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魔術師の城への潜入

 翌日、偶然にもリリシアが吸血日ということで『魔術師』の城まで向かわなくてはならないらしい。


 妹を奪い返すための策を彼女に伝えると、不安そうに瞳を揺らしながらも協力してくれるという。ただし、リリシアの身の安全を確保することと、彼女の父を探すことが条件である。


 当然俺としてはその要求を飲んだ。


 妹を取り返す最短ルートはリリシアを利用する一手であるため、多少融通を利かせた方が良い。


 週に一度の吸血日は、『魔術師』のヴァンパイアロードからの直接の命令である。かなり短いスパンで、身体への悪影響も考えられるが、それでも強制で行かなくてはならないらしい。


 誓約書のせいで、『魔術師』のアルカナ因子を持った吸血鬼には位置がバレてしまうため、逃げることは出来ない。今まで何人か逃げた事例があったらしいが、結果は言うまでもないだろう。


 海の岬亭の制服である割烹着を脱いでいるリリシアが1人で吸血鬼の巣窟に向かう。


 城の中は、案外清潔にされており、吸血鬼だけでなく人間も働いていた。


 甲冑を着込んだ重武装の人間たちが警備をしつつ、紙とペンを持った女が、吸血されるために来た人間の名前を聞いて、チェックをしている。


 リリシアへの指示は普段通り吸血されてくることのみ。

 特段変わったことをさせるつもりはなく、むしろ()()()()目立つなとも言い含めてある。


 3つに分かれた行列で順番を待っていると、10歳にも満たない少年が大きく叫び散らしながらやってくる。父親に無理やり手を引かれているが、とても嫌そうだ。


「あんな子供まで……」


 リリシアがぼそりと呟く。


 シャンデリアに照らされた影が微かに揺れた気がした。


「次の人間、腕を前に」


 ひげを生やした吸血鬼に言われて、リリシアが腕を出す。

 吸血鬼の首には自分の尻尾を噛んだ龍の首輪が着けられており、人を馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた白い仮面をかぶっていた。


 マントをはためかせながらリリシアの腕に注射器を刺す。


 吸血鬼の牙を模して造られた注射器は、人間に対して最低限の痛みで吸血ができる。

 他の国は知らないが、ミラクローアではかなり一般的な吸血方法らしい。


 傍らに置かれた小瓶に血が満たされていくのを眺めていると、リリシアの顔がだんだん青白くなっていくのがわかる。ひどく気だるげな表情に変わっていき、唇は紫色になっている。

