第286話 √2-91 G.O.D.
一つのことが落ちつき、ちょっとしたことを考えられる余裕の出来始める今日この頃。
そして二人の心は変わりゆくわけで。
アト8
まあ、なんというか後日談のようなものになるのだろうか。
あのあとホニさんの泣きながらの笑顔を見れたところで俺は緊張の糸がブッツリと切れて意識は陥落した。
というか疲労が半端でなかった。痛みこそあったが桐のおかげでだいぶ軽減されて、寝つけるほどまでには回復していた。
そしてこれは桐から俺が起きてから聞いた話で。
あのあと掃除が間に合わずに血しぶきやら血痕が大量に飛散していた俺の部屋をどういう訳か訪れた姉貴と何か一悶着あったようだ。
「ユウクンにナニカアッタノーッ!?」のように一時はパニック状態でショックのあまり”太くて丈夫な人の重さでも千切れないであろう縄”をどこからともなく持ってきて「ユウくんの前がいいな」と言ってやらかしそうになったので桐とホニさんが全力で止めたという。
桐はそのあとも治療を進めていたらしく、俺が落ちてから二時間ほどは続行していたらしい。骨が何本もぽっきりと逝っていた上に内臓が一部破裂……と通常ならば後遺症が免れない重体だったそうだが、桐のチートの前で治ってしまったという。
そしてこれからはホニさんから聞いた話。
治療を終えた桐もバタンキューで、俺のベッドにもたれるように眠ったという。そんな様をホニさんは眺めていたそうなんだが……どうにも俺への態度がそれから今までと違う。
少しの距離感と時折視線を逸らしてくる、なんというかその反応がもどかしい。
一応のことは聞いてみるものの「ひ、秘密っ」と言って断固として話す気はない様子である。
そして更にはここからがユイの話すところである。
傷だらけの俺を運びこんだと聞きつける(情報入手ルートは不明)ものの、何故か扉は閉ざされていて開かず、二時間ほど経ってようたく入れたという。
「それは幻想じゃ」「気のせいだよ?」と二人に白を切られ、よく状況が分からず、何かのごっこだったんだと解釈しているようだ。
……いやしているはずなんだが、去り際に「無理するなよ」と言われたのでもしや、と思ったがそのまま去られて、そのあとは一切口に出さなかった。
なんというかそう言う訳で、俺は何時間もの睡眠の末で起床して。俺の近くですやすやと寝息をたてる桐と、地面でこれまた優しい表情で眠るホニさんの姿があったことを今では明確に覚えている。
俺が起きたことに気付いた二人は飛び付かん勢い……いや、飛び付いてきた。ホニさんは少し涙目で桐も安堵してついでと言わんばかりに俺にダイブしてきた。
向かって来て俺の胸に収まる二人はとても小さく思えて、こんな二人と今まで戦って来れたのかと、なんとも言えない感慨があった。
その後の戦いはというと、完全に途絶えてしまった。
剣使いは俺が殺して、雨澄も剣使いの言うとおりなら力尽きてそのままで夏休み明けの学校にも来ている様子はなく失踪者に名前をまた連ねていた。
銃使いの男は数日後にテレビで大きな傷を負って藍浜町の海岸で発見されたと報道され、おそらくは異に返り討ちにあったのだろう。
殺した剣使いは桐が処理したという恐ろしいことを聞いてしまったが、そんな風な反応をする俺が殺した張本人なのだ。
今でも思い出せば手が震える。でも、それでも抗い、生き残るためには必要で――仕方がないことだったのだ。
あちらは無害なホニさんを調和を乱すから消し去ると言い、それに抗えばどちらにしろ消し去ると言い。
雨澄も銃使いも、きっと剣使いも聞く耳など持たない――平行線のことだった。
だからどちらかが終わらせなければならない。そして運や”負けてしまった記憶”が手伝って俺は終わらせた。
それだけのこと。そうとしか言いようのないこと。
罪悪感や負い目を感じるのは偽善者のすること、俺も感じてはいたが、次第にそれは薄れていった――俺は自分が正しいことをしたと確信したからでもある。
だからといってこんなことを繰り返すことは絶対に避けるべきで、機会が無ければ絶対にしない。
俺はもう鉈を使わない、もう桐の力を借りない――またホニさんを消すと言う輩が現れるまでは、永久に。
