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紫翠/ShiSuI

「一一一 あれ?先客?」


ドアが開かれた音と同時に声が聞こえ、燦を見舞っていた銀姫(うに)は力なく振り向いた。


「あ……【メリルガーデン】の……」

「知ってんの?」

「……紫翠さんですよね……。有名ですよ」

「そりゃどーも。燦、まだ起きない?」

「うん……。声かけても何の反応も無い……」


覇気の無い声に紫翠は少しだけ苛立ちを覚えた。


「あんた、仕事は?」

「サボり……」


まだ朝の10時でその上、今日は平日だ。

銀姫は正規社員なのでいつもだったらこの時間は仕事をしている。


「無断欠勤?」

「そうだね……」

「燦の所為か?」

「そうだよ……。親友が生死を彷徨ってるのに仕事なんて身に入らない。それに、もしこのまま目が覚めなくてそのまま死んじゃったら後悔しかない……」

「連絡はしておいた方が良いと思うけど」

「……うちの会社、当日欠勤ダメなんよ……。休むなら3日前に言わないといけない……」

「理由がこれなら休ませてくれんだろ?」

「……以前な、馬鹿な社員が居たんだ。それである日来なくなってな。上司が理由聞いたら、親友が入院したから退職するって。辞める事は無いだろうって上司も言ってたけど、それ以来音信不通なんよ……。だから、うちは休めない……」

「それでサボりか」


紫翠は納得したのか、銀姫とは反対側の椅子に腰掛けた。


「あなたは?お仕事」

「朝方にやってきた。夜にもあるけど」

「眠くないの?」

「慣れだな。そういう身体になった」

「そうか。うち、あんたの事きらいなんよ」


サラッと告白され、紫翠は初めての言葉に戸惑いを見せた。

大抵の人間は好き大好き!とキュンキュンしてくれるのでそんな言葉を言われる日が来るとは思っていなかった。


「……随分、ぶっちゃけたな」

「だって紫翠くん、ユズの事きらいやろ?」

「そんな事ないけど。なんで?」

「目がそう言ってる。いつもユズ様ばっか見てるし」

「バレてたか……」

「うちはユズ推しなんで、ユズ様傷付ける者は除外します」

「嫌ってる訳じゃねぇよ」

「……誤魔化し?」 

「ユズの事は好敵手だと思ってる。歌もすげー上手いって思う。でも、燦の事になると疎かだ。歌声もブレるし、ぎこちない。だから下手くそってちょっかい出してんだよ」

「ほんと?」

「どう捉えるかはお任せだけど。本当に下手なら忠告もしねぇよ」

「……解った。ごめん、きらいって言って」

「ちょっと傷付いた」

「……ごめんなさい……」


気まずそうに謝る彼女に紫翠は鞄から取り出したお菓子を渡した。


「これ、美味かった」

「……ありがとう」

「銀姫ちゃんだっけ?」

「えっ」


不意に名前を呼ばれ、銀姫はお菓子を落としそうになってしまった。


「何故名前を……」

「燦が話してるよ。銀姫ちゃん大好きっていつも言ってる」

「……嬉しいな。うちも燦の事大好きよ」

「本当に親友なんだな」

「燦だけは離れないで居てくれたからね……。救われた事も沢山あるんだ。だから、燦の為ならって思える」

「……それで?仕事どうすんの?」 


半ば現実逃避しかけていた銀姫は先程から唸っている端末をポケットから取り出した。職場からの連絡がえげつない程来ている。今から出勤する気力も無く、画面を見ながら項垂れてしまう。


