第290話 √2-95 G.O.D.
またしても死亡につき即スミマセンー
アト4
「なあ、お前さ」
「ヨーコ」
「……ヨーコの出てくる頻度増えてないか?」
ヨーコと呼ばれる者はいつも通りならばホニさんと呼んでいた容姿そのものだった。
しかし今は、この夜は違う。彼女はホニさんでなく、紛れもない時ヨーコなのだ。
「みたいだね、それにホニさんは早寝とはいえ起きる時間が早くなってる」
俺は手頃な時計を見つめて、その意味を改めて再確認する。
「……日に日に出てくるのが早くなってるな」
「そゆこと。それがどんな意味を持ってるか下之ユウジは分かる?」
隣に居るのはホニさんの声で喋るまったくの別人。
その別人が本来の性格で、そもそもの体の持ち主。
「……何か変化が起こってるんだろうな」
「変化って言っても、今までにはこんなことなかったよね?」
彼女が現れることは今まで無かった。それも俺が告白のようなものをした時までは。
それからこうして彼女がこうして夜中に俺の部屋を訪ねてくるのだ。
もちろんホニさんにはその間の記憶が無いらしく、俺の部屋に夜分来ている自覚は無かった。
そして何をするかと思えば、こうして二人でベッドに腰かけて窓から覗く月灯りを眺める。
「てか、ヨーコはなんで俺の部屋に来るんだ?」
「そりゃさ、色々話したいこともあるんだよ」
そして毎回話をしようと持ちかけ、俺のことを話させるのだ。
ホニさんが知っていることは知ってるから、それ以外で――と言って脳内でシチューエーションを選択しつつも話していく。
「へー、巳原ユイと知り合ったのって最近なんだ」
「まあな、それまではお互い気付かなかった。それが去年突然にな」
こういうことは実は殆ど他の人には話していない。姉貴にも桐には……読まれている気がするが。
「巳原ユイと出会ったからオタク臭くなったんだっけ」
「オタ臭い言うな……まあ否定はしない」
沈んだ俺の心にその新たに見出した娯楽は輝いてみえた。一時逃避先であったことも認めざるをえない。だが、今では――
「後悔はしてない」
それで彼女たちと出会えたのだから。オタクになれたことでゲームショップで何気なく中古のギャルゲーを手にとってレジに運んで、家に帰ってゲームを起動した。
「……ふーんそっか、まあ私は聞いてるだけチンプンカンプンだけど――楽しそうだから別に悪いとは思わないよ」
「どうも」
こんなノリの話しを淡々と俺から一方的に話して相槌を打つのだ。
ホニさんとはまた違く、ユイともユキとも姫城さんともまた違った――なんだろうか。
年下のはずなのに、同級生のような。話していて楽しい友達のような。
「それが勇者紛いに戦ってるんだよね……ギャップ狙ってる?」
「いやいやいや、勇者なんかじゃねえ。ただ一人の人と皆の居る日常を守りたかっただけだ」
「――思ってるか分かんないけど、クサいよ?」
「……残念なことに自覚してますよ、はい」
分かっている。それが傍から聴いていたら嘲笑されるような中学生の妄想のようなものだと。
それでも俺はその決意を持って戦い抗ってきた。
「まあ、結局は守りきったからよしとしよう」
「……お前は一体何なんだ、少し年上を敬えよ」
「一気にジジ臭くなったね」
「俺はどれだけ臭いんだよ!?」
あれか、あらゆる臭いをだしてるのか。凄い、想像しようとするところですげえ気持ち悪い。
「クサいクサい! クサすぎてさ、傍観者だった私も――」
「……ん、何か言ったか?」
「なんでもないー、まあ少し話しに緊張をプラスしますよっと」
「…………おう」
今までどことなく微笑んでいた彼女の顔が引き締まったのを見計らって、俺も構える。
「私はさ、ずっと籠ってたんだよ。現実が嫌いだから居ても何の意味も無いから、だからさ私はのたれ死んでも良かったんだよ――言ったよね?」
「……ああ」
「でも最近になって弾きだされたんだ、この外に。今まで私は傍観者で、ホニさんが見る世界をただ無言で眺めるだけだったのに、ホニさんが下之ユウジの想いを聞けたことで――突然にね」
俺の想い、というところを強調して彼女は言った。
「ホニさんはたまに話かけてくるんだ。面と向かって会う事はできないけど、言葉は交わすことが出来るから――それでホニさんは言ったんだ。どうして我はまだここに居るんだろうって、戦いが終わった直後にさ」
「…………」
「私は答えたよ。ホニさんは幽霊で神様なんだよね、と逆に問いかけたんだ。そしたら、そうだよって――じゃあ、きっとそれは」
そして彼女はベッドを立ち上がり俺の目の前に月灯りを遮るように立つようにして、口を開いた。
「未練があるから。色々なことを知ることでも、お揚げ入りうどんを食べることでも、沢山の人と話せることでもない。まず最初にあって一番大切な――ある一つの思いのこと、がね?」
十一月三日
「ユウジさんユウジさん、こんな感じでいいかな?」
「ペロ……これは青酸カリッ……!」
「えええええええええええ、それは死んじゃうよ! ユウジさんだけでなく食べた全員が死んじゃうよ!」
「冗談冗談、実に美味しいですぞ」
「も、もうおどかさないでよ……そっかぁ、良かった」
そうふと胸を撫で下ろす制服にエプロン姿のホニさん可愛いなあ。
なんというかその生活感あふれる姿が、なんとも言えない気持ちになる。
「ホニさんの格好って幼な妻みたいだよな」
「ユ、ユウジさん! つ、妻ってっ!?」
そうして顔を赤くしてむーと唸りながら俯く……悶えていいですか?
