤ顔で。
「実は体育祭は無かったのだ」
「「サプライズ過ぎるわ!」」
口ぐちに無駄話をしていた生徒会役員が一斉に突っ込んだ。イマイチキャラが立ってないオルリスでさも。
「散々練習した後に当日になって中止……暴動が起きるわね」
書記がこの学校が去年も経験した通りにお祭り気質であることを思い浮かべて冷静に意を述べる。
「それを知っているアタシ達はどんな心境でリハーサルに躍起になる生徒を見るんだろうな……」
「そこまでの意外性はスパイスどころか毒だよ!」
「……流石セクハラ男です」
「セクハラは関係ないだろごめんなさい」
「「流れるような土下座!?」」
ユウジはそれに反応したかと思えば流れるような仕草で無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きで正座を決めた後に深々と頭を下げた。
「いえ、あの……そ、そういう過剰反応も嫌いですわっ!」
ちなみに転校生ことオルリスは怒ったり興奮したりすると口癖が「~ですわ」になるようです。
「ユウジかっけーっんすよ、某は感服しました」
「男らしく潔い土下座だな……気に入った!」
「……踏んでいいのかしら」
「会議が進まないじゃないのよ!」
今日もグダグダと続くようです。
* *
少し時間を遡りましょう。そうですね、一か月ほどで良いでしょう。
そこは暗い部屋。パソコンの液晶の灯りだけが燦々と光るだけの暗に満ちた空間。
そんなパソコンを呆然と画面の中の彼女を見つめている者が居た。
「え、えと……あれ? ”アーデイ”はパソコンにはデータなんて入ってないはずで、画像だって持ってないはずなのに……あれ?」
『はい、本来なら私はここにいないはずなのです』
そう語るのはおそらくユウジと関わりが有り、助言と助力をした女性。
深い色合いなのに鮮やかな緑色の前髪を隠すほどの長髪と、
「それにその制服……」
『着てみました』
藍浜高校の指定の制服。学年色はユウジと同じ赤色。
『それでお話したいことがあるのです――変わった世界と、あなたのお兄さんである下之ユウジについて』
「ユウ兄が!?」
その一つの単語に聴き入るようにして画面に顔を近づける。
それはユウジのたった一人の実の妹であり、少し前までは一般人に過ぎなかった少女。
――今では動く世界の中心の一つだ。