第278話 √2-83 G.O.D.
エグすぎて描いた本人も少なからず鳥肌がたってます
「はぁ……はぁっ」
その男は圧倒的な力を行使する。それに風船のように軽くあしらわれて弾き飛ばされるのは俺の身体。
固い地面へとぶつかり、転がり。あちこちにアザを作り打撲し、皮膚を擦り向かれて出血し痛む中でも俺は立ち上がる。
「(俺がやらなければ……)」
消されてしまう。俺もホニさんも……もしかすると桐も。
今出来るのは俺だけ、俺が食い止めて二人には逃げ切ってもらうのだ。
「(負けちゃいけない、いつも通りに守りながら逃げ切って……なあに簡単なことじゃねえか)」
そうだ、単純だ。逃げ切ればいいだけのこと、倒さなくていい傷つけなくていい。
今までの俺の考えた方を通せばいい。
「おるぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!?」
腹の奥から絞り出すように大きな叫び声を張り上げながら鉈で切りかかる。しかし対する男がこれの何倍もある大剣は振りまわすだけで風が巻きおこり、それは俺の肌を切り裂くほどに鋭く強大だった。
「くぁぁああ」
全身が刃に触れたのではいかというように自分は切り裂かれ、皮膚を裂かれた激痛が走り赤色の染みをTシャツに形作っていく。
「俺は……守らなきゃ……」
息切れと続く痛みの中で俺はそうしてまた決意の言葉を口にする。一方逃げているホニさんと桐を見渡す為か、空へと舞い上がる男。
「俺……も」
行かないと、追わないと。床を吹き飛ばし地面を蹴飛ばし、空へと踊る。振りかざされる大剣は空気を裂き、すぐ真下の家もろともぶち壊す。
見せつけられた力はあまりに巨大で、それでもまた全てを曝け出していないようにも感じ取れるその男のポーカーフェイスに俺は少しの絶望を抱く。
止まる訳にはいかない、進まないと、守らないと。
「あー……君は思いのほか頑張るね、以前の厄病神もこれほどまでに手ごたえがあってほしかったよ」
その男の言う事は聞こえない、聞く余裕もない。しかしそこには少し期待はずれによる失望感が含まれているニュアンスではあったようにも思える。
男の心情を汲み取ることは二の次三の次で、俺の視界に映るホニさんを消そうとする男の容姿を捉え、そして襲いかかるだけ。
「でも、未熟だね」
「ぐっはぁ!?」
横滑りに振られた剣先は皮膚を裂くどころか脇骨をも砕く。風を巻き起こすほどの威力が人の体にぶつかれば、それが軽傷で済むはずがなかった。
「接続者はただただ、いいように使われているだけの虚しい存在だね」
「そ……んなこと!」
「あるんだよ、だから僕たちはしなければらない。この世界の為にも自分の為にも」
「がぁっ」
俺は剣の平で撃ち落とされ、抗う力が無いままにコンクリートの地面に身体を衝突させ、いくつかの骨を砕く。
あー、これは……正直に危険だ。死ぬ一歩手前の激痛を何度も感じたことがある、そして今回はそうだった。
意識がぐらつき、目の前にはかろうじて映される、俺に駆けよろうと走り出すホニさんと、それを止めようとする桐の姿。
「ユウジさんっ! ユウジさん!」
「ホニ! 行くなっ」
桐の言う事も無視して駆けよるホニさんに俺は。身体の一つ動かすことが出来ない苦痛の中で声を捻りだす。
「逃げろ……今すぐここを」
あまりにも情けない、守ることさえできない。それが悔しくて仕方ない。
そしてこれからが俺にとって最悪な展開になりうることを……俺はどこかで知っていた。
ホニさんはきっと俺に傷を負わせた男をに怒りを燃やし、そして――
「……駄目だよユウジさん、我はここまで傷ついたユウジさんを放り出せないよ」
「やめ……ろホニさん」
「今すぐこっちに来るのじゃ! そうでないとっ……ぁ」
「き、桐!?」
俺の傾いた視界からは倒れる桐の姿が見える。全ての神経が急に途切れて一斉に言う事を聞かなくなったように、身体を立つことさえ維持できないほどに弱った桐の身体が地面へと崩れ落ちる。
地面に伏せられた桐は目を閉じて延々と眠りにつく姫をそれは連想させた――桐は見た目通りに華奢で繊細で、そして今こうして倒れてしまった。
身体を動かせずに思考だけがかろうじて動く今の俺は、その時に前兆はいくらでもあったことをふいに思い出していた。
最近の不調、なつまつりに行く気力さえなく、俺の部屋に入り浸り眠る毎日、重量制御時間の減少。
重量制御の減少は思えば初陣の次からも始まっていた。
「はは」
俺は乾いた笑いが血の味しかしない口から零れる
桐が俺を馬鹿にしてのはなぜだろう――全ては俺に悟らせない為の空元気。
俺の部屋で度々寝ていたのは――疲れがたまりにたまって仕方なかったから。
桐がなぜここまで力を使えたのか?
