第271話 √2-76 G.O.D.
こういうのを合い間合い間に挟むと効果的だったかもしれん
HRS√2-4
我は今から何百もの……いや何千ものの季節が過ぎる中をあの場所で過ごして来た。
生まれ、仲間とともに山を駆け抜けていたその時に――
「(っ!?)」
後ろ足を力強く走っていたところで石へとぶつけてしまった。勢いづいた足は固い石へとぶつかると骨の軋む音と激痛が走る。
草むらの地面に倒れ痛さに悶えた。ズキズキと痛む足は地に足をつけることが難しいまでに痛み始めてしまった。
たったそれだけで――走れないだけで、仲間は我一個人を待ってはくれない。仲間が去りゆく中で我は何度も悲痛の叫びをあげる。
それでも彼らは、彼女らは走り去っていく。後ろに目もくれることなく。
そう我たちではついて来れないモノはそこで終わったようなものなのだ。
過ぎゆく後ろ姿をただ眺め声をあげることしかできない我は、絶望の淵に落ちた。
* *
仲間がとっくに去り、静寂を取り戻す頃。辺りは痛みに嗚咽あげながら我は横たわる。
「(このまま我はここで朽ちるのだろうか)
そう思うと虚しくなる、長く長くなにも口に出来ない時はあったが今度はどうだろう。
足を痛め体を動かせない我はいつまで生きることができるのだろうか?
ふいに涙が溢れ、すすり泣く――これで終わったしまうことが悲しくてしかたなかった。
そんな時だった。
「――――――」
仲間ではない、二本立ちの生き物――仲間内ではサルやニンゲンと呼ばれていた気がする。
そんなモノがこちらに近づいてくる。それが余りに突然で得体のしれない存在だったが故に我は横たわりながらも警戒する。
「――……――」
このモノが何を言っているのかは分からない、それがひどく怖い。
動かない我を食糧とするために近づいてきたのだろうか、そうに違いない。
「――――にこっ」
? その顔はどこか穏やかで、ニンゲンと言うモノを知らない我でも――警戒が緩んでしまった。
そして我の顔のすぐ近くには、肉のようなものが置かれる。
「(!)」
久しぶりの食べ物。いつぶりだろう、倒れてから一つの夜しか過ごしていないが――それは魅力的で誘惑に満ちていた。
罠かもしれない、いやでもここで逃したら。そして我は誘惑に負けるように――それにしゃぶりついた。
「――にこっ」
そのモノの表情は我たちの間でもあるような笑顔だった。
なにか子供をあやすような優しい顔でもあった。
「――――」
するとモノは去っていく。相変わらず何を言っているのかは分からない。
ただ、我の直感のようなもので――また、来る。と言っているように思えた。
* *
二つの夜が明けた。
その朝には以前と同じようにモノが訪れた。そして以前と同じように肉がおかれる。
「――――にこっ」
疑いなく食いついた肉はやはり美味しいものだった。そしてそのモノの笑顔も良いものだった。
我は警戒することを忘れて、そのモノの顔を覗きこんでいた。
そして我は気付く。きっとこのモノに我は助けられたのだと。未だに痛む足に気を付けるように体を起こす。
そのモノは少なくとも若くても鋭い我が歯をみせても驚きも怖がることもなかった。
「――――」
そう思えば我に手を伸ばしてくる、一体何をするのか分からないが。警戒に声を震わすが我の何倍もあるであろうそのモノに抗う気持ちは萎む。
そして――
「(!?)」
そのモノは我の頭の上を、さらさらと優しく撫でた。
「――――にこっ」
突然のことで、それでいてどこかくすぐったく……心地いい。
なんなのだろうか、これは一体なんなのだろうか。
「――――」
そうかと思えばモノは去っていく。そしてまたあのモノが来るような気がした。
* *
足を痛めてから七度の月が昇り夜が明けた。
その頃には痛みも治まり始め、数日でも体を動かさないことでたるんでしまったものを引き締めるように走り回った。
このまま仲間を追いかけても食糧探しに出ても良かったが――またあのモノが来てくれるような気がしたから我はここに居た。
「――――」
そうしてそのモノはやってきた。手には我の食べる肉を持って。そうして我が歩いて行くとその場におかれた。
ようやく走り回れるようになった我は、肉を食べる前に少し戻る。モノはどこか不思議そうな表情を浮かべていた。
そして我が口にくわえて持ってきたのは朱色の瑞々しい果実で、食べると甘酸っぱい味がするものだった。
それを見つけ、何かお礼のようなものがしたくて持ってきた。
「!」
驚いたような表情をそのモノは浮かべると、我が甘噛みする果実を手に取った。その反対の手で我の頭をまた撫でる。
それがやはり心地よくて――
そのモノは我を手招いた。こっちてこっちへと。
我は何か恩返しがしたかった。実際のところ命を救ってもらったそのモノに。
連れられた場所は、何かニンゲンの住処だった。
そこには我らは食べないが緑の穂を揺らす「田」というものや土色からひょっこりと小さな緑や葉が生える「畑」が有った。
畑はニンゲンよりも背がひくく、軽快に飛んで廻る「猿」というものがニンゲンに追いかけられながらも手には畑の緑を掴んでいた。
「――――」
それを見たモノはどこか困ったような悲しそうな目をした。それを見ているのが嫌で、そんな顔をさせていrのが猿に我は思った。
途端に声をあげて走る出す我、猿を追いかけ追いかけ――そうして追い払った。
久しぶりに走ったのもあるだろうが、治りかけの足はやはり痛む。
しかしそのモノは我が立ち止まるのを見るとまた頭を嬉しそうに撫でた。
そうだ、きっとこのモノは畑を荒らされるのが嫌なのだろう。
我に出来ることだと――ニンゲンやそのモノ以外が畑に近づくのを拒めばいいのだろう。
そうすれば撫でてもらえる……?
