滅国に咲いた向日葵
その瞬間に、シャルハートの分身体は細切れに切り刻まれていて、灰へと変わった。
ライの体から溢れている黒い液体が、羽虫のように飛び回る小さな岩石ごと切り裂いたのだ。分身を破壊されたというのに、シャルハートは特に意に介した様子も見せない。
「ライ。怖かったよな。もう、大丈夫だから……」
体の大部分を歪ませながら、ジワジワと再生が進んでいく。幼気な少女が全身傷だらけにして、うわ言を呟きながら俺の方へ近づいてくる。迎え入れるように手を広げると、傷口から伸びた黒い液体が俺の腹を貫いた。
彼女の背からは大樹のような黒い塊が伸びている。
成長の止まらぬ黒い液体がライの頭を飛び越えて、俺の体を飲み込もうと頭から覆いかぶさってきた。激しい痛みと喪失感が全身を支配して、されるがままに受け入れる。
――クーリア。助けて
頭に響く声に脳が溶かされる。
抵抗しようにも、心の奥底から意思を砕かれるような感覚だ。
「何やってんのよ、クーリアちゃん!!」
背後から全身を絡めとったのは青い炎を纏った鞭だった。力強く引かれると、腹を貫いていた黒い液体からも引き離されて後ろへと吹っ飛んでいく。そのまま、深紅のドレスを着たピッチャーの筋骨隆々な胸に抱かれた。
「ど、どうしてここに!?」
「妙な気配がしたから急いできたのよ。勿論、私だけじゃないわ」
逃した獲物を捕まえようと、生傷まみれのライが手を伸ばす。すると、草むらの中から文字通り横槍が入れられる。
闇夜の中でも穂先は緋色に輝いており、不自然なほど柄が長く伸びている。
「ろ、ロンパイア!?」
槍を辿るようにして現れたのは、美しい緋色の髪をした好青年。血のような色のコートには雑草が引っ付いており、ズボンのすそが濡れていて泥だらけであることから、相当急いできたことが窺える。
ピッチャーにお姫様抱っこされている俺の様子を見て、安堵したように胸をなでおろした。
「間に合ってよかった。遅くなってすみません」
「ふ、ふん。私も来てやったけど、勘違いしないでよね。全部、村の人とシャルハート様のためなんだから、アンタ達のことなんか心配してないしロンパイアの言うことを聞いたわけじゃないから!!」
「おやおや、ライちゃんはずいぶん可愛くない格好だけど、反抗期かねぇ……?」
暗闇を照らすように現れたのは、4人のヴァンパイアスート。
全員の首にはひまわりの種を繋ぎ合わせたような柄のチョーカーが着けられている。
「……来てくれてありがとう。どうか、ライを救ってやってくれ!!」
思わず涙が零れてきた。
4人が力を合わせれば、ライを人間に戻すことだって出来るはずだ。期待の眼差しで彼らを見つめると、思い思いに武器や魔法を構えて、躊躇いも無くライへと攻撃を始める。
「え? な、何をやってるんだ……?」
弱々しく立っている少女に刃が突き立てられた。落とされた首を支えて必死につなげようと黒い液体を放出しているが、その腹にクローネの掌底が叩き込まれる。
四方八方をスタッフの分身が取り囲むと、一気に高火力の魔法で押しつぶされた。
「何してるんだよ。まるでライを殺す気じゃないか!!」
いくら怒鳴っても攻撃を止めようとしない。
確かに姿形はすでにライではないかもしれないが、紛れもなく純真無垢でどこか暗い雰囲気を纏った少女であり、苦しそうな悲鳴は彼女そのものだ。
腕を伸ばせば炎を纏った鞭で叩かれ、足を踏み出せば重苦しい老婆がのしかかる。なにもしなくても全く同じ顔の吸血鬼たちに袋叩きにされているというのに、あまりに惨めな姿だった。
そして、緋髪の長身の男は、普段見せる優しい笑顔を殺して斬りかかる。
「止めろよ……。その娘は、お前たちも知ってる少女なんだぞ」
「すみません、クーリアさん。コレはこの国にとって害でしかないんです」
生物とすら認めないような発言。
誰もが悲痛な顔をしており、虚しく響く痛みに哭く声が胸を締め付ける。
