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スペードからの試練

「フフフ。利き手への攻撃を避けられなかったのは失態でしたね」


 そう言って肩を抑える手ぶらのロンパイア。


 ――まて、剣はどこに行った!?


 傷口から流れる液体が硬質化していき、彼の手に細長い武器が現れた。日差しを受けて緋色に煌めくレイピアを構えると、鬼気迫る表情で一歩踏み込む。

 真っ直ぐに向けられた切っ先から漂う殺意に押し負けて、咄嗟にバックステップで躱す。


 遅れて響いた地鳴りのような足音。


 左目の奥が溶岩を流し込まれたかのように熱くなる。視界は赤く染まって、頬を伝う血涙が気持ち悪い。後ろに下がって躱したはずなのに、レイピアを持つロンパイアの手は、すぐそばまで来ている。

 やがて、俺の目を穿ったのだと気づいた。


「痛てぇ!? 全く見えなかったぞ!!」


「そりゃ、攻撃を隠す技術はピッチャーに教え込まれましたから」


 長身の男は優しそうな笑みを浮かべると、ゆっくりとレイピアを抜き取る。

 即座に再生が始まっているとはいえ、視界を潰されて致命的な状況。


「もう1回ぶち抜いてやる……。勝利の儀式(ヴィクトリーカップ)


 微かに空いた距離。

 魔導書を開くと銀色に輝いて圧縮された水滴が生成される。本当ならハンマーから撃ちたいところだが、手元にないことを嘆いてもしょうがない。


 拘束に飛ばされた水圧弾がロンパイアの腕に直撃して爆発を引き起こす。


「腕を犠牲に!?」


 左腕でガードされたが、裂傷から血が零れている。緋色の髪の優男の表情が崩れた。すぐに取り繕った笑みを浮かべて魔力を流した。


 ――傷の再生。いや、違うな。


祝福の知恵(ブレスソード)、たっぷりと味わうといい」


 傷口に蓄積した魔力がざわめきを起こす。

 すぐ近くの行動の入り口である木組みの門がカタカタと震えはじめると、地下深くから溢れるような遺物の魔力の残滓がロンパイアへと流れ込んだ。


 細い腕から零した血を媒体として武器を生成した。彼の腕からは槍の先端部だけが伸びていて、どれもこれも血から出来たばかりで緋色に輝いている。

 まるで血で出来た針を見せびらかすハリネズミのようだ。


「何のつもりだ?」


「警戒しないのなら、それも結構。クーリアさん、見誤らないことをお勧めします」


 ロンパイアの腕から生えた緋色の槍は心臓のように2、3度脈打つと自分の腕の裂傷を広げながら俺の方へと伸びてくる。まるでエモノの首元に食らいつく蛇ような動きである。


 武器の生成はたいがいの吸血鬼が使えるスキル。(愚かな俺は魔導書なしでは使えないが)

 それに対して、生み出された武器のリーチが伸びたのはアルカナ因子による能力だろう。単純な能力だが、近距離戦闘が苦手な俺にとってみれば相性が悪い。


「1800年間、研鑽を積まず怠惰に過ごした代償ってところか」


 自虐的な笑みを浮かべて向かってくる槍を躱した。しかし、さらに長さが変わって俺を追う。思慮の浅い(おれ)を捕まえるのは容易なようで、蛇のように蠢く槍が身体を貫いた。


「躱せたのは2本だけ。突き刺さったままでは回復も出来ないでしょう?」


 細身の優男は腕から伸びた槍先を見て微笑む。


 苦痛の声を漏らす俺の首と心臓、そして回復させたばかりの右腕に突き刺さっているからだ。

 痛みの堪えながらも再生を始める筋線維が異物を取り除こうと動いている。それをとどめるかのように槍はゆっくりと伸びて深々と差し込まれていく。


愚者(おれ)は…全てを…蹂躙する。【不完全な(フール)若き王(ザ・セブンス)】」


 今にも落としてしまいそうな右腕で開いたのは、『戦車』について書かれた魔導書、最後のページ。


 全身が硬直して力づくで槍をへし折る。体の中に残された槍の破片が俺の体に押し出されて抜け落ちたかと思うと、踏みつぶされた雑草の生える地面に血が零れた。

 おぞましいみずみずしさを見せる草木のように、傷を堪えるために曲がっていた俺の腰はピンと伸びていく。


「自己回復……。完全に傷が塞がっているわけではないようですね」


「言ったろ。不完全だって」


 フラフラとよろめきながら照り付ける太陽を眺めた。肌を焼き焦がす嫌な感覚と目の奥まで刻み込まれるような眩しさ。美しく残酷に輝き続ける太陽に違和感を抱いた。

 いつも感じる、形容しがたい苦痛や脱力感に侵されていないのだ。


「弱体化してない? 完全に無力化してる……」


「おや、『太陽』の恩恵に気づいたようですね」


 優男が不敵な笑みを浮かべた。彼の緋色の髪が風になびくと、それに呼応するように紅の魔導書から力が流れ込んでいることに気づく。


「祝福の象徴よ。愚者に剣を……【完全(パーフェクト)・剣】を与えろ」


 魔導書から取り出したのは緋紅の剣。

 爛々と輝いており天に浮かぶ太陽に勝るとも劣らない美しさだった。アルベルデとの戦いでシャルハートが生成した大太刀には遠く及ばない武器だ。これが、今の愚者(おれ)の精一杯。