それまでは俺の心でホニさんを守っていこうと思う。
ホニさんと一緒に、隣で歩いて行こうと思う。
* *
「ホニさん学校行くぞー」
「う、うんっ、あっ待ってー」
姉貴とユイが先に出て行き、俺とホニさんと桐が残されて。玄関で靴に履き替えて俺はホニさんを家前で待ちながら急かすように促す。
「じゃあ行ってくるな」
「うむ、行ってくるのじゃー」
夏休みが終わった。あれからは警戒しつつも出されていた夏休みの宿題にホニさんやユイたちと奮闘する日々と少しのエンジョイ。
高校生一年の夏休みは宿題以外は気兼ねなく、自由に過ごすことのできる貴重な時間だと誰かが語っていたが、間違いではないのだろう。
宿題の合い間に”いつものメンバー”で映画を見に行ったり、買い物に出かけたりしていた。
ちなみに桐に何か奢ると思っていたことを詠まれてしまい、近くのカフェに特大ジャンボパフェを奢らされたことを思い出す。あれだけの量がどうやってその小さな容姿に見合うお腹に入るのだろうとうちゅうのほうそくがみだれそうにも思いながら、休みが明けた。
ホニさんは相変わらずで、少しよそよそしいようにも思えた。
なんというか、ふいに見つめられている時も有るのだが気付くと目を逸らされる。
距離感を取っているはずなのに俺の隣を殆ど必ずと言っていいほどてくてく歩く。
そして戦い前の五割増しの可愛さと色っぽさ。
そんなホニさんに時折ドキドキさせられてしまう訳で、寸前に押しとどめる。
ホニさんは家族で、妹立ち位置の神様で。俺はホニさんのことを家族の一員として大切に……扱っているはず。
「ユウくんってホニちゃんに甘いよねー」と姉貴にぶーたれられ「お主も罪じゃのう、一度爆発を推奨する」と罵倒され「ユウジって惨いよぬ」とユイに呆れられ「「…………」」ヒロインズ二人は沈黙していたりする。
俺はホニさんとどうしたいのだろう、と時々考える。
ホニさんと一緒にいると楽しくて、ホニさんの笑顔が嬉しくて、ホニさんが喜んでいると俺も一緒に喜んで。
どこかホニさんがいると幸せな気持ちになれる。
その理由がわからぬまま、ホニさんが俺に対する態度の理由が分からぬまま時は過ぎていき――
そして今日は始業から一か月程経ち、夏休みを開けて間髪いれずにある定期テストの山を超えて、十月訪れようとしていたそのときのこと。
「ユウジさん、ひどいよ置いて行くなんて!」
「悪い悪い」
やべえ、可愛い。そんなぷんぷん怒りながらもどこかしょんぼりとしたホニさんの顔を見る為に俺は早歩きで家を出ていたりする。
俺には少しSが入っているのかもしれない。でも可愛いのだから仕方ないと、勝手に正当化しておく。
「もー、我はユウジさんと一緒に登校したいんだからぁ!」
「悪かったって」
「……ユウジさんは我の気持ちを知らないから」
「なんだっけ?」
「なんでもない! 学校行こっ、ユウジさん」
「おう」
「今日は国語が沢山あるから私的に楽しみだなー」
「ホニさん国語好きだもんな」
「うんー」
…………あれ? 何か違和感があるような。
「私はね、やっぱり知ることが好きだから、特にこの国に文化をもっともっと知りたいからね!」
やっぱり違和感があるんだ。そうこれは、些細で、それでいて特徴的なこと。
「我はだから色々なものを読める国語が好きなんだよー」
…………そうか、これか。
ホニさんの一人称が突然「私」になっていた。今までは「我」に統一されてて、確かホニさんも「これは癖みたいについちゃって」ってなようなことを言ってたはず。
それが今になって突然……? 見たり、録ってあったりする昼ドラの影響では見始めてから時間が経ち過ぎているし。
「?」
「ユウジさん、どうしたの?」
「い、いやなんでもない」
俺はすこしの引っかかりを覚えつつも、ホニさんに今度は急かされるように早歩き。そうしていつものメンバーが集まり登校をする。
* *
我はあの子に問われる。ここで居なくなってしまっていいの? と。
我は仕方の無いことだから、と答える。
そしてあの子はとてつもなく寂しそうな顔をして我を見つめる。
ここは誰も知らない一つの世界。