第283話 √2-88 G.O.D.
ミナのスポーツ万能設定を起動!
八月二日
「あっついわっ!」
ぜぇぜぇはぁはぁと息を荒げなが天を仰いで叫ぶ。正直叫んだところで心頭滅却ならぬ心頭冷却になりもせずに余計な虚脱感を生むだけなのだが。
おいおい太陽さんはどうしたことなんだ、この暑さはなんですか。とある猛暑の機械壊し(パソコンキラー)ですか。
流石の俺でも脂汗が出るわ出るわの大出汗サービスだよ。もう少し人類や地上を生きる植物yや動物たちに優しくしてもいいんでないですかい?
……こんな事態になってるのも人類が生み出した科学文明の弊害ですが、申し訳ないと思いつつもそれでも暑いっ!
「冬が恋しくなるもんだ」
一方冬であれば寒さの余り夏が恋しくなる。やっぱり季節はその中間を取るような過ごし易い気候が多い春と秋がいいね。
「……よし、休んだな」
自分に言い聞かせ、俺はそうして駆けだす。
今日の気温は三十五度越え、海に町が面していても少なからず涼しくなる要素であろう潮風は殆ど来ない。
八月五日
「…………つー」
空は黒、腕についた安物アナログ時計の太い針は七を指す。
未だに即席で蒸しパンを作れるばかりに蒸して、それでまた暑い気が立ち込める空の元。
俺は学校側の商店街の入口で待ち合わせをしていた――そう、今日は夏祭り。
俺にとっては何度も、おそらく忘れているであろうこの世界の町の人が経験したであろう夏祭り。
俺ともう一人を除いて、同じ物語を繰り返す。そんな中の一コマで、今までの夏休みの日々もそれ以前もそうだった。
姫城さん、ユキとやってきてユイと姉貴とホニさんがやってくる。マサヒロは誰だか忘れた。
「ユウジ様っ」
相変わらずの着こなしをする姫城さんに見惚れながらも話していると、続々とやってくる。
かつてと同じように桐は今日来ていない。
* *
桐の容体……と言うと難だが、正直前回とは比べ物にならないほどに元気で活発だった。
俺の部屋には毎日来ているものの、寝ることなく俺と話したり戯れていた(ほぼ一方的に)
声だけ言葉だけが元気な桐よりも、俺を襲う事を歓迎してはいないが、大分マシだった。
俺が桐のサポートを受けないだけで、桐の体調が大きく変化することがなく――桐のチートがどれだけ桐の体を削っていたのかが分かる事象でもあった。
それでもおそらくは”あの戦い”から二週間前、その以前までの疲労は蓄積されていると思うので安心は出来ない。
……決して望むわけではないが、やはり俺にはどうしても桐が必要で。だから”あの戦い”で出せる力を今は留めて置いてほしい。
俺がどれだけ卑怯で冷酷なことを桐に要求しているのか――分かっているはずなのに桐は「無理はするのじゃないぞ」の一点張り。
だから今の今までも自分が出来ることはしてきた。
温度も時間も管理された桐の世界で行う鍛錬とはまた違って時間を通常通り削り、鍛錬内容も限られる――それでも俺は”あの戦い”での俺に近づけるように毎日鍛錬を積んできた。
「……無駄になんてしてたまるか」
もう一度物語を繰り返すことがないように、消されてしまわないように。俺はその日まで――
* *
桐が外に出てどうということも無いが、桐は自ら遠慮した。
だから俺も無理に誘わずいつものメンバーで祭りへと繰り出した。
「あー。置いてかれたか、はぐれたっぽいな」
「ごめんね、ユウジさん……我が浮かれていたせいで」
「いやいやホニさんのせいじゃないぞ……うーむ」
俺は以前と同じようにホニさんと二人回っていた、まあ前述の通りにはぐれてしまった訳で。
「よし、ホニさん。これから俺とデートしようぜ!」
「えっ、デ、デート!? アートでも芸術でも爆発でもなくて!?」
「うん。言葉遊びがパワーアップしてるけども、それは少し無理があるな」
そんなホニさんの天然の間違を正すのも、心地よい――って俺が粗を探したいとかではなくて!
