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愚者の説得と頑固な老婆

 吸血鬼とはいえ、老婆相手に手荒な真似をするのは気が引ける。円の中で仁王立ちするクローネの前で優しい口調で説得を試みた。


「クローネ、俺はシャルハートの復活を急ぐべきだと考えてる。ペティンシアがいつ攻めてくるかもわからない状況なら、一刻も早くアイツを復活させるべきじゃないか?」


「なるほどのぅ。うぬの言う通りじゃな」


 俺の意見に賛同するように頷く。

 なかなかの好感触であり、案外簡単に試練が終わりそうだ。


「なら、この円から出てくれないか?」

「それは断る。シャルハート様の力を借りずとも、弟子(ピッチャー)(ロンパイア)孫娘(スタッフ)、ヴァンパイアスート全員が力を合わせれば脅威に対抗することが出来よう」


 あまりに早い答え。

 厳しい状況が続いているとはいえ、シャルハートが不在の間ヴァンパイアスートたちは互いに協力してブレッシュを守ってきたのだ。クローネの言う通りいまさら彼の力を必要とはしないだろう。


 祠の力だけで十分なのだ。


「だが、シャルハートの遺物集めはシャルハートが望んだことだ。『太陽』の吸血鬼なら、協力してくれないか?」


「シャルハート様を引き合いに出しても無駄じゃぞ。もし、シャルハート様の本意がうぬに遺物を与えることであれば、試練とは関係なしに封印を解く。もしくは試練を超えるためのヒントを下さるはずじゃ」


