ユズ/YUZU
「燦。暇ならデートしない?」
平日の午後。
いつものように家事をしていた彼女をユズが誘った。
「今日、休みだっけ?」
「うん。俺だけオフ。明日から連勤になるけど」
「貴重な休みだね」
「そうだね。だから、燦との思い出作りたいなって」
「うん。いいよ」
「あとどれ位で終わるの?手伝おうか?」
「ありがと。洗濯物取り込むだけだからすぐ終わるよ」
「なら、先に準備しておく。燦、ゆっくりでいいから」
「ありがとう」
ユズは張り切った様子で自室へ戻り、服を選び出した。
その間に燦は残りの家事を片付け、手早く支度に取り掛かった。
今日はユズ以外のメンバーは個々の仕事で朝から居ない。全員休みの日がある事が奇跡な位、彼らは忙しなく過ごしていた。
「行きたい所とかある?」
「ユズのオススメの場所とか」
「あー……そしたら、ショッピングモール行きたい」
「この間出来た所?」
「そう。気になってたんだ」
「いいね。行こう行こう」
最近、都会では新しいスポットが続々と誕生している。先日出来たばかりのショッピングモールも広い敷地で沢山のお店が看板を出していた。メディアでも取り上げており、若い層の客が増えているらしい。
「ユズ、変装とかしないんだ?」
「逆にバレるでしょ。素でいた方が分からないもんだよ」
「スカウトされちゃうかもね」
「それは燦の方」
「可愛い子なら沢山いるよ」
「気取ってない子が好きかな、俺は」
不意に見せる微笑に惹き込まれそうになる。
【ラフィルフラン】の中でもユズはミステリアスな雰囲気で掴み所が無い。燦の親友も彼を推している。
「銀姫ちゃん、残念だったね。お仕事なんて…」
「休みを潰される仕事ってブラックじゃん。大丈夫なの?」
「ただの人手不足だから大丈夫だとは思うけど…」
「燦は敏感だもんね。そういうの」
「まぁね。メンタル崩壊したしね」
「そうやって言えるなら、少しは改善されてきた?」
「多少……?衝動的な事はあるけど……」
「飲まれそうになったら言ってね」
「……うん」
ユズは人の表情をよく観察している。だから気遣いにも長けているし、何より優しい。
「やっぱ混んでるか」
ショッピングモールの中は多くの人で賑わっていた。平日にも関わらず老若男女揃って客層が高い。
「見たいお店ある?」
「あ、CD買いたい」
「そしたら、二階かな……。本屋と繋がってるみたい」
「本も見たいな」
「俺も」
スッと差し出された手に燦は微笑みながら手を重ねる。
「体調悪くなったら言えよ」
「うん……。ありがとう」
先日の祭りの時も燦の顔色に気付いたのはユズだった。それまで燦は隠し通そうとしていたがあっさりとバレてしまい、休む様促された。彩世が付き合ってくれたお陰で道端で転ばずに済んだのも幸いだ。
「何のCD買うの?」
「勿論、ラフィルの」
「あれ?渡されてなかった?」
「あぁ、違う違う。自分で買いたいって言ったから」
「そういう所、律儀だな」
「欲しい物は自分で得ないと」
CDショップに着くと燦は一目散にラフィルのCDコーナーへ向かった。特設コーナーが設けられており、今まで出したCDがズラっと並べられていた。
「──あ。ジャケット違うんだ……」
「初回限定盤はね。値段もだけど」
「やっぱり初回限定盤って特別な感じするなぁ」
「特典も沢山付いてるしね。限定だから売れたら手に入らなくなるし」
「うん。堪能したいし、買ってくるね」
「ありがと」
ニコニコで会計をしに行く燦をユズは見守っていた。
他のアーティストのCDも品定めするが、今は自分達の歌が誰よりも一番だと思っているので、ユズは出口で彼女を待つ事にした。
「……あの……もしかして……ラフィルのユズさ」
「そうですけど、今日はプライベートなんで」
