第264話 √2-69 G.O.D.
久しぶりの学校回……なのだけれどもシリアス気味は継続中、だめだなー俺
六月二二日
朝起きるといつもの居間には姉貴の姿があった。
この場に来ているのは俺と姉貴だけで、他の女子勢は寝息をたてているか準備中といったところだろう。
「なあ、姉貴」
「おはようユウくん! それでなにかな? ユウくん」
「そういえば姉貴……ごめんな」
それは唐突な謝罪、俺には謝らなければならないことがあった。数日経っているというのに、どうにも言うタイミングが見つからず。
当の姉貴もそれについて聞いてこなかったこともあり、どうにも言う機会がなかった。
「ユウくんから謝られるなんて……あ、ありがとうございます」
「どこの師匠だ俺は、てか喜ぶな」
「だって! ユウくんからの言葉は侮蔑や罵りでも……最近は喋る機会も少ないから大切だよ!」
…………姉貴の俺への溺愛がかなり深いものだとは知っているが、まさかマゾ方面に進むとは。
なんというか、本当に残念な姉貴だよなあ。見かけも性格も悪くないのに……これだけで難あり判定余裕だからな。
「っ! ユウくんに心の内で褒められた気がするっ、すごい嬉しい! 勘だけど歓喜っ!」
「こえーよ、もはや超人級までに研ぎ澄まされたその勘は俺からしたら恐怖の対象だよ」
その勘が大体合っていることが恐ろしくて夜も安心して眠れなくなりそうだ。
「姉貴と話すと本題からだいぶ逸れるな……えーい黙って聞きやがってください」
「は、はいっ」
なんか正座して、告白を受ける女子のように頬を赤らめ……って違うからさ。
悪いけどそんな色びたことでもなければ、それなりに真面目なことだから……いや告白が不真面目ってことじゃないけれどな。
だがしかし、俺は今言おうとしたことは――ある種、姉貴に悪いことをしてしまった訳で。
「あのさー……勝手にホニさんを学校に行くことにして、すまん、というかごめんなさい」
それが言えなかった。登校の前日に「姉貴、これからホニさんが同じ学校に通う事になったからさ。理由はいつか話す」と言って納得したかも聞かないまま、ホニさんが学校に行くことになっていた。
その時姉貴は少しばかりは驚いていたけれども「じゃあ今度話してね、家事は今までと同じようにすればいいよね?」と聞こうとたことまで言われてしまった。
「え、なんでユウくんが謝るの?」
「いやさ殆ど突然でさ、姉貴に何にも知らせない内に……さ」
「ああー……」
ご飯を茶碗へよそう手を止めて、うーんと何か思い出すように姉貴は言った。
「少し驚いたけどね、でもきっと留守番って寂しいから。良かったと私は思うよ?」
姉貴の学校でのキッチリと引き締まった顔でも、俺へ向けるデレデレとした笑顔とも違う――母性のような包み込む優しい笑みを浮かべていた。
「そ、そうか?」
「うん、ホニちゃん家事はすごい良くこなしてくれてビックリしたし、和風料理はホニちゃんにお任せだしで助かってたけどね。でもきっと私たちが学校に行っている間は一人で寂しかったと思うんだ」
自分にそんな経験があるのか、また思い出すようにほんの上の宙をみて語る姉貴。
……まあ俺らの家庭は母が放任主義だからな、仕事上仕方ないし。どうしても母親的立ち位置は姉貴にならざるを得なかった感もある。
だから姉貴は俺が遊びにでかけている間も家事を一人でやって、それほど狭くも無いこの家に一人で居て――そんなことも多々あったのかもしれない。
「……そう、だよな」
「ホニちゃんは良い子だから、きっと学校も上手く行ってると思う。ユウくん、どうかな?」
「ああ、クラスメイトに空前絶後の人気者だな」
大げさでなく、それは本当だ。それが神様であるからだとして、それを抜いてもホニさんは可愛いくかなり魅力的だと俺は思う。
「良かった、ならいいんだよ。ユウくんが私に謝ることなんてもっとないよ、理由はどうあれホニちゃんが学校に行くことになったのは私も嬉しいんだから」
こんな表情を俺にみせるのはいつ以来だろうか、そう昔に見た訳でもないのに、どこか懐かしい感覚。
「姉貴……」
「ホニちゃんは、この下之家での大切な家族の一人でしょ? ユウくんも桐ちゃんもそして――」
「ああ、ありがとな……姉貴」
「ユウくんにお礼を言われると照れちゃうね……よーしご飯は通常の一五〇%盛りにしたげる!」
「いや気持ちはありがたいけど……朝から重いっす」
俺は苦笑しながらも、やっぱり姉貴は凄い女性だと内心思ってしまっていた――嘘偽りなくそれは本当な。
話し終えたその約二分後には最初にユイが、それから鈴なりに起きて居間に集まってくるのだった。
「ユウくーん、ホニちゃーん支度できたー?」
「ああ、今行く」
「うん、出来たよー」
最近はこの三人で登校することも良くある。ホニさんが学校に通い始めてからはユイがいつも通りに先に出るのはそのままに、俺と姉貴とホニさんで家を出る。
姉貴は生徒会で先に行くことがあることもあって、俺とホニさんとの二人登校も何度もある。
「じゃあ行ってくる」
「おお、いってくるがよいー(一応警戒はしておけ)」
