第287話 √2-92 G.O.D.
最後の最後に動き始める日常!?
アト7
十月四日
文化祭という秋の一大行事が迫りつつある今日この頃。
この学校というか町全体がお祭り気質なこともあって文化祭は大そうに盛り上がる。
盛り上がり過ぎて怪我人が出かかる、それを抑止する為に姉貴が属する生徒会は文化祭前だというのに東奔西走している。
ちなみに俺たち一年二組は「カレー屋」になった。
それもスパイスを厳選し素材にもこだわった本格派らしく、辛い物好きでスパイス好きなユキがかなりに躍起になり企画が進んでいた。
ユキが平然と食べられるものでもクラスメイトは悶絶の末意識を失うほどの激辛だったりするので、ユイと姫城さんがなんとか抑えているという。
なんと、まあ。
俺もたまに参加しては「これ足すといいんじゃね?」というようにアドバイスしたり「いやここはこうするべきだよ」と反論されたりと、地味にその文化祭までの準備の過程を楽しんでもいた。
カレーメニューも一品だけでなくホニさん考案の「醤油ベースの和風カレー」やらユイ考案の「青唐辛子を主体としたグリーンカレー」と総勢五品によるカレーを展開するという。
……ユキはスパイスの調合は上手なのに量のケタが外れてしまうこともあり、サポートは止むなしで本人は不服そうだがしょうがない。
料理が出来ないorしないクラスメイトは教室のリフォーム要員でなかなかに凝った店内になりそうで、かなり期待できる。
このクラスは一度方向性を定めると突っ走れる上に団結出来るらしく作業はスムーズに進んだ。
食中毒防止の検査がしっかりと生徒会と保険団体が入るのでそこのところは抜かりなし、作ったものをは当日中に使いきる、出来るだけ常時温め続けられるようにという条件も追加された。
そんな訳で放課後には家庭科室兼調理室の片隅でなんとも香ばしいカレーの匂いを漂わせながら思考錯誤は続いて行き――
「あ、ウコンとナツメグとチリペッパー切れちゃったみたい。誰か買いに行ってくんないー?」
クラスの一人が空の瓶を振ってアピールするように言った。
他の人員は数班に分かれての作業なので抜けるのがなかなか難しい、有る程度形になり、今日は片付けを始めていた”和風カレーグループ”こと俺とホニさんは。
「「俺(我)行きます」」
合わせたかのように声が重なる。それを考えて少し気恥ずかしくなって目を背け合うものの、少しばかり嬉しくもあった。
「じゃあ下之君にホニちゃん、お願い出来る?」
「おう」
「うん!」
そんな訳で買い物に乗り出そうとするのだが……追加注文が別班からも押し寄せ「調子良いなー」と思いつつも「はいはい、ニンジンとニンニクね」と携帯のメモ機能に入力うすると。
「テキトーに立て替えといてー」と言われたので財布を見てため息をつきながらもメモ内容を考えて余裕が有ることを認識してから。
「じゃあ行ってくるなー」
「「行ってらー」」
なんというか見送られるとは思わなんだ。結構に俺も馴染めてきたのかもしれない。
いつものメンバー以外には意識せずに壁を作っていた感も有り、そう考えるとホニさんが橋渡しになってくれたのかもしれないと、思って俺は心の中で感謝しておいた。
「…………」
「ユ、ユキ? どうしたの?」
「え、ううん! なんでもないっ」
「出来上がったっぽいね、どれどれ……っ!?」
「ど、どしたの?」
「辛く……ない!?」
何かに意識を取られるようにしてスパイスの量を基準値にしてしまったユキは、ユウジとホニの二人歩く後ろ姿をどこか寂しそうに見つめていた。
「ユウジさんっと買い物~」
「ホニさんっとショッピング~」
俺はホニさんがそう口ずさむので似たようなフレーズで打ち返した。
「そう返されると、なんか照れるよ!?」
「照れるホニさん可愛い」
「だーかーらー、からかわないでってー!」
「からかってなんかないぞ? 俺は心の内に思ったことを惜しげもなくなんのフィルターもかけることなく口から吐いているのだからな」
「最後の表現がおかしい気がするよ!?」
学校から商店街まではさほど無いが、話す時間は十二分にある。
俺は実は結構にデート気分でもあった。
「いやあ、こうまで堂々とホニさんとデート出来るとは。幸せモノだね俺ェ!」
「ユ、ユウジさん。そういうのはツッコミ難いから止めて……」
頬を赤くしてそっぽを向くホニさん。
ああ、なんて可愛いんだろうなあ。この人は。
そうしてあらかたの買い物を終えて、両手に買い物袋を持ちながら学校へと戻り歩く。
「沢山買ったねー」
「……あいつら本当に人使い荒いよな」
冷蔵庫使用可だからって買い溜めすることないだろに、てかスナック菓子が含まれているのはなんなんだ。
「まあでもホニさんと買い物できたからいいっか」
「だからユウジさん、そういうのはそう聞こえちゃうから駄目だよって言ってるのに!」
意味が分からないがぷんぷんと怒るホニさんは可愛かった。
そう聞こえるってのが分からないのだけども。
「ねえ、ユウジさん?」
「ん?」
優しくさっきまでの動転がなかったかのように静かに俺へと問いかけるホニさん。
「ユウジさんの好きな人って……いるのかな」
…………はい?
