第302話 √a-2 彼女は彼に気付かれない
\大した力もねえのに複雑なもの書けるわけねえだろ/ \大人しくクソみたいなコメディ書いてろよ/
あー、下之ユウジだ。
時は平成、二千と十の年。港こそ無いがそれなりの海水浴の場になる海岸が面し、海から回れ右してを目を向ければ山が壁のようにそびえている。
そんな町の唯一無二の高等学校に通うのが、本業学生遊びは二の次な晴れて藍浜高校の高校生としての春を迎えた俺。
エスカレーター式よろしくに同じくこの町唯一無二の中等学校”藍浜中学”とはまったくもって変わり映えのしない面子のまま進学した上に、クラスメイトもほぼそのまま水平移動だった。
オタク女とオカルト男、学園ヒロインな幼馴染にプラスアルファで俺な”いつものメンバー”は今日も喧騒に塗れるマイクラスこと一年の二組の教室でトークをしている。
「ね、ユウジ」
「ん?」
「そういえばホニちゃんはどうなったの?」
ユキがそんなこと聞いて来て「ふむ気になるぜぇ」「ユウジ、詳しく」と同居しているはずのオタク女と春に肝試しという正気を疑うイベントを企画した当人のマサヒロも血走った目で身を乗り出して俺の答えを待つ。
「ホニさん? いやー、とりあえず肝試しやった日に来てからは家事を手伝って貰ったりとか、か?」
「そーなんだー」
実際そんなところで、特に変わったことはない。
ホニさんの家事を覚えるスピードが早くて驚いたものだ。姉貴も関心していたように思える。
そうそう、今取り巻く環境を言い忘れていた――
この世界はゲームとリアルのハイブリッドだ。
どういうことかと聞かれると「ゲームのキャラや設定を現実世界に生かし、現実を壊さずにスライドさせた形」と答えるしかない。
そう、両方がある種共存している世界なのだ。
ちなみにゲームは美少女シミュレーションゲームとも言われる、いわゆるギャルゲーの類で、俺は春休みの最中なんとなくに立ちよったゲームショップで吊るされていた中古ソフトを購入した。
その中古ソフトは「Ruriiro Days ~キャベツとヤシガニ~」というタイトルがら分かる人が見なくてもカオスで地雷臭が漂っている。
そしてそれは巷では王道を期待したファンからはブーイングの荒らしが巻き起こり、捻くれた方々では「絵だけ」のクソゲーとして騒がしていた。
しかし表紙買いをしがちな俺はそのパッケージに描かれた女の子が可愛くて仕方なく、つい手が伸びレジへと運んでいた。
家に帰って説明書に書かれた要求スペックの高さにげんなりしつつもディスクを入れて起動しようとしたところ――
ゲームは起動することなく、俺のいる世界が変貌をとげた。
画面上にいるはずの可愛らしいヒロインが現実に現れ、現に俺の幼馴染としている光景。
更には妹となっている桐もゲームのヒロインの一人で、他にも大勢ゲームから現れたヒロインが存在するという。
それが春休みの肝試しで出会った――ホニさんもその一人だ。可愛らしい外見と裏腹に幾年も過ごしている「神様」だ。
もちろんその愛くるしさからは想像もつかない時間を過ごして来たのだろう……俺はそれを嘘とは受け取らず真剣に考えて接している。
――彼女はその同じ容姿の女の子と並んでも、全く別の貫禄のようなオーラとようなものを全身に纏っている、とても可愛いのだけど。
そんなホニさんと肝試しの最中出会って、行くあてがないので俺たちの家で預かることにした――はぁ、可愛いなあ。
そしてユキとの双璧をなすほどの人気を誇る学園ヒロインとして「姫城舞」が何故か同じクラスにおり、その洗練されたスタイルの良さと大人びた雰囲気にどうにも現実にはいないであろう華やかさも感じる。
推測の域を出ないが彼女もゲームのヒロインであろう。
今のところは接触する機会はなく、声も聞けずじまいだが……どうにも俺は彼女の視線を感じて仕方ないのだ。
それを嬉しく思ってしまうのは早計で、浮かれたピエロになりかねない。
と、いうことで俺は何もアクションを起こすことはない。今まで通り、ユキこそいるが違和感のないその日常を過ごしている。
* *
どういうことじゃ……!?
