目を背けた愚か者
怯えるライをリィマ村まで連れて行く。
疲れて少し休みたい気分だ。
「ねぇ、クーリア。さっきの吸血鬼って死んでないんだよね?」
ギュっと手を握るライが恐る恐ると言った様子で尋ねてきた。
先ほども話した通り、吸血鬼は基本的に不死だ。首を刎ねられようが心臓を潰されようが死ぬことはない。復活に時間がかかる程度である。
「じゃあ吸血鬼ってどうやったら死んじゃうの?」
「魔石っていう魔力が生み出される源があるんだが、そこを破壊されると死ぬな。まぁ、ちょっと傷ついた程度なら再生させられるし、吸血鬼は自殺以外では殆ど死ぬことはないよ」
最強だと疑う余地も無い吸血鬼が殺された現場を見て、俺もそうなるのではないかと憂いているのかもしれない。死んだようにみえたロンパイアは全然死んでないし、俺もライやリリシアを置いて死ぬつもりはない。
ブランの魔石を集めて、また平和に過ごすことを望んでいるのだ。
「ライ、心配しなくてもいい。お前の仇は必ず取るし、俺は死なない。ずっと傍に居てやれる」
「……そっか」
俺の手を強く握ったまま赤毛の少女は俯いたまま歩く。
石畳の道に映るライの影が小刻みに震えていた。
どうやら泣いているらしい。感情を押し殺して嗚咽を漏らさないようにと気を遣いながら、無理をして歩いる。立ち止まろうとすると、嫌がって俺の手を引いた。
「ライ? そっちは宿じゃないぞ……?」
「ねぇ、クーリア。少しだけシャルハートの遺物が見たいな。私の故郷を滅ぼした吸血鬼が、何を求めていたのかが知りたいの」
彼女が顔を上げると赤く腫れた目元に動揺する。わざわざ村の外れの方へと歩いていたのは、シャルハートの遺物を見たいがために連れてきたらしい。
あまり子供に見せるようなものではないが、彼女はある意味、被害者だ。
「見るだけだぞ? 危険だから、あまり近づくなよ?」
影の中から王冠、心臓、魔力の込められた魔石を取り出した。
あとはシャルハートが魔導書の中から出てきて、この遺物たちを取り込めば、失われた伝説の力を取り戻せる。そして俺も、『太陽』のアルカナ因子を少しは使いこなせるようになるはず……。
「私ね、リリシアお姉ちゃんとクーリアと一緒に旅をしてきて、すごく楽しかった。その気持ちには嘘はないよ。でもね、どうしても、お母さんともう一度会いたいの!!」
「ライ? 何の話を……」
ライは見たことがないほどに歪んだ笑みを浮かべる。
「ごめんねクーリア!! こうするしかないの!!」
俺の方へと駆け寄ってくると右手の甲に鋭い痛みが走って遺物を持つ力が弱まる。華奢な体で突き飛ばされたかと思うと、落とした遺物を拾って平原を駆け抜け茂みへと入っていく。
赤く濡れる手の甲を見れば、リリシアとお揃いと言って買った髪飾りが突き刺さっていた。ふわりと広がった彼女の赤毛を後ろから眺めて、手を伸ばすことすら出来ない。
「勝利の象徴よ。愚者に火車を……」
魔導書を開いて指先にエネルギーを蓄積させるが、それを躊躇した。
撃てるはずもない。
自分の愚かさを呪いながら少女の後を追う。普通に考えれば、子供の体力と吸血鬼の脚力、どちらが勝つかは明白だ。しかしライは、俺が通れないような小道や視界を奪われる茂みを選んで走り抜けている。
「本気で逃げるつもりなのかよ!!」
情けないほどに距離が離れていく。森を切り開いて作られる農村生まれとは思えない程、森を歩き慣れ過ぎていた。
火車ならば、森を吹き飛ばすことなんて容易い。けれどそれではライを傷つけてしまう。
裏切られたと分かっているのに、未だ甘いことを言うようだが、どうしても彼女を殺せないのだ。