ホニさんと一緒に歩いて暮らせて過ごせるのが俺はとても幸せで。
未来を知らないホニさんは隣を笑顔で居てくれて……俺はその努力が少しでも報われる、もっと頑張れる気分にさせてくれる。
「よーし、パパがんばっちゃうぞー」
「ユウジさんがパパ……! もしかしてユウジさんには隠し子が!?」
「ああ。昼ドラの見すぎは良くないぞ」
そうして楽しい時間は過ぎて、時折デジャブを感じるものの、一応思いだし知っている今では殆ど違和感はもうなかった。
八月八日
あの戦いまで一週間を切り、俺は相変わらず鍛錬に力を入れる。
鍛錬と言っても駆けこむだけではなく。腕力も付ける為に腕立て伏せやら、機動力を上げる為に腹筋やらは屋内の自分の部屋で行い、桐に傍で監修して貰っている。
「更に体を上げるのじゃ!」
「お、おう」
桐はなんだかんだで指導が上手く、屋内運動の教師は桐にまかせっきりだった。
桐の表情は健康的で、その年相応の白い肌に淡い桃色の頬。俺の今まで見てきた健常な桐の姿だった。
八月十日
一週間前からあることを始めて剣道場へと来ていた。
エアコンがあるはずもない剣道場は剣道部員の汗水を濃縮還元したかのような強烈な臭いが立ち込めて、吐き気を催すほどの悪環境だった。
丁度この時期の剣道部員は遠征していて、今はもぬけの殻。じゃあだからといってただ一年生の俺が言って使わせてくれる訳ではない。
そう――
「おまたせユウくん!」
黒い装束に胴と垂れを付けて右手に小手を両手分、左手に面を持って歩いてくる姉貴の姿。
そう、俺は姉貴に手ほどきをして貰っていた。
「ああ、毎日悪い。姉貴」
俺も姉貴と同じ姿、同じ持ち物で礼を言う。
「ううん。ユウくんがやりたいって言うんだから私はいいんだよ、それに……ユウくんのスポーツやってる姿を間近で見れるなんて……もう学校生活が終わってもいいよ」
「いやいや俺の運動姿見ただけで学校を終わらせちゃだめだから!」
「それだけ嬉しいってこと! だってユウくんとは学年が違うから、そう一緒に運動する機会もないし……本当に嬉しいんだよ?」
「姉貴……」
「でもユウくんだからといって、私は手加減しません! だってユウくんにも剣道にも失礼だもんね」
「それでいいんだ。ありがとな、姉貴」
「そう言われると照れちゃうな――うんっ、じゃあ面付けて?」
「おう」
姉貴は容姿端麗成績優秀、それでいてスポーツ万能だった。
二年から始まっている剣道では、時折行われる授業内での試合では負けなしだとか。
そんな姉貴に一週間前打診して理由も聞かずに「うん、いいよ」と了承した上で生徒会副会長権限で今は居ない剣道部員に申しつけて、貸して貰ったという。
学校の殆どの設備が開いていない土日を除いて、俺と姉貴は剣道場へと訪れ、授業で使う胴着を貸して貰った上で行っていた。
「後ろは結べた?」
「ああ、出来た」
「竹刀持って……じゃあ始めるよ――」
姉貴がたぁっと大きく掛け声をあげたことで本格的にそれは始まる。
「――ェンッ」
「くぅっ」
一撃一撃が女性である姉貴とは思えないほどに重い、竹でなくアクリルで出来た竹刀の剣先が俺の持つ竹刀の剣先を叩き軽快な音を道場全体に響かせる。
一つの動きが終わると、気づけばもう次の動きを遂行し振りかざされる。そして身なりの軽い姉貴は俊敏に動き回り俺の目を惑わす。
「たぁぁっ」
「がっ」
面の寸前にまで迫った剣をなんとか受け止めて鍔迫り合いの後に弾き飛ばす。姉貴が後ろへと退くも臨戦体制は一向に崩す気配がない。
少しでもこちらが先に出ようモものなら一閃されること間違いない。俺が鍛錬で動きが鮮明に俊敏になっても良くて互角、本当に身を守らなければ一本を容易に取られる。
「っ――!」
「たっ」
アクリルとアクリルがぶつかる音は思いのほか軽いながらも大きく音を震わせる、竹刀がぶつかる度に僅かだが歪むほどでもあった。
そして攻めのパターンも”面”だけでなく腰を突然に落とし俺が面を打とうとしたところで”胴”を打たれる。振り上げ胴をしようものなら一瞬の隙に”小手”を受ける。
姉貴は強い。初日は姉貴はこういう場では誠意を持って戦うので手加減なしに何度も一本を取られたことが思い出される。
