鬱金の月
「私は『月』のヴァンパイアロード、ターメリック・ルーナ。どうやら『太陽』と『愚者』が仲間割れをしていると聞いたので、嘲笑いに来たのです」
現れた男は、女のように長い髪をしていた。異様なまでにやせこけた頬、俺と同じ程度の背丈だが、全体的に弱々しく華奢な体つきをしている。目の下には深い隈が浮かんでおり、不健康そうな様相でありながら、どこか惹かれるものがある。
吸血鬼らしく、太陽を避けるための日傘を差していた。
「ターメリック……? ライの儀式に協力したのはお前か!!」
ライが利用した儀式魔法。シャルハートの魔導書にも記載されていない魔法で、ただの人間であるライが扱えるようなものではないことは明白だ。
この男こそが彼女がバケモノになってしまった原因。
「お前もシャルハートもまとめて殺してやる!! 罪を償え【ターメリック・ルーナ】【シャルハート・ソル】」
溢れんばかりの怒りを一気に吐き出して2人に向ける。
赤黒い炎が彼らを襲う。
「くだらん怒りじゃ。気にもならんの」
ワンパターンな怒りを見慣れたシャルハートは、いまさら驚くことも無く躱した。
歯噛みしながらもう一方、ターメリックへと視線を向けると心底うんざりしたような表情で俺たちを見ていた。鬱蒼とした顔と相まって、思わず足が竦む。
「はぁ、『愚者』風情が調子に乗るなよ。人間一人死んだくらいで喚くな。相反」
一直線に伸びた黒い炎に手をかざすと、突然に行き先が変わって地面へとぶつかった。怒りから生まれた炎は俺の意思に反した挙動をする。その様をシャルハートは興味深そうに見ており、新たなモルモットを見つけたかのような無邪気な笑顔をしている。
「お前が、ライを惑わせなければ……!!」
「だーかーらー、『愚者』と話しに来たわけじゃないんだよ。用事があるのはそっちの爺だ。どいてろ」
更に炎を燃え上がらせるが、むしろ俺の全身を包んだまま動かない。
「イヒヒ、あの娘に儀式を教えたのはお主か。最初から怪物にするために利用したな?」
儀式に残された魔力の残滓を分析したであろうシャルハートが歪んだ笑みを浮かべる。未完成、不完全、失敗作だと思われた姿は、鬱金色の髪をした吸血鬼が計画していたこと……。
『太陽』と『月』の軽薄な笑みが、さらに俺を苛立たせた。
「最初のプランでは、ブレッシュの人間をバケモノにするつもりだったんだがなぁ。思いのほか献身的に働いてくれるゴミを裏切って見たくなったんだよ」
「この、クソ吸血鬼が……!! あの娘が何をしたってんだよ!!」
ただ母親を好きだっただけの少女が、どうしてこうも侮辱されなければならないのか。吸血鬼に何の権利があって人間の幸せを踏みにじっているのか。
同じ種族であるはずなのに、何も理解できない。
「たしかにあのゴミは何もしていないな。だが、そっちの爺はどうだ? 俺たちに恨まれる心当たりがあるだろう? コレは全て、月の復讐だ」
「心当たり? いいや、浮かばんのぅ? 何一つ知らん」
本気で知らないふりをするシャルハート。不健康な顔の男は、拳を握り締めて歯を鳴らした。小さな声で「罪の意識すらないのか、クズ野郎……」と呟くと魔法を展開した。
ターメリックの唐突の攻撃。しかしシャルハートは指一本で受け止める。
「そうやって最強をひけらかすお前が大嫌いだよ!! いつもいつも俺たちを苦しめて、悲惨な目に遭わせて、理不尽ばかりを押し付けて、何が祝福だ……。本当に気に食わない!!」
焼け野原になった惨状を一瞥すると、ターメリックは目に涙を浮かべた。
さらに複数の魔法を唱えてシャルハートを追い詰めるが、何ら気にした様子もなく、軽快なステップでも踏むように躱している。
「イヒヒ。お前のことなぞ知らん。ワシの前ではすべて無価値じゃ。究極・酸」
シャルハートが作り出したのは、目を細めたくなるほどに金色の液塊。先ほど分身が作り出した岩石同様に完全な球体をしており、内部が沸々と沸き立っている。
躊躇いも無く液塊を射出すると、ターメリックの目の前で静止してはるか上空へと打ち上げられた。
「相反……。俺たちはお前を殺すために最適化された。能力の相性という意味では、お前は俺に勝てない」
「なるほど、方向を変える能力か。単純じゃが、触れなければ溶かせない酸では相性が最悪じゃのう」
明らかに不利であるにもかかわらず、燃えカスだらけの平原で伝説は笑う。
真っ赤なマントをはためかせ、緋色の髪をかき上げた。
「伝説を舐めるなよ。究極・小、完全・双剣」
シャルハートの目の前で、小さな岩石が生成された。その両手には真っ赤に燃え盛る対の短剣が握られており、天上で輝く太陽は、まさに有頂天。