「ちくしょう……。こんなの何かの間違いだろ!!」
視界を塞ぐ木々に苛立つと、吸血鬼の聴力が川を渡る音を拾った。魔法で邪魔な草木を切り刻んで川まで一直線に走る。シャルハートの魔石を持った金髪の少女が川の向こう岸まで渡って、また茂みに隠れたのが目に入った。
「ライ……!?」
ふと川に目を見遣ると、赤い染料が流されていた。あの少し硬い赤髪は、染めたものだったのだ。少女の本当の髪色は、黒を織り交ぜたような薄暗い金髪。
「ああ、そうかよ。何から何まで嘘だってことか……!!」
流れの早い川を飛び越えてさらにライを追いかける。
どこまで逃げるつもりなのかと考えていると、いきなり樹木が減って踏み荒らされたような雑草だらけの平原へと出てしまった。
申し訳程度に建てられた芯まで腐った看板には『月の国』と書かれている。森に阻まれて気づかなかったが、かなり長いこと走っていたらしい。
吸血鬼の俺はともかく、ただの人間で、まだ子供であるライがそれだけ走れるというのは、いっそ妄執と呼ぶべきだろうか。
「ライ、今ならいたずらってことで許してやれる。いますぐ遺物を返すんだ。少し俺を驚かせるための冗談なんだろ? そんなことをしなくてもお前の復讐のことは忘れてない。必ず果たす!!」
「……ダラダラとうるさいよクーリア。もう認めてよ。私はクーリアを裏切ったの」
絶望の底に沈んだような目で俺を睨む。気だるげに断言する姿は、俺の知っているライとは思えない程だった。動揺で声が裏返っている俺とは対照的に、少女は鈍く響くような声音で、それが一層、冗談やいたずらでないことを示している。
「あらためて、私は欺瞞の国、ダブドック村生まれのライ。最初っから、クーリアたちを裏切るつもりで近づいて、利用してた」
「ああ、知ってるよ。お前が、ガーディニア村出身じゃないことも、ガーディニア村は吸血鬼に襲われたってのが嘘なのも、俺たちを裏切ろうとしてたのも、全部知ってた。その上で、言ってる!!」
ライが馬鹿にするように笑った。
手元の遺物からは一切目を逸らさず、俺に目をくれようともしない。
「気づいていた? だったら、なんで私を傍に置いていたの?」
「お前を救えると思ってた!! 救いたかった。今からでも遅くは無いと思ってる。俺には無理かもしれないが、シャルハートなら、お前の望みをかなえてやれるはずだ。だから、遺物を返してくれないか?」
少しずつ背後に下がるライを追い詰めると、踏みつけられた雑草に紛れて儀式魔法の印が地面に描かれていることに気づいた。
「ライ? な、何をするつもりなんだ……?」
魔導書の中には、いくつかの儀式魔法の手順も書かれていた。しかし、どの印とも似つかぬ、見たことのない模様だ。恐る恐る顔をあげて問いかけると、少女は目を逸らす。
「クーリアは『愚者』の吸血鬼。お母さんを生き返らせるような高度な魔法は使えないって知ってる。そして伝説の吸血鬼も力を失っていて、使えない。もし仮に遺物を使って力を取り戻したとしても、性格上、私のお願いを聞いてくれるとは思えない。だから、交渉は決裂だよ」
冷たい目をした少女は、懐から取り出した紙の束を眺めながら告げる。
見覚えのある萎れた紙。裏面には、やけに丁寧な文字で『ヘンドラー』というサインがあった。ご丁寧に商人組合『ドラマティック・エデン』のハンコも押されている。(もちろん、ヘンドラーのハンコも)
「それは……」
「ああ、これ? とある商人から買ったクーリアたちの情報。コレのおかげで楽に近づけた」
今まで、ずっと疑ってた。
ヘンドラーの渡してきた俺の情報を買った客のリストの中にライの名前があるのは何かの間違いなのではないかと。きっと、同じ名前の他人だろうと。そう思い込もうとしていた。
