第249話 √2-54 G.O.D.
彼女との遭遇は一週間前のこと、彼女の言う”コトナリ”というものに俺とホニさんが該当したということからの一方的な攻撃。
それは理不尽で、その時俺はあまりにも無力だった。桐のあらかじめの助力が無ければそこで命を絶やしていただろう。
「…………」
『大人しく消されて――』
* *
逃げ続ける──というのに、わざわざに家の外に出て待ち構えることになったかと言えば。
桐曰く「わしらの家は最後の砦じゃからな。それに生憎休日だからとミナもおる。いくらわしが結界をを行うとしても、それまでに準備にミナに感付かれるのは厄介じゃ」
俺とホニさんはただでさえ桐を巻きこんでいるのだ。これ以上は家族も友人も巻き込もうとは思わないのは当たり前のことで、それに桐には力があるが姉貴がいくら運動神経抜群成績優秀でも――おそらくはこの非日常での抗う術にはなるように思えない。
それにアイツらの一人こと雨澄和は桐の学校侵入時に調べた際には「和はそれほどの力は無いと見える」と後々言っていた。
張れる結界の大きさ大きくては町一つ分、移動式でなく結界地点固定式(つまりは一度張った結界は動かすことが出来ず、空間に干渉する結界の場所は一切変動しない)
アウトドアでの寝床で例えるとしたらテントの杭を強く打ちつけて簡単には抜けないのと準備に時間のかかる結界地点固定式は同じ。移動式はキャンピングカーというところだろう、牽く車さえあれば移動は自由だが車分の燃料が発生する――下手な例で申し訳ないがそんなところだと解釈しておく。
そして雨澄にはそれほどの力が無いことを読みとれたことから、前回を同じ結界だと桐は予測――いやそうほぼ確信を持って言った。
雨澄の結界は場所が固定され、範囲も限定される――そう、だからその範囲から抜け出してしまえばいいのだ。
ということから家を出る結論に至った。
しかしあくまで俺は逃げる為──桐が俺をサポートしながら、俺は戦い逃げ続ける。
その勝敗は俺が逃げ切り、決界の外へと抜け出せたかによって決まる。一週間分に溜めた決界ならば前述の通り藍浜町ほどの規模。
捕まったら全てが終わる……俺にとっては生死を賭けた鬼ごっこという訳だ。
「ユウジ、準備はいいな?」
「……ああ」
右手に持つ白い絹布へと包まれた鉈が姿を現す――フザケた名前だとは思うが、こいつはナタリーで一週間の間は俺の身を守り練習相手に振りかざした武器だ。
手の肉刺が何度も潰れて、その度に桐が治癒してきた。少し血で薄汚れた柄も今では手に馴染んでいる。
その磨き抜かれた刃は今も変わらず美しい金属光沢を持ち、とても自分の血糊が度々吹きついたものとは思えない。
そう、これから始まる戦いを共にする――文字通りの相棒になっていた。
「ホニさん、いいか?」
「うん」
その時のホニさんはいつもの笑顔を忘れて、真剣でこれから始まる戦いに少しの恐怖を感じているようだった。
「大丈夫だ、ホニさん。俺たちは絶対に生き残るぞ?」
「……わかってるよ、でも我はやっぱり――」
「言ったであろう、ホニは力を無暗に使ってはならぬ。本当に危ない時だけと約束したじゃろうに」
「でも……それじゃ我は守られてるだけのお荷物」
「俺はいくら本人が言った言葉だとしてもお荷物だなんて許さねーぞ?」
「……ユウジさん、我は神様なんだよ? ユウジさんは人なんだよ?」
「ああ、でもな。俺はホニさんを神様とも思ったいるがそれ以上に――俺の大切な家族だ」
「っ! で、でも! 本当に桐やユウジさんが危険になったら――」
「そんな情けないことにならないよう努力するが、桐の言う事も聞いてやってな」
「……分かったよ、ユウジさん。桐」
「うむ、それでは出かけるとするかの――」
* *
世界がまた変わって行く――冷たく不気味なその世界はやはり全ての者や物を拒絶する空気感を漂わせる。
『――あなたをこの虚界に入れた覚えはない』
彼女は制服姿に弓を構える前に左手へと持ちながら、俺でもホニさんでもない二人の後ろにいる一人の幼女を目指し言った。
「ふむ、わしのことを指すか。入れられた覚えはないが、入った覚えはあるのう」
『――あなたが協力者ということ?』
「そうじゃな、しかし協力してるのもわしの利益の為じゃな」
『――――』
「なにしろ成功すればユウジからは接吻を貰えるからの」
「おい、こんな時に記憶と事実偽造してんじゃねえ」
「ユウジさん……それ本当?」
「いや、違うから。桐のそこら辺の業界人も大絶賛のほど大妄言だから」
「いいじゃろうに! 減るものでもなかろう」
「減るよ、精神的にじわじわとな!」
というかなんというここに来てこの緊張感の無さはなんなのだろう。
そんな様子を冷たい瞳とは違った不思議なものでも見るような視線で彼女は見つめているものだから、結構にお人よしな気もしてくる。
『――接続者なぜあなたはこの異と共にする?』
そう思うと彼女は未だ弓を構えることもせず質問を投げかけてきてすこし唖然とする。
「理由は単純明快だ」
本当に二つだけのこと。
「ホニさんは可愛い」
『――――?』
これまた「何をコイツは言っているのだろう」と言わんばかりに首を傾げる彼女。
「そして、ホニさんは俺たちの家族だからなっ!」
『――家族? わからない。容姿も何もかもが異なっているというのに』
「一緒に笑いあって、同じ家で生活を共にして、家事を手伝ってゲームで遊んだり――それだけで俺はもう家族でいいんじゃないかと思う、いや家族でいい」
『――理解できない』
「分からないと思うのも無理はないだろな、それは個人それぞれだからな。少なくとも俺は一緒にいるだけで楽しい人なら子なら――俺は誰だとしても他人の振りなんてせずに守ろうする、それが今の俺だ」
『――それが異なる、調和を崩す因子には変わりない。だから私はあなた達を消さざるを得ない、異の本人も接続者も協力者も、全て全て』
「ああ、分かりあおうだなんて今は思っちゃいない。だから今から俺は抗い続ける、お前にも他の奴らにもな」
『――――消えて貰う』
そうして一本の矢が、戦いの始まりを告げるように解き放たれた。




