生と死/LIFE and DEATH
心拍を告げる機械音が耳に障る。
あの後、一命は取り留めたものの、未だ意識を取り戻さない彩世の傍でリョウは見守る事しか出来なかった。
顔以外は殆ど包帯を巻かれ、後遺症が残るかも知れないと医師から通告された。傷は深く、神経まで切れていたらしい。もう二度と、立って歌う事は叶わない……。その可能性も大いにあると。
「───リョウ」
静かに病室に入ってきた女性に、彼は目だけ動かす。
【ラフィルフラン】の時からお世話になっているマネージャーの葛城メノウだ。今もリョウと渡米した仲間二人のマネジメントを担当している。
「最悪だ」
「……どうしたの……?」
「クロージャー州でテロが起きた」
「それが……?」
「……ライブ中だった伏見と那月が巻き込まれた」
出てきた名前にリョウは瞬時に立ち上がった。
伏見と那月は【ラフィルフラン】のメンバーだ。幼馴染みで夢を叶える為に渡米した。人気は国を超えて博していたのでファンも相当居ただろう。
「ウソだろ……」
「いきなり会場が爆発したらしい……。二人はファンを守って重体だそうだ……」
「……巫山戯んなよ……。彩世の事でもパニクってんのに……」
「すぐに病院に運ばれて治療を受けてる。伏見の方は微かに意識があるそうだが……那月の方は……っ……」
彼女は辛そうに言葉を選んでいる。
「……諸に浴びたの……?」
「それに気付いて咄嗟にファンの子を遠ざけた瞬間に爆発したって……。救急隊が見た時には……右腕と片足が無かったって……」
「……そんな……」
「……済まない……。私の確認不足だ……」
「あんたは悪くない……!」
「ライブの日程もあっちの治安ももっとよく把握してれば……」
「そんなん……超能力者じゃないんだから分かるわけないよ……。テロが起きた場合なんて考えないだろ普通は……」
「……含めて私のミスだ……。ごめん……。私の所為で……っ……」
「葛城!」
過呼吸になっている彼女に気付き、リョウはナースコールを押した。すぐに看護師達が駆けつけ、彼女は別の部屋へ運ばれていった。それと同時に、見慣れた青年達が入ってきた。
「リョウ……」
ふらつくリョウを支えたのは、かつて共に活躍していた人気のロックユニット【メリルガーデン】 のレンと紫翠だ。【ラフィルフラン】とは今でも親しい関係にある。
「聞きました……。彩世の事も、伏見と那月の事も」
「テロの事はメディアでやってる。凄惨な映像だよ」
「……彩世は、まだ……?」
「…………気持ち悪い……」
急に込み上げてきた不安が体調をぐらつかせた。
二人の介抱でリョウは何とか倒れずに済んだ。
外に出ると新鮮な風と空気に癒され、そのまま外の休憩所で休む事にした。
「まだ、お加減宜しくないですか?」
「……大丈夫……。治ってきた」
それでもまだ顔色は悪く、二人は心配そうに見つめる。
「……悪い。お前らにも心配かけて……」
「緊急事態だろ。仕事どころじゃねぇ」
「あちらには向かわれるのですか……?」
「いや……。俺は行けない。彩世の傍に居たい……」
「まぁ……すげー騒ぎになってるし、行かない方が賢明か?」
「処置が終われば此方に運ばれて来るでしょうけど……」
「葛城サンもあんな状態だしな」
「二人は……ここに居ていいの……?」
申し訳無さそうにリョウが聞くと二人は優しく笑った。
「一人には出来ません」
「それに、病院の入口でマスコミが張ってる」
「もう聞きつけたのか……」
「彩世の事も報道されてた。犯人が自首したって」
「捕まったの?」
「怯えながら逮捕して欲しいと訴えたそうですよ」
「……そうか」
犯人が捕まった所で彩世の容態が変わる訳では無い。
それでもリョウは犯人を殴ってやりたかった。
「お仕事は休養された方が良いかと……」
儚い雰囲気を纏いながらレンが促す。
「俺まで休んだら、ファンが不安がる……」
「気持ちは分かります。ですが、今は彩世の傍に居て下さい」
「……でも……」
「大丈夫だよ。お前らのファンは早々に離れていきはしない」
断言するように言い切り、紫翠はリョウの肩を支えた。
「貴方が受けている仕事は、出来る限り【メリルガーデン】が代行します」
「だからお前はゆっくり休め」
「……ありがとう」
二人の親切心に涙が出る位、嬉しかった。
リョウはその日から仕事を休止し、彩世の見舞いに通った。
意識は無くとも怪我の方は回復に向かっているらしい。
伏見と那月の新たな情報はまだこちらにまで伝わってこなかった。
「リョウ」
いつものように病院へ行くと待合室付近で呼び止められた。ファンだろうかと一瞬応対に迷ったが、振り向いた瞬間、意外な人物に驚いた。
「……リヴィア……?」
