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告白。

「あたし、癌で死ぬんだよね」


彼女は唐突にカミングアウトした。

全国ツアーも無事に終わり、束の間の休みを味わっている時だった。【ラフィルフラン】の六人は部屋のリビングで寛いでいて、彼女は彼らの為に栄養ドリンクを作っていた。


「……なに、突然……」


突拍子の無い発言に一瞬皆の動きが止まり、胡乱気(うろんげ)な瞳でサクラが聞いた。


「前の職場で鬱病(うつびょう)になって病院行った時に(たまたま)受けた検査で癌が見つかったんだって。あたし、嬉しくて。これでやっと死ねるって喜んだ」


彼女は淡々とした口調で説明していく。


「……嬉しいって……何それ……。頭沸いてんの?」

「ごめんね、サクラ。それでもあたしは、死を望む」


満面の笑みでそう言われたら誰も何も言えない。否定する事すら躊躇う彼女の和らげな表情に言葉が出てこなかった。


「出来たよ。栄養ドリンク」


テーブルに一つずつカラフルなコップを置いていく。


「普通は泣いてどうしてって弱るよね。あたし、そういう感覚鈍くて、嗚呼これでもう生きなくていいんだって思いの方が勝った。死ぬ事に執着してるからかもしれないけど」

「……親は?」


心配そうな表情で彩世(アヤセ)が問い掛けた。


「泣いてた。まぁ、当然だよ。娘が若くして癌で死ぬんだもん。堪ったもんじゃないよね」

「手術は?移植とか治療とか完治出来ないの?」


今にも泣き出しそうな声色で那月(ナツキ)は彼女を見つめる。


「もう手遅れだってさ。手の施しようが無いって。薬で延命治療的な事は可能らしいけど、そこまでして生に縋るのも好きじゃない。あたしは病気を望んだ人間だから、果たされた願いは遂げなきゃならない。余命も一年持つかどうかだし、多分ポックリ逝く感じかな」

「……怖くないのか?」


信じられないという面持ちで伏見(フシミ)が訊ねる。いつもは沈着冷静な彼が珍しく動揺していた。


「……人間は死にゆく生き物なんだよ?」

「いやいや。いずれはそうだろうけど、それは(あきら)の見解であって俺らは嫌だよ。お前が居なくなるのは断固反対だ」


些か怒っているのか、リョウが強い口調で言った。


「必要とされても、ずっと一緒には居られない」

「……なんで……無関係みたいな言い方するの……。オレらが何とも思ってないみたいじゃん!」

「残り僅かな命に恋をしても、それは儚い夢で終わる。だったら、いい関係のままで終わりたい」

「あんたはそれでいいのかも知れないけど、遺された方はどうしたらいい?もう、二度と逢えないんだよ」

「だから、それまでよろしくって事で」

「そんな軽い言い方しないでよ……」

「そうだよ……。死んだら悲しいよ……。嫌だよ死なないでよ!」


彼女に突っかかりながら那月が涙を流した。


「病気には抗えない。あたしは受け入れたから、闘病もしない。逃げてるだけだって嘲笑っていいよ」

「出来ない。そんな薄情な事しないよ」

「優しいね……。本当は黙って死ぬ心算(つもり)だったんだけど、それこそ薄情だって思って……。皆には伝えておきたかった」

「あ……あきらぁ……」


泣き崩れそうになる那月を伏見が支え、そのまま腕に抱き上げた。那月は小柄な体格だからいつも誰かしらに飛びついたりしている。


「今すぐ死ぬって訳じゃ無いんだろう?」

「その内って感じかな。あたしを必要としてくれて嬉しかったよ」

「これからも必要だ。一緒にいて欲しい」

「……彩世……」


彼の真剣な眼差しに彼女は逸らすことが出来なかった。


「燦を鬱病にさせた会社に乗り込んでやろうか」


悪い表情をしながらサクラが呟く。

彼女は元々正社員でサービス業の仕事をしていた。けれど、店長からの圧力とベテランパートの人達からの過度なパワハラを受け、逃げ場を失って心を病んだ。

いつものように店頭販売をしていた最中にパートの方達から嫌がらせとも取れる扱いをされ、突然倒れた。意地の悪い人達の集まりだったらしい。誰も彼女を助けず、蹴飛ばされて無理矢理起こされ、サボった罰だとサービス残業まで押し付けられた。明日休んだら給料は無しだと脅され、出勤した時にエリアマネージャーが事情を知って助けてくれた。