近付いてきた女子達を持ち前のスマイルで遠ざけ、距離を取った。そのまま手を振っていると燦が戻ってきたので何事も無かったかのようにその場から離れた。
「ファンの子達?」
「……かも。俺はファンサービスとか苦手だから」
「無視するよりは良いんじゃないかな」
「写真もサインもしたいけど、今は燦との時間が大事」
「……あ、りがと……」
「ほら。前向かないと転ぶよ」
自然なエスコートで燦を導く。
本屋も沢山の作品が棚に並べられており、新作コーナーには小説と漫画が一緒に紹介されていた。
「漫画読みたいけど、続き気になるからなぁ……」
「続編物じゃないやつって最近見ないね」
「アニメブームだし、長編タイトルが売れるんじゃない?ビーエルなら読み切りあるかな」
「燦も読むんだ?」
「好きだよ。絵も綺麗だし、設定重いやつは苦手だけど」
「男が読んでも面白い感じ?」
「腐男子って言葉がある位だから、ハマる人もいるみたい」
「同性愛者の話ねぇ……。そういう歌もアリかな?」
「大いにアリだと思うよ。ラフィルが歌えば切なさみたいなのも感じられると思う」
「……分かった。参考にしてみようかな。燦、どれ買うの?」
「とりあえず、ジャケ買いと、えろが多そうなやつ」
「表紙がえっちいね」
「唆るんだよ」
「……変態の会話みたい……」
「腐女子は変態好きだから」
戸惑う素振りもなく、燦は堂々と淫らな表紙の漫画を手に取っていく。ユズも裏表紙を見てみたが想像の遥か上をいっていたのですぐに伏せた。
「結構買ったな……」
「読むの楽しみ」
「重いだろ。俺が持つよ」
言いながら燦から荷物を受け取るとずっしりと漫画の重みが手に掛かった。
「お茶でもする?」
「そうだね……。空いてそうなお店入ろっか」
有名なカフェがあったので中を覗くとそれ程客入りは多くなかった。少しだけ値段が高いというのもあって若者の姿は少ない。高齢の方々が静かな音楽と珈琲を味わっている。
二人は空いていた奥の席に座り、メニューを見た。
「パフェがある」
「豪華だね。俺はアイス食べようかな」
「珈琲は?」
「カフェラテ」
「あたしはモカにしようかな」
ボタンを押し、店員に注文する。制服が可愛らしくて燦は見とれてしまった。
足の疲れが癒えてきた頃、頼んだパフェと珈琲が運ばれてきた。二人は香りの良い珈琲に気分も癒された。
「……燦は……したいとか思わないの?」
ボリューミーなパフェを味わっていた彼女にユズは気まずそうに聞いた。
「なにを?」
「……恋……とか……」
「癌になってなかったらしたいって思ったかもね。今は恋してもあたしが先に居なくなるから相手に申し訳ない」
「後悔しないの?」
「……今更かな。社会人になった時点で後悔ばっかりしてきたし、忘れる頃には末期だろうし。もっと上手に生きたかったな」
「俺らといるのは楽しい?」
「うん。毎日楽しいよ」
「そっか」
「今の内に歌も沢山聴いておかないとだし」
「またライブするから、燦には目の前で見てもらいたい」
「迫力凄そうだね」
「名のある演出家の方にも協力頂いてるから」
「ラフィルの歌は、支えだよ」
カフェモカでお口直しをしながら燦が改めて褒めた。
「出逢うまでは、知らない世界だった。アイドルに興味すら無かった。だから、歌を聴いて好きになった」
「……歌から入ったの?」
「銀姫ちゃんから動画見せて貰うまでは分からなかったし。歌声で虜にされた」
「……そう。珍しいな、外見からハマらないなんて」
「その動画、画質が良くなくて。でも歌は鮮明に聴こえた。歌詞が良いなって」
「そっか」
「ソロでアルバムとかは出さない?」
「……どうだろ……。その内?」
「みんな歌上手だから、更に人気出るよ」
「ありがと」
微笑むユズに見とれていると、外の方からガヤガヤと騒ぎ声が聞こえてきた。若い子達がそわそわしながらイベント広場の方へ向かっている。
「何か始まるのかな?」
