第299話 √α-5 [loading error]
夕食を終えてミナのやっぱり美味しい料理を御馳走になると家族全員がそれぞれ別々の動きを始める。
ミナが皿を洗い始めるとユウジさんがすすすと手伝いに行き、ユイと桐はすぐさま自分の部屋に戻る。
ミナも遠慮せずに「じゃあお願いね」とユウジさんにお願いして「あいよ」と答える。ユウジさんは優しいなあ。
我はその光景をぼーっと眺めていた。やっぱりにこの場所に戻って来れたんだなあ、と改めて思う。
少しして部屋に戻り自室に備え付けられたビデオデッキの電源を入れて、予め録画しておいた昼ドラを見る。
夜に見たら夜ドラと言われそうだけども、内容は昼ドラなのでいい! 夜ドラとはまた違った刺々しさと真実味を帯びた展開が我は好きだ。
……というのは建前で、どちらかというと奥様方で繰り広げられるシュラバが少し楽しみだったりするのだけど。
しばらくそれを堪能すると我はただなんとなく喉が渇いたので、お茶を飲みに部屋を出た。
未だかつてほど馴染めていない(と思われている)我は一応許しを貰うことにする。
「お茶貰うねー」
「うんー」
一つ返事でキッチンで調理器具の整理をしているミナからの返事を貰って冷蔵庫の扉を開けた。
「あれ?」
冷蔵庫というのは不思議なもので、電気を通すことで冷えるという現代が生み出したスゴイ箱だ。
知った当初はかなりに驚いて、開けたり閉じたりして中の灯りが点いたり消えたりするのを隙間から眺めたりもした。
今では慣れたもので、食品の”おそらく置かれる場所”をおおかた理解していたりする。
「お姉さん、これって?」
我がそう指したのは今日の夕食だった野菜炒めと焼き銀鮭が載った平皿にご飯などなどがラップが張られて冷蔵庫に入っていた。
「ああ……これはね、いつも体に悪いもので済ませるからたまには食べなさいってね」
「……?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
さも平然とさも当然のように。
「妹の分」
そう言った。
「い、妹? 桐は……さっき食べたよね」
確かに食卓に居てしっかりと平らげていた。まさか桐が夕食を二度食べるほどの大食らいでもないと思うのだけど。
「桐じゃなくてね。そうだよねー……うーん、あの子は殆ど外に出ないから」
「桐じゃなくて、外? ん? あれー?」
「一から話した方がいいかも……ちょっとこっちに来て」
「う、うん」
* *
「ふいっーと」
俺は食後、姉貴の皿拭きを手伝って終えたところだ。
姉貴は「ちょっと鍋とか見たいからもう少しここにいるね、ありがとねユウくん」と言って姉貴をキッチンに残し。
トイレに少しばかり籠っていた。とりあえず部屋に戻って少しぐらい勉強しておこうかなと、思った矢先。
『ピンポーン』
インターホンが鳴った。ちなみに夕食を終えたのが七時半ごろ、それから皿拭きを手伝って八時数分前。
それで今は八時を回ったところだろう。
「俺が出るよー」
「あっ、ユウくんおねがーい」
不用心にも思われがちだが印鑑は玄関のすぐ近くの靴箱の上に置かれているのですぐさまそれを手にとって。
「はいはーい」
『こんばんはー、お届けものでーす』
陽気そうな兄さんが届け物であろう底面A2サイズほどのダンボールを持ってそう言った。
「あ、どーも」
『判子をコチラにお願いできますかー?』
ぐいとダンボールの上に張り付いた紙の一部分を指してそう促し、俺は判子ケースを開けて朱肉に印鑑を付けて。
「ここ、ですね……はい」
『ありやとやしたー』
といって早々に去っていった。
「アマ●ンの商品は分かりやすいなー」
見慣れたものだ。注文者の名前欄を見て――
「ああ、アイツのか」
そう呟き俺は階段を上がる。俺の部屋に行く為でなくアイツへの部屋前に持っていくが為に。
俺は廊下を進んで進んで、突き当たった壁を左に曲がり、そして突き当たった部屋が見えてくる。
人通りなんぞ殆どないはずなのに廊下に少しも埃が積もっていないのは姉貴の掃除の賜物だろう。
そしてその部屋の扉を俺はノックした。
「ミユ、ここに置いておくぞ」
思いのほか軽いそれを床に下ろして立ち去ろうとしたその時。俺の背後でぎぎと音をたてて扉が開く音がした。
俺はそれに何気なく振り向いて、そしてそこに現れた者を見た。
「…………おはよう、か?」
「…………」
「一年振りだっけか、顔を合わせるのは」
「…………」
「まあ、置いておくからな――」
その者は――俺は彼女をアイツと呼び、そして名前を呼ぶときはミユと呼ぶ。
そう、彼女はたった一人の俺の本当の妹だ。
同じ年で、生まれる月が俺の方が少し早いだけの兄で、少し遅かっただけの妹。
長く前髪で顔を隠すほどに伸び切った黒髪はかなりに痛んでいた。
身長も少し伸びたが体格は相変わらずに細い。それでも土色になりかける肌は健康的とは言えないものだった。
――俺はそれをたった一会話しただけで読みとる。そしてその間アイツは髪の隙間からじっと俺を見つめていた。
何も返さないことを理解した俺は立ち去った。もちろんアイツも引きとめることなど一切なく。後ろからは扉が閉まる音が聞こえた。