第246話 √2-51 G.O.D.
あと二十話で終わる自信がねェ……
学校が終わり家へと帰る。俺とホニさんが一緒に下校し、ユイはバイトへと直行、姉貴は今日も生徒会だ。
話しながらも周囲の視線や気配には気を使ってその何ら変わりない通学路を歩いて行く――幸いアイツらに遭遇することなく家へと辿りついた。
「おかえりじゃ」
「ただいまー」
「おう」
出迎えるのは数時間前まではわざわざ藍浜高校へと訪れ、情報と共に意味深な発言を残していった。
「なあ、桐。さっきのテレビのニュースの件はなんなんだ? 今の状況に何か関わりがあることなのか?」
「聞く以前に確かめてみるがよい、それを見ればお主ならば理解出来るかもしれん」
『○×県□市藍浜町で約一週間から小児や学生の失踪事件が相次いでいます。これまでに藍浜小学校三年三組堺陽太郎君、同じく五年五組の中島未来さん、藍浜中学校一年一組の折笠友美さん、同じく三年一組の寺西光輝の四人が未だ行方不明となっており、もし見かけられた方が――』
テレビを点けて、すぐにそんなニュースが流れていた。それは偶然なのか……いや、きっと攻略情報をも知る桐が図ったことなのだろう。
このニュースが本当ならば――
「なあ、桐。お前の見せたかったのはコレか?」
「愚問じゃな」
そうして考える。失踪事件、男女問わず、年は関係なく、名字だけ見れば四人の繋がりは皆無。
更には思い出す、アイツらの言葉を。コトナリを抹消する、関係のある者も消す――そこから考えられる答え。
「……つまりは今失踪してる人は、アイツらの被害者ってことか?」
「うむ。まあ断定出来る要素は無いが、ここまで失踪事件が一週間の内にあるというのは偶然ではないじゃろう」
ここまでほぼ集団での失踪が日頃にあったらたまったものでない。しかし思う――
「なあ、アイツらは俺たちを消すって言ったな。じゃあ俺らは消されるとどうなるんだ? 失踪した人らはどうなったんだ?」
「…………そうじゃな、話しておくべきかの」
俺が地面へと置いたテレビのリモコンを拾って電源を消すと、テレビを遮るように桐が俺の前へと立つ。
「以前にも結界は使い捨てのようなものと言ったことを覚えておるかの?」
「ああ、準備期間を要する上に使い捨てだって」
「……その使い捨てられる空間に取り残される、という表現が良いかの」
「っ! じゃあ、まさか」
嫌な予感がする。これから桐の言う事はきっと事実で、それはもう恐ろしいもんあのだろう――敏感になりつつある俺の第六感はそう悟り、全身が冷えて行くような感覚に陥る。そして桐は言い放った。
「そうじゃ、あの空間だから繰り出される能力で切り刻まれた血肉を抉り取られた揚句。そこに放置したまま空間をその残された抜け殻ごと消滅させる」
「なっ……」
空間ごと消し去られる。それがどんな意味をさすのか、それじゃ失踪した人らの末路は――
「アイツらが行動を制限されるのも、あの空間だけでの能力発動だけが理由ではない――消し去った事実を隠し誰にも知られない為のものでもあるのじゃ」
――言葉がない。それは”コトナリ”という差別から生まれた明確な人殺しじゃないか。
「異なることで調和を崩す」そんな類のことを言っていたのを覚えている――これは思った以上に捻くれて狂気に満ちた連中に反抗しているのかもしれない。
隣にはやっぱりホニさんが居て、なにも言わず。その恐れと怯えに体が震えるのを抑えながら、ずっと沈黙していた。
しばらくしてから鍛錬は始まる。
履きなれたスニーカーを履き、手にはナタリーを持ってから庭へと出る。
そこには既に桐が仁王立ちしていて、その顔には「始めるぞ」という意思を含んでいて、俺は声に出さず頷いた。
「”虚界”」
世界が変色していく。人の声が、町の音が遠のいて行く。
空は薄く水で薄めたベーシュのようなものに、雲は肌色がかかる。濃い背景は薄い茶色へ――セピア色の世界へ。
「今日は空中戦にも対応してもらう」
「く、空中!?」
聞き間違えでなければ――
「何か俺は飛行機にでも乗るのか?」
「違うぞ。あくまでお主が飛ぶのじゃ」
「それってどういう――」
俺が飛ぶ? 羽が翼が生える訳でもないのに、そんなこと――いや、まさかな。
いくらチートでもそんなことはできないだろう。
「重量制御。人物指定男一人、綿毛のような軽さへと――書き換え(チェンジ)」
「ちょっ――――うわっ!?」
俺の体は空へと飛ばされる、地球の引力が俺を地上に引きとめるのを完全に諦めたかのように――降下式アトラクションに感じる風圧を上昇することで受けているかのような。
アトラクションが苦手ならば胃の内容物が空へと吐き出されてもおかしくないほどの衝撃が一気に体を襲う。
体をじたばたと動かしていたせいで加速、加速を繰り返しあらぬ方向へと吹っ飛んでいたが、体の動きを止めることで飛ぶことも抑えられることに気付く。
「どーすーりゃーいーいーんーだーよー」
「まずはこの感覚に慣れるのじゃ」
「ってー言ーわーれーてーも」
右足を少しくいと動かしただけで左方向に上昇する。
ファンタジックに空も飛べるはず~、なんていう歌詞が浮かぶものの人間の俺はファンタジックにもなぜか飛んでいるという。
昼間飛行ってか……あー、そんな思考を展開するよりもこの体の操作に慣れないとマズイ。
「……っと、うわっ」
そういえばヘリコプターのラジコンって操作難しかったなー……いやいやそんなこと考える暇なんて――
「あれ?」
少し慣れてきた。つま先を地上へと向けて勢いを地面を蹴飛ばすとの同じ要領でやると前へと進み、かかとを地上へと向ければ減速。
右足を横に出すと左に、左足も以下略……ただし空中で蹴りを入れようとすると遊園地のアトラクションのコーヒーカップならば業務停止命令の出る恐ろしいほどの速さでその場で回転してしまうので注意が必要。
そんなことさえ気をつければなんと軽々と心地の良いものか。羽が生えたというより跳躍力が恐ろしいぐらいに向上した感じだろうか。
「よー慣れたのなら、和を投入するぞ」
「ちょ、待て! まだナタリー持ってな――ぎゃあああああ」
いや、あの。ギャグマンガみたいなノリですけど矢とか痛いとかいうレベルじゃねえから。
そんな「ボール投げるから打ってねー」みたいな草野球感覚で始めるんじゃねえぞ、オイ!