「何かしらイベントやってるみたいだしね……。あ、書いてあった。有名なピアニストが来るんだって」
携帯で調べながらユズが知らせた。そういえば広いスペースに素敵なグランドピアノが置かれていた事を燦は思い出した。
「それにしては大盛況だね」
「配信とかも人気の人らしいよ」
「あー……最近流行ってるやつだ」
「俺らも偶にするけど、意外と体力勝負」
「目疲れちゃうよ」
「そこ?」
「コメントの文字とかちっちゃい」
「あぁ……慣れって怖いよな」
ユズはそのピアニストの配信動画を燦に見せた。美しい旋律が耳を癒してくれる。
「表現力……」
「ヤバいよね」
「しかも譜面無し……」
「絶対音感だって」
「嗚呼……最強の武器だ……」
「かっこいいよね、こういう姿勢も」
耳馴染みの音楽が流れてくる。それは携帯の動画からではなく、直接耳に響いてきた。
「始まったのかな」
「見に行く?」
「いいの?」
「……あぁ、バレる事気にしてる?」
「ユズに迷惑かかるかもしれない……」
「多少なら大丈夫。燦が見たいなら付き合う」
「……じゃあ……見に行こう」
二人は珈琲とスイーツを堪能してから店を出た。
広場へ行くと既に大勢の人混みが出来ており、ピアノの所までは距離があった。
「見えそう?」
「いや、全く……。でも、音は聴こえるから」
「有名な曲弾いてるね。本当に何でも表現出来るんだな」
流れるような旋律が人々を惹き付けていく。燦でも知っている曲が続け様に演奏されていった。
「メドレーになってるんだ」
「組み立て方も凄いな……」
沢山の人がいる中でユズの存在は一般人と変わらなかった。ここでの主役はあのピアニストで人々はその音楽に心酔している。ユズも唸る程の表現力だ。
「よく指が動くよね……」
「プロだしな。趣味で弾いてるのとは訳が違う」
「流石だ……」
「燦。もう少し前に行けそうだ」
「あ、本当だ」
時間の都合か、離れていく人達がいたのでそのスペースに移動した。先程よりも音がよく聴こえた。
「割と美人……」
「綺麗な人だね」
「指も細すぎ……」
「あ、この曲……」
ふと曲調が変わり、聴き慣れた旋律が流れてきた。
「……俺らの歌じゃん」
「ラフィルの曲も弾けるんだね」
「…………燦。少し待ってて」
その一言で彼の意志を理解した燦は笑顔で頷き、前に出ていくユズを見守っていた。
曲がイントロから弾かれていたのでユズは出だしから歌いながらピアニストの側へと移動していった。
突然の歌声に歓声が上がり、加えて【ラフィルフラン】のユズだと分かった瞬間から盛り上がりは最高潮になった。ピアニストもサプライズに驚きながらも指は止まらずちゃんと音が奏でられていた。
「やば……。なんでユズがいんの……?」
「サプライズ?」
キャッキャキャッキャと喜ぶファン達を他所に、ユズとピアノの旋律が完全に一致した。
恐らく初対面であろう二人の息がピッタリで会場はそのプロの技に聴き入っていた。
【ラフィルフラン】のリードボーカルでもあるユズの歌声はマイクも無しに全体に響き渡っており、その声量と正確な音程に息を呑む。彩世が目立ってしまう傾向に見られるが、ユズの歌声も評価は高い。
そんな彼と一瞬目が合った燦はドキッとした。本来なら、生きる世界が違う存在だ。その境界線を超えて彼らと共に生活している。それが普通だと勘違いしてしまいそうになるくらい、近い存在になっていた。
胸の高鳴りは軈て痛みを伴って違和感とともに呼吸が乱れてきた。突発的にくる発作のようなものだ。視界が歪み、身体がふらつく。倒れそうになる燦を誰かが支えてくれた。
「……お前……」
意識が朦朧としてきたのと同時に目の前が真っ暗になり、燦の記憶はそこから途絶えている。
久々にソロで歌ったユズは気持ちも昂っていていつの間にか楽しんでいた事に気付いた。拍手喝采の中、ピアニストの人と挨拶を交わし聴いてくれた人々に一礼した。
