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ダイヤからの試練

「……く、クローネは!?」


 樹木の根に押しつぶされながらも突き出した幹の方へと目を向ける。葉が邪魔になっているが視線の先にはクローネが居たはず。

 巨木は長い年月をかけて岩を砕くとも言われているし、可能性はあるだろう。


 俺を押さえつける木を魔法で焼いて立ち上がった。

 直径50cmはあるだろう大木が横に伸びているが、木の先は奇妙な形をしている。まるで障害物を躱すかのように二股に分かれており、それぞれの方向へと樹冠が出来ているのだ。


 環境によって木の形が歪むのは見たことはあるが、あんなにも奇妙な形をしているのは初めてだ。


奇跡の儀式(ミラクルカップ)はあくまで再生力の向上だけ。あんな風に木が歪むなんてことはないはずだが……」


「驚いたが、その程度じゃの。田畑を作るには木を支配せにゃならん。農民(わしら)以上に木に精通する者は学者様ぐらいじゃぞ」


 樹木は、何の意味も無く歪んだわけじゃなかった。

 クローネの手によって歪むように調整されたのだ。


 分かれた木の間に立っていたのは、ヒマワリの種を模した首飾りを着けている老婆。片手を突き出して成長する木の芯を割ったのだ。


「一瞬で成長したんだぞ。その芯を見極めて正確にへし折るなんて……」


 少しでもタイミングがずれていれば木は割れずクローネの体は吹き飛ばされていただろう。農家としての経験と吸血鬼の身体能力、そして、不動の能力がなせる技だ。


「今の攻撃、見込みはあったぞ? かなり成長しておるようじゃの」


 寸前まで木の枝を隠していたことを言っているのだろう。ピッチャーの試練で覚えた攻撃を隠す技術はきちんと磨かれていると、彼女は認めてくれるのだ。


「その程度じゃ満足できねぇんだよ!! 俺は試練を超える……!!」


 体をバラバラのコウモリに変化させて辺りを飛び回る。

 老婆が警戒するように体を硬直させると、円を取り囲んでいた木が内側から爆発した。微かに防御姿勢を取るが、爆発は二の次だ。


「本命は、後ろだ!! 槌火車(アポロン)!!」


 魔導書からもう一度呼び出した槌を横薙ぎに振るう。クローネとぶつかった瞬間に魔力を爆発させて火車(アポロン)を発動させた。


「惜しいのう。感情が高ぶると隠しきれなくなるところ、弟子(ピッチャー)そっくりじゃな」


 全力を込めた爆発を受け止めたのはクローネの皺だらけの手。

 爆発の衝撃に耐えかねて互いの手に握られたまま槌は朽ち果てていく。しかし、クローネの体は今までで一番揺らいだ。腕を犠牲とした広範囲の火車(アポロン)よりも一点突破の攻撃の方が有効なようだ。


「一点突破といえば、こうだろ!! 勝利の象徴よ。愚者に槍を与えろ」


 銀緑色に輝く魔導書から呼び出したのは、一本の槍。棒状に成形されたなんの変哲もない持ち手に、先端に金属でできた刃先がくっついてるだけの何の能力も無い武器だった。

 しかし、槍を呼び出した魔導書を影に落とすことなく、さらに火車(アポロン)を詠唱する。


 魔導書から武器と魔法を呼び出しただけだが、完全にキャパオーバーだった。

 限界ぎりぎりの状態で歯を食いしばりながら不慣れな槍を振るう。


「……槍とは、こういうものを言うんじゃよ」


 クローネが腰を落として拳を固める。

 避けるそぶりの見えない老婆の肩へ槍の狙いを定めて、一突き。


拳槍(けんそう)……。セイッ!!」


 真っ直ぐに突き出した()()()()()()()()()

 逆ではない。

 一見すれば非力な老婆の拳が、俺が魔導書から作り出した槍を正面から受け止め、あまつさえ破壊したのだ。


「……クソッ!! 『魔術師』のアルカナよ。愚者に奇跡(ミラクル)を与えろォォ!!」


 半ばやけくそに魔導書を開くと、ドス黒さの混じった紫色へと変色する。再び曇天が祠の上空を包み込み、やかましく響く雷鳴がクローネのいる円を襲う。


「見込みはあるが、不完全じゃのう。()()ならば、ワシを殺すぐらいはできるじゃろうな」


 言外に偽物と告げられて頭が真っ白になる。沸々と湧き上がってくる血の衝動に身を任せようとして必死に押さえつけた。

 形容できない感情に支配されて、無意識のうちに体が震える。


「……試練はいったん取り止めじゃ。気を静めてから続きをやろう」


「まだ、終わってねぇぞ……」


「ダメじゃ。今のお主は見込みがない。心を整えて、次に繋げんしゃい。焦らんでもいいから」


 クローネが円の外に出ると、深い皺の刻まれた暖かい手で頭を撫でられる。リリシアやライが居たのなら、気恥ずかしさで振り払っていたかもしれないが、今の俺はただ受け入れるしかなかった。