「けど、ビックリしたなぁ。クーリアの情報を買った顧客リストを買ってるなんて。やっぱり金にがめついドラマティック・エデンの連中は油断ならないね。ターメリック様の言う通りだった」
彼女を信じる材料が音を立てて崩れていく。
ずっと目を背けてきた事――ガーディニア村を滅ぼしたのはライだと気づいてしまった。
思い出してみれば、ガーディニア村に残された死体は、背中から突き刺されていたり毒を盛られていたり、魔法ではない放火によって家を焼かれている。
吸血鬼が、そんな手を使うはずがなかった。
「ライ、人を……殺したのか……?」
「ガーディニア村のこと? あー、気づいちゃうよね。そうだよ、私が殺した」
全部分かっているつもりだった。知っているつもりだった。
でも、俺はただ見て見ぬふりをしていただけ。あの少女を理解したつもりになっていただけ。
「ごめんねクーリア。私が吸血鬼になって、お母さんを復活させるの!!」
そう叫んだ少女は、三方に遺物を置いて儀式魔法の印の中心に立つ。鬱金色の輝きが天へと昇って少女の体を包み込む。咄嗟に手を伸ばすと魔導書から飛び出してきたシャルハートに阻まれた。
「今、手を出せばお主も死ぬぞ?」
「……ッ!! シャルハート!! ら、ライが……。頼む、助けてやってくれ」
俺から目を逸らすと、シャルハートは未だ輝き続ける儀式を見守る。
光の中から響いたライの叫び声。
骨の折れるような生々しい音が響いて、光は薄くなっていった。
円の中心には、幾ばくか身長が高くなったライが立っている。その背には、俺たち吸血鬼と同じ、コウモリと悪魔を混ぜたような真っ黒な翼を生やしている。
人間が、吸血鬼になったのだ。
「そ、そんなことあり得るのか……?」
「いや、あり得んはずじゃ。すくなくとも、あんな出来損ないの儀式では無理じゃな」
シャルハートが断言すると同時に、金髪の少女は目を見開いた。ゆっくりと下降するライを抱きとめようと近づくと、頭に響くほどの音量で、彼女の心臓が鳴り響く。
「な、何が!?」
一度だけではない。地面の底を叩くような激しい音が平原を超えて森の草木を揺らす。
隠れていた小動物が異変に気付いて思い思いに逃げ出した。唐突に脳内に直接訴えかけてくるような悲しみに飲まれる。
「クーリア……。たす、けて……?」
再び翼を広げて微かに上昇したライが口を開いた。そこから溢れる真っ黒の液体。
見上げてみれば、目からも黒い液体を零しており、少女の心臓にへばりついた禍々しい色の結晶が胸から飛び出していた。その正体は魔石だ。
口や目とは比べ物にならないほどに、飛び出した魔石から黒い液体が噴き出している。
地面を濡らし儀式魔法の印を塗りつぶす。
「シャルハート、様子がおかしいぞ!! 何とかできないのか?」
「……何とかというのは? 殺せという意味なら容易い。命を助けろという意味なら嫌じゃ」
腕を組んで佇む赤髪の老人。
こちらに目を向けようという気配も見せず、興味深そうに、冷酷な目で金髪の少女を見つめていた。
「お前、伝説の吸血鬼なんだろ!? あの娘を救う方法の一つくらいあるんじゃないのか!!」
「聞こえんかったか? 命を助けることを出来ないといったわけではない。嫌じゃと言ったのだ」
不可能。という話ではなく拒絶。
思わず口から空気が漏れた。自分でもどんな感情なのかがわからない。
「嫌だって何だよ。救えるんだろ!? 助けてやってくれよ。何でもするから!!」
「……だって、こんな面白い実験、行く末を見守りたいに決まっておろう? 中途半端に助けて止めてしまってはもったいなさすぎる」




