アルカナ因子と魔導書
翌日、吐き気のするような晴天の中で目が覚める。吸血鬼が朝早くに起きるなんて、笑えないジョークを見ている気分だったが、もう一度眠る気にはなれない。
クローネから借りた小屋から出てウォーリン村の街並みを眺めていた。まだ日が昇り始めたばかりだというのに農作業をしている村人もいる。
事情を聞いているためか、部外者の俺が歩いていても、誰も気に留めなかった。
朝日に照らされて揺らめく影を見ていると、前にヘンドラーから買った俺について嗅ぎまわっているやつらのリストを失くしたことを思い出した。いつの間にか、影の中から無くなっていたのだ。
確か、ライの目に触れないようにと隠して……そのあとどこに置いただろうか?
なだらかな丘をダラダラと歩いていると、家の上に登って何度も屋根を叩いている男の姿があった。興味本位で眺めていると、俺の存在に気づいた人間の男が申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「すみません吸血鬼さん。これから寝るところだったのに邪魔しちゃいました?」
「気にするな。むしろ起きたところだ。ところで、何をしてるんだ?」
家を破壊しようとしている狂人には見えない。無精ひげを生やした男は加えていた釘を傍らに片づけたかと思うと、梯子を伝って降りてこようとする。
作業の邪魔をするのも悪いと思って、軽く跳躍して屋根の上へと飛び乗る。
作業服姿の男はなぜか唖然として言葉を失っている。「どうしたんだ?」と問いかけると我に返った。
「祠がある方の山があるでしょう? そこから何かを投げた馬鹿がいるみたいなんですよ」
「なるほどな。それで屋根に穴が開いたのか。直している最中なんだな」
シャルハートの遺物が封印された祠は、山と呼べるほど高くはないが、特徴的な段々畑からもわかるように、緩やかな坂を描いているのだ。その頂上から思いきり物を投げれば、直下に建てられた小屋の屋根に穴が開くということは分かりきっている。
「何を投げ込まれたんだ? 吸血鬼由来の物ならクローネに報告しておいた方が良いんじゃないか?」
なんとなく心配で聞いてみると、投げ込まれたのはただのガラクタだという。すでに廃棄してしまっているが、鉄で作られた輪状の飾りが落ちてきたらしい。
「そんなものを投げるなんて、危ないことをする奴も居たもんだな」
「ホントですよ!! どこかの悪ガキのいたずらに違いないです。見つけたら叱ってやりますよ!!」
無精ひげの男が片手で持ったハンマーを大きく振り上げると、苛立ちをぶつけるように釘を叩いた。間に合わせの板材には見覚えがあり、おそらくヒーワー村で加工されたものだ。
「なぁ、少し作業を手伝わせてくれないか?」
「へ? まぁ、いいですけど……」
一定のリズムでトンカチを振る姿を見て、興味本位で修理を手伝わせてもらう。ずっしりとした重みが手にかかり、2、3度振るうだけで疲労がたまる。
普段は使わない筋肉を刺激されている気分だ。
当然、吸血鬼の体では疲労などすぐに回復する。しかし、慣れていない作業というだけでここまで難しいものなのかと驚いた。
「もっと腕全体を振るうんですよ。でも吸血鬼さん、筋がいいですね。大工になりませんか?」
「くだらないお世辞は止めろ。人間にそんなことを言われても嬉しくないさ」
板材1枚分だけ修理を手伝わせてもらって屋根から飛び降りる。さすがに2度目ともなると男は驚くことも無かった。
「邪魔して悪かったな。頑張ってくれ」
「いえいえ、また機会があったら手伝ってくださいね。優しい吸血鬼さん」
屋根の上から茶化すように声を掛けられて思わず身震いをする。男は手を振って送り出しているようだが、どうも気恥ずかしくなって肩をすくめて歩き出した。
なんとなく祠ある方へと向かうが、シャルハートの冠が封印された小屋があるだけ。
さらに奥の方へと意味も無く歩き始める。
しばらく歩いていると、ウォーリン村から離れすぎたようで畑用の水路も見当たらないような場所まで来てしまった。鬱蒼と生い茂る雑草や樹木を薙ぎ払いながら村へと戻った。
……そろそろ試練を再開する時間になったかな?