攻撃を受けるたびに黒い液体をまき散らして暴れまわる。そのたびにピッチャーの鞭の絞め付けは強くなり、スタッフの分身は増えて、クローネの自重は重くなり、ロンパイアの刃は深々と突き刺さっていった。
もはや、何を言っても止まらないのだろう。
「クー…リア…。いた…いよ…? 痛いよ。お母……さ…ん…」
「止めろよ。止めてくれ。もう、その娘は十分だろ……」
どれだけ攻撃を受けても黒い液体が傷口を包み込むと、痛々しい痕を残して再生する。限りなく吸血鬼に近いが、すでに自我は崩壊していて、単なる反応で再生させているだけのようだ。
嫌だ嫌だと繰り返す意思に反し、再生速度は速まっていた。
「お願いだから、もうやめてくれ……!! それ以上は、許さねぇぞ。【ロンパイア……」
沸々と沸き上がってくる怒りを形にしようとすると、4人がライから距離を取った。
何をするのかと思えば、全員がアルカナ因子の能力を最大限に解放し始める。
「祝福の知恵……」
「祝福の汎用」
「祝福の儀式!!」
「……祝福の価値」
それを感じ取ったライがさらに激しく暴れまわる。
平原中に黒い液体をまき散らし、全力で4人を妨害しようとしていた。当然、その程度の攻撃が通じるわけもなく、少女は無残に殺される。
……かに思えた。
「ああぁぁああ!! アルカナ解放。完全・重砲」
黒い液体から現れたのは、真っ黒な砲台。
シャルハートの遺物を利用して、能力を再現したのだ。
想定外の事態に4人の攻撃に迷いが生じた。その隙を逃すことも無く、青白い砲弾をおぞましい液体と共に放出すると、『太陽』のスートたちは地面を転がった。
「こ、これは……」
「シャルハート様の能力!?」
「ど、どうしてライちゃんが」
「ワシらの手には余るのぅ」
ライの全力の攻撃が彼らの半身を吹き飛ばす。さすがに死ぬことはなかったが、回復させるにも相当の時間がかかるようだ。とくにロンパイアは、先ほどの『死』から時間が経っていないことを含めて、完全に戦闘不能に陥っていた。
「ライ!! 聞いてくれ。俺はお前を攻撃しない。必ず救う。だから……」
虚ろな表情でフラフラと歩き回る金髪の少女の前に立ちふさがった。胸から飛び出した魔石は、腹や肩の方まで広がっていて、徐々に手遅れだということを告げてくる。
引きはがそうと魔石に手を近づけると、手首から先に小さな岩石がぶつかって吹き飛ばされた。
魔導書を手放し、わざとらしく降伏を示して近づく。
「ライ。もう大丈夫だから。俺はお前の味方だ。話を聞いてくれ」
「クーアー!? あぁぁああ!! おかーさーん?? いたいたいたいいたいよぉぉぉ!?」
もはや意味のある言葉を発することすら出来ていない。
全身から血と黒い液体を垂れ流すだけの奇妙な生物となり果てている。
いっそ生物であるかすら疑わしいほどだ。
近づくたびに手痛い反撃を受けつつも、血に濡れた白いワンピース姿の少女を抱きしめようと必死に歩き続ける。足の骨を砕かれ、手がもげていようとも諦めなかった。
「ラ…イ…」
苛立った様子の黒い液体は、俺の体を吹き飛ばす。
抵抗も出来ずにゴロゴロと地面を転がると、偶然にもロンパイアが倒れる近くまで来ていた。
「クーリアさん、聞いて、くだ、さい……。僕たち4人から吸血して、『太陽』のアルカナ因子を少しでも使えるようにして下さい」
「俺に、あの娘を殺せってか!? 出来るわけないだろう!!」
彼の言葉を拒絶するが、這いずって俺へと近づいたスタッフが、自分の手首に傷をつける。強制的に口を開かされると、真っ赤な液体が喉を埋めた。
「勘違いしないでよね。全部、シャルハート様のため。だから、覚悟を決めなさい」
「ふざけんなよ。勝手に理不尽を押し付けてくるなよ。俺はライを救いたいんだ」
「愚者がうるさいわね。絞め殺すわよ……。黙って、受け取りなさい!!」
