第291話 √2-96 G.O.D.
6700文字を一時間と四十分で描き切った! おう、新記録!
アト3
「私が夜に出張る時間が増えたってことは、ホニさんの時間が削られてるってこと」
陽の元はホニさん、月の元はヨーコ。入れ替わるように、しかしホニさんはその事実に気付いていないという。
そしてヨーコは未練のせいでホニさんはここに居ると言った。
ホニさんの言うとおりなら、ホニさんは知る為に今の今まで居続けた。誰かと話したいという希望もあった――それが叶えられていて。
そして俺が一応の告白をして、ホニさんは自分が俺に好意を持っていると告白した。それからはどこかスッキリとしていて、本当にもう未練が何もないような空気を醸していた――今に思えばそう思う。
「お決まりだけどさ、私は分かったんだよ――未練を解消した後の幽霊は、どうなるか」
そもそも幽霊は何かの未練の為に現実に残り彷徨っている……良く聞く逸話だ。
真偽はどうであれ、それは幽霊という存在を見える見えないに限らず否定せずに認識している人の間では広く伝わっていること。
「居なくなるんだ。私からも、下之ユウジの前からも」
…………薄々俺は勘付いていた。
いくらなんでもここまで条件が揃えば、思わざるを得なかった。
でも俺はそれを信じたくなかったから……今の今までそれを否定してきたのだ。
それは事実に違いないことを、隣に居る俺は良く分かっている。
俺の告白でヨーコが出てきたのも未練が解消されたから――その未練は想いを受け取って、想いを伝えること。
そしてそれからは逆に巻かれたゼンマイの廻る速さがゆっくりと落ちて行くように、ホニさんで居られる時間は減って行った。
今でこそ昼夜で分かれているが、これからはどうなってしまうのか。
「でも私はさ……あのさ」
「…………」
彼女は突然に俯いて独り言のように喋り出す。
「ちなみに下之ユウジに言ってるんじゃなくて、私は私の中にいるホニさんに言いたいことがあるんだ」
しかし俺への言葉ではなく……それは――
「おい! ホニさんは今のこと聞けてるのか、だってホニさんは――」
覚えていない。このことを、ヨーコと話している間を覚えていない。
ヨーコはホニさんで居る時のことを覚えているのに…………っ。
「ホニさん、まさか」
俺は一瞬で血の気が引いた。
もし未練を引きずらない為に、俺に不安をかけないが為に――
嘘をついていたとしたら。
ホニさんは今までにもそんなことがあった。自分のことを嫌われたくない為の、俺にとっての優しい嘘。
ホニさんは身勝手と言うだろうが、俺のことを考えて意識してついてくれた優しい嘘。
それを今の今もついていたとしたら。
「ホニッ! お前はいいのか! 私の言葉で想いを伝えて、それで満足か! どうして私の力なんて借りたんだよ……どうして自分の言葉で言わなかったんだよッ!」
寝静まったその世界に怒鳴るホニさんの姿をしたヨーコは叫ぶ。
「私が言ったのはあくまで意思表明で……まさかあれっきりだとは思わなかった。いくら会話会話の合い間にそんなこと言っても――本当の告白にはなっていないんだよ! 分かるか、ホニッ!」
誰も呼ばない、呼んでいないホニさんを呼び捨てで彼女は吐き捨て怒る。
それは傍観者で、ずっと中から見ていた彼女だからこそ分かる心情を吐露していたのかもしれない。
「答えろっ、ホニ!」
――――訪れるは沈黙。声が掠れるまでの大声で叫んだのにも関わらず誰も起きて俺の部屋のドアを叩くことはなかった。
そして俺の部屋には目の端に少しの涙を浮かべて立ちつくす彼女の姿がそこにある。
「それで消えていって……本当にいいのかよ、ホニさん」
俺は何も言葉を発すことはできない。
理解していないが為でも、驚いているが為でもなく――俺にはどうすることもできなかった。
嘘を暴けるのは彼女自身だけ、ただ俺はそんな彼女を月夜を背景に見つめていた。
* *
「始まったね! ユウジさんっ!」
「おう、ワクワクすんな!」
