第281話 √2-86 G.O.D.
すんません、力尽きて予約投稿分を使いきったところで更新が途切れましたー
「……本当に戻って来れたってことか」
身体にあるであろう切り傷や刺し傷を触って確かめるも、その類は見つからない。至って普通の戦い前の健全な肉体だ。
日付が本当であるならば、これは俺たちが敗北し消された二週間前の雨澄との戦いの日。次の週を最後にして雨澄が戦いに参加することを止める。
「(にしてもあれはなんだったんだ?)」
最後の日も最初は雨澄の虚界というのを空の色、世界の色は示していた。
しかしそれが唐突にも途切れ、剣使いの作りだした虚界――反転した世界へと姿を変えた。
「(剣使いは何か言っていなかったか?)」
仲間が力尽きた――と、現れ様にそんなことを言われた記憶が有る。
「(それは雨澄が力尽きたって解釈でいいのか……?)」
それも虚界を作りだせた直後ということになる。
アロンツの奴らがそれぞれの世界の色を持っていて、しかしそれぞれ持てる色が複数が存在したとしたら――という可能性を除くことが前提だが。
「それよりも考えるべきは……そうだな」
なぜ負けたか、だ。
敗北理由を思えばまず最初に”俺の実力不足”が大いにあるのだろうが、本当にそれだけだろうか。
「桐の疲労は少し前からも有ったはず」
それが蓄積して結果、あの戦いの当日に吹っ切れ倒れた――タイミンブを考えればあながち外れてもいないだろう。
桐が戦闘に参加する度、その後も翌日も不調で最近ではそれを引きずっていた印象さえあった。
「それから考えだされる答えは――」
桐の疲労の要因は”チート”俺に与える力と鍛える為に世界を維持し的当てを用意し、ホニさんを戦いの中で流れ弾から、敵の攻撃から守る力。
おそらくは謎ドリンクも、謎薬も、治癒の力も……言ってしまえばファンタジー、一般人が出来るようなことでは一つだとしても有り得ない。
それを全て行っているのが、口調こそ老婆だが外見は幼い子供。
「相当に負荷がかかってたってことだよな……」
その負荷は日に日に増し、戦う度に回復することは殆どなかった。
俺の部屋にふらふらと入ってきては気付かぬ間に寝息をたてている桐の姿を思い出す。
それは心底疲れているように見えて、少なからず寝る回数が増えたことで限界が近づいていたのだろう。
それとすべき雨澄以外の銃使いやアロンツの他メンバーの対策をしたくても出来なかったのもキャパオーバーでこれ以上の的当てを顕現することに力を割り当てられなかった……ということで間違いないだろう。
そして俺の重量制御の時間が減少していたのも、謎ドリンクの支給が減っていたのも。
チートを抑える為。
あからさまでないほどにチートを抑制し、負担を軽減する為。
「(…………ごめんな、俺は気付けなくて)」
心底情けない、俺は頼りすぎていたことに気付くことも出来ないなんて。それが当たり前で、ご都合展開と割り切っていたなんて。
なんて調子が良いんだろう、どれほどまでに主人公という自分の立場に陶酔していたのか。
「(それでも……桐の存在は必要不可欠なんだよな)」
俺の無力さを改めて実感するが、桐のチートが無いことでは完全に敗北の道しかない。
俺の数か月程度の付け焼刃の鍛錬だけが実を結び、対抗する手段にはほぼならないだろう。
桐のサポートはあまりにも重要だった。
「(ということはどれだけ負荷を減らすか、か)」
それは非情すぎることだった。それでも俺はこれを乗り切る為には桐を活用しなければならない。
最悪の結末を向かえない為に、桐の疲労が遅れるように。
「(この戦いが終わったら、何か奢ってやらないとな)」
一日コキ使うのも構わない、おそらくはそんなことだけじゃ返せないほどの罪を俺は重ねるのだ。
しかし今のは同じフラグでも完全なる”勝利フラグ”と、言っておこう。これだけは俺が成し遂げるべき事柄だ。
鍛錬でもチート、雨澄との戦闘でもチート。そのチートの回数を抑えることで桐の疲労を抑えることが出来るならば――
「俺が桐のサポート分も頑張ればいい」
って、ことだ。