「一緒に謝りに行ってやろうか?」

「……なんで?関係無いですよね?」

「オレ居た方が良くない?」 

「別に……」

「なんだよ。つまんね」 

「……何がしたいんですか……」

「あんたと知り合いだって言ったらサボった事も水に流してくれそうじゃん?」

「……もしかして、ちやほやされたいだけですか?」

「当たり前だろー?承認欲求くれよ」


なんでこの人が絶大な人気を誇っているのか銀姫には理解不能だった。簡単には引き下がらない質だと感じ、仕方なく頷いた。


「勝手にサプライズ的な事していいの?」

「オレのプライベートだし。あ、彼氏って名乗っとく?」 

「なんで?」

「ご都合主義ってやつだよ」

「……お好きにどうぞ」


支度が整い、まだ起きる気配の無い燦に視線を向ける。


「また後で来るから」

「……彩世達は来ねぇの?」

「ラフィルは今ツアー中だよ」

「え、まじかぁ……。こんな時にってやつだな」

「確か沖縄から始まってるから北に向かって行く感じ。今は九州辺りかな」

「遠いな……」

「紫翠くん達はツアーやらないの?」

「只今企画中……。場所取りも大変なんだよ」

「人気絶頂なのに?」

「大人の都合とか他の奴らの先約とか色々な……」

「相方は仕事ですか?」

「そ。レンはラジオやってる」

「個々の仕事も大変そうやねぇ……」

「楽しいよ」


そう微笑んだ表情がとても柔らかいものだったので銀姫は見惚れてしまった。

燦の容態も大丈夫そうなので二人は病院から出た。

曇天の中、銀姫はタクシーを呼んだ。


「遠いの?」 

「歩くと結構掛かる」

「一雨来そうだしな」

「濡れたらごめんね」

「いいよ」 


道は空いていて思っていたよりも早く到着した。

銀姫は一般企業に勤めており、ビルの中階に職場がある。


「……帰っても大丈夫だけど」

「此処まで連れて来て何言ってんの」

「いや……冷静に考えたら無断欠勤した挙げ句、男と重役出勤なんてやばくない……?」 

「どこが?お前の都合と社会の認識なんて関係ねぇよ」


扉を開けるといつもの匂いが鼻をついた。

複数の社員がパソコンと向き合ってカタカタと手を動かしている。

なので銀姫が来たことにも気付いてるいない。

若干緊張していた銀姫は小さく安堵し、まっ先に社長の元へ向かった。


「おはようございます」

「……あら、おはよう。今から出勤?」 

「無断欠勤して申し訳ありませんでした!」


銀姫は潔く謝罪した。その声に仕事をしていた社員達も気付き、何とも言えない様な視線を向けた。


「何も連絡無いから事故にでも遭ったのかと……。体調悪い?」

「いえ……」

「いいわよ。そうぜざるを得なかったのでしょう?」


穏やかな声色で上司が促した。


「……親友が緊急入院してしまって……」 

「あら?いつかに聞いた話ね」

「安斉さんとは違います!本当に倒れちゃって……」

「ならどうして連絡しなかったの?」

「……それでも出勤しろって言われると思ったので……」

「そうね。会社のルールでは休みの3日前に申請するのが道理よ」

「だから休みました……。やってから怒られようと思って……」

「……そうねぇ……。まぁ、貴方の仕事は新菜さんに引き継いだからいいわ。暫く休んで」

「……え?」

