不完全な吸血鬼
「嫌だって何だよ。救えるんだろ!? 助けてやってくれよ。何でもするから!!」
「……だって、こんな面白い実験、行く末を見守りたいに決まっておろう? 中途半端に助けて止めてしまってはもったいなさすぎる」
冗談だと思いたい言葉。けれど、ここ数か月の付き合いで、シャルハートの冷酷な性格は嫌というほど味わってきた。天と地がひっくり返ろうとも、シャルハートはライを助けることはない。
むしろ、彼女が死ぬ最期の瞬間に、満面の笑みを浮かべるだろう。
「俺は、お前を許さないぞ……。【シャルハート・ソル】」
感情が高ぶって、燃え滾るような怒りが腹の底から沸いてくる。
今まで吐き出せなかった激情が一気にあふれかえったかと思うと、制御できずに黒炎が身体から放出された。しかし、赤髪の老人はたぎる感情に一息吹きかけて、消し飛ばす。
「黙れ愚者。ワシは、それどころじゃない」
無垢な赤子のような笑顔で、黒い液体に沈んでいく少女を観察する。瞳こそキラキラ輝いているが、口元は冷酷に歪んでいて、苦しみにおぼれるライをモルモットのように扱っている。
ライは助けを求めて手を伸ばしているが、間近で見つめるシャルハートは嘲笑うだけ。
「……ライ!! 今助けてやるからな!!」
ドロドロと零れる黒い液体へと手を突っ込む。必死に黒い液体から引きずり出そうと試みるが、吐き出される黒い水に力を奪い盗られて、少女の手を握ることすらままならない。
「クー…リア……。ご、ごめんなさい……。たす…け…て……」
「ライ……。ライ!! 絶対にあきらめないからな」
やがて、魔石から溢れた黒い液体がライの体を包み込んで覆い隠す。
威力を弱めた火車で吹き飛ばすが、硬化して阻まれた。
中から聞こえる少女の悲鳴を前に無力感に打ちひしがれる。何もできない愚かな自分が恨めしい。
「ああ、クッソ!! 俺は、また失うのかよ。そんな理不尽、認められるか!!」
魔導書を開くとアルカナを解放して奇跡と勝利をぶっ放す。
それでも黒い液体は微動だにせず、苦しそうなうめき声が響くだけ。
いつの間にか地面に描かれていた儀式魔法の印も黒く塗りつぶされていて、曇天に包まれ平野に薄暗い雰囲気が漂っていた。吸血鬼が生まれるには、絶好の天気だ。
「イヒヒ。膜が消えたな。新たな吸血鬼の顕現かの?」
シャルハートが意地悪く笑う。
少女を包み込んでいた黒い塊は、途端に水へと戻って草原の地面へと広がっていた。微かに足元を濡らすのすら気にならず、瞳を閉じたままの金髪の少女を食い入るように見つめる。
うわ言のように彼女の名を呼ぶ。
反応は無い。
「お…かあ…さ…ん。お母さん……。おかあ…。お母…は、は、母、は母は母はは!?!?!?」
突然目を見開いたかと思うと、光の無い空を見上げ両手をあげて叫び始めた。渇望が感じられる言葉であるが、何か意味のあるものではないようで、糸の切れたように倒れた後も呟き続けている。
「ライ!! 大丈夫か!? 今、助けてやるから……」
「は、母は、ははは母。お母さーん!! どここどこ、おかあぁぁぁああ」
地面に倒れたまま、あり得ない方向に首が曲がる。
目を見開いたまま薄気味悪い笑みを浮かべると、世界がひっくり返ったように昼夜が入れ替わる。目まぐるしく空模様は変わり、吸血鬼が高ぶる夜が訪れた。
「吸血鬼? いや、違うのぅ。何じゃコレは? 人間の紛い物ならぬ、吸血鬼の紛い物か?」
小刻みに震えているライを観察する。儀式に使ったシャルハートの遺物がすべて取り込まれているようで、すでに人間とは思えない様相をしている。しかし、吸血鬼とは体のつくりが違うように見える。
どちらでもない、不安定な生物だ。
「面白いのぅ……。どれ、少し殺してみるか。コレで死ななければ、吸血鬼と呼んでいいじゃろ」
魔導書から作り出されたシャルハートの分身体が、魔法を唱え始める。首の骨が変形している少女を抱きしめて、シャルハートの攻撃から逃れるように離れた。
「やめろ。止めてくれシャルハート。俺が、必ずライを助けるから」
「……愚か者に出来ると思っておるのか? イヒヒ、どこまで愚かなのかのぅ。その娘はすでに助からん。せいぜいワシの実験に協力するしかできんよ」