「時系列が混在しておるっ」
本来ならばホニとの遭遇は少しのラグさえあれど四月の下旬のはず、それが春休み中。
それも三月の末に肝試しが行われてことになっておる。
他に目立つことはないものの、その一要素だけども大きく変わってしまっておるのじゃ。
それにわしの”ダ・カーポ”にやり直し。確認を取ったが、やはりこちらのヒロインではわしとホニ以外は覚えておらず、ユウジもその件は一切覚えていなかった――[ユキ事故]回避後のシナリオまでのことも、からのことも。
「やはり新しい”プレイヤー”が現れたせいなのじゃろうか」
根拠はないが、あの事象はあまりに異質すぎた。
[この世界]全てに作用しているはずの[人物設定]があの女には作用していなかった。
「わしが妹である設定が消失しておる……」
あの女だけ――いや、下之美優こと下之家次女のみで。
それに警戒心を持ったミユからは不可思議な電波を辿って向かったミユの籠る部屋からは追い出され、締めだされてしまった。
壁を通り抜けることは容易……な、はずじゃが。あの部屋には色々とそのような能力防止のプロテクトのようなものがかかっておる。
わしの能力が通じない以上は、プレイヤーが何を起動し何が起こっているのかが確認出来ない。
「……様子見じゃな」
四月の二十一日には[ユキ事故死]のイベントが有り、それを抜けると[マイとの遭遇]があるはずじゃ。
もし一つ目のイベントが失敗したら、この変わった世界ではどうなるのか――未知数じゃな。
* *
「ここかっ!」
「ひっ……」
突然に開いた扉に私はつい振り返った。今の驚きの展開後にこんなハートブレイクなことをイタズラでも止めてほしい。
誰なんだろうと、と目を向けると――そこには知らない、女の子が立っている。
「だ、誰じゃ」
「お、お前こそ!」
口ではそう言い、脳内でもそう考えた。しかし私は思いだす――その女の子を、私は妹としていたこと。
下之家の妹で三女だったこと。しかしその”事実”が今では”虚実”へと擦り変わるようになった。
うっすらとした思い出も作られたもの、この女の子は赤の他人。それらの齟齬がせめぎ合いを始める。
どうなっているの、と。
なぜ私はこの子の正体に気付けなかったの、と。
この子は妹じゃない。
「――何をいってるの? 私は下之桐でユウジおにいちゃんの妹さんだよ?」
記憶のこの子はそれで、でも実際はさっきの喋り方で。
「違う……あなたは私の妹なんかじゃない、それに」
私はその子の言う”ユウ兄の妹”という事実が気になった。そして私は――
「ユウ兄の妹は私一人」
何か抗うように、対するように。私は言った。
「妹……じゃと!?」
その子は表情を似合わなくゆがめる。年不相応な、切羽詰まったような顔。
「そんなこと一度も――」
それを言いかけたその子の前の扉を私は締めた。
…………押し寄せる事実に頭がおかしくなりそうで、色々と整理したい。
「(なんなのよ……)」
私は気分を落ちつけるようにして、後ろから聞こえるあの子の声を遮るようにヘッドホンを耳に当てた。
その瞬間に、検索画面の立ちあがったままで動画も音楽も付けてない聞こえるはずのないヘッドホンから――
『こんにちは』
耳元でそんな声が聞こえた。突然のことにヘッドホンを投げて辺りを見渡すも先程までいたあの子もいなくなったか静かで、聞こえたはずの声の主は存在していなかった。
気のせいだと勝手に解釈して、俯いたまままたヘッドホンを付ける。
『聞こえていますか?』
……ヘッドホンからの声の主だった。しかしそんな機能立ちあげていないはずで――
『下之美優さん』
突然に自分の名前が呼ばれて驚く、何が起こって、なにがどうして。
あの子のこととこれらの不可解な事象が混ざり合ってわけがわからなくなってくる。
それでもなぜかヘッドホンを外すことは出来ず、ヘッドホンを通しているにしては透き通る両耳にその声は響き続けてくる。
『あなたのゲームが現実に投影されました――』
私のゲーム? それってもしかして。
『”はーとふる☆でいずっ!”の世界は無事この現実へと投影されました』
ゲームが現実?
『はい――これよりこの世界は、ゲームとリアルのハイブリッド世界になったのですよ』
わけがわからない。俯いた顔を上げて、画面を覗きこむと。
『申し遅れました……私はあなたを援護するサポートプログラムの”ユミジ”です』
その名前に、目の前にある容姿に私は固まった。
その容姿は――画面の中で踊るようにして存在していて。時折みていた藍浜高校で使っているであろうセーラー制服に表情を隠すほどの前髪を持つ深緑色の長髪。
そして名前は――