「その状態では身が入らないでしょう。ミスって先方に謝罪するのも時間の無駄だしねぇ。落ち着いたら来なさい」

「……良いんですか?」

「後悔はしてほしくないのよ。別れなんていつ来るか分からないわ。だから、親友の側にいてあげて」

「……ありがとうございます……」


正直、予想外な対応だったので銀姫は戸惑いながらも感謝した。

他の社員達も「そういう事なら〜」と受け入れてくれた。改めて良い会社だなと感心する。


「なんだよ。オレの出番無いじゃん」


扉付近で様子を見ていた紫翠は呟きながら銀姫の元へ歩いていった。そこで漸く紫翠の存在に気付いた社員達がわなわなと震え出していく。


「め……めりるの……」

「紫翠じゃん……!なんで居んの……」


人気が爆発している彼は一気に人々の視線を集めた。

上司に至ってはもう目が乙女になっている。

本当に大人気なんだなと銀姫は半ば呆れてしまった。


「銀姫ちゃんの付き添い。社長、話が分かる人でいーじゃん!オレ、そういう人好き」

「あ、いえ……社長じゃないんだけど……。そう言って貰えるのは嬉しいわ」

「まぁ、本当に銀姫ちゃんの親友が今ヤバくて。生死彷徨ってる状態だからさ」

「……えっ……それでどういう関係……?」


社員の一人が聞いた。他の子達も答えを知りたがっている。


「知り合い繋がりってとこかな。今は」

「えーそうなんだー!先輩やりますねー」

「銀姫ちゃん、そういうの疎いのかと思ってたー」


社員達とはあまりプライベートな事は話さないので意外な反応を示された。


「じゃあ、これから親友のお見舞いだからこの辺で」


紫翠が促してくれたので銀姫は一礼して退室した。

扉を閉めると先程まで強張っていた筋肉が緩んだのか、ふらついた彼女を紫翠が抱き止めた。


「良かったな」

「……うん。ありがとね、紫翠くん。助かった」

「お互い様だろ」

「うちが、燦の親友だからここまでしてくれたんやろ?」

「初めはな。興味もあったし」

「紫翠くんは燦のこと好きだもんね」

「なんで知ってんだよ」

「見てれば分かるよ。お見舞いもずっと来てくれてるでしょ?日に日に美味しそうなお菓子が増えていってるし」

「お菓子の匂いで目覚めないかなと思ってな。あいつ、美味しそうに食べるから」

「そうだね……」


もう大丈夫だと紫翠から離れ、二人はビルから出た。

まだ雨は降ってはいないが雲行きは怪しい。


「一一一燦がネットワークビジネスやってたこと聞いた?」


歩き出しながら銀姫が話題を出した。


「……さぁ?」

「そか……。今はノータッチだから関係ないんだけど」

「本当に何でも知ってるんだな」

「親友だからね。燦には助けて貰ってるし、愚痴も聞いて貰ってるし」

「……じゃあ、燦のあの腕の傷って関係あったりする?」

「見たの?」

「燦が見せてくれたんだよ。オレが刺青見せたらあたしも負けてないよってさ」

「そう……。以前の職場でも色々あったからさ。友達離れもあったし、思いも寄らない傷を付けられたし」

「散々な目に遭ったって笑って言ってたぜ」

「今だから笑える話。色んな意見とか聞けたら良かったんだけどね……。噂だけで燦から離れていった。そこに大事な話があったかも知れないのに理解もしないで危険視されて。そりゃあ、衝動的にやっちゃうよ」