 そして、糸が切れた人形のように、ばたりと倒れてしまった。


 目の前の吸血鬼が面倒くさそうに衛兵を呼ぶ。

 この手のことは何度も起きているのだろう。衛兵も特に慌てた様子もなく、リリシアを抱きかかえてどこかへと連れ去ってしまった。


 連れて行ったのは2階の医務室。


 医務室とはいっても、普通の部屋にベッドと仕切りが並べられているだけで、医薬品の一つすらなかった。吸血鬼は再生できるのだから無くて当然だろう。


 貧血で倒れた人間を寝かせるためだけの部屋らしい。


 リリシア以外にも、学生服の少年や、歳を食った老人たちが眠っている。


「リリシア、起きろ。大丈夫か?」


「ちょっと気持ち悪いわ……。けど、大丈夫」


 彼女が倒れたのには理由がある。

 それは、城に来る前に海の岬亭で俺が吸血したからだ。理由はもちろん、リリシアを気絶させて、この医務室に違和感なく侵入する為である。


 この城は、広さこそ少し豪華な一軒家程度であるが、他のどの建物よりも高いのだ。目測で6階建て以上はあると思われる。


 そのうち、1階は吸血のための会場として一般公開されており、誰でも入れる。

 しかし、2階に続く階段には警備が付いており、好き勝手入れるわけではない。だが、海の岬亭の窓際で昼寝をしていた老人から、休憩のための部屋があると聞いた。


 彼が前に吸血されて倒れかけた時に、少し休むために案内されたらしい。


 数日前に、酒の席でそんな話をしていたことをリリシアが覚えており、たやすい侵入方法として利用させてもらったというわけだ。


 ――けれど問題はここからだ。


 3階以降はどうなっているかが分からない。そして、警備は甘くない。


「吸血鬼さん、どうするの? 強行突破?」


 ベットに腰かけた彼女が問いかける。

 それも視野に入れてはいるが、妹の奪還、父の捜索が目的である以上、騒ぎを起こすのは避けたい。出来れば、見つからずに事を済ませるというのが理想だ。


「とりあえず、3階の階段近くに行ってくれ」


 わずかでも、警備の隙を突けないかと思い、リリシアに声を掛ける。

 無機質な医務室を出て行くと、左手にはタオルなどが置かれたリネン室があるだけで行き止まり。


 仕方なく右へと向かうと、お手洗いを示す看板を見つける。さらに先に進むと、また分かれ道になっており、右を見てみれば、2人の衛兵が雑談に興じていた。


 その後ろには登りの階段。


「リリシア、極限まであの男たちに近づけ」


「分かった。ダメだったら走り抜けるから何とかしてね」


 リリシアは着ていた服を少しずらして、胸元を露出させると、キョロキョロと視線をさまよわせながら、ゆっくりと衛兵たちの方へと近づいていった。


「おい、お前、何をしている!?」


「ああごめんなさい。さっきお手洗いを借りたんだけど道が分らなくなってしまって」


「医務室の利用者か? 振り返ってまっすぐ行くと1階に続く階段があるぞ」


「いや、待てよ。暇つぶしに少し遊ぼうぜ」


 甲冑の奥から下心を含ませる視線を送る。もう一人の衛兵は軽く咎めるが、それを無視してへらへらとした様子で無警戒に近づき、軽い調子で彼女の肩に手を回した。リリシアが少しいやそうな顔を浮かべるのを見て、強行突破を試みる。


「人間というのは愚かだな」


 リリシアの()から一気に飛び出すと、鎧と兜の隙間に手を差し込んで押し倒した。


 もう一人の衛兵がとっさに応援を呼ぼうとするが、辺りを群がるコウモリがそれを止めた。バサバサと翼をはためかせる真っ黒なコウモリは、ゆっくり俺に近づいたかと思うと、吸収されたように消える。


 今のは大抵の吸血鬼が使える魔法である。アルカナ因子を持たない野良の吸血鬼でも使える魔法であり、生活魔法と並んで吸血鬼の基礎魔法として知られている。

 他の生物の影に潜む魔法と自分の体の一部をコウモリに変化させる魔法。どちらもアルカナ因子とは関係なく使える初歩的な魔法であり、生活魔法の次に覚えるのがこれらの魔法だ。


「さて、これ以上影に潜む理由もなくなったな。リリシア、この甲冑着れそうか?」


「分かんない。鎧って結構重いのね……?」


 吸血鬼避けの結界が無いことは確認済みだったため、リリシアの影に隠れてしまえば、いくらでも侵入し放題だった。人間を使った警備が多すぎて、逆にセキュリティに穴があるようだ。圧政の自覚があるのか、人間への暴動対策はされているが、吸血鬼が相手ではあまりに緩い。


 3階に登っていくと、何もない簡素なフロアにつながっていた。


 いくつか布製の仕切りや、ブロックを積んだ壁のようなものもあるが、ただの広い空間にも見える。そこらの壁やブロックには無数の斬撃跡が残されており、カーペットは何度も強く踏み込んでいるのか、ぐちゃぐちゃに歪んでいる。


「なんだよ、ここ」


「あ? 衛兵が、俺の部屋になんか用か?」


 ただ広いだけの空間の中心で、赤髪を逆立たせた男は、腕を鍛えていた。

 見覚えのあるその男は、グラディウス・ストレガ。俺から妹を奪った張本人。ここまで短い時間で復讐の機会を与えられると、運命とやらを信じたくなる。膨れ上がった殺意と怒りを慌てて押さえつけるが、グラディウスに気取られた。


「いや、お前たち、ウチの兵士じゃねぇな。かすかだが、吸血鬼の匂いがする」


 見透かした言葉に、思わずドキリとさせられる。白く薄気味悪い笑みを浮かべた仮面をずらすと、口元だけが露出して凶悪な牙が目に映る。


 ウロボロスの首輪を撫でると、彼の体から剣が生み出された。


「侵入者ってことは、ぶっ殺していいよな?」


 仮面の向こうから、さらに狂気的な視線が向けられる。淡い紫色に輝く剣を携えて、隙の無い構えを取る。対する俺も、赤髪の男を前に怒りをにじませて、拳を固めた。胃の奥底から溢れる感情を必死に押しとどめながら、影から魔導書を取り出すと、ページをめくる。


「妹は……どこだ!?」


 低く鈍い声で問いかけた。

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