筋肉質な足が地面を踏み抜いて、一気に切迫する。
確実にターメリックの首を捉えた攻撃は寸前で真逆の方向へと動いた。しかし逸らされ歪められたシャルハートの腕へと岩石が飛び掛かってきて、無理やり剣を押し付ける。
「小が足りなければ横だ。究極・横」
岩石が割れたかと思うと水色の球体が現れた。シャルハートの魔力に反応して禍々しい雰囲気を漂わせると、少しずつ剣を持つ手がターメリックの細い首へと迫っていく。
「真横からの重力!? そんなものまで操るなんて、バケモノ爺が……!!」
「イヒヒ。伝説に啖呵切った割にはしょうもないのぅ?」
ゆっくりと動き始めるシャルハートの剣。しかし、復活したばかりで遺物を完全に取り込めていない彼の限界も近いのだろう。徐々に力が弱まっていき、その隙を狙ってやせこけた男は逃げ出した。
灼熱の太陽に焼かれて、儀式の痕跡すら残っていない無残な地面へと転がる遺物を集めると、最後にもう一度俺たちを眺めて嘲笑う。
「逃がすわけなかろう。完全・大太刀!!」
一瞬にして青い炎を纏った大剣がシックなコートを着ているターメリックを斬りさいた。抱えていた遺物を取りこぼし、慌てた様子で魔石を握り締める。
力が弱まっていたというのは完全なブラフ。
まだ余力を残していたシャルハートは、見惚れてしまいそうな太刀筋でターメリックの体を切り刻んだ。自身の体躯の倍はあろうという大剣を振り回して。
「食えない爺だ……。だがな、きさまの遺物で新たなゴミを作るんだ。貰っていくぞ!!」
コートを翻した男は、体をコウモリへと変えながら遺物を奪う。シャルハートの手にも余る魔力の詰まった魔石を咥えると、体を再構成させる。
「王冠と心臓も寄越せ!!」
「イヒヒ。くだらん命のために使われるのは癪じゃのぅ……。儀式を飛ばして取り込むか?」
シャルハートの言葉に、思わず怒りが漏れた。一瞬のことではあるが、ターメリックもシャルハートも、俺を警戒の目で見た。リリシアも怯えた表情を浮かべながら、必死に馬を宥めている。
……黙って聞いていれば、ゴミだとかくだらない命だとか。
「お前ら、ライを何だと思ってんだよ……!!」
今までにない。抑えきれないような静かな怒り。
『愚者の激怒』
「……なんだこの能力!? 伝説たるワシが、恐れ慄いた、じゃと……!?」
「これは、想定外だな。……遺物は諦めるか」
頭を支配する仄暗い感情。
燃え滾るような血と、沸き上がってくる衝動に身を任せようとすると、俺たちの周囲を淡い光が取り囲んだ。高度に編まれ作られた魔法の正体は、強制転移魔法。
「魔石だけは貰っていくぞ。クソ爺」
「そんなこと、許すと思っ……
一瞬にして視界が切り替わり、何もない草原から豪華絢爛の宮殿へと転移させられた。
純白の甲冑を着込んだ人間の兵士と、同じく真っ白な祭服をまとった吸血鬼達。玉座のような椅子の目の前では、紫色の結晶を天へと捧げている女の姿があった。
「ここはどこじゃ?」
「クーリア、あれって……。ブランちゃんの魔石!?」
ツインテールを揺らしながらリリシアが指さしているのは、女が大事そうに持っている結晶。その独特な気配は忘れるはずもなかった。
「本物だ。ブランの魔石、その結晶だ……」
玉座の前に立つ女は、何から何まで白い女だった。
雪のような肌、幻想的な瞳、透き通るような髪、そして、純白のシスター服。まるで色味を抜かれたかのように純白を強調している。
宮殿のステンドグラスからわずかに差し込んでいる陽を浴びたら、そのまま死んでしまうのではないかという程に儚い。
「侵入者!! すぐにひっ捕らえよ!!」
綺麗に整列している兵士や吸血鬼達の前に立っていた背の低い男が、俺たちの姿にあっけにとられながらも叫んだ。その首には白実のザクロに糸を通した首輪が着けられている。
状況を理解する間もなく、吸血鬼たちの魔法によって拘束された。
頼みの綱のシャルハートは、強制転送魔法への抵抗によって力を使いすぎたのか、すでに赤い光へと戻ってしまって魔導書の中へと引っこんでいた。
「お待ちください。その者たちは突然現れたようです。部屋には微かに悪意を含んだ魔力を感じますが、そちらの白髪の青年と傍らの少女からは感じません。解放してあげてください」
またも感情を爆発させようかと悩んでいると、誰もが聞き入るような凛とした声で止められる。
真っ白な女は、ニコリと微笑み、俺たちの前で手を合わせた。
太陽編を持っていったん休載いたします
皆さんからの応援次第で続きが出たりでなかったりします




