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通常運転

「事件です……」


端末を片手に、(あきら)は仕事帰りの皆に伝えた。


「皿でも割ったか?」

「いえ……。もっと片付けが複雑で……」

「洗濯機壊れた?」

「いや……機械は大丈夫……」

「検査入院とか?燦、体調悪い?」

「今は平気……。いや、それより……」

「重大な話?」

「それです!まさにヤバい状況です……」


皆が落ち着き始めた頃、燦は端末の画面を見せた。

そこには同窓会の招待状らしき文面が表示されている。


「なんだ、同窓会か」

「オレらに配慮してたの?」

「…………あたし、大学の友達とは縁切れてて……」

「あぁ、顔合わせたくないってやつ?」

「それもあるけど……。社会人一年目の時に色々やらかして……あたしとは付き合えないって連絡先消されたんだよね……」

「なら行かなきゃ良いだけじゃん」


サクラがサラッと結論を言う。


「下の文見て……。全員参加だと嬉しいって書いてあるから……行かなきゃ後で何言われるか分からない……」

「そんなもん、幹事に文句言えよ。全員参加なんで来ましたって。会いたくないって言われたら帰ってくればいいんだよ」


リョウもはっきりと意見を伝えた。


「パーティ会場貸し切ってやるみたいだから……パーティドレスも用意しなきゃだし……」

「それなら任せろ。気前の良いスタイリストさんから借りてくるから」

「本当?!」

「おぅ!心配するな」

「ありがとう、リョウ」

「それ、一人で行くの?」


不安そうな声色でユズが聞く。


「連れの人もOKだって。皆、パートナーと来るんじゃないかなぁ」

「だったら、お前もそうしたらいい」

「……え?」

「私がパートナーとして同行しよう」


挙手しながら伏見が提案した。


「伏見ズルい!ボクだって燦と行きたいよ!」

「どう考えても私が適任だろう?」

「理由は?」

「まず那月。お前は楽しくなったら周りが見えなくなるだろう。燦を一人にしかねない」

「うっ……。そう言われたら何も言えない……」


那月はシュンとなりながら納得していた。


「リョウは熱くなる質だから揉め事を起こしかねないし、ユズは何をしでかすか未知数だ。サクラはガン飛ばしそうだし、彩世は浮世離れしてるから失礼があるかもしれない。そう考えると私しか居ないだろう?」


言い終えるのと同時に伏見は燦へ視線を落とした。


「まぁ……そう言われたら……そうかも……」

「それに彩世はお酒弱いから危ないよ。サクラだって飲めないもんね ?」


可愛い笑顔で那月がトドメを刺す。


「五月蝿い」

「伏見はお酒も強いし、ちゃんと燦守ってくれそうだし。あとスーツが一番似合いそう」

「あぁ……確かに」

「燦は飲酒出来るのか?」

「飲めるけど……一応控えてる。変なアレルギー反応起こしたら嫌だし……」

「賢明だな。日時と場所を教えてくれ」

「うん」


二人が仲良く打ち合わせしているのを那月達は羨ましそうに眺めていた。




その夜、少しだけ気分が悪くなった燦は皆を起こさないようにキッチンへと向かった。冷蔵庫からそっと水を取り出し、コップ半分の量を一気に飲んだ。身体の内がスッキリした感じになり、不快感も治まった。