教室に備え付けられた何台ものカセットコンロでカレー鍋を温めながら、始まった文化祭の客に備える。
「”給食カレー”に”野菜カレー”と”シーフードカレー”。少し色ものの”グリーンカレー”や”激辛カレー”に”和風カレー”の全六種のカレーを提供することになってんだよな」
正直どれだけメニューに気合が入っているんだと思う。それも料理好きな女子勢が前半三品を精をこめて作り、後半三品も癖こそあれど美味しくは出来上がった。
「てか俺たちのカレーを色モノに入れるのは違うだろ」
「ぬぬ、そのそば屋さんで食べるような鰹ダシベースのカレーはどちらかといえば異端かと思いますぞ」
「ユイィ、和風なめんなよ! 和風総○家が殴り込みに来るゴルァ」
「難しい的な意味でだぬ。そば屋ゆえにダシはしっかりと出来てナンボ、それをカレーに上手く合わせるのだから至難かと思うぞい」
「……そこんところはぬかりはねえぜ、なにせホニさんは和風料理を作らせたら右に出るもはいないと断言出来るっ!」
「ユ、ユウジさんそれは買被り過ぎだよ! ユウジさんの香辛料調合がなかったら、我はそうしようもなかったんだよ!」
「いやいやホニさんのしつこすぎず薄すぎずなあのダシは天下一品だった。まさに飲み干す一杯だね、あれは」
「ううんユウジさんこそ――」
「また始まったー……むう」
俺がホニさんと軽い口論をしていると、気付けばユキがジト目で俺とホニさんを凝視していた。
少し怖さを感じてしまうものの、俺は話題を切り出す。
「ユ、ユキどした? 激辛カレーは午後だろ?」
六種全てを一気に出しにする訳ではないく、午前の部こと一時までを三種。午後の部こと四時までに三種とちょうど二等分している。
ちなみに”和風カレー”は午前中でユキ担当の”激辛カレー”は午後のメニューである。
「そもそもなんで私のカレーは午前中じゃないのかな!」
「いやいや朝っぱらから辛いもの食べちゃまずいって」
確実に午後まで胃が壊れたままになりそうだ。
「失礼だなあ! ちゃんと手加減したんだから、ハチミツいれたよハチミツ!」
「……いやさ、ハチミツはアクセント程度で辛さが際立つ一方だから」
生徒会審査直前にハチミツを加えて更に深みが増したはいいが、更に辛さがひきたってしまった。
「だいぶ甘くなったはずなのに……」
「あ、あま……っ!?」
流石にヒロインさんでも言っていいことを悪いことがあると思うんですよ。
クラスと生徒会役員と衛星調査部の皆さんをバッタバッタとなぎ倒しておいてよく言えたものだ。
「少し様子見に来たの! (……午前の部だったら午後はユウジと回れたのに)」
「何か言ったか? 聞こえなかったんだが――」
「なんでもないよっ、じゃあ二人とも頑張ってね」
「「おう(うん)」」
そう言うとユキは去って行った。午後に訪れるここの客でユキには悪いが被害者が出ないことを祈る。
『和風カレー二つオーダー入りましたー』
「「はい」」
温めも兼ねて少し温めると、湯気立つ輝く白飯の上にカレーをのせてホール(インドっぽい手作り衣装を着た女子生徒)の人に手渡すと――
「美味しいといいだけど……」
「大丈夫だ。なにせ俺とホニさんの力作だからな!」
「うん……そうだねっ!」
そうして時間が過ぎて行き。午前の部は終わった。
「ユウジさんはやくはやく!」
「ち、ちょま……」
俺はホニさんに手を引かれながら人の喧騒の中を歩いていた。
午前の部ではナベが空になるほどに大盛況だった和風カレーは、午後の部を待たずして完売した。
店内の方から聞こえる声だと「美味しい」という声が度々聞こえ、ほっと俺とホニさんは二人胸を撫で下ろした。
そんな訳で持ち場が終わると共にフリータイムだ。
カレー係で付きっきりだったご褒美として午後は完全にフリーという決まり。
飾り付け担当はホールや宣伝係を命じられ、奔走しているが俺たちはのんびり文化祭を楽しむのだ。
「ホニさんはりきりすぎ」