桐はそんなあまりにも人間離れしたことを行って、それでいて自分の身に何も影響はなかったのか?
そんな桐に頼り過ぎていたら、結果どうなるかを俺は知っていたか?
気付かない俺は馬鹿だったのだ。俺が問い詰めれば良かった……唇を噛み締める度に後悔という血の味が広がっていく。
桐は俺にはモノ申す癖に自分には厳しく何も言わない、心配させたくないからのことだとしたら――それは優しすぎた。
思い出す度に桐のおかげで今日の今日までやってこれたことを自覚する。鍛錬も戦いも、そのサポートにきっと桐は全力だったのだ。
だから今日、その来るべき限界が来てしまった。
「これ以上はユウジさんを、桐を――傷つけさせない!」
俺と桐の倒れる姿を見て、涙を流し、そして自然が狂い、ホニさんの怒りに合わせて激しさを増していく。
そうしてホニさんは空へと向かう、男の元へと。
「神様は崇拝者がいることで存在できるように、接続者が瀕死の今では……あまりに脆いものだね」
遠くでも聞こえるその声と、身体を裂かれて痛みに喘ぐホニさんの声が聞こえる。
それは耳を塞ぎたいほどに、今俺が感じる痛みの中では飛びきりの激痛だった。
「やめてくれ……これ以上は、これ以上は……!」
手を必死に伸ばして力を入れようとしても、それは叶わない。空へは俺の手は届かない。見上げることしか俺には出来ない。
そして――
「あぁっ」
風が止み、雷が収まり、植物は枯れゆく。ホニさんが地面へと落ち、そうして戦いを挑まれた全ての者が倒れ、地面に平伏した。
関節が行ってはいけない方向へと曲がり、時々痙攣を起こしては血を身体のあちらこちらから溢れさせる……あまりにひどい惨状を、そのホニさんを俺は目と鼻の先で見てしまった。
「ホニ……さんっ」
倒れたホニさんは少し経つとピクリともせずに地面へと血の溜まりを広げる。
そんな完全に命の灯が消えかけたホニさんの体に、音は大剣を突き刺した。
俺はそれから指一本が届かなかった。近く、傍で、手を少し伸ばせば届いただろう。
しかし痛め付けられた肉体はいい加減にしろと言わんばかり、意識に反して動くのを拒んだ。
俺は無力で、ホニさんが壊されていく様を見せられるという自分が傷つけられることよりも痛く苦しい拷問を受け続けさせられていた。
そして唯一僅かに残った肺の空気を吐き出して声をあげることしか出来ない。
「ホニぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
打ち抜かれ、裂かれ、あちこちから血を吹き出して生き絶えていく様を動かない体はまじまじと俺へ見せつける。
あまりに惨く、残酷で。もうどうすることも出来ない。
「ちくしょうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
それは断末魔だった。街中に響くほどの悲痛の叫びは本人が生き絶えるまで続いた。一人を思い、後悔し、失望し、全て失い、その全てが闇へと誘われていく。
それは、ある一つの物語が最悪で最低で最初から存在した終わりで完結した。
登場人物がどれだけ理不尽に感じても、それは数ある結末の一つだった。
そう、これはいわゆる一つのゲームオーバー。
√2バッドエンド。
* *
「……またいらっしゃいましたか」
人気の無い教室で、訪れる者を待つように机に腰をかける一人の女性がある人物の訪れを予感してそう呟く。
「おはようございます、下之ユウジ」
前髪で目元を大きく隠す深い緑色の髪をした女子生徒の格好の女性、一組の机で顔をあげる青年に声をかけた。