「眠れないの?」


いきなり背後から声を掛けられ、燦はビクッと反応した。


「彩世……」

「具合悪い?」

「水飲んだら治ったよ。彩世は……」

「喉乾いたから」

「そっか」

「同窓会……本当に行くの?」

「……うん。誘われた事は断らないようにしたい」

「さっき言ってた、やらかしたって何したの?」


彩世は単刀直入に聞いた。


「あー……聞こえ悪くなっちゃうんだけど、ネットワークビジネスで友達誘いまくってたんだよね……」

「なにそれ」

「ネズミ講みたいなやつ」

「あぁ、マルチ商法か」

「当時は知識がなかったからさぁ、友達と一緒に仕事出来るなら楽しいじゃんってそれしか思ってなかったから」

「それで、友達失った訳」

「今考えるとやり方急いだなぁって。もっと考えてやるべきだったわ」

「……やらなきゃ良かったとは思わなかったの?」

「それは無い。知らない世界で働いてる子に興味あったんだよ」

「マルチ商法って嫌な印象しかないけど、ちゃんと本質見極めれば悪質でも何でも無いんだよな」

「……詳しいんだね」

「おれの友達も似たような事やって散々な目にあったって。だから少しは知識ある」

「あぁ、それで」

「今はやってないの?」

「うん。誘ってくれた子が辞めちゃってバリバリ稼いでた子も家族持ったから今は会えるかどうかさえ難しい」

「それなら出逢って良かったんじゃない?」

「まぁ、後悔はしてないよ」

「良かった」

「久々にこの話したわ……。聞いてくれてありがとう」

「どういたしまして」


静かな微笑に胸が高鳴る。


「じゃあ、おやすみ……」

「一緒に寝る?」

「……那月は?」

「今日はサクラと寝てる」

「……明日早い?」

「九時に出れば問題無し」

「なら、お言葉に甘えて」


断る理由も無かったので燦はそのまま彩世の部屋にお邪魔した。

その夜は夢を見ることも無く熟睡出来た。


「燦。パーティドレス用意出来たから」


朝の挨拶よりも早くリョウが報告してきた。

昨日の今日で随分と早いなと感じるが、リョウは人脈も多いのでその伝手は素晴らしいと感心してしまう。


「ありがとう」

「因みにメイクと髪型もやってくれるって」

「そんなに……?後でお金下ろしてこないと……」

「あぁいいって。無償でやりたいって言ってるし」

「いいの?ドッキリとかではなく?」

「お前を騙したりしねぇよ。腕の良い人達だから安心して任せたら良い」

「……うん。ありがとね、リョウ」

「おぅ!じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」


朝イチで出勤するリョウを見送り、その数分後にバタバタしながら那月が駆けてきた。


「燦、ごめん!片付け出来なかった」

「いいよ。気を付けてね」

「うん!行ってきます!」


元気よく飛び出していく那月を送り出した後、燦はリビングへ戻った。


「燦。洗濯干しておいた」

「ありがとう、ユズ。もう出発?」

「うん。干し方気になったら直して」

「了解。行ってらっしゃい」

「行ってきます」


全国ツアーの後は調整休みで個人での活動が主となっていた。


「今日は全員仕事だっけ……?」