 向き合ったロンパイアは、腕の傷も回復していて血と共に突き出していた槍も無くなっている。代わりに腰にぶら下げていた緋色の剣を構えている。

 立ち居振る舞いから伝わる熟練した技能。


 対する俺は、子供の真似事かと見間違うほどにひどい姿だ。


「あれだけ時間があって何もしてこなかった。これを愚かと呼ばずしてなんていうんだか。(ブラン)に顔向けできねぇぜ」


 孤独を嘆くだけで一片の努力も放棄した愚者。吸血鬼であることに甘えて何もしてこなかったから、大切な妹を失うのは、確かに(ある意味であれば)条理にかなっている。だが、それを受け入れてしまえるほど愚かではない。


「さぁ、やろうぜ剣のスート(ロンパイア)!!」


 興奮冷めやらぬまま緋紅色の剣を横薙ぎに振るった。

 刃がぶつかり合って激しい金属音が鳴る。力任せに押し込むが、長身の男にパワー負けして、むしろ反撃を許してしまう。


 がら空きになった胴体に突き技を叩き込まれた。


前進(ブースト)!!」


 不自然な音を響かせて刀身が伸びるロンパイアの剣から逃れるように、魔導書を開いて足にチャージしたエネルギーを燃やす。途端に手に持った剣の形が不安定となる。


 魔導書に刻まれたアルカナ因子を使って武器を生成することは出来るようになった。一度生成すれば魔導書なしでも壊れるまでは使える。けれどそれは、あくまで一般的な武器だけであり、そもそもがアルカナ因子とは関係ない武器―フラッシュの七賽戦槌(ななさいせんつい)やピッチャーの黄金色愛(こがねしきあい)―は生成できない。


 完全(パーフェクト)によって生成する武器も特別で、魔導書なしには使えない。


「シャルハート様の力はその程度ではないでしょう?」


 大振りに剣を振り回して猛攻を仕掛けるロンパイア。

 言われるがままだったが、まさしく彼の言う通りだった。この武器の真価はさらにもう一つ奥にある。だが、剣の技量もアルカナ因子の扱いも未熟な俺には、その力を引き出せない。


「見せてあげましょう、祝福の知恵(ブレスソード)の最終奥義!!」


 やぶれかぶれに振るった俺の剣が虚しく空を切る。

 俺たち2人の間に5mはあるかというような距離が開いた。


 ――剣を伸ばすつもりか!!


 整った顔立ちのままニコリと笑みを浮かべると、剣先をこちらに向け腰を深く落として構える。一瞬の静寂の後、震える緋色の剣が猛スピードで突っ込んでくる。

 直線的で単純な攻撃。


 躱すのは容易い。


 吸血鬼の反射神経に甘えて剣の軌道から逸れた。

 確実に範囲外に出たはずだというのに、背中を突き飛ばされるような衝撃と、溶岩を飲み込んだような熱さに襲われた。


 掠るはずもない攻撃だった。


「剣が……途中で折れ曲がって……!?」


 能力を知っていたはずなのに、視線や攻撃によって誘導されていた。

 それに気づかずまんまと乗せられた。


「やっぱりスートは強いな?」


「ええ、村人を守る使命がある。試練の壁となるために、強くなる必要があった」


 俺の虚ろな問いかけ。段々と色を失っていく緋紅色の剣が嫌に重く感じられる。


「クーリア!! がんばって!!」


 倒れそうな俺の目の前で、赤い髪の少女が叫んでいた。傍には馬車もリリシアも居ない。不安を抱きながらも1人で来たのだろう。


 ……何のために?

 ――俺を応援するために。


「勝てるよ。クーリアなら!!」

『出来るよ。お兄ちゃんなら』


 在りし日の妹と声が重なる。両手を固く握って不安を隠すようにして叫ぶ少女を前に、背中に突き刺さる剣をそのままで立ち上がった。


「全部救うって決めたんだ。ここは()()()()()()()()()()()()()


 残りカスのような魔力を燃やすと綻びかけていた剣が息を吹き返した。背に突き刺さった剣はいつの間にか抜け落ちていて、すぐ近くにロンパイアが立っている。


「最後の攻撃です。全力で受けてください」


「いいや。もう、受けねぇよ。その前にてめぇを殺す」


 片手で持った緋紅の剣を軽く振るった。まるでマッチを擦ったかのように先端に灯火が現れると、瞬く間に持ち手の方まで広がって青白く変色する。

 これが、完全(パーフェクト)の真価。


アルカナ解放ディストピア・チェンジ


 短く言葉を漏らすと、ロンパイアが防御の構えを取るよりも早く優男を斬り伏せていた。


『試練が成功しました』


 どこかすっきりとした笑顔のままロンパイアの首が落ちた。ゴロゴロと地面を転がる頭が一定の距離ほど離れたところで、中途半端な姿勢を保った体がばたりと倒れる。

 ドクドクと流れている血が地面へとしみこんで草木を濡らす。


「え、こ、殺しちゃったの?」


「吸血鬼はこの程度じゃ死なねぇよ。まぁ、少し再生に時間はかかると思うがな」


 木組みの門の奥――坑道でもあり祠でもある――から吸血鬼特有の禍々しい魔力が発生している。一晩ほどかかるだろうが、すでに復活は始まっているらしい。

 現に、つい先ほどまであった死体が消えている。


 灰になったわけではない。生まれ直すために、完全に消失したのだ。


 怯えるライをリィマ村まで連れて行く。

 疲れて少し休みたい気分だ。

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