病院でカウンセリングとその他の検査も受け、その代金は会社が払ってくれた。彼女を鬱病に追い込んだパートさん達は社長から直々にお叱りを受け、他所の店舗に飛ばされた。店長に対してはこの業界で働く権利を奪われ、彼女への慰謝料が追求された。部下の指導が行き届いてなかった事、パワハラがあったにも関わらず何も注意しなかった事、彼女に対しての異常なまでの厳しい指導など今までの仕打ちが諸々と暴かれ、いい歳したおばさんが人目も振らずに泣き喚いていたのを鮮明に覚えている。

「癌です」と告げられたのもこの頃だった。泣き出す両親にバレないように彼女は笑みを浮かべた。とてつもない運だと思った。

そして、親友の代わりに参戦したあるアイドルのライブで彼女は彼らと出逢った。


「人を病気にしといて自分達はのうのうと仕事してるんでしょ?痛い目見せなきゃ駄目なんじゃない?」


至って平然とした様子でユズが言った。


「いっその事、皆殺しちゃえば良かったかな」

「最近そういうニュース多いよな。必要とされてないから人を刺しましたってやつ」

「一人で死ぬのが怖いから誰かを刺して死刑になりたいって?一人で死ねばいいじゃんて思うけどね」

「弱い奴程、大きな事して注目浴びて死にたいんだと思うよ」

「馬鹿らしい」

「あたしちょっと気持ち分かるかも」

「燦は悲惨な環境に居たからでしょ。懲らしめたって慰謝料取れる位酷い事されてたんだから。そういう人達には地獄を見てもらわないと」


無表情のままサラサラと怖いことを述べていくユズに彼女は感心していた。普段はあまり喋らない彼がこんなに話をするのは久しい。


「でもいずれ分かるよ。あれはやり過ぎだったって。そう思って貰わないと人間性を疑うよ」

「燦は優しいなぁ。だから、惨い事されたんじゃね?」

「そうかも。リョウだって優しいじゃない?」

「俺は優しいよ、当たり前じゃん」

「そっか」

「モテたいからでしょ」


横から本音を問われ、リョウは肩を揺らした。


「ユズ…」

「間違った優しさ振り撒いてると、厄介な奴に引っ掛かるからね。何でもかんでも優しくしときゃ大丈夫なんてもう通じないご時世なんだから」

「……どうした、ユズ……?今日はお喋りだな……?」

「久々の休みを満喫してる時に、いきなりぶっ飛んだカミングアウトされたからね」

「え、怒ってる……?」

「イラついてるだけ」

「……そっか」


それで納得してしまう彼女も普通では無い。

パワハラの元凶は、彼女のミスが銃爪(ひきがね)となったから、自分から辞める事が出来なかった。そうされてしまった。

エリアマネージャーに知らせたのは当時入りたてのバイトの学生で、彼女がこっぴどく罵られているのを見たらしく、尋常ではない雰囲気にすぐ様本社へと密告したそうだ。そのお陰で退職も出来、慰謝料も貰えた。予想より遥かな金額だったので生活には困らずに済んだ。


「鬱病は回復したの?」

「……いや、時々……堕ちる時あるよ……」

「そしたら言って。俺らの誰かに頼って」

「……うん……ありがとう……」

「ユズだって優しいじゃん」

「気に入った人にしか優しく出来ないんだよ」

「気に入ってるのか……」


燦を見ると特に何の反応もしていなかったので気付いてないんだなとリョウは溜息をついた。


「何かあったら隠さず言って」

「彩世……」

「教えてくれてありがとう」

「……うん」


頭をぽんぽんと撫でられ、彼女は頬を赤らめた。


「病気だからって、此処を出て行ったりしないよね?」

「大丈夫だよ、サクラ。最後まで居るから」


彼女はひょんな事から、彼らと共同生活をする事になった。丁度、暇を持て余していた彼女にとっては都合が良かった。住み込みのバイトで主に家事がメインの仕事。料理から洗濯まで彼女は難なくこなしていた。


「俺らだけじゃ家事まで手回らねぇしなぁ。本当、助かるよ」

「いえいえ。楽しくやってるんで」

「ねぇ、燦。ボクらと一緒に居ていいの?親は?」

「会いに来るって行ってたからその内。家族ともちゃんと過ごすよ」

「無理はするな」

「ありがとう、伏見」

「まぁ、キミの変化は見逃さないしね」

「うん。ありがとう、ユズ」


胸の内がスッキリした彼女は張り切って夕食の支度に取り掛かった。

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