心詠というよりテレパシーと言った方がいいであろう交信をしてくる桐、そしてその警告を忠告を、俺は勿論わかっていた。
「(わかってる、昨日の今日だからな)」
昨日は不意を突かれた感もあるが、俺の実力不足と戦いに慣れたことによる油断もあったと自覚している。
だからこれまで通りかそれ以上に身を引き締めないといけない。
「桐ー、行ってきますー」
そうして三人家を出る、昨日のような異常な世界を歩きはじめた俺にとってはこの通学路でさえ、平和であまりにも普通なその日常を噛みしめる一要素だった。
「そういえばユウジ。また失踪者だってよ」
学校につくなりいつものメンバーで集まって、アニメの話題をあげるのかと身構えているとマサヒロがそんなことを言ってきた。
「あー……本当に多いな」
「そんなんだよなー、今月だけでもう三人だぜ? 数えたら十数人だってよ」
「でもそれが本当なら大事件のはずだよね……テレビでは見るけど、言う程話題になっていない気がするね」
その俺とマサヒロのほかにユキも加わり、そのユキが言ったことを考える。
そういえばテレビの報道では見るが、ここまで頻発していると警戒の意を籠めて例えばなら休校処置が取られそうではある。
藍浜高校はなぜにそんな風にある種冷静なのだろうか、それに失踪事件を学校が知らせたのは「この学校の生徒」が失踪してから。
…………ありがちな、学校の隠ぺい体質が影響してのことなのか?
「集団失踪事件……なのでしょうけど、日が分散しすぎているのですよね」
思えばアイツらはどうしてコトナリと呼ばれるホニさんととコネクターとか言われる俺の「一組」を狙うのだろうか、集団でコトナリが居れば――表現は悪いが手っ取り早いはずだ。
何かアイツらは集団で実行を起こすことを拒んでいる理由があるとしたら――あの維持に力が要るとか言う”虚界”なのだろうか。
「うむー。どうにも不可解なりよ、警察も動いてるらしいけども、その証拠も痕跡も見つからないというね」
その理由は俺が知っている、そもそもアイツらは「何かを残す」ことをしないようにわざわざ世界を変えているからだ。
違う世界で消され――いや、あの男の言う通りならば”寄り代”ごと殺しているならばこっちに何かが残る訳が無い。
あくまであの世界に取り込まれた者のみぞ知り、それを伝える術は狙われ消される者には何もない。
……一種のファンタジーだが、あまりにもこれは完全犯罪すぎる。
「失踪者が出たのは四月の下旬からだったはず、それから一人二人と増えて言ったらしいな」
マサヒロがネットで拾ったかわからない情報を漏らしてくる……ニュースを殆どみていないせいで気付かなかったはそんな頃からか。
「しっかし、四月以前にも失踪事件があるんだよなー。った一人とはいえ、今も見つからない――さあユウジはどう推理する」
「い、いきなり推理言われてもな……最近の事件とは関係ねーんじゃないか? てか時期を教えてくれないとどう考えようも無い」
マサヒロがその質問に答える前に、ユイが急に身を乗り出して自分の出番だと言わんばかりにしゃしゃり出る。
「三月の上旬だったハズだぬ、それも引っ越して来たばかりの中学生少女……少女っ!」
「少女ポイントを強調してるのは、何か狙っている節でもあんのか?」
「ふふ、言ったでござろう……私は可愛い女の子と美少女が大好きだと!」
あー、そんな設定も有ったねー(なんか薄れてきてたけど)
「ユイ基準での美少女ってどんぐらいなんだ?」
「それを聞くか……お前も罪な男じゃのう」
げへへお代官さまこそ、って乗ればいいのかコレは。
「だってユウジの周りにはアタシを除いて美少女ぞろいじゃーんっ」
「……自分を除くと言うのはツッコミを入れてほしいが故か? 自虐的な」
「もー、こういう時は”ユイも可愛いよ”じゃんかよー」
「俺はこれからもその七色変化なユイの心境は読めそうにないっ!」
無理だろ、たまには直球投げてくれないとファールorストライク連続確定だっての。
「本当ユイには困ったもんだよ……なあホニさん」
「え……あ、うん……えと、なんだっけ?」
突然の振りでオドオドするホニさんが見たかった訳では……ないわけではない。が、少しばかりホニさんは動揺していた。
何か思い当たる節があったのか、たまに見せる沈黙しているホニさんの神妙な表情が……そこにはあった。
「ホニさん?」
「な、なんでもないよっ!」
そうして笑顔で笑う……けれども、それには少しの無理が入っているようにも見える。こう見えてしまったのも俺がホニさんの正体をまた疑問に思い始めたから……なのだろうか。
それでホニさんを可愛く思えなくなるのは、すごい嫌すぎるな。気のせいだろ、ホニさんは通常運行で可愛いわけだし。何の問題もないなっ、うん!
そうは思ってもホニさんの浮かべるそれからの表情が気になって仕方なかったのだった。
……ホニさんが気になることってなんだろうか。思い当たった節って、有ったとしたらなんだろうか。
あー……俺ってば本当にホニさんのことは何も知らないんだなあ。