スケジュール帳を見ながら確認する。一人一人の予定を把握しておきたいと言ったら皆、快く教えてくれた。


「リョウは舞台で……那月は映画の撮影……ユズは……CMか。サクラは雑誌の表紙撮影で……伏見はラジオね……彩世は……ドラマだったか」

「当たり。良く把握出来てるな」

「おぅ……彩世……」


急に耳元で囁かれたので燦はまた驚いてしまった。


「書き込むの大変だね」

「まぁ……工夫すれば何とか……。彩世ももう出る?」

「うん。伏見と一緒に出る」

「そう」

「サクラがまだ寝てたから、そろそろ起こしてあげて」

「分かった」

「体調、どう?昨日、眠れた?」

「お陰様で今日は元気」

「良かった」

「彩世は眠れた?」

「うん、ぐっすり。燦が居てくれたからだよ」


天然なのか策略なのか、彩世の言葉にはいつもドキドキしてしまう。燦はとりあえず微笑みを交わした。


「燦」

「あ、伏見。幹事の子に同窓会の出席伝えておいた」

「そうか。ありがとう」

「……こちらこそ」

「何かあったら遠慮なく連絡すると良い」

「うん……。二人も、気を付けて行ってらっしゃい」


お仕事頑張ってね、とは言わなかった。彼らは言われなくても頑張っている。そこに圧を掛けるような言葉は皆無だ。


「行ってきます」


玄関で二人を見送り、片付けに取り掛かろうとした時だった。

急に気持ちが沈み、目の前が暗くなる。

以前の職場で散々嫌味を浴びせられて頭がおかしくなった。


ガタガタっと震える手で引き出しからナイフを取り出す。乱れている呼吸を整えながら左腕に刃先を突きつけた。

グッと力を入れただけで血が滴る。痛みは無い。彼女の左腕には似たような傷痕が刻み込まれていた。

身体は痛いと認識しているのだろうが、燦自身はその痛みさえ気の所為だと感じる様になってしまった。

溢れ出てくる血を眺めながら死を実感する。


「──どうせもうすぐ死ぬし、この痛みともおサラバだ……とか思ってない?」

「ぅわっ……!」


急に声が降ってきたのでビビった衝動でナイフが落ちた。


「……サクラ……おはよう……」

「その状態で挨拶するんだ?まぁ、いいけど」


サクラはナイフを拾い、流し台に置くとタオルを持って燦に歩み寄った。

朝のサクラは目に毒だ。下着にカーディガンを羽織っているだけの淫らなイケメンを一日の始まりに直視するのは難しい。


「衝動的なやつ?」

「……ごめん……。朝から嫌なもの見せた……」

「別に良いよ。したかったんでしょ?」

「……この腕見ても何とも思わないの?」

「そこまでしてたら流石にカッコイイしか言えないよ。燦が葛藤してた証みたいなもんじゃん?」

「正直に言っていいよ……。気持ち悪いでしょ……」

「燦はそう思うんだ?」

「……ごめん……」

「何の謝罪?オレ、変な事言った?」

「違っ……」


言い返そうとした瞬間、サクラに頬を掴まれ燦は不細工な顔になった。


「燦が納得してやってんならいくらだって見過ごすよ。でも、人に見られて恥ずかしいとか嫌な思いさせるとか思ってるなら今すぐ吐き出して。溜まってるもん全部ぶちまけろよ。言葉に出すのが嫌なら泣け。思いっきり泣いて振り払え。出来ないなら手を貸してやるし、戯言だって聞いてやる」


