第277話 √2-82 G.O.D.
「――重量制御。人物指定男一人、綿毛のような軽さへと――書換。追加申請、重量制御を指定した人物への一任。制限時間八分五七秒」
「きたっ」
地面で足元を爆発させるように空へと舞い上がる。その空いつも雨澄が弓矢を構えて待っている――
「――――くっ」
「たぁっ!」
矢が放たれては下へは落とさず勢いを抑えた上で軌道を変えて下を走るホニさん達に当たらないようにする。
「(桐っ、今そっちに雨澄が行くけど全力で守る)」
「(心得た、全力で逃げさせてもらうぞ)」
雨澄が身を翻して向かうのはホニさんと桐、流れ弾の矢を避けるべくの薄い透明の膜のようなもので対処していたが、本人狙いでやられたらそうは持たない。
俺は足元の空虚を思い切り蹴り飛ばし、飛び降りる雨澄を抜かしてホニさんの前へと立ちふさがる。
「地上戦ってことか」
「――――今度こそは」
分間に何本の矢が放たれているのか、それを知る術を持たず数える暇もない。
無限に表れる矢を装填しては撃って撃って撃って。
「――――なぜお前は私に傷をつけない」
「特に意味はないっ」
矢を寸前で地面へと叩き起こしバックステップで撃たれる矢を払い落す。
「――それは慈悲か、それとも侮辱か」
「どっちでもねえ、俺はただそれが好かないだけだ」
「――甚だしい偽善」
「お褒めの言葉ありがとう、俺は大切な人を守りたいし、それを脅かすお前も傷つけたくない――偽善者でとんだ我儘野郎だ」
「――理解してまで、なぜそれを止めない」
「生理的に無理だから、俺はそんなことに慣れたくないからだ」
「――お前は戦いを甘くみている、私を侮辱している」
「………………」
繰り返される戦いの結末はいつも同じ。ホニさん達が逃げ切り、そして俺が逃げ切り虚界から抜け出すことで終わる。
週一のこの曜日に必ず雨澄は訪れ襲う。それは虚界を張る為には力いり、それを溜めるのには時間がかかる――雨澄とってはちょうど一週間。
それは今までブレることなく、それは行われた。
俺があしらうように逃げ切る様を何度も見せつけられて、相当に屈辱さていると思っているだろう。
分かっていてもそれをどうすることも出来ない。俺が見つけた、血に染まらずに唯一の生き残る方法。
そう俺はひどく、残酷だった。
「とうりゃあっ!」
「――!?」
雨澄の弓を弾き、遥か彼方へと飛んでいく。
無限に装填される矢があれど、それを撃つ為の弓がなければどうすることも出来ない。
雨澄はこのほかに体術を使うが、飛び道具にはどうしても劣る。
「――はぁっ、たぁっ!」
「…………」
俺はそれを避け続ける。消化試合のような虚しささえあった。
もうこれは完全に結末は見えてしまったのだ。
そう、そして俺たちは逃げ切った。
八月十二日
あれから一週間が経った。
逃げ切り元の世界に戻る頃には雨澄は消えうせている。それはいつのものことだった。
しかしその日の雨澄は明らかに調子が悪かった。
弓は手放すことは稀しかなく、それでも取り戻しまた撃り始める。
しかしそれをすることはなかった。
体術を知っていたのも、弓を持ちながら試みていたことがあったからで。
体術一つで挑んだのは、おそらくは先週ぐらい。
「……どうしたものか」
机にある桐の作った謎ドリンクを眺める。
桐曰く「とりあえず八月中に作れるのはそれで最後じゃ」と言われ五本ほどの瓶が手渡されていた。
浴びるように飲んでいた時期が有った気がするが、それはとてつもなく苦いもので決して戦いなど無ければ好き好んで飲むモノではない。
戦いと鍛錬の際に飲んで、毎回激しいおう吐感に見舞わながらも飲む。すると疲弊した体は何故かスッキリとして、活力が戻る。
睡眠不足でも過不足なく行動できる――良薬口に苦しとは言うが、これも桐チートの一つで、対価としてその苦味は小さすぎた。
「……今日はいいか」
朝の調子は相変わらず悪いが、それでも日中は元気だった。
まだ温存しておこうと考え、俺は机にそれを置いて一階へと降りて玄関から外へと出る。
「今日も暑いな……」
夏は八月の前半を終えようとしていても十分に暑い。
「(桐も調子悪いみたいだしな)」
あの戦いの後は、一日中に眠りこけた。俺の部屋で。
流石に疲れる原因の大きな一つである俺が拒むこともせずに、桐はまだ俺の部屋で体を横たえている。
その時にまた世界の色が変わる。
「桐、ホニさん!」
「あ、ぁああっ! 今鉈を持って降りるぞ!」
「ユウジさん!」
そして今日も戦いが始まる。雨澄との一騎打ち、逃げて逃げて逃げ切る。そうするだけで――
「おい…………」
「ユウジィ!」
「ユウジさんっ」
世界の色が、かつての青色から変わっていく。
全体が黒々として、それでいて薄い色が濃く染まり、濃い色は薄くへと近づく。
黒が白に、白が黒に。
「反転……!?」
その世界はネガフィルムのように色が反転していく、それは今までの青や赤の一緒くたにされた世界よりも不気味で仕方なかった。
「さっきまでは雨澄の虚界だったはずなのに……?」
先程までは冷たい青の世界だった。それが外に三人揃った途端に色を変えた。
そして隣に居る桐の顔は寝起きのはずなのに硬直し起った事象に恐怖に怯える。
「……これは……ついに」
訪れるものが誰かが分からない、雨澄でも銃使いでもない――少なくともこの町に三人居るアイツらの、残り一人……!
「やぁ、どうも。どうにも仲間が力尽きちゃって、その代役として来た者です」
それは男の声、すらりと伸びた長身と少しばかり高い声は好青年のイメージがある。
ただ空へと浮き、背負った大剣がなければ、あくまで一般人だった。
「それでは消させてもらうよ異に接続者?」
戦いを挑まれ、守り抜こうと奮闘したが――俺は。