「なにおうっ! ユウくんの妻になるのはこのお姉ちゃんと相場決まってるんだよっ!」
「あ、姉貴っ!? 突然に出てくんな! 心停止するかと思ったぞ」
「妻と言う言葉が生徒会室に居たら聞こえて」
生徒会室ってここからどれだけ離れているだろうか、おそらく直線距離にしても五十メートルはくだらないはずなんだが。
「地獄耳とは到底言えない程に新人類並みに進化した聴覚もった超人間がここに!?」
「むー、失礼だなー。私はユウくん大好きなただのお姉ちゃんだよ☆」
「余計恐ろしいわ!」
…………生徒会室まで聞こえるってことはあくまでもギャグとしてもタイミングはバッチリなんだよな。
「まさか桐や他の誰かさんに続く”心詠”の保持者……ッ!?」
「ユウジさん、ココロヨミって何?」
「ホニさん……知って幸せになれないこともあるんだよ」
「え、そう言われると凄く気になる! でもじゃあユウジさんは今不幸せなの!?」
「まあ、俺はホニさんとカレーを作れたことでプラマイゼロさ」
「ユウジさん……」
「こらこらそこで夫婦漫才しないで、ユウジ」
二人で謎世界に入っていたところでユキの声に我へと返る。
「ユキ、そっちはどうだ? 出来たか?」
「話し逸らさないで……って言いたいとこだけど我慢する。一応出来たよー、中辛カレー」
「ち、中辛? ユウジさん”あの”辛さで中辛なのかな……本当にそうなのかな?」
「ホニさんの味覚はまったくもって正しいぞ……少なくとも俺は牛乳無しではやっていけなかった」
以前の試食会では少しは耐えられる俺でも小皿に別けられた分だけでも半リットルの紙パック牛乳を全て消費するハメになり、カレーの分量よりも牛乳のせいで腹が膨れてしまった。
ちなみにクラスメイトの大半がダウト。生き残った男子も戦い半ばで牛乳に頼って一部のみが完遂。唯一金沢さんが本を片手間に読みながらなにも助けを乞わずに完食して、ユキはかなり感動していた。
辛さの度合いで言えば深さ二十センチもない鍋にレッドペッパーを一瓶まるごと投入するほど。人振りでも一般基準で中辛から大辛にランクアップするというのに、それをである。
「ユ、ユウジそんな目でみないでよ……これでも抑えたんだから」
「でも売り出しで中辛はナシな、クラス一致団結で激辛カレーだからな」
「……分かったよ、仕方ない。皆食べられなかったもんね」
渋々納得して持ち場へと戻っていった。
ちなみに辛いだけかと言われればそうでなく、脂身のしつこくないがしっかりと肉や野菜のダシが染み出たカレーそのものはかなりに美味しいものであり。
男共は「篠文さんのカレーだと!?」と血相を変えて挑み「うめえ辛い、辛いィ! ウメエカレエ、うま……かれ」と美味しいのでスプーンが進んでしまう為に厄介だった。
ちなみに辛さ足さなかったら十分に美味しいカレーで通じるんじゃね? と女子の一人が提案した途端にユキが笑顔のままキレて辛さの良さを力説されたのでしょうがない。
「もう少しで開店だね、ユウジさん」
「そうだなー」
カレー立ち込める、かつての教室こと店内は。装飾部の努力によってエスニックテイストのシックでオシャレな空間へと様変わりしていた。
どこで持ってきたんだろうと思うべきテーブルは机をくっつけてカバーをかけたものだとはおそらくは気付かないことだろう。
生徒会と衛生調査部(仮)の検査も通った(ユキのカレーは一部難色を示したが、品質的な問題は無かった)
『これより”第七十三回藍浜高校祭”を開催します』
そのアナウンスに学校が沸き、そして最後のお祭りが始まった――
* *
我はあの子がどんな想いで我から見える景色を見ていたからを理解した。
「こう見えてたんだね」
ここから覗くユウジさんはやっぱり優しくて、魅力的で。一緒に居たいと思えた。
「あの子もきっと」
その魅力に気付いてくれている。
代わりになってほしいとは思わないけど、傍に居てくれる人が居るなら。
「我は安心出来る」
我の未練は、一つの思いを伝えること。
そしてユウジさんを悲しませないこと。誰かが傍に居てくれること。
だからきっと我はもう大丈夫。