姉貴を過小評価していた訳ではない、それでも俺の技術は剣使いと戦う前では皆無だったのだ。剣道という運動の中でそれを思い知らされた。
竹刀が真剣だったらどうなるか――俺はとっくのとうに剣先で切られ胴体が二分割されていてもおかしくない。
それでも俺は全く敵わない訳ではない、最近は。始めの数日と違って姉貴に一本を取れるようにもなっていた。
そして僅かな一瞬――引き面をしようと後ろ退いてやってくるところで、俺は腰を落とし体を半分回転させて。
「ドォッ――――」
姉貴の胴を竹刀が撃ち叩いた。
動きは止まり姉貴は竹刀を帯刀して下ろして、面を脱いだ。
その時に窮屈に押し込められたかのようにされた纏められた茶髪がさらさらと舞う。
汗を額に残して新鮮な空気に触れられたことを喜ぶように顔を振って少し張り付いた前髪を揺らした。
「ユウくん上手くなったねー」
「ああ、それもこれも姉貴の指導の賜物だぜ」
「ユウくん、またまた御上手」
先に面を脱いで予め持ってきていた水に濡れたタオルを手渡すと「ありがとね」と言って受け取って顔から首筋までを拭いた。
「ユウくんも男の子だもん、お姉ちゃんよりも強くなるんだよね」
「いやいや、まだまだだって。姉貴にはかなわないよ」
「ううん、ユウくんはすっごい上手になった! お姉ちゃんとしてユウくんの成長は嬉しいです!」
「どうもありがとうございます」
「でもユウくんが相手して欲しいって言うからてっきり――○○の練習かと」
「……それは規制入るから言わないでくれ」
「え、ユウくん授業だと柔道だよね? あれ?」
「……うん、合ってた。俺が間違ってた」
ありゃー、俺もなんか青少年的間違えをしてしまったようだ。
「主に寝技とか寝技とか寝技とか○伽とか」
「最後は絶対におとぎばなしの”御伽”ではないよなあ!?」
「お姉ちゃんに言わせるものじゃないのっ」
「弟に言わせることじゃねえ……」
「ふふっ、やっぱりユウくんと一緒だと楽しいね」
「俺も姉貴と居ると――飽きないよ」
色んな意味で。
「じゃあもう少しやろっか、水分補給する?」
「ああ、じゃあ貰う」
「はい、関節キス」
「……いただきます」
一応これはスルーした、と捉えてほしい。うん、一応はね?
俺が剣道を始めたのは……一応相手が剣使いで風を巻き起こすような強大な力を振るうとはいえ剣捌きでもあるということ。
だから俺は剣道を教えてもらった。体制や撃ち方とかもろもろ、そして実際に試合もやってもいる。
「(気休めでも、少しぐらいなら分かれるはず)」
剣の動きを、人の動きを覚えられることだけでもかなり有用だ。
そうして姉貴との蒸し風呂同然の剣道場で打ち合い、打ち打たれての稽古が再開される――
八月十一日
前日のこと。俺は鉈を研ぐ一方で桐と話していた。
「明日は――それで頼む」
「でもそれだけで良いのか?」
「後は、その時だけ重量制御とホニさんを守ってほしい」
「うむ、了解した」
「じゃあ、また明日」
「……今度は大丈夫じゃ、言っていいのかわからぬが。今回のお主は今までとは違う」
「変われたように見えるなら成功、そして明日を切り抜けられるなら――」
「大成功じゃな」
「おやすみ、桐」
「おやすみじゃ、ユウジ」
そうして――当日を迎える。
八月十二日
机に置かれた二週間前に作ってあった謎ドリンクをポケットに入れ、桐が予め保管していたという、錠剤タイプの謎ドリンク(この表現だと意味不明だが)を口に忍ばせ、いざという時に弾けて体に浸透するようにした。
磨き抜かれた鉈は今まで山に登ってそこらに落ちている切り倒された木々などを切って裂いて、切れ味も維持しながらもより動きがスムーズになっている。
姉貴の稽古のおかげで身に着いた体の動きと力の入れ方、抜き方。剣の動きと敵の動き。鉈捌きも結構に変わっていた。
「今回は必ずに」
ホニさんとの日常も過ごしながらも、俺はしっかりと努力してきた。
さあ。これが戦いだ。最後に出来るならしてしまえ――甘えの俺は捨てて、本気でかかる。
生き残るために、俺の身をホニさんを日常を守る為に。
「っ――」
そうして三人外へと出る。世界の色は変わり、そのあと二度目の変化を遂げる。
反転した色の世界で剣を背負った青年が空から見下ろしていた。
「行くぞっ!」
「うぬ(うん!)」