第270話 √2-75 G.O.D.
好きな子ほど苛めてたい……そんな経験がありませんでしたか? 自分は少しありますよゲヘヘ
俺はホニさんとすっかり闇色に染まった墓場を豆電球が頼りない懐中電灯の明かりのみで歩みを進めている。
「ユウジさんユウジさん!」
「ん?」
まだ話す時ではない、だから俺は今はホニさんとの時間を過ごしていた。
「今日は星が綺麗だねー」
「……おおー」
歩きながらもホニさんがなんとも嬉しそうに空を見上げているのにつられて俺も空を仰ぐ。
そこには闇色だけでない燦々とまでは行かないでも確固たる存在を主張する輝く星が有った。
俺は星についてはよく知らない……だとしても今日は空気が澄んでいて午前中は忌々しいほどの晴天だったのも手伝ってか、鮮明にその星は映る。
「……わぁー!」
ホニさんは何百年もここで過ごしていた――何度この空を仰いだのだろうか、何度同じ季節を過ごしたのだろうか。
それでもホニさんは未だに好奇に溢れる視線を興味の対象を空へと向けていた。その姿が俺にはどこか……痛々しくて。
「……ホニさん」
「なにかな?」
「いや……今日はとびきり綺麗な気がしてな」
空を見上げる機会なんて滅多にない、夜空なら尚更。
それだけ俺含めて現代人は前か下を向いて歩き、生きている――そう思うとホニさんが眩しくも見えてくる。
太陽のように明るく、周囲に幸せを振りまく極上の笑顔、幾度に変わり続ける様々な表情――その全てが、ホニさんが可愛くて隠れがちだけども確かに存在する美しい彼女の要素。
「ユウジさん、あのね……」
「ああ」
二人は顔を合わせずに、空を見上げながら会話をする。空へ語りかけるように、空から語られることを聞くように。
「ユウジさんがね……我と一緒に歩いてくれるのが実は凄い嬉しいんだ」
「俺も凄い嬉しいぞ、ホニさんが一緒に行ってくれて本当に良かった」
あのホニさんがやって来た直後に俺はホニさんに向いて俺は肝試しのペアになってほしいと伝えた。
断られたら色々と心が折られそうだったが――『うんっ、我は大歓迎だよ!』という一つ返事で承諾してくれたのだ。
するとホニさんは俺の方へと向き直ってから首と手を横に振って、
「ううん! 我が本当は誘おうと思ってたから……でもユウジさんが誘ってくれて――本当だよ? 我も誘おうとしたんだからね!」
こういう”信じてほしい”というような意思表示にあたふたとするホニさんは可愛い。
「それなら俺は嬉しいもんだな、ありがとなホニさん」
「えっ、え……う、うん?」
なんでお礼を言われたのだろう、というように不可思議なことを目の当たりにしたように首を傾げるホニさんは。
「ホニさん、もう少しだな」
「うん……」
見つめるように歩いていた二人はまた道の先へと視線へ戻す、墓場を抜けて少しの木々を過ぎれば――
「ついたね」
「ああ」
目の前に見える神社の本殿のことを指さずに、右へと向いた先。
「……もう一つの季節が過ぎたんだね」
それはホニさんと出会った場所。春から夏へと変わりゆく季節の中で様々なことがあった。
ホニさんが住むことになって、家事を教えたりゲームしたり。
戦ったり、学校に通い始めたり、そして戦ったり、体育祭に出たり。
俺はものの見事に打ち負かされてホニさんに助けられたり――少しの真実を知ってしまったり。
「早いもんだな、三か月も経った……」
いや三カ月しか経っていないのか?