サクラの男らしい姿に燦は目の前が霞んだ。


「オレらの知らない所で死に近付くなよ……。何も知らなかったは恐怖だぞ……。助けてって言うのが怖いなら抱きついてでも頼れよ」

「……サクラ……」


手を離され、燦は泣いている事に気付いた。


「──なんだ。そうやって泣けるじゃん。安心した」

「……消毒してくる……」

「あぁ、オレがやるから。そこから動くな」

「……はい」


その後、サクラに丁寧に手当てして貰った燦は静かに泣き出した。その間、サクラはずっと彼女の傍に居た。


「……以前に店長からね……お前の声はサービス業に不向きだって言われてから人と話すの怖くなったんだよね……」

「人間の武器を貶されたらそうなるよな」

「もっと他の人ともコミュニケーション取れって何回も言われて……挨拶だけじゃダメなのかよ……」

「仲良くしろって事だろ?共に働く仲間なんだから、とか?それで連絡ミスとかに発展したりあるんじゃないの?」

「……出来ない人間も居るんだよ……」

「そういう奴は最初からそういう世界に入らない。燦は出来るからその仕事をやろうって思ったんだろ?」

「……自信なんて簡単に片手で潰されるもんなんだって知ったよ……。出来てないとか何で出来ない?とかそんな事言われたってハイスペックじゃないんだから無理だよ……」

「相当虐められたんだなぁ。まぁ、オレが店長でも同じことするかな」

「……S属性め……」

「大体上司って生き物はさ、出来るって信じ込んでるから。部下の力を見込んでるから怒るし注意もするし当たり散らす。そうやって成長させたいんじゃないの?」

「知らない……。あたしには合わなかった……」

「相性なんて試してみないと分かんないもんだよ」

「……人間きらい……」

「敵が多くて大変だな」


馬鹿な話でもサクラはちゃんと聞いて意見を伝えた。


「声……コンプレックスだから……指摘されたら……死ねって言われてるのと同じ……」

「あぁ、そうかも。ブスな奴にブスって言うのと同じ的な?」

「本当のブスにはブスって言わないでしょ……」

「え、なんて言うの?」

「ルッキズムには触れないらしいよ……。髪色とかメイクとか服装褒めるとか」

「ブスって言われて怒るやつは自分で努力してないからじゃないの?それ位、男でも見たら分かるよ」

「努力してたら?」

「性格がブスだって受け取るとか」

「……ふっ。サクラ、都合良すぎ」

「正直だって言えよ」

「自分で言っちゃうんだ……?」

「偽って褒めても虚しいだけだし」

「……相手も自分もってこと?」

「おべっかとか謙遜とかきらいなんだよね」


サクラは黙っていれば綺麗なイケメンだが、一度口を開くと鋭利な言葉がどんどん発射されるので見た目との差異に一瞬驚く。燦もその手を喰らってから今では免疫がついた。


「そんなんで同窓会行けんの?」

「……多分、大丈夫」

「伏見も居るし?」

「……ぼっちって思ってるより寂しいもんなんだよ」

「惨めな思いだけはするな。見返す位の勢いで参加して来い」

「……はい」

「気分治った?」

「大分……」

「でも心配だから、一緒に来て」

「……え?」


そのままサクラに流されるように燦は彼の仕事に同行した。

今日は雑誌の撮影。サクラは自身の楽屋に行くなり用意されている衣装を纏った。それだけで雰囲気は一変し、妖艶さが覚醒される。


「何でも似合うね」

「羨ましいだろ」

「そうだね」

「もっと喜べばいいのに」

「ラッキーだって思ってるよ」

「なら、もっとラッキーな思いさせてやるよ」


手を引かれ、訳も分からぬまま撮影場に連れて来られた燦は初めての場所に身体が硬直してしまった。沢山のスタッフとカメラに囲まれて皆の視線がサクラに注がれている。


「ファンに夢持たせたいからさ」


何やらスタッフ達と打ち合わせをするサクラをただ眺めていた。容姿端麗で何でもそつ無くこなして誰に対しても態度が変わらない自分を貫くタイプのアイドル。サクラは人目を惹かせる。それだけの魅力の出し方を知っている。言葉は鮮烈だが、的を射ているので感心度も高い。


「燦」


にこにこで手渡されたのは大きな麦わら帽子と可愛らしいワンピース。


「着替えて」

「うん」


パーテーションがある所で燦は何も聞かずに着替えた。サイズもピッタリで自分では選ばない柄のワンピース。


「おぉ、似合うじゃん。帽子、深めだから顔は見えないから」

「……何するの?」

「今日の撮影のテーマが、夏デートなんだよ。綺麗なモデルよりお前みたいな素人と一緒の方がファンも唆るだろ」

「いいの?それらしい人いるのでは……」

「お前が良いんだよ」


サクラの嬉しそうな笑みを見たら燦は断れなかった。

指示された通りにサクラの隣に並びながら燦もカメラを意識する。顔は帽子で隠れているのでバレる心配も無い。だから堂々とポーズを撮ることが出来た。


「──以上でーす。お疲れ様でした」


スタッフ達が散らばっていく。サクラは一人一人に挨拶しながら燦の元に帰ってきた。


「疲れただろ」

「少し……」

「着替えて帰ろ」

「うん」


後で出来上がった写真をサクラに見せて貰った。サクラは流石のクオリティでプロの腕前を感じた。


「気分晴れた?」

「……うん。ありがとう、サクラ」

「これ位しか出来ないけど」

「貴重な体験だったよ」

「自慢していいよ。オレと撮影したって」

「さっきのって雑誌の撮影だよね……?」

「表紙ね。しかも女性誌。Homuraって知ってる?」

「人気のファッション雑誌じゃん。書籍ランキングでも上位に入ってるよね」

「お前も流石に知ってるか。そうだよ、売れ筋に貢献したの」

「サクラが表紙なら皆買っちゃうね」

「だろ」

「あたしも買う」

「出来たのあげるよ」

「ちゃんとお金出して買いたいから」

「……そっか」

「発売、楽しみにしてる」

「おぅ」


燦の笑みにサクラも微笑んだ。

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