第251話 √2-56 G.O.D.
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視点を変えて、地上を走る抜ける二人の女の子。
一人はセーラー服と長い長い黒髪と中学生程の身長を持ち、一人は小さく二つにまとめたツインテールの茶髪と少し長めの水色のプリーツスカートと大き目の桃色に何かのキャラクターがプリントされたTシャツを着た背丈を見る限りならば幼女。
その二人は幼女が妹で、お姉ちゃんである長髪の子の手を引くような構図。聞くだけならば微笑ましい姉妹の光景かもしれない――ただし、その状況下の違いでこうも一転するとは思いもしない。
「ホニっ」
「う、うんっ!」
世界の色が変わっていく光景を目の当たりにして、突然に下之ユウジは飛びあがる――体操選手のようにトランポリンを使うわけでもなく高く、高く。
「ユ、ユウジさんっ!?」
「今はともかく逃げるぞ!」
「え、え!?」
空を僅かに見上げると、そこには日常とかけ離れた光景が繰り広げられている。
空を飛ぶ手には鉈がある男子生徒と、同じく空を飛び弓矢を持つ女子生徒。
それから始まる、明らかな戦い。矢と鉈、一つの飛び道具と一つの鈍器が交錯する――
「桐! 桐っ! どういうことっ!? なんでユウジさんは――」
「……今は逃げることだけに集中するのじゃ」
「桐ッ、こんなの聞いてないよっ!」
* *
その戦いを避けられないことを知っていた。
誰かが戦うざるを得ない――想像が出来たはずなのに、なぜ我は考えることをしなかった?
怖かった。我自身が傷つくことが怖いことは確かで、桐もユウジさんも傷つくことが恐ろしかった。
じゃあ、誰が戦うのか。そしてユウジさんはなんと言ってくれた? 我が神様の力を見せてしまった時に。
『ああ、ああ! ……俺は強くなるよ、ホニさん』
強くなる。その言葉を聞いて、最近のユウジさんの様子を見て我は少なからず分かっていたのかもしれない……いやわかっていた。
近頃のユウジさんにどこか疲れの表情が滲んでいて、怪我もしていた。走って転んだだけで、全身にこの時代で使われるバンソウコウという傷を処置する札のようなものを貼る必要なんてないとわかっていた。
……ユウジさんが嘘をついている。我は感じ取っていた――でも聞くのが怖かった、それにユウジさんをきっと困らせてしまうと思ったから。
だから我は、何も言う事をしなかった。本当に臆病で卑怯だと我を思う、どうして桐の話を聞いている時も黙ることしかできなかったのか。
神様だから、力を使えるのに――なぜ我はそれを使うと言わなかったのか。
それを使ってしまうことで、僅かに残った希望と日常が崩れてしまう――だから我はユウジさんを気遣うことも微塵にしかせずに、日常を過ごして来た。
「(なんで……?)」
我は山を降りて世界を見て見たかった。ユウジさん達と出会えて一緒に過ごしたかった。
ただそれだけのことだったのに……我のせいでユウジさんも桐も巻き込まれて、異と言われ狙われるようになった。
理不尽で、許せない。どうしてなのだろう、どうして我なのだろう。どうして――
そして空を見上げると、宙には鉈を持って戦いに挑むユウジさんの姿。
我がどれだけ自己中心的だったかを思い知らされる。なぜユウジさんが戦わなければいけないの――それは我が居るから。
そんな我は桐に手を引かれて逃げるだけ……なんて我は酷いのだろう。
ユウジさんが戦わざるを得ない状況になっている――それは例え理不尽でも我がここに居るから、出会ってしまったから。
「我は……何も出来ないの?」
独り言だった、手に感じる桐の温かさもどこかに消え去ってしまう程に我の中ではぐるぐると後悔が渦巻く。
こんなことになるのなら――
「こんなことになるのなら、なんと思おうとしたのじゃ?」
「っ!」
心を見透かされたように桐がそう言った。
「ホニに今出来ることは、ここに存在することじゃ」
「でも我は! 我のせいでっ」
「お主には分からないのか? どれだけお主がユウジに愛されているのか、どれだけ想われているのか」
「想われて……?」
我を家族と最初に言って、あの狭く閉ざされた世界から連れ出してくれた恩人であり一緒に居ると幸せを感じる――ユウジさん。
そんなユウジさんは我を愛してくれていた? 想ってくれていた?