「ごめんねー、でも我はすごい楽しみだったんだよ! このマナビヤのお祭りが!」
ホニさんの言う事はモットモで一か月前から「楽しみだなぁ」と悦に浸っている場面を何度も目撃しては「可愛いなあ」といって癒され眺めていたのは記憶に新しい。
「でもはぐれちゃだめだろっ、っと」
「わわっ」
俺は腕を掴まれていたのを離してホニさんの手を握る。
「これで、よし!」
「…………うんっ」
嬉しそうに頬を紅潮させるホニさんはあまりに可愛かった。そしてついに俺は――
「ホニさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
「うわわわわわわわわわわ、ななにごとなの!? ユウジさんっ」
ホニさんに抱きついた(抱きよせるという表現の方でも良し)
「ホニさんはほんんんんんっとに可愛いなあ」
「だーかーらー! 照れるから止めてって!」
バタバタと俺の腕の中で暴れる……と言っても体裁をとるようにそれほど強くはなく、だが。
「俺はホニさんと一緒に文化祭に参加できて、準備出来て、こうして回れるのが嬉しいんだよ」
「! わ、我も同じだよ……ユウジさんと」
人ごみの中で立ち止まって空間を作ってんじゃねえと言われようが、俺はこのホニさんとの時間が愛しかった。
「じゃ、行くか!」
「うんっ!」
二人るんるんと歩きだし、色々なクラスの出し物へと入ったり参加したりする。
「ユウジさんユウジさん! お化け屋敷だって、これはテ○サとか出てくるのかな」
「……うん、少し危ないからその辺はノーコメントで」
俺たちはそれほど恐怖体質でもないので、ただの暗闇デートだった。
少しホニさんが抱きついてくれたら当社三倍のテンションになりえたが流石にそれは――
「!?」
「だ、だめ……かな?」
ホニさんが俺の腕を抱きよせた。正直ホニさんの容姿以上にはある柔らかい部位が当たっているのだが……ここは男としての部分は少し堪える。
実際そんな青少年的好奇心や行動に出るよりも、俺はもっとそれ以上に純粋なことを考えていた。
「いや! 嬉しい、ホニさんに抱きつかれるなんて嬉しいぞぉ!」
「そ、そう? じゃあとりあえずこの中だけ……」
教室を迷路に魔改造しただけでそれほどの広さは無い。あっというまにその時間が終わり、名残惜しそうにホニさんは俺の腕を離そうとした――
「この中ってのは学校内ってことで」
「え……うんっ! ユウジさんがそう言ってくれるなら!」
抱きつかれながら歩くのはどこか恥ずかしくも有ったが、幸せの方が何倍も勝っていたので何も問題はなかった。
「写真屋さんって……グラビア撮影のことかな
「わーい、ホニさんは今日も絶好調だー……とりあえずそれは違うぞ、ホニさん」
その写真屋さんと言っても大そうなもので撮れるはずもなく、無駄に改造された三脚にインスタントカメラをくっつけて撮影――だと時間軸が完全に行方不明になるからそれは嘘として。
三脚付きのデジタル一眼で何種類か用意された衣装と背景で合わせて撮り、自前であろうカラープリントで即印刷という時代と言うのは流れるのがはやいなあと思わせる店だった。
「よし、いっちょ撮るか」
「うん、ユウジさんとツーショットだよっ!」
そこで適当に和装を選択した俺は浴衣に着替えた。女性の着付けは時間がかかるとのことで、十数分の後。
「……おおー」
俺はその姿をみて感嘆の声をあげる。
「やっぱホニさんに浴衣は似合うな」
「そういうユウジさんも似合ってるよ?」
赤のホニさんの浴衣と俺の青の浴衣は鏡で見ればかなりに鮮やかで見栄えが良かった。
『じゃあ行きますよー、はいとろけないチーズ』
…………撮る時の掛け声らしきものがの語呂の悪さは気になったが、俺は二人で写真を撮った。
『出来上がりましたよー、はいどぞー』
渡された写真は異様に出来が良く、たいそう驚いた。
「すげえ、なのこのプロ」
「すごいねー、写真って絵の上手い人が描きこんでるんだよね?」
…………これは可愛らしい解釈なので訂正はしない!
