後会
理想郷から逃れ、次の楽園を目指し走っていると何かに躓いたサクラが派手に転んだ。後方からゆらゆらと悪魔の死者が追いかけてくる。
「サクラ」
半ば強引にサクラを立ち上がらせ、その手を掴んで足を動かした。一度死んでいるのに呼吸が荒くなり苦しくなってくる。
「……燦。あれが次の楽園だ」
指した示された先には陽光輝く場所が見えた。その雰囲気から楽園なのだと感じ取れる。二人は速度を速めて何とか辿り着きたかった。
「……あ……き、らぁ……」
「……え?」
誰かに呼ばれて振り返る。悪魔の死者は似たような姿で醜い。顔だって判別出来ない程崩れている。そんな存在が言葉を発せるだろうかと燦は不思議に思った。
「楽園が陽光に照らされてる時だけはあいつらは手出し出来ない。足を踏み入れればこっちのもん」
「……サクラ……。あれ……」
「余所見してたら転ぶよ」
「違うよ……。あれ見て……」
「なに?」
促されてサクラも振り返る。その目にかつての仲間の姿を捉えた。
「……うそ……なんで……」
「……やっぱりそうだよね……あれ……」
「……ユズ……」
人間の姿をしている訳では無い。けれど、その姿はハッキリと彼だと認識出来た。
「……なんだよあいつ……。自殺した……?」
「あたしの所為だ。ユズの想いを知ってたのにあたしはユズを選ばなかった。だからユズは……自殺したんだ」
「……ほんとに……?」
「助けられなかった……」
「……なにやってんだよ」
サクラは苛立たしく呟きながら足を止めて彼に向き直った。
「フラれたからって自殺してんじゃねーよ、ユズ!バカだね、お前。そんなんで人生終わらせてどうするんだよ。本当バカ……。死んだらもう逢えないんだって身を持って知ってるだろう!」
どんなに言葉を放ったって届く事は無い。聴こえてもいない。それでもサクラは文句を言った。
「それでも生きて生を全うすれば良かったじゃん!自分で死ぬとかあり得ない!そんな姿見せんなよ……!」
「サクラ!楽園に入るよ」
「先に行って!まだ言い足りない」
「……ちゃんと来てね」
燦は止めもせず、一人でその楽園に踏み入れた。
サクラはギリギリだった。悪魔の死者との距離は縮まってきている。
「ユズ!お前は生きて……ずっと歌ってて欲しかったよ!勝手に終わらすなよ……」
「サクラ!もうその辺にしないと触れられるよ!」
「……っ、くそ……!」
まだ言いたい事は沢山あったがサクラは仕方なく楽園へと向き直った。
その瞬間、背中にぬるっとした感触が当たり、嫌な気配がサクラを纏った。
「サクラ!」
「……な、に……」
燦の目には、彼の姿をした悪魔の死者がサクラの背に乗り掛かっていた。そのまま黒い霧がサクラを覆い尽くす。
「なんだよ、これ……」
「サクラ」
耳元で名を呼ばれ、その声がユズそのものだった。
「ユズ……」
「お前は良いよね。病気で死んじゃって。おれは出来ることなら生きていたかったよ。でも、好きな人と一緒に居られないのは辛い。わかってたのに傷つけたんだ。生きる意味を失くしたらおしまいなんだよ」
サクラの眼前には、以前の彼の姿があった。
「歌があったじゃん!ユズの歌声……もっと聴きたかったよ」
「その歌すら希望にならなくなった。もうどうでもよくなっちゃったんだよね。その結果がこれだ。皆を泣かせて、ひどい奴だろ?」
「……ユズ……」
「燦の事、大好きで……恋人になりたかった。病気とか関係なく、対等な存在だって思ってたんだ。幸せにしたいって思った。燦がおれを好きじゃなくても良かった。それでも好きだって思ってほしかったのに」
黒い霧がゆらゆらと蠢く。
「来世が無いのは悲しいけど、お前も一緒ならいいかな」
「えっ……」
「気付いてる?サクラも来世が無くなるよ」
言われて足元に違和感を覚えた。足が消えかかっている。
「一緒に此処にいようよ、サクラ。一人は嫌だ」
「勝手に死んどいて巻き込まないでよ!オレは燦と一緒に生まれ変わるよ。お前とは違う」
「もう遅いよ」
サクラの身体はどんどん薄れていく。どうにも出来ない事にサクラは苛ついた。
「ユズ……!」
「おれだけなんて嫌だ」
「巫山戯るな……」
そう叫んだのと同時に黒い霧が一斉に晴れた。
先程まで居た他の悪魔の死者達は何処にも居ない。
「一一一我儘が過ぎるんじゃないか」
ユズの背後から聴き慣れた声がした。彼が振り向くとそこには見慣れた人物の姿。その手に剣を構えている。
「……彩世!!」
ユズはかつての仲間に憤った。
同じ人を好きになって、どちらかが選ばれなかった。
「ユズ……。守れなくてごめんね。でも、自分で命を断ち切ったらもう一度は無いんだよ、ユズ」
「……嫌だ……!嫌だイヤだやだよ……!燦……!」
「ごめん、ユズ。もし、また何処かで逢えたらまた一緒に歌いたい。だからそれまではお別れだ」
躊躇いもなく、彼はユズの姿をしたものを切った。
「……彩世……」
「楽園に入って」
促されるようにサクラはやっと楽園に着いた。
いつの間にか消えかけていた身体も元に戻っている
燦も、彼を見て驚いている様だった。
「なんで……彩世が……」
「久しぶりだね」
「……死んだの?彩世まで……」
「……いや。此処に来ればサクラと燦が居るって教えてもらったんだ」
「……誰に?」
「案内人って言ってたけど。この剣はさっきみたいな奴らをやっつけられるからって渡された」
彩世は淡々と説明した。燦とサクラは困惑しており、未だ理解に至っていない。
「正直、なんで此処にいるのかすら解ってないんだ。記憶を失くしてるらしくて」
「駄目だよ、彩世。此処は死んだ者が行き着く先だ。ちゃんと死んでないなら一緒にいたら駄目でしょ」
「……あぁ。けど、それでも……会いたかった」
そんな事を言われてしまってはサクラも無下には出来ない。燦もまた彼に逢えて正直嬉しい気持ちの方が大きかった。
「これが夢でも何でもいい。燦とサクラにちゃんとお別れ出来なかったから」
記憶が巡る。
二人が死んだ時、彩世は傍に居なかった。
仕事柄、そういう場面に立ち会えない事は解っていた。
どんな事が起きても目の前の仕事をこなす。
それが彩世達の選んだ道だ。
「彩世……」
燦は彼の姿を目に焼き付ける。
楽園は快晴となって暖かい風が緑の丘を駆け抜けた。
そしてまた、過去が語られる。