「……あれ……?」
先程まで燦がいた場所に視線を移すとそこに彼女は居なかった。見渡してもそれらしき人影は無い。
「燦……?」
「どうかされました?」
ユズの異変に気付いたピアニストが声を掛けた。
「連れが見当たらない……」
「迷子ですか?」
「いや……さっきまであそこに居たんだけど……」
「──私が人々の気を惹きます。その最中に」
「ありがと、マリア」
マリア・フライトと名乗ったピアニストは息を整え、また曲を弾き始めた。その一音に人々はまた心酔していく。惚けている人々の間を掻い潜りながらユズはなんとか広場から抜け出した。
何処を見ても燦の姿は無く、不安が大きくなっていく。
「───ユズ」
不意に呼ばれ、その声の主にユズは警戒した。
「……紫翠……」
「そんな怖い顔するなよ、同期だろ?」
「……何でこんな所に?」
「プライベート。お前こそ、何してんの?」
「こっちもプライベートだよ」
「さっきのも?えらい注目されてたな」
「あれは……歌いたかっただけだ……」
「ならもっとちゃんと歌えよ、下手くそ」
派手な赤い髪を一つに結び、サングラスを掛けた青年。
紫翠と呼ばれた彼は【メリルガーデン】のボーカルで、【ラフィルフラン】 とはほぼ同時にデビューした。お互い人気も高くライバル意識も高い。ユズはあまり好意を持てなかった。
「誰か探してんの?」
「ちょっと……一緒に来てた子がいて……」
「もしかして女?」
「……そうだけど」
「燦なら、さっき救護室に運んだぜ」
「はぁ!?」
いきなり燦の名を出され、ユズは声が大きくなってしまった。
「具合悪そうにしてたから、お前が気持ちよく歌ってる間にオレが介抱してやったんだよ」
「なっ……。変なことしてないよね?」
「さぁ?暫く傍に居たら落ち着いたみたいで今は眠ってる」
「……そう」
「病人連れ出してデートするなら、最後まで側に付いててやれよ。一番辛い時に居ないなんて最低だぞ」
「っ……、分かってる……」
「覚悟が足らねぇんじゃねぇの?」
冷たく言い放ち、紫翠は人混みの中に消えていった。
ユズはすぐに救護室へと向かい、燦の容態を確認した。
本当に眠っているだけで、安堵に包まれた。
「……良かった……」
「……ユズ?」
「燦……!ごめん、俺……」
「……あぁ……そっか。倒れたんだっけ……?記憶が……」
頭もぼんやりしている。燦はユズが歌っていた所までしか覚えていない。
「ユズが運んでくれたの……?」
「……いや……俺じゃない……。燦を助けたのは」
「───オレだよ」
いつから居たのか、腕組みしながらドアに寄りかかっている紫翠の姿があった。
「……あっ……!あれ……?」
「お前、オレの事もう忘れたの?記憶力無さすぎ」
「……ごめん……。最近……人の顔も覚えられなくて……」
「【メリルガーデン】の紫翠って言ったら記憶蘇る?」
「……あぁ。紫翠だ……ごめんごめん。久しぶり」
「いいよ。今度はオレとデートしようぜ」
「うん、いいよ」
「燦!」
サラッと了承する彼女をユズが止めた。
「危険だって」
「でも……お礼もしたいし……」
「そうそう。恩人には礼儀を返すものだ」
これ差し入れ、と紫翠はドーナツの描かれた箱を渡した。
「美味しそう……!ありがとう、紫翠」
「味わって食べろよ。限定品なんだから」
「人気のお店だよね?並んだの?」
「予約してたから徒労は無い」
「流石だね」
「体調、もういいの?」
「うん……。休んだら治まった」
「癌の症状?」
紫翠も燦の病気の事は知っていた。以前、音楽番組の観覧に行った際、ラフィルの楽屋と間違えて彼の楽屋を訪れてしまった事が切っ掛けで親しい関係になった。
「何が起きてもおかしくないって言われてるから。今日は軽めで済んだから良かった」