 ニカッと顔に不似合いの牙を覗かせて老婆はなだらかな坂を下っていく。

 俺も彼女の背について村へと戻った。




 …………それから、2日が経過した。

 余り楽しく話せる内容ではないので、短く済ませるが、結論から言えば未だ試練は突破できていない。


 もう一度トンカチに火車(アポロン)を織り交ぜて攻撃したり、アルベルデの妻であり『戦車』のヴァンパイアスートであるフラッシュの真似をして勝利の儀式(ヴィクトリーカップ)をトンカチから放ってみたりしたが、そもそも警戒されて当てられなかった。


 攻撃を隠す技術に磨きをかけて試したが、余計な警戒をさせるだけで無意味だった。

 剣を含めて他の武器は、魔導書から作り出せなかったり、アルカナ因子に耐えられなかったりと、あまりに問題が多く克服にも時間がかかりそうだったので諦めるしか選択肢はない。


 どんなシチュエーションの奇跡(ミラクル)勝利(ヴィクトリー)も平然と受け止められるだけ。


 そして、愚かな俺にはこれ以上の手立てがない。


 何度挑戦しても、覚えたての言葉を繰り返す子供のように「見込みがある」と言われるだけでクローネが動じた様子は微塵もなかった。




「ほほう。アイデアに磨きがかかっとるの。うん、まだまだ見込みはありそうじゃの。頑張りんしゃい」


「……もう、頑張れねぇよ」


 唯一、高精度で扱えるハンマーと奇跡(ミラクル)を組み合わせた攻撃を逸らされて、折れたトンカチ片手にその場に蹲った。いつもならもう一度立ち上がって次の手を考えるところだが、今日は違う。


 いっそ諦めてしまおうかとも考えた。

 けれど、そうすると『太陽』の恩恵を最大限受けられない。シャルハートの力を借りることが出来ない。ブランが救えない。リリシアを守れない。ライの復讐を果たせない。

 愚者は愚者のまま。


 諦めることだけは出来ない。

 シャルハートの冠は、『太陽』の力を取り戻すために必要なんだ。


「お願いします。どうしても、シャルハートの冠が必要なんです。自分勝手なのは分かってます。でも、愚者(おれ)にはこれしかないんです。俺には、見込みなんてありません。どうしようもないほどに愚かで弱い、『愚者』の吸血鬼なんです。お願いします、冠の封印を、解いてください」


 蹲ったままの体勢で、頭を地面にこすりつけて涙を零しながら頼んだ。

 余りに惨めで愚かで脆弱な姿を晒しても、自分勝手な理由で、不条理な思惑で、クローネに理不尽な要求をしていた。


「なるほど、諦めた、か……」


「俺は、貴方に勝てません。最初から、見込みなんてなかったんです。そもそも俺には試練を受ける資格がなかったんだ」


 頭を下げたままの俺を前に、老婆は何も言わない。


 今こうして惨めに頭を下げている間も、ブレッシュに住む人間や吸血鬼は辛い思いをして、ライの復讐心はくすぶっているのだろう。

 それは全て、弱い俺のせいだ。


 なだらかな丘に吹いていた柔らかい風が、冷たく突き刺さるような風へと変わる。


 突如、頭に鈍い声が聞こえた。


『試練が成功しました』


 聞きなじみのある、シャルハートの真似をしているような、無機質で癪に障る低い声。

 顔をあげてみれば、クローネの片足が円の外へと出ていた。


「え……?」


「同情などではないぞ? 正真正銘、ワシの試練は成功じゃ。時には『諦める』ということが必要なのじゃ。それは決して後ろ向きな諦念ではなく、自分の過ちを認めることをいう」


 彼女の背から差し込む夕焼けが、嫌に眩しく感じる。

 クローネが祠を開くと、シャルハートの冠を優しく皺だらけな手で持ってきた。


「すまんのぅ。ちょっと大人げないことをしたが、それもこれもすべて気付かせるため。本当は血反吐を吐きそうになりながら我慢しておったよ」


「あ、諦めたら試練は成功……? そ、そんなバカな話が」


 唇を震わせながら信じられないとばかりに冠を押し退ける。

 こんな取ってつけたような理由で試練を成功させても、誰のためにもならないはずだ。


 しかし、老婆とは思えぬほどの力で冠を俺の影に沈めると、温かな笑みを浮かべて頬を撫でられる。


「2つの試練を突破したうぬは、この試練で折られるなんて考えてもいなかったはずじゃ。勝つための考えを巡らせる()()は居ても、負けることを織り込む()()は居らん」


 さらにクローネは「じゃが、うぬは自分を下げることを認めた。負けを飲み込める者こそ、太陽や世界を飲むにふさわしい」と言葉を続ける。


 逆立ちしたってシャルハートに勝てない俺が?


 現実感の無い話だが、魔導書は温かな緋色に輝いており、おそらくシャルハートが満足していることだけはなんとなくわかった。


「試練中、何度も言っておったが、うぬには見込みがある。期待しとるから、()()()


 頑固な老婆からの、心からの励ましの言葉。

 優して、暖かくて、気恥ずかしくて、(ブラン)以外の家族はいない俺だが、もし居たのならこんな気持ちを味わえたのだろうかと、柄にもなく思いを馳せた。


「……何があっても、折れるなよ」


「ありがとう、クローネ。この国は、必ず俺が守るよ」

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