続けざまにピッチャーの血が口に運ばれる。止める間もなくクローネとロンパイアの血も吸収させられると、腹の底が燃え上がるように熱くなった。
影の中から飛び出した魔導書が緋色に輝き始める。
「ワシが、伝説の吸血鬼、初代『太陽』のヴァンパイアロード。シャルハート・ソルじゃ」
突然現れたのは、どんな暗闇でも照らし出しそうなほどに明るい髪をした老人。
筋骨隆々の肉体美を、腰みのと赤いマントで引き立たせ、鋭い視線が薄暗がりに蠢くライを見つめていた。分身体とは格が違うと、一目でわかる。
「太陽は完全を晒す。アルカナ解放」
真っ暗な夜闇に手を掲げると、砂粒ほどの大きさの光が現れた。
一度の瞬きで、その大きさは眼球ほどに膨れ上がり、二度の瞬きでは、人の頭よりも大きくなっていた。さらに三度目の瞬きでは両手でもおさまらないほどに巨大に。
10回にも満たない瞬きで、シャルハートが生み出した光は、本物の太陽と見間違うほどに大きく成長している。時間で言えば、3秒程度の出来事だろうか。
片手で数えられる程度の秒数で、『太陽』を生み出したのだ。
「全て、滅びろ。【向日葵】」
その声を最後に国は崩壊した。
何かの比喩や大げさな表現などではなく文字通り祝福の国『ブレッシュ』は壊滅したのだ。いやという程に広い土地が広がっているだけで、一切の建物も残っていない。
豊かだった植生も、積み上げてきた文明も、努力も歴史も、一瞬にして灰燼と帰した。
唯一残っているのは、魔導書によって守られていた俺、攻撃を放ったシャルハート自身。
そして、すぐ近くに来ていたリリシアだけだった。
彼女の周りを黒い液体が覆っている。
「ライ? ライ!!」
「ライちゃん!! 返事をして……!!」
全身が焼けこげた少女は、体が灰へと変わっていきながら最後の言葉を紡ぐ。
「ごめ…んね…、リリシアお姉ちゃん。クーリア、ごめんね。短い間だったけど、すごく楽しかったなぁ……。また、一緒に旅を…したかった…なぁ」
「もう喋るな!! 今回復させてやるから!! 奇跡の儀式!!」
リリシアが少女の手を必死に握る。
全魔力を注ぎ込んでライの再生を試みるが、結果は虚しいものだった。
「2人と一緒に居て、楽しかった…よ…? すごく、しあわせ…だった」
「嫌だよ!! 私、まだライちゃんと一緒に居たい!! 教えてあげたいおとぎ話がいっぱいあるんだ!!」
「ああ、お母さん。来て…くれたんだ…。クーリア、リリシアお姉ちゃん、だい…好き…だ…よ…」
必死に支えていた彼女の体が軽くなる。
何か大切なものが抜け落ちたように。
「ライちゃ…ん…? ライちゃん!!」
「どう…して…だよ……!! なんで、ライがこんな目に……!!」
ライと出会ったガーディニア村も、ライが心を開き始めたルイチャドゥ村も、ライが子供らしく振舞ったヒーワー村も、ライが優しさに包まれたウォーリン村も、ライがわがままを言ったリィマ村も、全部消えてなくなった。
シャルハートの一撃で、全部が消えた。
もはや、彼女の存在を示すものはほとんど無く。唯一残されているのは、リリシアとお揃いで買った髪留めだけである。かすかに俺の血がこびり付いて、欠けている髪飾りだけ。
「シャルハート!! お前が許せない……。理不尽を押し付けるお前が、腹の底から気に食わない。殺してやる。ぶっ殺してやるぞ【シャルハート・ソル】」
「イヒヒ。じゃが、ワシの力が無ければ妹は救えんじゃろう? さぁ、選べ、『愚者』よ」
歪んだ笑みを向けてくるシャルハート。
固めた拳がカタカタと震えていて、激情が収まりきらない。
すっかり元通りの昼間に戻った平原に、突然禍々しい気配が現れる。月の国の方から現れたのは鬱金色の髪をした吸血鬼。
わざとらしく大きな動作で手を叩いている。
「だれだ、お前!?」
「私は『月』のヴァンパイアロード、ターメリック・ルーナ。どうやら『太陽』と『愚者』が仲間割れをしていると聞いたので、嘲笑いに来たのです」