我はそうして、自分の役柄を見つけた。畑を守るという我なりの恩返しを。
それから我はそのモノや他のニンゲンの畑や田を守った。
吠えて近づく獣を追い払い、その度に我の下には食べ物を置いたり撫でてくれたりもした。
そうして我は、このニンゲンの住処で居場所をみつけた。
* *
それから季節を何周もする頃、体も弱り始めていた。
そのモノ達に役立とうと奮起してはいたが、限界も訪れていた。
その日は強い風の日だった。雨の日だった。
獣を追い払うことは出来ても、風や雨に抗うことは出来ない。
いつしか屋根のあるあのモノの住処で我は過ごしていた。
目覚めるとそのモノが居ないことに気付いた我は、住処を出た。
風が吹き荒れ、雨が叩きつけるその中にそのモノの姿はあった。
何か畑に忘れ物をしたのか、そのモノは嵐の中に居たのだ。
「(!)」
そのモノの畑は岩壁の近くにあった、そんな岩壁から大きな岩が崩れ落ちようとしていた。
「(だめ――そこに居ては)」
我は走った、そしてモノに体当たりをして少しでも突き飛ばした。
「(あっ――――)」
思う頃には我は岩に潰され、そうして我の一生は幕を閉じた。
* *
気付けばそこは空だった。様々な呪縛から解かれるようにして我は身軽に気がしてさえいた。
どうしたものかと見下ろすと――
「(ああ……そっか)」
我の亡きがらが岩に潰されそこにはあった。
「――――――」
泣いているそのモノが我の亡きがらを何度も撫でる。
「(ああ、もう撫でてくれるものはいないのか)」
そう思うとなんとも名残惜しい、でも我はそこまで悲観的ではなかった。
あのモノを最後に救えたのが嬉しかったのもある。
「(心残りは……ないかな)」
恩返しできた――はずだ。だから我もここに居る意味はもうないかもしれない。
だとしたら。
「(でも、もっとモノの言葉を知りたかったな)」
ニンゲンの話す言葉な余りにも複雑で、そのモノの言う言葉を理解するのにもかなりかかった。
いや全てを理解することは叶わずに「ありがとう」「だめ」などの本当に少ない言葉だった。
「(知りたい……かな)」
言葉を、ニンゲンであるそのモノの心も。畑で追い払うことをしていて、やってくる人間の持ってくる様々なモノにも興味がある。
「(もう少しだけ……?)」
そうして我は知りたいという欲求に身を任せ、しばらくは居続けることにした。
* *
何十もの季節が回る。
あのモノは既にこの場所にはいない、それでも我は知りたい欲求に駆られていた。
「(モノ……懐かしいなあ)」
あれからいつほど経っただろう、ここも様変わりした。ニンゲン……人も年を取り召されるごとに亡くなり、生まれた。
それが繰り返されていくさまを、我の亡きがらの埋められている岩の間上から見渡す。
いつの間にか「神社」と呼ばれるものも近くには建ち、そこの近くには人の抜け殻が埋められた。
「おお、狼さんだ!」
我が熟し黄金色の実を付けた田を歩いていると、小さい子供がそんなことを言う。
しかしその田には今は我のみしかおらず、他の狼も居ることにはいるがこの田にはいなかった。
どういう訳か我の姿を見えるものが居るようで「霊感が強い」と呼ばれているらしい。
我はとっくに死んで人の言う彷徨える魂になっていることから、我が見えるのは限られるらしい。
「子供……か」
声は通じないことが殆どで、それでも我は人語を喋れるまでに勉強した。
過ぎゆく季節をただ過ごしていたわけではない、我は「知り」続けた。
「おお、狼さん喋った! すげー」
「…………」
その子供はどこか無邪気で、微笑ましい。それをどう言葉にするのかは分からずに黙ってしまう。
「狼さん、ずっと田んぼとか畑にいるよねー」
「…………」
我はそう。ここらの田んぼや畑を回っている。
何故か噂のようでは我が「大地を踏めば、土が肥え」「空を見上げれば陽の光が注ぎ」「鳴けば空から雨の恵み」となっているようで。
偶然に違いないのに、そうして我のことは伝わり続けていた。それが言われ続けているのが嬉しくて仕方なかった。
まだ我は空虚な存在でも居続けられているのだろう、と。
「田んぼの穂に、狼さん~」
幼き子供は歌を歌う。
「穂に、穂に、穂に~」
我もどこかその音に合わせるように頭を動かしていた。
「穂に……ホニ……そうだ! 狼さん、狼さんのことホニさんて呼んでいいか?」
ホニ? 田んぼの穂にいるから、ホニ?
「ホ……ニ?」
「ホニさん! うん、ホニさん!」
そうして一人の子供に名づけられたのが、この名前だった。
それからその名前は広がっていく――この集落にはここに居続ける狼のことを「ホニ様」と呼ぶようになった。