「はぁはぁ……」
「すまんすまん、持っておらんかったな」
「殺す気か!」
その冗談じゃねえ展開に矢が刺さる前に心臓止まりそうだったわ。
「まあ、まだ空中戦闘は難しそうじゃな」
「ああ……もう開始三秒でハチの巣だからな」
桐の現代医療を馬鹿にしているとしか思えない高速治癒能力に脱帽と拍子抜けを覚えつつも先程に射られた矢をブチ抜かれた後に庭に寝かされて一分もの治療を終える。
「今日は鉈の使い方じゃな」
「……鉈の使い方って言ったら切りかかるぐらいじゃねえの?」
「お主……それでは死ににいくようなものじゃぞ」
「それ以前になぜに鉈にセレクトされたのかが分からないんだが」
「それは運命じゃな」
「……ひどい運命を背負っちゃったもんだな。代えは効かないのか?」
「無理じゃな。一度選んだ武器は変えられぬ――という呪いがかかっておる」
「とんだクソゲーがなあ、オイ!」
このゲームにアクション要素があるってのにこの有り様だよ。
鉈とか重たいし、そもそもヒロインを守る主人公が使う武器じゃねえよ。大抵は敵の使い捨てのガタイの大きいキャラとがブンブン振りまわすってのに。
「それに、その鉈にはお主は愛されておる」
「……あんまり嬉しくは無いな」
「あとは強化術と鋭利術もかけておるから、そんじょそこらの日本刀も顔負けの鋭さと耐久性を誇るぞ」
「……まあいいや、確かにこの鉈には愛されてるかは知らないが。手に馴染んでるしな」
「それならよいじゃろう、それじゃ鉈の柄をバトンのように振り回して矢を弾く練習じゃ」
「ねええええええええええええええよ!」
……数時間後、なぜか俺は鉈回しをマスターした。なんでやねん。
その後は町内マラソンに腹筋数百回、昨日と同じ対雨澄戦の再現――今日だけで何度に死にかけたんだろうなあ、と思いながら体感時間八時間。実質ニ時間弱の練習は終わりを迎える。
果てしない疲労感に居間の畳に寝転び、数時間後の夕食を休息として過ごす。
「…………はぁ」
「ユウジさん」
「お、ホニさんか。どした?」
「ユウジさんは、昨日から何をしてるの? ……体中怪我してるみたいだし、疲れてるように見えるよ――」
「ああ、ちょっとな。そこら辺走ってきたんだ、俺ってばドジだから何度も転んでな。心配かけたならスマン」
「そ、そんなことないよ! でも、その走る意味って――」
「いや、体が鈍ってからちょっとな。だから桐にコーチしてもらってる」
「わかったよ…………でも無理はしないでね?」
「ああ、了解」
ホニさんには「強くなる」という初心表明やら決意を漏らしたけで、鍛錬内容は伝えていない。
……ホニさんはきっと知ったら、すごい気にしてくれるだろうけど――なんというか、いざあんな決意をしてしまった手前「実はポケモンで言うレベル一でした」なんて言えるはずがない。
桐に練習を頼んだことは知ってるだろうけど……桐が伝えていなければ、大丈夫のはずだ。
「今週が勝負……ってところか」
「え、ユウジさん?」
「なんでもなーいぜい。ホニさん、どうだ? ゲームでもするか?」
「っ! うん、いいの?」
「おうよ、とりあえずオセロでもすっか――桐ー、オセロ貸してくれー」
こんな日常が続くならば、いくら辛く瞬間的でも持続的でもな痛みを鍛錬で受けていたとしても――俺は頑張れる。
ホニさんがいるならば――
「(あれ?)」
そういえば俺は何度も同じような事を言っている気がする……決意も何度も何度もした。何かを言い聞かせるかのように何度も反復して。
……ホニさんの笑顔を守りたい。そんな一心なのは確かなのだけども、ふとあることも疑問に思えてくる――いや、気のせいか。気のせい、だよな?
「(勘違いだよな)」
そんな少々の考えは放り捨てて、桐の持ってきたオセロでホニさんと遊び始める。確かに言えることは、やっぱりこの時間は幸せだってことだ。