鍛錬はゆっくりと時間の流れる桐の世界を使わずにリアルタイムで、俺が自主鍛錬をする。
雨澄の戦闘ではあまり飛行を使わずに地上でホニさんと桐を守りながら逃げ切ればいい。
「後者に関しては原点回帰ってところ……か?」
最初に訪れた日常の破壊。その時俺は抗うすべなくホニさんと逃げていた。
「今では少なからずも力は……あるはず」
あのときよりはマシになっている……と、思いたい。
手助けなしに何処まで出来るのか、と。
「自分との戦いだな……こりゃ」
鍛錬は休む時間があったからこそ、あれだけの膨大な鍛錬量をこなしてこれた。
あれだけの鍛錬の疲労を謎ドリンクで、体に鞭打つ結果とはいえ抑制してきた。
雨澄との戦いで俺がしくじったことで流れ向かう矢を弾き、俺に翼を預け、戦いの傷を癒させた。
「これだけのことを俺は……やるのか。でも――」
これが最後の弱音だ。
俺は大見栄張って、夢の中のあの人に言ったはずだ。決意を改めてしたはずだ。
『今度は絶対に死なないし、死なせもしない。違う未来を進んでやる』
俺自身を守り、ホニさんを守り、日常も守る。もちろんその中には桐も家族みんなも入る。
あの夢のあとに少しずつ思いだすのは俺のかつての敗北の光景。俺は剣使いの前にも銃使いに負けることも、雨澄に負けることも――ホニさんが消えることも展開として存在する。
それまでの俺はあの人言うとおりなら”未来に託した”俺が殆どであったこと。
言い方を変えれば今を諦めて、抗う事を止めて、次の俺へと丸投げした責任を放棄した卑怯な自分。
「俺は変われる……変わらないといけないな」
生き抜く為にも、守る為にも。そう、俺は今日から、この瞬間から。
「……俺はどれだけ我儘で偽善者でも、これだけは通してやる」
意地悪く、諦め悪く。俺は――
「俺の戦いはこれからだ」
新たな決意を胸に立ちあがった――その直後にやってくるのは桐。
ドアを壊す勢いで叩き開け、息を切らして俺に矢継ぎ早に言い放つ。
「ユ、ユウジ!? どういうことじゃっ、時がどうして今に巻き戻っておるのじゃ! 本来ならば、本来ならばっ……!」
……なるほどな、桐は全て知ってるのか。確かに桐は攻略情報を知っているはずだけども……把握できてたのか。
おそらく桐はホニさんが消えゆく未来も考えて、ホニさんには力を使うなと言ったのだろう。
だからきっと、あの敗北の記憶も残っているはず。
「うぬぬ、わしがもっと上手く立ちまわれていれば、今までの世界だと一番良い展開だったと言うのに……」
ははあ、やっぱりに桐もあの人と同じように世界を見れているということか。
しかし俺は桐にいらん心配をかけないように、変に気を使わせないように、勘付かれないように――白を切ることを遂行する。
「桐? 何言ってんだ?」
「そもそもこのような二週間前などという時期ではなくゲーム開始時期の――は? え、ん? ……分からないのか?」
今まで弾丸のように喋る桐が途端にトーンを落として、その問いを口にする。
「何を言っているのか俺にはさっぱり」
おそらく桐の言っていることは俺の知り得た知識が無ければチンプンカンプンだったこと請け合いだ。
そうなればこの反応は間違っていないはず。
「そ、そうか……ならなんでもない、テレビゲームのやりすぎのようじゃな。う、うむ。疲れているのかもしれないな――」
溜息をつき、安堵したように、それでいて少しばかり残念そうな表情を浮かべる桐は部屋を後にしようと背中を向ける。
……しかし、それを俺は呼びとめた。
「疲れてる……か。そうなら俺は桐に言いたいことがあったんだった」
「なんじゃ? 少し改まってからに――」
こちらを振り返って、怪訝そうに見上げる桐に。俺は言い放った。
「これから二週間、桐はチート……てか能力の使用は禁止な」
その時の桐の顔を俺はよく覚えている。
呆然と、目を見開き口をだらしなく開けて、ただ茫然と。
なにをコイツは言っているのだろうという疑惑と正気の沙汰をじゃないだろうというような表情で。
「お、お主! それは何故に――」
「それは……気分だ。だとしても絶対な?」
俺はそうしてニヤリ笑みをつくる。
そう、これからが俺の本当の戦いだ。