「羨ましいぐらいじゃ、まったく」
そんな風に普通に受け答えする中で宙からは矢が降り注ぎ、近づいた度に二人を守るように薄く透けた膜が現れて弾かれる。
「でも我は何もしないで、今でも桐に手を引かれることしかできないんだよ?」
「ああ、そうじゃな、でも少なくともユウジにとってはお主が心の支えになっておる」
「心の支えだなんて……我は何もしないのに」
「何もしないから、良いのじゃ」
「え」
我が何もしないことが良い……?
「我はこれでも神様で! 力だって、自然は見方をしてくれるのに――」
「お主が力を使うことはするな」
「っ! なんでよっ」
二人走る中で我は桐にそう言われる。一種の否定でもあり、それに我は逆上してしまう。そんな我の言葉に桐はこう返して来る。
「……使うことでわしがユウジが哀しむ結果になるとしてもか?」
あまりに予想外だった、そして”なんで?”という疑問が大きく膨れ上がって行く。
「我のせいで哀しむ?」
「今はわしの口からも言えんし、ユウジは知ってはいない。ただこれだけは言わせてもらう――力を使うのは止めるのじゃ」
神様なのに、力があるのに何もできない。桐の言う事で、散々冗談を言われたけれど今回ばかりは冗談ではなくその言葉には重さがあった。
「それじゃ我は……本当に無力だよ」
「それでいい、納得が出来ないのもわかる。自然を操り、人一人なんて直ぐにこらしめることが出来るのは勿論、それ以上にお主がどれだけ膨大な力を持ち操ることが出来るのかは分かっておる」
確かに我は恵みを、司る神で。ユウジさんには自然を操ることが出来ると言った――でも桐にはそれも言っていないはずで。
「なんで桐はそれを?」
「わしには何もかもお見通しじゃ」
それを踏まえて我に力を使うな、と言うのなら……我は諦めることしかできない。
「ともかく今は逃げるぞ――」
走っていた、ずっとずっと。かつて初めて訪れ短い時の買い物を楽しんだ商店街を抜けて行く――
あの時から何もかも変わってしまった。ユウジさんが誰かと会ったことで、そこから我を連れて走って……それから。
「ユウジさんは大丈夫……なの?」
「お主がチラリでもその戦いを見れたのならば、アレ以上のことをわしは教えてきた」
「それって!」
やっぱりユウジさんは戦う為に、危ないことをしてきた……ということなのだろう。
でも、我はそれなら知っておきたかった。隠れて、ユウジさんはこの戦いに備えていた……我の前ではそんな素振りは一切見せなかったのに。
「なんで我には言ってくれなかったの?」
「少なからずはバレると思ったがの、それでもお主が気張ってしまってはユウジが辛くなってしまう。あやつは人に気負わせることを嫌っておるからな」
「そ、そんな……」
ユウジさんは本当に気遣ってくれた……ユウジさんは優しすぎるよ、なんでそこまでしてくれるの?
家族と言ってくれて、一緒にいてくれて、こうして今は戦ってくれている。なぜなのだろう――
「それだけ何度も言うがお主は愛されているからじゃ」
…………いいのかな、この気持ち。我は桐のそれを聞いて、ユウジさんは戦いの真っ只中で桐も我を守ってくれているのに――嬉しかった。
ここまで愛情を向けてくれることが今までは無かった、都合の為に頭を下げてくる人らに我は恵みを与えただけ――
今は違う。ユウジさんも桐も違った。我の今の容姿だからかもしれない、それでも……愛を絆を繋がりを感じることは今までに無かった。
それなら……ユウジさん、我は信じていいんだよね?
我はここにいても、いいんだよね?
ユウジさんに頼っても……いいんだよね?
「わしにはとっくに頼っているくせして、今更何を言う」
「だ、だって!」
「しかしそれを嫌とも否とも言わん。少なくとも下之家に来た時点で、一緒に居る時点で”家族”なのじゃからな」
本当に皆、我に優しくしてくれる。こんな時に幸せを感じる我は……なんと悪い子なのだろう。
でも、少しだけ許してほしい……わがままだけれど、ほんの少しだけ。
「ユウジさん……どうか無事で」
呟いても桐は何も答えなかった……きっと大丈夫なのだろう。
力を使うことを出来ない、無力の我は――今は願う。ユウジさんが無事にまた顔をみせてくれますように、また日常に戻れますように。
ひどく楽観的で、あまりにも自己中心的だけれど――我はそう願った。