「いやー、イイ思い出になったわぁ」
「うんー」
二人写真を大切そうに袋にしまってポケットに入れると、もう一日目の文化祭の時間が差し迫っていることに気付く。
「そろそろ戻るか?」
「ユウジさん、ユウジさん」
「ん?」
俺の制服の裾をくいくい掴まれて、俺は振り向いて聞いた。
「今日は楽しかったよ。ありがとね、ユウジさん。我はこの思い出をずっと忘れないよ」
俺にも忘れられないような儚くも輝く笑顔でそう言った。
俺はそれに。
「俺も忘れない」
と笑顔で返す。
「じゃあクラスの皆が待ってるね、行こっか」
「おう」
そうして一日目の文化祭が終わる――二人デートをして時間がきて教室に戻って反省会と途中人気カレーの発表を行った。
優勝は愛坂さん組の「給食カレー」で全体的にまんべんなく人気だった。次点で俺とホニさんの和風カレーで女性に人気だったそうな、そして五位にユキの激辛でマニアな方々にウケたそうで。そして惜しくも癖の強すぎて男子勢グリーンカレーが最下位だった。
それでもクラス皆は楽しめたようであり、俺はこの最後のお祭りを忘れられないように思った。
十一月四日
文化祭終了。人気結果は昨日とほぼ同じで、三位と四位の野菜とシーフードが逆転したりしただけで、特に変わらずと言ったところ。
打ち上げの前の後夜祭がグラウンドで行われ、大掛かりに建てられた櫓の周りを中心に地域参加の屋台が生徒や教師限定で開かれてまた盛大な後夜祭になった。
「ユウジさんー」
「んー」
「終わっちゃったねー」
「だなー」
「今日の的当ても面白かったし、焼きそばも美味しかったねー」
「ああ、ホニさん凄かったよねー、バンバン中心に入れたもんで。焼きそばはあの油っぽさが少なかったのが驚いたなー」
「ユウジさんは楽しめた?」
「ホニさんはどうだった?」
「もちろん!」
「おれも、同じくモチのロンで」
二人備え付けられたベンチに座りながら騒ぐ生徒たちを眺める。
「本当に終わっちゃったんだね……」
「ああ……」
「ユウジさん、楽しかったよ。ありがとうね」
「俺もホニさんと周れて、一緒に出来て楽しかった」
俺とホニさんは向きあうこともないまま、目を合わせずに隣同士に話す。
「ユ、ユウジさんっ」
「ん?」
「少しこっちに顔近づけてくれるかな……?」
「ん、おう……」
俺は視線を前へやったまま、顔を横へ下へと向けた――その時。
フッ――
「!?」
女の子のいい匂いが急に強くなったと思うと、頬に何かとてつもなく柔らかいものが触れた、それはほんの一瞬で。
「えへへ、恥ずかしいからほっぺに」
「な、な……」
「我はね、昼ドラだけでなく。学園ドラマも好きだったからね……やってみたんだ……けど。どう、かな……?」
「あ」
「あ?」
「ああああああああああああああああああああ、可愛なこんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
俺は有無を言わさずホニさんに抱きついていた。それもがっちりホールドするように、それでいて繊細なホニさんの体を包むように優しく。
「えええええ、なに、なに!? ええっ、ユユユユユユウジさんっ!?」
「ホニさんにキスして貰えるなんてほんっとうに嬉しいぞ! ありがとー、ホニさん!」
「わわわわわ! 改めて言われると恥ずかしいよう!」
「かぁー、かわえええなあ! かわえええなあ!」
「ユ、ユウジさんっ!」
俺は心底嬉しかった。あの戦いの時はキスしたとはいえ、戦闘中なのでそれほど余韻を味わうことはままならなかった。
それが今回は頬チューとはいえ……ホニさんからのっ! 嬉しいわあ! 嬉しいわあ!
……でも俺は少し空元気が入っていたのかもしれない。嬉しいことには嬉しいのに、どこか虚しい。
未来を分かっていると、どうにもこの現実がもろく虚しく思えてしまうのだ。
俺は内心では必死だったのかもしれない。ホニさんがこれで満足して居なくなっていまうんじゃないかと、だから俺は抱き締めたのかもしれない。
ホニさんが魅力的で抱きつきたい衝動に駆られつつも、今の今まで我慢していたのを解放したのは――そのせいなのかもしれない。
腕の中のホニさんは恥ずかしそうにしながらもずっと見惚れるほどの笑顔で、変わることはなかった。
そして最後のお祭りが終わった。
* *
ユウジさんにキスをしてしまった。
確かに二度目で、今度は段階が下がっているのだけど。それでも恥ずかしいのだから仕方ない。
でも思えばもっと素直になっても良かったのかもしれない。
いや……
でも我はこうして旅立てるはず。
未練という名の建前のもと。あの子に無理を言うようにしてきた・
我は神様で居続ける、あの子の体に居座る為の力を失って。
「もう少しでさよならだね――ユウジさん」
誰も居ない世界で、一人だけに聞こえる世界で。
そう呟いた。
「我はもう後悔はない……と言いたかったけど、もし叶うならば」
雪空をユウジさんと見たい。
それまで我は旅立つこと拒めているだろうか……分からない。
けど、もし。もしに、それが叶うならば――