「そうか。用心に越したことはないな」
「紫翠も今日休み?」
「あぁ。お前に会えて良かったぜ、燦」
「あたしも」
「今日はもう帰った方が良いんじゃねぇ?家でゆっくり……」
「紫翠も来る?」
「え、マジ?お邪魔していいの?」
「折角会えたんだし、こうやって話す機会も無いと思うし」
「まぁ、そうだな。燦に誘われたら行くしかねーな」
「あ、漫画も買ったから紫翠も読まない?」
「良いぜ。一緒に読むか?」
目の前でイチャイチャされ、ユズは完全に入る隙を見失った。燦は紫翠の事を好いている。それは仕方の無い事だと理解していても苛立ちは増すばかりだ。
「ユズ、寄りたいお店ある?」
「えっ……」
「まだ見てないお店あったら……」
「いや、大丈夫だよ。燦の方が優先」
「……ごめん、迷惑掛けちゃって」
「思ってないよ。一緒に来れて楽しかったし」
「それなら……良かった……」
「オレも用事済んだし、少ししたら出るか?」
「そうだね」
雰囲気に耐えられず、ユズは手洗いに外に出た。付き合わせてしまった責任もある為、燦の思いを無下には出来ない。
そのまま三人で帰宅し、燦は紫翠を持て成していた。
「うっわ、なにこれ……。燦、ヘンタイじゃん」
彼女が買った漫画を見た紫翠はその淫らな絵の表紙に顔を引き攣らせていた。
「腐女子は変態なんだよ」
「……そんなサラッと言うことか……」
「紫翠も読んだらハマるよ」
「同性愛者のラブロマンスだろ?しかも男同士って……。気持ち悪い」
それが十分前に放っていた紫翠の言葉。燦の半ば強引な誘惑で本を手にした紫翠は夢中で読み進めていた。
「単純だな」
「ユズは読んだ?」
「さっき。絵が綺麗だと読みやすいね」
「でしょ?しかもえろい所なんか興奮しちゃう」
「……そういう気持ちにもなるの?」
「うん。だからネットで今度はノーマルラブを堪能します」
「好きなんだね、アダルト……」
「めっちゃ好き」
自信たっぷりに言い切れる所が燦の良い所だ。
「今日は誘ってくれてありがとう、ユズ。気分転換にもなった」
「……良かった。また行きたいな」
「うん。今度は倒れない様にするから」
「程々に」
彼女を独占出来る時間は限られている。メンバーだって燦と過ごしたいと思っているだろうし、ましてや恋人になんて大それた事だ。だから、ユズは行き場の無い想いを内の中に秘めた。
「────あ!紫翠が来てる」
「うわ、ほんとだ……」
帰宅するなりサクラはすぐに紫翠に気付き、その後ろにいた伏見も紫翠だと確認して表情が冷めた。
「今日は姫からの誘いなんで。寛がせて貰うぜ」
「まぁ、居る分には良いけど」
「那月が騒ぎ出しそうだな」
「おかえり。サクラ、伏見」
燦も二人に気付き、出迎える。
「ただいま」
「……燦。具合悪い?顔赤いよ」
サクラに指摘され、彼女は先程までアダルトな世界観に浸っていた事を恥じた。
「熱ではない……」
「ほんと?我慢してない?」
「うん……。これはちょっと漫画を見てて……」
「……分かった。ぼーいずらぶだろ。えろいの好きだな」
「そう!だから興奮してたというかそれで火照ってる感じ」
「……なら良いけど」
サクラは納得し、着替えに自室へ向かった。
「なぁ、燦。今日、彩世遅いの?」
やっと漫画を読み終えた紫翠が聞いた。彼らのスケジュールは燦も把握している。
「確か、夜中まで掛かるって言ってたかな」
「あー……あいつ今ドラマか。撮影は大変だよな」
「なにか用事あった?あ、言伝とか?」
「大した事じゃねぇから後でいいわ。燦、腹減った」
「え、あ……!もうそんな時間か!今から作るね!」
意外と時間が経っていたので燦は急いで夕飯の支度に取り掛かった。
「ご飯も食べていくの?」
「いいだろー?偶には燦のご飯食いてぇし」
「……図々しいな」
堂々とした紫翠の振る舞いにユズは溜息をついた。