わざと元来た道ではない道を歩いて帰ってくると、祠のすぐ近くに円が描かれておりクローネがその中で立っていた。近くにリリシアとライが居ないようで、村を見下ろすと間借りしている小屋の近くに2頭の馬と荷台がつながれている。
2人の姿は見当たらないが、どこかで手伝いでもしてるのだろう。
村から出ていないのなら大丈夫だ。
「さて、試練を続けようかの?」
「お前が見込みなしと判断するまで何度でもチャレンジできるんだったか? まぁ、だとしても今日で終わらせるけどな!!」
挨拶がわりに氷の魔法を射出するが、ヒョイと躱されてしまう。
魔導書のページが暴れているかのように勢いよく捲れ挙がっていく。それに合わせるように風は強く吹き荒れて曇天が山を支配した。
「勝利の象徴よ。愚者に槌を与えろ!!」
薄暗い最高の曇り空から巨大な雲で出来た拳が降りてくる。開いた魔導書の中へと手を突っ込むと、天から伸びている雲は片手サイズのトンカチを取り出した。
簡素な造りの木の棒に長方形のブロックが取り付けられているだけのような武器とも呼べぬような物。
「シャルハートは、俺のレパートリーの少なさを言いたかったんだろう。アルカナ因子の力を引き出しきれていないから、そのための試練!!」
クローネにはどんな攻撃も通じなかった。
しかしそれはあくまで、俺の狭い見識の中での話だ。たとえば自重増加に弱点があるかもしれない。何か突破口があるかもしれない。
「それを試すために、もっとアルカナを理解しろってことだろ!!」
先ほど見たばかりのハンマーを思い出す。まったくの偶然ではあったが、おかげでイメージは掴みやすい。
「勝利の象徴よ。愚者の槌に火車を与えろ!!」
片手に持ったトンカチに魔力が込められる。吹き荒れる暴風が追い風となり、全力でフルスイングした。
瞬間、クローネの腹あたりで爆発が起きる。普段は指や腕を犠牲にする火車もハンマーを媒体としているおかげでダメージは少ない。
全く反動がないわけではないが、もう2発ほどなら耐えられるだろう。
――もう1発叩き込んでやる!!
一瞬だけ腕を離して、即座にもう一度振りかぶった。
1撃目を腹で受け止めたクローネだが、さすがに2度目となると揺らぎが生まれる。今までにないほどに焦ったような表情を浮かべて祝福の価値を詠唱した。
俺の左腕は空回りして、奇妙なほどに軽い感覚で空を切った。
「重くできるのなら軽くすることもできる。当然じゃろう?」
「なるほどな……。一気に体重を軽くして反動で浮かび上がったのか」
地面を蹴って軽くなった体重を支えるクローネ。
背中にはやしている極小の翼でも浮かび上がってしまうほどに今の彼女は軽くなっているのだ。風ひとつで吹き飛んでいく羽のように。
「予想しなかったわけじゃねぇよ。だから、俺の勝ちだ。勝利!!」
残されている右腕に力を込めると銀緑色に輝き始める。小さい破裂音が一瞬だけ響いたかと思うと、切り離された俺の腕が空を浮かぶクローネの首元へと飛んでいく。
掴んだ瞬間に肘の当たりを爆発させて円の外へと押し込んだ。
「祝福の価値!!」
隕石でも降り注いだかのような激しい轟音。
まき散らされた土煙が薄くなっていくと描かれたラインを踏みつけているクローネの姿が。
彼女の首元にぶら下がった俺の腕が必死に200万tの山を動かそうと爆発を繰り返している。いっそ虚しくなるような光景に目を塞ぎかけた。
「さすがに焦ったのう。うぬは本当に才能がある。必ずワシに勝てるはずじゃ」
「……なに終わった雰囲気出してんだよ。勝負はまだまだこれからだろ!!」
回復しきった左腕に小さな木の枝を握り締める。散歩の途中、ウォーリン村から少し離れたところにある森の中で一本の枝を折ってきたのだ。
「奇跡の象徴よ。愚者に儀式を与えろ!!」
残っているすべての魔力とあらんかぎり全力で叫び、木の枝を円の中にたたずむクローネへと向ける。
いつの間にか曇天も晴れていて、木々が成長するには良い時間だ。
俺の魔力を全て注ぎ込まれた枝が勢い良く成長し始める。さすがにクローネの回避も間に合わなかったようで、仕方なさそうに受け止める体制を取った。
木の枝から伸びた根が深々と俺の腕へ刺さって魔力を吸い取っていく。一瞬で大木へと成長して、面白いように後方へと吹き飛ばされた。
際限なく魔力を吸収し続け、とうとう腕だけでなく俺の体さえも包み込んでいる。
「……く、クローネは!?」




