最終話 イチャコラする、俺たち!
翌日。朝。
俺、林田琢丸は、今日も元気に登校している。
いや、いつも以上に、滅茶苦茶元気に登校している。
なぜなら、昨日、大好きだった女の子・桐野涼華と晴れて恋人になったからだ。
しかし、登校中の俺の隣に、彼女はいない。
別々に登校しているからだ。
別に、俺は桐野さんとの交際を隠したいってわけじゃない。
というか、むしろこれでもかってくらい、皆にオープンにしたいと考えている。
桐野さんは、美人だ。
だから、俺がちょっとでも隙を見せてしまったら、その瞬間他の誰かに奪われてしまわないかと、不安なのだ。
そんなわけで、俺はクラスのみんなにイチャイチャを見せつけていきたい。
それで心にダメージを負うものが現れても、俺達には何一つ罪はないのだから。
先手必勝、攻撃は最大の防御っていうだろ?
おや、ちょっと意味が違うって?細かいことは気にするな。
まあそんな風に考えている俺だが、じゃあなんで今日は別々に登校しているのかといえば…
桐野さんは今朝、早く登校してやるべきことがあったからだ。
校門をくぐり、靴箱を開けると、中には1通の手紙が入っていた。
これは、きっと俺にとって一生の宝物になるだろう。
結末がわかっていても、こうして桐野さんが俺のためだけに書いてくれた手紙を見ると、やっぱり最高に嬉しい気分だ。
ふと視線を脇にやると、陰からこそこそと橋澤さんたち3人が顔を覗かせていた。
彼女たちは、俺が手紙を受け取ったのを見てニヤニヤしていた。
俺も、手紙を見てニヤニヤしていた。
そして放課後。
この前の空き教室へと向かう俺。
そこには、桐野さんが1人、物憂げな表情で夕日をバックに黄昏ていた。
なんか絵になるな。
そんなゆるーいことを考えられるのも、全ては結末を知っているからなのだが、やはり雰囲気というのは大事だなと再確認する。
だんだんと気持ちが昂ってきた。
「あ、あの林田くん。君のことが、大好きです。良かったら、私と付き合ってください」
何か捻りのある告白かと身構えていたが、彼女の選んだものはいたってシンプルなそれだった。
だが、それが逆に俺の胸に刺さった。
俺に対して面と向かってそう言ってくれる彼女は、滅茶苦茶可愛かった。
「はい。こちらこそ、大好きです。俺で良かったら、是非よろしくお願いします」
だから、俺の返事は橋澤さんのときとは違って、嬉しい、だけではない。
もうそれをはるかに通り越した感情が色々と込み上げてきて、「ドッキリ大成功~♪」と言われるのがわかっていても、告白をOKする。
これによって、きっとさぞみじめな動画となることだろう。
だが、そんなことはどうでも良かった。
だって、俺たちの気持ちに嘘はないのだから。
ところが、ここで予想外の事態が起こった。
俺が返事をした直後、桐野さんは細い腕を俺の肩に回して…
「…!」
なんと、思いっきりキスをしてきたのだった。
まさかの展開に、困惑する俺。
「ド、ドッキ…」
微かに誰かの声が聞こえた気がしたが、その声は俺たちの空気に完全にかき消されていった。
大好きな彼女との初めてのキスは、いきなり口と口で、それも、とても濃厚なものだった。
キスが終わり、動揺して思わず目を瞑ってしまっていた俺が目を開けると、そこにはとろんとした瞳を揺らして、茶目っ気溢れる微笑みを浮かべた桐野さんがいた。
こいつ…こんな作戦を隠していたとは。
してやられた…
そしてふと脇を見れば、最早隠れることも忘れて、空き教室のドアの前で呆然と立ち尽くしている3人の姿があった。
そのうちの誰かが、かき消されそうなほど小さな声で呟く。
「う、嘘でしょ…」
そりゃ、そうなるよね。
俺ですら、びっくりしてるもん。
あいつら3人の呆けた顔を見るのは初めてで、それを見てちょっとだけ気分が良くなってしまったのは、俺の性格が歪んでいるからだろうか。
だが、そんなことよりも今、このときこそが真の目的を果たすチャンスなのだった。
俺は、ただ立ち尽くすだけの田中さんからスマホを強奪する。
「おい、また動画を取ってるんだろ?」
彼女のスマホにはカメラのアプリが起動されており、案の定、動画を撮影していた。
俺はそれをささっと操作して、メッセージアプリを経由して自分の端末へと動画を送信する。
よ、よっしゃー!