「え……と、なんだ。それはそのままの意味でか?」
「……うん」
マジかー、俺は今青春の一ページっぽい現場に鉢合わせしてるのか?
顔を紅潮させて少し潤んだ瞳で不安げに俺を見上げるホニさんがそこには居て――つい、俺は口走ってしまう。
「まあ……いるっちゃいるな」
「……そ、っか」
誰とは聞かないのだろうか、と思う前にホニさんの表情が沈んでいく。
俺は気付かぬうちにホニさんを傷つけているのでは……?
「ユウジさんはモテモテだもんね、桐もお姉さんも……ユキもマイもきっと」
最後の方が尻すぼみになり聞こえない。それでも俺は何か誤解させているのではないかという気持ちになっていく。
そんな誤解されることが俺は何故か嫌で、今の俺の気持ちは……どうにも俺の口は止まらなくて。つい、つい言ってしまった。
「ホニさん」
「え?」
「俺が好きなのはきっとホニさん」
ホニさんは、その俺のまさか呼ばれることの無かったであろう名前に衝撃を受けていた。
「え、え……えっ!?」
「”きっと”ってのは予防線でな、まだワカラン。ラブな人は居たけど、どちらかと言えば憧れが近かったのかもだし。今俺が大事に思い、したいのはホニさん一択だな」
俺は戦いで呪文のように全てを守ると言った。しかし戦いが終わった後はその決意もどこか薄れていく一方で、ただ一つ。
ホニさんを守りたいという気持ちは、揺らがず弱らずにいたのだ。
「な、なななななななななななななな!? ユウジさんっ、からかうのは止めてって言ってるのに!」
「いやー、今回ばかりはからかってるつもりはなくてだな」
頭を掻きながらも向き直って答える。
「…………本当に?」
「まあ、な」
そして訪れる沈黙。あっという間に落ち始める夕日。
買い物袋を提げて、もう少しで学校へと着こうとするところで立ち止まり二つの影が伸びる。
その時間がどこか長く永遠に感じそうで、喉が一気に渇いていく。
俺がある種の気持ちを示してしまったことでホニさんはどう考えているのだろう、と。
話し終わり口に出し終わった今にふと思う。
もしかして俺はとんでもないことを言ってしまったのではないのか――
『やっとかあ』
沈黙していた二人の間に流れる声。それはホニさんの声に違いない。
しかし――
『何ヶ月もそれを言わないなんてね、どれだけ鈍いんだか』
「は……ん、え?」
『鈍い人にはトコトン分からないだろうから、仕方ないか』
「ホニさん、一体何を……?」
『ホニさん? ああ、私のことだっけ』
違和感。口調も一人称も違う。声も容姿も表情も同じはずなのに――この人は、彼女は。
「……あんた、誰だ?」
『私は……そうだね』
そしてそのホニさんの姿で彼女は言う。
『私はホニさんが今は居る元の体の持ち主――時陽子だ』
その時また世界は動き出す。終わりへと、終わりへと。
* *
彼はその気持ちに気付かない。なぜならそれは知らせることをしてもいないから。
きっとその気持ちに正直になれば辛くなる、だから我は抑えた。
この胸が締め付けられるような、それでいて温かで幸せなこの気持ちを。
しかしあの子は言った。
それでいいの? それであなたは何も言わずに居ていいの、と。
我は何も答えない。
なら手伝ってあげる。臆病な二人に私が出てあげる。
ずっと私はあなた達を見てきたんだから。
そうあの子が言うと我は思う。
止めるべきではなかったのか、このまま過ごすならそれで良かったのではないかと。
しかし意見すべきあの子はもういない、ここは誰にも聞かれることのない一つの世界。