彼の眼前には、大人びた雰囲気を放つかつての恋人が立っていた。白衣姿で右目のカラフルな眼帯が異彩を帯びている。
「久しぶりだね」
「……おぅ。此処の医者だったのか?」
「まだ研修医。看護の資格は取ったよ」
「凄いな。おめでとう」
「ありがと。リョウ……くんはお見舞い?」
「あぁ……。仲間が入院しててさ」
「……彩世くん……だね。院内でも騒ぎになってたよ」
「そうか」
「リョウくん達の事はここのスタッフ達が守るって。だからマスコミもテレビも中には入れさせない」
「頼もしいよ。ありがとう」
「若い奴らはすぐネタにしてたけど、あの人達に言われて口外しないって。えっと……なんとかガーデンって人達」
「おぉ……。レンと紫翠か」
「必死に頭下げられてうちらもこれは協力していかなきゃダメだって一丸になった。だから、外の心配は大丈夫だから」
「……色々迷惑かけるかもだけど、よろしくお願いします」
改めて一礼する。まさかこんなにも強い味方がいるとは思わなかった。
「うん。会えて良かった」
「俺も。研修、ファイト」
「ありがと。何かあったら相談してね」
「おぅ」
「レンくんと紫翠くんにもよろしく」
「分かった。またな」
互いに手を振り、彼女は仕事モードに切り替わった。
リョウも彩世の病室へ向かう。
見舞いに来るのは主にリョウだけだ。彩世の親は仕事が忙しいらしくなかなか来れない。
「───あ」
いつものように病室の扉を開けると先客が居た。
「……久しぶり……」
「おぉ……。来てくれたんだ、梨衣」
彼女はサクラの元恋人で今では人気作家として名を上げている。サクラが他界した後も【ラフィルフラン】とは交流しており、兄のレンと一緒に宴を行う事もあった。
「レンから聞いて、旦那に子ども任せて飛んできた」
「ありがとな」
「彩世にも世話になったし……。あたしはサクラを看取れなかったから……あの子の為ってのもある……から……」
声が震えている事に気付き、リョウは彼女の様子を窺った。
「那月と伏見の事も聞いた……」
「そうか」
「……なんで……。ラフィルばっかり……」
「嘆いたって仕方ない事だよ」
「だって……好きだったんだよ……。ラフィルの事……ずっと応援してた……。サクラの事も……もう逢えないって分かってても活躍が楽しみだった……。病気なんて知らなかったよ……」
「俺らもギリギリまで知らなかった。あいつの意志だ」
「……ごめん。泣きに来た訳じゃないんだ」
彼女は気を持ち直し、凛々しい顔つきを見せた。
「本当は、お前の様子を見に来たんだ」
「えっ」
「寂しかろうと思って」
「……今更。そんなヤワじゃねーよ」
「お前は一番優しいからな。想いに囚われるんじゃないかって心配だったんだ」
「そりゃどうも」
「……サクラが亡くなった時も、ユズが自殺した時も、あたしには何も出来なかった。逢いに行こうと思えば行けたんだ……。その後に、あの子も居なくなって……ラフィルが解散しちゃって……ファンだって相当な辛さ喰らったよ……」
「あぁ……。散々振り回して……それでも応援してもらって、温かい言葉とかレターとか沢山もらった……。感謝しかない」
「その想いをさ、ファンの人達に伝えたらどう?リョウの口から事実と今までの想いを、曝け出すのもいいと思うよ」
その提案にはリョウも驚いた。そこまで考えが回らなかった。
「……そうだな……。俺も暫く休むし……ちゃんと言わないと幻滅されるよな」
「無理はするな。あと、メディアに出るならレンにも伝えておけよ」
「うん。ありがとう、梨衣」
「何かあったら連絡して。うちは旦那も理解ある人だから力になれるよ」
「……ほんと、頼りになるね。サクラが惚れる訳だ」
「あったり前じゃん!」
「……また、お見舞い来てやって。いっぱい話しかけて欲しい」
「分かった」
「一人で帰るの?」
「タクシー使うから」
「気をつけてね」
「うん。リョウも、体調管理しっかりな」
「おぅ」
彼女を見送り、その暫くした後にレンが入室してきた。
「入れ違いか?」
「先程梨衣と会いました。タクシーで帰って行きましたよ」
「そっか。レンもありがとな」
「……紫翠も、仕事が終わり次第来るそうです」
「誰かしら見舞いに来るな」
「彩世は幸せ者ですね」
「あぁ、そうだよ。だから……一日でも早く目覚めて欲しい」
「そうですね……」
耳慣れない機械音が沈黙を強調させる。
リョウが先程梨衣と話した事をレンに伝えようとした時だった。
ガラッと物凄い勢いで扉が開かれ、息を切らした葛城が現れた。
「……葛城……?」
心配そうにリョウが声を掛けると、彼女は呼吸を整えて言った。
「……那月が……死んだ……」
その瞬間、体から力が抜けたみたいにリョウは膝から崩れ落ちた。