「同窓会の時はざまぁかましたって?」

「そうそう。伏見くん同伴して友達だった子達に繋がりあるって思い知らせたから良かったって」

「信じて友達のままだったらオレとも知り合えたのにな。かわいそ」

「視野が狭いんだよねぇ」


呟いた矢先、すれ違った人と肩がぶつかり銀姫はまた倒れそうになった。


「こけんなよ」


紫翠が銀姫の腕を掴み、地面に着くのを防いだ。


「ありがと……」


相手は気付いていないのか素通りしていった。話に夢中でそれどころではないのだろう。


「一一一でさ。その時、伏見くんと居たんだって」

「マジで?なにあいつ。調子乗ってない?」

「奏子達、縁切らなきゃ良かったって嘆いてたよ」

「そりゃあ、ラフィルの一人と知り合いだったなら友達って条件で繋がりたいよね」

「サクラと彩世も居たらしいし」

「ネットワークビジネスなんて訳解んない事やってたクセに芸能人と知り合いとか。ざまぁとでも言いたい訳?」

「でもラフィルだよ?あわよくば付き合えたり出来るんじゃない?」

「皆イケメンだもんね。金も持ってるだろうし」

「何とか取り持ってくれないかなぁ」

「無理でしょ。うちらもう友達じゃないし」

「多分、其の内飽きられるだろうし?燦って馬鹿だし」

「ほんと、考え無し。だから結婚式にも呼ばれなかったんだよ」

「あ。今度、私の結婚式に呼んでパートナー付きでって言ったらまたラフィルと来ないかな?」

「そしたら意地でも顔と名前アピってお近づきになるわ!」

「一一一それ、オレも招待されんのかなぁ」


彼女達の会話を聞いていた紫翠は銀姫が切れ出す前に口を挟んだ。

突然現れた紫翠に彼女達は呆然としながらも喜々とした表情を浮かべている。


「め、めりるの……」

「なんで紫翠がここに……?」

「プライベート。それよりさっきの話さ、燦と友達なの?」


紫翠はアイドルスマイルで話を戻す。


「友達っていうか……友達だったみたいな……」

「えっ……紫翠くんも燦と知り合いなの……?」

「まぁ、そんな感じ」

「え、え、そしたら来てくれないかな?燦と一緒にうちの結婚式に招待するからさ!」

「えー?でも今、友達じゃないって言ってなかった?」

「あ、いや……言ったけど……紫翠くん来てくれるなら燦も招待するし……」

「なにそれ」


彼女の態度に紫翠の声色が変わった。


「燦はおまけな訳?意味解んないんだけど」

「えっ……」

「芸能人呼んですごーいって周りからちやほやされたいタイプか?でも残念。燦をけなす奴に興味無いし、陰口言う人間はきらいなんだよ」


アイドルスマイルはどこへやら……と端から見ていた銀姫は彼の凄みに圧倒されてしまった。


「……好きで友達やめた訳じゃない……。なんか危ないことしてるから距離置いた方が良いって……」

「関わったらヤバいって連絡回ってきたし……。だから、離れたんだよ」

「直接、燦から聞いたのかよ。口コミだけ信用して周りに流されて村八分にして楽しいか?」

「……な、なに……。紫翠くんには関係ないじゃん……」

「燦はオレのお気に入りなんだよ。好きな人間傷付けられて無視なんか出来ねぇ」

「お、お気に入りって……」

「そのまんまの意味だけど」

「あ、燦に関わったら危ないよ……。騙されてんじゃないの……」

「それでも良いし。中身知らないで毛嫌いするようなあんたらとは違うんだよ」


そう言い放ち、紫翠は銀姫を連れて早足で去った。

後ろから嫌な言葉が聞こえてきたが彼は気にしていないようで寧ろご満悦だった。


「……ありがとう」

「まさかあんなに嫌われてるとは思わなかったけど」

「知らないものは怖いからね……。いくら大丈夫だって言っても保証は無いし。うちもブチ切れそうだったから」

「だろ?好感度上がったんじゃね?」

「そうだね。燦想いの良い人だ」


素直な感想に紫翠はドキッとした。


「どの道、絶縁して良かったんじゃないかな。友達付き合い続けてたら紫翠くん達利用されかねないよ」

「んー……燦に利用されんなら良いかな。他の奴なら願い下げだけど」

「……評価落ちない?」

「なんの?」

「炎上とかさ……最近はネットも凶器になるって言うし」

「そんなの気にしてたらアイドルなんかやらねー。それに、今の事全部晒されてもオレに害は無いからな」

「……まぁ、そっか」

「友達の悪口言う奴は最初から友達じゃないんだよ」

「嫌な思い出でもあるの?」

「それなりにな。アイドルだし」

「……そうだね」


黙っていれば眉目秀麗でモテそうなのになぁと思うのに彼の性格は嫌いではない。ユズとは違ったキャラだが魅了されてしまう。


「あ。飲み物買うついでにお菓子買ってこうぜ」

「お菓子好きやな……」

「可愛いだろ?」


無邪気に笑う彼に銀姫もつられて笑みを浮かべた。

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