これで生涯、俺は桐野さんからの告白をリピート再生できることとなった。
きっと、これから人生でどんなに辛いことや悲しいことがあろうとも、俺はこの動画から勇気をもらい、立ち直ることができるだろう。
本当は転送だけ済ませるつもりだったのだが、もうこんな動画は見たくもないと田中さんが言うから、動画自体を田中さんの端末から消させてもらった。
しかし、これだけでは終われない。
目的は、もう一つある。
「おい。もう一つ、消すものがあるだろ」
それだけではピンと来なかった様子の田中さんに呆れつつ、俺は続ける。
「桐野さんを脅していた写真だ。俺の目の前で消せ」
そう。もう一つの目的とは、桐野さんの脅しの材料として利用していた画像を、田中さんの端末から削除させることだ。
今回の件はこれで済んだとしても、噓告ドッキリが上手くいかなかった逆恨みで、彼女たちがまた桐野さんに嫌なことをする可能性は否定できない。もちろん、田中さんのことだからPC等に画像のバックアップを取っていて、こんなことをさせても無駄かもしれない。けれど、この場で少しでも桐野さんのことを安心させてあげたかったのだ。
語気を少しだけ強めて言ったからかと思ったが、田中さんはすっかり俺達に興味をなくしたようで、指示に従って俺にその写真を見せようとした。
だが…
「…ま、待って!林田君、それは、見ちゃ…!」
これまで黙って俺たちの会話を見ていた桐野さんが、叫んだ。
それを聞いて、はっとする。
証拠となるように俺の目の前で消せ、と俺は言ったが、桐野さんが嫌がるほどの写真だ。
もしかすると彼女の名誉にかかわるものなのかもしれない。
いくら彼氏になったとはいえ、そんなものを俺が見ていいはずなんて…ない。
うわ、やってしまった
後で桐野さんにどう償えば良いだろうか。
咄嗟に目を閉じようとした俺だったが…
田中さんはそれよりも早く俺の目の前にスマホを差し出して…
見てしまった。
桐野さんがメイド服を着て、ノリノリで飲み物を運んでいる写真を。
聞けば、中三の頃の学祭で桐野さんはメイド喫茶の店員をしたことがあるらしく、実は桐野さんと同じ中学だった田中さんがその様子を盗み撮りしており、その写真を使って恥ずかしがる桐野さんのことを脅していたという。
…本当は田中さんは桐野さんのことが好きなのかな?
しかし、そんなことは置いといて。
問題なのは、俺が、一度は閉じようとした瞼が急に閉じられなくなってしまう病気に感染してしまったことだった。
なんて可愛いんだ…。
俺は目の前ですぐに消そうとする田中さんを静止して、その写真を俺のアカウントに転送した。
それから、田中さんの端末から消去して。
全てのことは済んだ。
♢♢♢
「たくまるくん!駅前に新しいケーキ屋さんができたみたいなんだけど、あの、1人で入りにくくて…」
「お。この抹茶メロンケーキってやつ超うまそうじゃん。今日の帰りにでも寄ってみようぜ」
「え、それなの…?」
今日も俺たちは、教室でイチャコラしています。
付き合い始めてから、桐野さんは俺のことをたくまるくん、と下の名前で呼んでくれるようになった。
はじめは『たっくん』とあだ名で呼んでくれたのだが、どうしても『る』の字が抜けてしまうのが嫌だった俺が、たくまると呼んでほしいと言ったからだ。
譲れないものがあっても、ときに相手を思って妥協点を探ること。
自分の気持ちに嘘をつかず、諦めない根性を大事にすること。
この2つのことは、相反していているのかもしれない。
だけど、仲の良い俺の両親を見ていると、俺にはどちらもとても大切なことに思えたから。
ちょっと意味は違うかもだけど、剛柔併せ持ったような、そんな人間に俺はなりたいと思っている。
まずはその一歩を。踏み出すことができたのではないだろうか。
…ちなみに俺は『キリちゃん』と呼んでみたら怒られたので、りょうか、と普通に呼んでいます。
はい、どうでもいい。
ちなみに、どうでもいい話ついでだけど、桐野さんにはあの後何度もメイド姿の写真を削除されそうになって、本当に危なかった。
田中さんとのトーク履歴ごと削除しようとするの、ほんとやめて。
束縛系地雷女みたいだぞ?
…まあどう考えても悪いのは俺なわけだけど、そこは俺としては譲れない部分なので、現在は改めてメイド服のコスプレに挑戦してくれないか、交渉中である。
費用は全部俺が持つと言っているのに、なぜOKしてくれないのだろうか。
まずは、涼華が必要以上に照れ屋さんで、可愛い服を着てくれないところからなんとかしていきたい。この前のデートのときも、地味な私服だったし…
ま、そんなこんなで前途多難ではあるが、今は毎日が幸せである。
ところで橋澤さんたちだが、あの一件以降、俺たちに絡んでくることはなくなった。
かといって、他の誰かに噓告をしかけるでもなく…
彼女たちは現在、誰が一番最初に彼氏をつくるかで競っているようだ。
教室でいちゃついている俺たちを見て、自分には彼氏がいないことを恥だと思ったらしい。
俺としては次の噓告の標的が現れないかが心配だったのだが、どうやらそんな相手はいないようで安心した。告白なんてしたら、自分たちには彼氏がいませんよ、と言っているようなものだからな。
そして、男性の視線をより意識するようになったからだろうか、最近の橋澤さんたちは以前よりも更に綺麗になったので、俺達男子からしても目の保養となって嬉しい変化だ。
彼女たちは元々容姿を気遣っていたとはいえ、派手過ぎず地味過ぎない現在の姿が、元の素材の良さが活かされていてとても…
「…。」
橋澤さんたちを遠目で眺めていたらふと冷たい視線を感じて、振り向けば、そこには少し拗ねたように髪を弄る桐野さんがいた。
この仕草を俺に見せてくれる理由は、クラスカーストに鈍感な俺でも、流石にわかってしまう。
だから同時に、これまでの人生では感じたことのない幸福感で満たされてゆくのだ。
桐野さんのこんな姿を見るのも、癖になってしまいそう。
やっぱり桐野さんが一番可愛い!
それを改めて実感した俺は、優しく彼女の頭を撫でるのであった。
これにて、完結です!!
(連載で投稿するの、初めてだったけどあっという間だった…)
少しでも楽しんでいただけたようでしたら、何よりです(^^)
こんな話を読んでみたいな、と今回も作者の自己満足成分多めで書いたお話でしたが、
お気持ちの分だけ、☆☆☆☆☆をポチポチしてくれると作者が喜びます(笑)
最後まで読んでくださりありがとうございました!