更に力強くライを抱きしめた。
尚も攻撃を止めようとしないシャルハートに頭を下げて、命乞いをする。
「お願いします。ライを……殺さないでください」
「それはワシらを殺す気満々と言った様子じゃがのぅ?」
呆れかえった表情のシャルハートに気を取られていると、真横から力強い衝撃が襲いかかった。
ライの腕が伸びて俺の体を吹き飛ばしたらしい。
今の一撃によって少女の骨はへし折れて歪な形に変形している。微かに魔力が流れて、吸血鬼のように傷の回復が始まっているようだ。
俺を無視して完全を発動させようとするシャルハートの正面に立ちふさがる。
「何をしている?」
「俺がかならず、ライを救う。ライの母親も復活させる!! だから、手を出さないでくれ……」
「……断ったら?」
煽るようなシャルハートの声。
真っ直ぐに半裸の老人を見つめて
「その時は、お前を殺す。その後で、ライを助ける」
そう、言い放った。
真夜中の平原に嘲笑が響く。
シャルハートが答えを告げるよりも先に、不完全な吸血鬼と化したライが俺の心臓を貫いた。
「ラ…イ…。必ず、助けるから……。もう少しだけ、待って…くれ……」
息も絶え絶えの状態で振り向く。
虚ろな表情で首を傾げた少女から、黒い液体が零れている。胸から飛び出していた魔石が彼女の表皮にこびりついていて、異様な姿だった。
彼女に近づけば、反射的に攻撃を喰らう。だが、完全に吸血鬼の体になっているわけではないようで、ライの体もボロボロに傷ついていた。
皮膚は剥がれて、血を吹き出して、骨は折れている。
「ライ、もう、こんなことやめにしよう? また、リリシアとご飯を食べよう。一緒に旅をしよう。いつか、ブランにも会わせてやるから……。だから……」
虚空を見つめるばかりの少女に呼びかけるが、反応は無い。
痺れをきらしたシャルハートは、俺を引っ張って後ろに下げると青白い炎に包まれた武器を作り出した。
「完全・重砲。愚者よ、邪魔をするならお主ごと吹き飛ばすぞ?」
青い腰布に赤いマントを羽織っただけの半裸の老人は、巨大な筒を小脇に抱えていた。砲口は人の頭ほどの大きさで、まさしく重砲と呼ばれるのにふさわしい見た目をしている。
無骨な黒いデザインに、余計な装飾が無く、引き金のみ。
単純な機構で安全装置すらない。
「去ね、小娘風情が」
引き金に手を掛けたシャルハートが呟くと、見惚れるような青い炎が一瞬だけ暗闇を照らす。
森が揺れるほど大きな轟音。
勝利の爆発音に勝るとも劣らない大音量に、頭がクラクラとしてくる。
緩慢な動きでシャルハートに近づいてたライの体は、上半身の大部分を失っており、吹き飛ばされた断面から真っ黒な液体が零れていた。
……いや違う。液体によって再生している!!
よく見てみれば、傷口から溢れた黒い液体が再び体を作っているのだ。体だけでなく、衣服も元の状態へともどそうとしていて、明らかに吸血鬼とは違う再生方法だった。
吸血鬼の価値観から見ても、十分におぞましい様相だ。
「体が吹き飛んだ程度では止まらぬか。なら壊すまでよ。究極・小」
続けてシャルハートが呼び出したのは、小さな白い岩石。
ただの石ころに見えるが完璧な球体の形をしている。シャルハートが少し指を動かしたかと思うと、それに呼応するように岩石は超高速で移動してライの顔を殴った。
一度ではおさまらず、一瞬離れた小さな岩石が少女の周りを縦横無尽に飛び回って、少しずつ傷をつけている。指の骨がひしゃげて、後頭部から目玉を抉りだした。
真横から足を打ち付け崩れさせると、背中から襲い掛かって腹をぶち抜く。
地面にばら撒いた臓器をメタメタに打ちのめすと、回復する間も与えずに赤黒く染まった岩石がライの胸元に取り付いている魔石を叩いて砕く。
ゴボゴボと音を鳴らしながらライは呻くが、意に介した様子もなくシャルハートは攻撃を続けた。
「案外タフじゃのう。そろそろ事切れても良い頃合いじゃが……?」
口内にねじ込まれた小さな石が暴れまわって、下あごを外した。あまりの惨状に見てられず、たった一瞬目を逸らした。
その瞬間に、シャルハートの分身体は細切れに切り刻まれていて、灰へと変わった。