それでもこれまでの時間がこれまでの人生の中でも飛びきり濃厚で、驚くほどに変化に満ちていた。
今見える景色も、価値観も普通であることのありがたさも、おそらくは自分自身も。
俺は変わった……いや、今のこの時に変わるのだ。
仮面の外を撫でるようにしか触れることのできなかった余りにも臆病な俺は、これまでで終わり。
俺は知りたい。ホニさんのことを、たくさんのことを――俺は知ってみたい。
無邪気な表情の中に時折見せる憂げでもあり達観しているようでもあり懐かしむようでもあり……寂しそうでも有るような。
その小さい横顔にはどれほどの膨大な世界が詰まっているのか……気になって仕方なかったのだ。
「ホニさん。あのさ」
「…………」
俺のどこか真剣な声を聞いて、ホニさんは沈黙しじっと俺を見据えていた。
それがホニさんを傷つけることになったとしても……ホニさんが未知を知りたい欲求と同じように俺にも興味があるのだ。
それもこれもホニさんをもっと知りたいから、その理由はきっと――――好きなのかもしれない。
今は家族としてはとにかくに。それからは――分からない。
「俺にホニさんのことを教えてほしい」
あまりに抽象的で、何を指すのかも定かでもない。
聞かれた当人は質問した者に対して疑問符を浮かべることが間違いない発言だった。
のはず、だった。
「……そっか、うん」
そう短く答え、僅かの間を置いて。何かを考えるようにしてから、
「ユウジさんは我のことをなんで知りたいの?」
それは至極真っ当な発言だった、いきなりそんなことを言われても困ることしかできない。
でもホニさんのそれは困るというより、聞き直すようにも聞こえた。
「ホニさんが気になるから……俺にとっての大事な人だから」
俺は今の素直に思う気持ちを絞りだすように続けて、
「ホニさんのことをもっと知りたいんだ」
それはとんでもないほどに恥ずかしく直球な気持ちをぶつける。
「……ユウジさんは、それを聞いて後悔しない?」
「え?」
「ユウジさんには嫌われてほしくない、これからも一緒にいたいから――だから」
「嫌わない」
「なんでそう言い切れるのかな?」
俺の知っている魔法の言葉、どこか言うだけで俺は自身で納得してしまう。
「ホニさんは、可愛い」
「……っ、ユウジさんはもう! そもそもこの容姿は――」
少女を寄り代にして――銃使いが言うことが誤りでないならば、だ。
「俺はホニさんの可愛さは容姿にあると思う……だがしかし!」
俺は思っていた。その長く床に着かんばかりの艶やかな黒髪も、今にも吸い込まれそうな大きな瞳にどこか幼い顔と女子中学生ほどの発展途上の可愛らしい背丈。
容姿どれもこれもが可愛い要素の一つでもあるが、それは所詮一つなのだ。
「俺はホニさん自身が可愛いと思う」
「え……えっ!?」
目新しいものに目が無い好奇心に溢れるお茶目さと、ころころと百面相のように変わりゆく表情――それとは別にどこかで確かに気遣ってくれるその心。
そんなホニさんが魅力的で、非常に可愛らしい。
「ホニさんの全てひっくるめて俺は――可愛いと思う」
「……ユウジさん、それは褒めてるのかな。聞いててすっごい恥ずかしいよ!」
羞恥のようなもので頬を赤らめ、少し怒るホニさん……本人はやっぱり自覚ないんだろうなあ。
「褒めてるに決まってる。俺にとって、今まで出会ったどんな人の中でも――群を抜いての可愛さを誇るのがホニさんだからな」
「っっっっっ!?」
完全に先程までの凝り固まったような空気をぶち壊して、ホニさんを茹であがらせた。
「ち、調子狂うなあ……ユウジさんは意地悪だ」
「おおう、その発言はちょっとばかりショックだぞ」
可愛い子ほど苛めたくなる……なるほど、その感覚が少しわかってくるものだ。
「はぁ……なんか一人で空回りした気分だよ」
ため息をつくホニさんでさえ絵になるというのだから、もう素晴らしい。
「でも、そうまで言ってくれるなら……そこまで言ってくれるとは思わなかったけど」
よせよ、照れるだろ。
「ユウジさん、我の過去を知っても後悔しない? きっと嫌われるかも――」
「好きです」
「え、はぁっ!?」
「嫌いになるわけないだろって……そんなことで心変わりするほどに生半可な気持ちじゃない、俺はホニさんのことを知りたいんだ」
何百年にも及ぶその記憶は――あまりに膨大で、あまりに重いものなのかもしれない。
それでも俺は……
「教えてくれ、ホニさんのこと」
しっかりと向き直って、ホニさんの瞳をただ一心に見て言い放った。
「うん……分かったよ、じゃあ話すよ。我の始まりと、それからのこととを……かな?」
そうしてホニさんは語りだす。
どうしてホニさんはここに居たのか、どう過ごして来たのか。
俺とホニさんは神社の階段に腰掛けて、そんな長い長いおとぎ話のようなことを話してくれた――




