第295話 √α-1 [loading error]
休んでました! 今日からじわじわ復活ですー
眠ってからどれぐらい経つだろう。
我の幾年と比べれば、些細な刻に過ぎない。それでも一度慣れてしまった”人の温もり”がとても恋しい。
そして広がっていた真っ暗の世界は突然に明るく姿を変えた。
「……………あっ」
目の前の光景が一瞬にして変化し、見渡すまでもなくその見える景色はあまりにも見慣れた場所だった。
我が長く過ごし、言い方を変えれば延々に続く間に囚われていた。その特徴的な場所。
「神石……だよね?」
独りごちに呟くけども、聞く人は誰もいない。
「っ!」
我は改めて記憶を巡らせる。この光景は何時頃のものだったか、そして我はあの深緑色の髪を持つ女性の言うとおりに記憶を持っているのか。
「我はここであの子に会って」
そしてユウジさんと出会って。
「ユウジさん達と過ごして」
戦いが起る中でユウジさんに守られて。
「学校に行って」
楽しい日々を過ごして。
「夏を迎えて」
ユウジさんのことが……。
「好きだと気付いた……ぁ」
あ、あれ……急に恥ずかしくなってきた。
でもこの感情が、気持ちがあるってことは。我は記憶を思い出を残せたってことだよね?
「告白をしてもらって、ユウジさんにされて。最後の日には想いを告げて」
そうして我は女性に教えてもらった真実と、今までのことを覚えて。
「ここに居る」
……石から見える桃色の花が少しずつ芽吹き始めた町の景色を見渡す限りで、かれんだーに書かれた数字だと春の四月辺りかな?
予測していると新聞紙が風に乗って飛んでくる。
「”二〇一〇年三月二十日”」
新聞紙は今飛ばされてきたようにそれほど古びていない。この日付よりは今は後ということになる。
あの子は我と出会ったのが三月の初旬だと言っていた。そして知った。
「じゃあこの体は……」
あの子――時ヨーコのもの。
自分の手のひらを見つめて、制服を撫でまわすように触って、ようやくあの子の体だと確信する。
そういえばあの子はどうしているのだろう? 我が離れたことで本来のあの子に戻ったはずなのだけど、時が繰り返されているとしたら。
「えーと、ヨーコ?」
『………………』
確かに我の中にはいるものの、返答はなかった。
半ば強制的に我が割り込んでるいつのもあるのかな?
思い出せばこの時期にはヨーコとの意思疎通は出来なかったようにも思える。
「じゃあ覚えてないと考えていいみたいだね……」
……ユウジさんには殆ど秘密の会話を二人してたりしたんだけどなあ。
「一人……だね」
恋しくはあったけども、それでも我は耐えられていた。
今はとてつもなく寂しくて、すぐにでもユウジさんの顔が見たいという気持ちが溢れてくる。
「ユウジさん……」
顔を見て、きっと一緒に住むことが出来て。それでも隣を歩くことしか出来ないんだよね。
『――言っておきましょう、でも同じ物語は繰り返されることはないのです。あなたがヒロインになれることはもうないのです。それでもこの思い出を持ったままでいいのですか?』
彼女の言っていたことを思い出した。
昼ドラでやってたね”叶わない恋”って、ドラマの恋する女性の気持ちはこんな……こんな。
胸が痛いものなのだろうか。
「……でも後悔してないよ」
叶わない恋だとしても、叶った恋のことを我は覚えてる。
その思い出を残せているだけで、我はとても幸せだった。
「……よしっ!」
いつまでも考えていても仕方ないよね! ユウジさんとはもうすぐ会えるんだから!
うんっ、それまでは以前と同じように普通に過ごそう!
「ユウジさんなら来てくれる」
そう信じて。我の好物のお揚げを持ってきてくれて、この我に気付いてくれることを。
……でも色々なことを覚えてるせいでユウジさんを見たら取り繕えるか不安になってきたよ。
顔を見た途端に心臓の動きが早くなって普通に喋れるか……どうだろう?
うん……少し演技を上手にしておこう。
* *
あれから数週間、桜が咲き始めたようで見渡せる景色には桃色の花を咲かせる風景が見える。
もう少しでユウジさんと会えるんだ。もう少しで――そう思った時に。
「!?」
何か頭にズシンとした衝撃があった。
痛みではなく抑えつけられるような違和感。そして見渡す景色にも。
「あ……あれ?」
色が変わってしまった違和感。
桜の風がさっきまで吹いてたはずなのに、突然になくなった……?
見渡す景色もまだ満開を迎えていない桃色が急激に減った。
「……」
新聞が飛んでくる。そして日付は――三月二十日。
「え、ええと?」
おかしいな。その日どころかもう数週間は経っているはずなのに。
でも景色は我が表れた直後に――
「まさか」
巻き戻って……?
* *
「また……だ」
これで五度目だった。
時が戻ってしまう。我の過ごした時が巻き戻って、一向に前へと進まない。
日付では数週間しか経っていなくても、我にしてみれば何ヶ月も過ごしていることになる。
「あの女性が言ったのはそういう訳だったんだ……」
我に改めて意思を問いたのはそういうことだったんだね。
『それはそうですよ。あなたの物語は何度も繰り返されてきたのですから』
それは我の物語だけではないのかもしれない、他の人の物語も繰り返されてきた。
記憶が残ることで何度もおなじことを繰り返してしまうから。だから彼女は言ったのだろう。
「……負けないよ」
寂しいけれど、切ないけれど。大丈夫。
これ以上我は臆病にならない、信じ続ける!
* *
七度目を迎えた世界は前へと進んだ。
そして待ち望んだ時が訪れた――
「まぁいいや、早く貢物置いておこう」
「そうだぬ、このウル●ラジャンプも置いておこう」
あ、あ、ああ……ああ……来た。ユウジさん来た!
あああああああああああああああああ、えええええええええええええと! 普通に至って普通に! えーとこの時我はこう言ったはずなんだ、うんうん!
ユウジさんがマサヒロの準備した箱の上にたっぱーに入ったお揚げを置いて、それでそれで――
「あ、好物のお揚げでゃ」
噛んじゃった! ああ噛んじゃった!
ど、どうしよう!? ちゃんと聞こえてるかな、ちゃんと聞こえてるかなあ!?
「……今何か聞こえたような」
「確かになんとも可愛らしいオニャノコの声が聞こえたじゃけえ」
聞こえた! 聞こえたんだ!
「あ、聞こえてた? うん、我は我だよっ! じゃあそっちに行くねー!」
少し力を抜いて、声が聞こえたならユウジさんは我が見えるはず。
「来るの!? って、うわ――」
我が現れようとして足元の石が光を増す。これが石から我が離れられる瞬間なのかもしれない。
そして体が羽のように軽くなって、そして――
「よっこいしょー……ぁあ」
そこにはユウジさんの少し呆気に取られたような顔があった。
我はその次の言う言葉を覚えていた。それでも、我は思わず声を漏らしてしまった。
「やっと……やっと会えたよ」
「え、えと?」
我の発言に困ったように首を傾げるユウジさん――
いけないいけない。嬉しくて涙が出そうになるよ……でもこらえて、ユウジさんが変に思っちゃ駄目だから。
「ああああ! ええと――なんで我の好物を知ってるの?」
我はそうしてユウジさんとまた出会う事が出来た。
大好きなユウジさんの顔をまた見ることが出来て――心の底から嬉しい。