 まさにぐうの音も出ない正論だった。

 いくら休息中とはいえ、試練に関することを何一つ言ってこないということは、あくまで俺自身の力で試練を超えろということなのだろう。これも修行の一環なのだ。


 片目だけを開けて「もう説得は終わりか?」と問いかけてくるクローネに対して思わずたじろいだ。必死に頭を働かせるが、彼女を言いくるめるだけの材料がない。

 首筋を甘くなでるような温い風が気に障る。気ばかり焦ってどうも集中できない。


「……リリシアとライを守るために。あの2人を守りたいんだ。シャルハートの力が要る」


 絞り出したような声音で後ろに立っている2人を思い浮かべる。故郷を失った彼女たちを救うためにも、シャルハートの協力は必須だ。

 それだけじゃない。ブランを救うには、俺だけの力では足りない。


「だから円の外に出てシャルハート様の冠を寄越せと?」


 先ほどまでの温かさはどこえやら。

 酷く冷たい声だった。こころなしか、クローネの朱色の髪も仄暗く映る。


「話にならんのう。ワシが守るべきはこの村、ひいては祝福の国(ブレッシュ)じゃ。この国の人間でもない者を守るために祠を解放するなんてするわけが無かろう?」


 至極当然の答え。

 自分で言いだしたことだが苦しい言い訳であることは自覚している。ブランのことはシャルハートにもクローにも関係ない。リリシアとライのことだって、結局は俺のエゴだ。


「まぁまぁ、落ち着いて飴でも舐めるといい」


 フッと顔を和らげて、割烹着の懐から差し出してきたのは黒い包み紙の飴。こうして手を伸ばしていても俺が掴んだ瞬間に円中の重力は200万tへと早変わりするのだろう。

 草一つない地面に描かれた円が、ずいぶんと大きく遠くに感じた。


「ああクッソ。この頑固ババアが……。絶対に引きずり出してやる」


「イヒヒ。いい調子じゃのう。うぬは筋が良いからきっとできる」


 シャルハートそっくりな笑い声。魔導書の中で無言を貫く老人を忌々しく思いながら、口の中で飴を転がす。彼女の優しい言葉は、この飴のように甘い。


「交渉は()めだ。力づくで行くからな」


「好きにするが良いよ。こんな婆、殺してくれても構わん」


 俺の武力行使宣言を平然とした顔で受け止める。

 お望み通り影の中から魔導書を取り出すと、輝かしい銀緑に輝く剣を取り出した。


 円の外から構えると仁王立ちで待つクローネめがけて突きを放つ。確実に肩を穿ったと思ったが、予想に反して表面で受け止められている。

 自分の周囲に超重力を仕掛けることにより、俺の力を分散させているのだろう。


 どれだけ押し込んでも、それ以上は突き刺さらない。

 固い壁に手押し相撲をしている気分だ。


「なら、コレはどうだ!!」


 一度剣を引いて回転斬りをみまう。剣の腹が円の内側に入り込み、差し出したクローネの右腕に触れた瞬間、俺が握っていた剣先から、陶器が割れるような音がして手への負荷が軽くなった。

 円の中の異常重力に耐えかねて剣がへし折れたのだ。


「なんだよ、本物のバケモンかよ……」


「冗談の上手い坊じゃのう。吸血鬼は、皆バケモノのようなものじゃろう」


 クローネが少し小突くように地面を踏み鳴らすと、円の内側に人間が使う土木用の魔導具で開けられたような細い穴が出来る。俺の後ろで控えていたリリシアとライも驚きの声をあげた。


 ライに至っては開いた口が塞がらないといった状態だ。


「それで終わりかのぅ? 試練を諦めるか?」


「まだだ。こんなんで諦めてたまるかよ!!」


 ペラペラと勢いよく魔導書が捲れると、俺の目の前に岩石の壁が生まれた。

 スタッフの分身を押しつぶした岩石魔法の変化形だ。


「このまま押し出してやるよ!!」


 俺の背丈と同じぐらいの岩壁が円へと向かっていく。

 せいぜいライより少し背が高い程度のクローネを押し出すぐらい簡単だろう。これだけの高い壁、重力制御でも破壊できないはず。


「今のワシはシャルハート様の力を借りておるのじゃぞ? うぬの魔法など通用せんわ」


 片腕を突き出すと、動く壁へと触れて掌底を浴びせる。一瞬壁が止まったかと思うと、ピシピシと岩にヒビが入っていき、中心から崩れていった。


 降り注ぐ岩石を意に介した様子も無く、傷一つ負わず立っている。


「ワシのアルカナ因子は自分と周囲数cmの重力しか操れん。そもそも、正確に言えば()()を操る能力じゃからのう。だからこそわしはどんな重みにも耐えられるように体を鍛えた」


 ゆっくりと突き出していた腕を下ろすと、地面に転がる石ころに足を掛ける。軽く踏みつぶすような仕草をすると、祝福の価値(ブレスコイン)を発動させて、一気に砂粒に変わるほどの自重へと変化した。


「ワシに生半可な攻撃は通じんぞ」


 円の中にあった瓦礫たちがカタカタと震えて纏めて塵と化す。風に乗って吹き飛んでいくと砂煙の中で不動の老婆が俺を見据えている。


 魔導書を開いて奇跡の汎用(ミラクルワンド)を呼び出す。


 獄炎ともいうような真っ赤な炎がクローネの体を包む。

 奇跡の汎用(ミラクルワンド)は吸血鬼の再生能力を始めとしたたいがいの能力を低下させる。ヴァンパイアロードが使う奇跡(ミラクル)とは違って、完全に機能停止に追いやるわけではないが、ある程度俺の土俵に引きずり下ろすぐらいは出来るだろう。


「いつまでも炎の中に居るのは苦しいだろ!!」


 円の内側を焼き尽くす炎の中で堪えてるクローネの腕を引っ張る。

 微かに力が緩んでいるが、沈んだ鉛を掴んでいるように重い。


「年老いた体じゃ暑さ寒さもまともに感じられんのよ」


「ああ、クソッタレ!! 我慢強い婆だな……」


 奇跡が婆を動かすのに不十分だというのなら、戦車に頼るほかない。


「円ごと吹き飛べ、火車(アポロン)!!」


 指先に魔力を込めると、あらんかぎりの力を持って爆発させる。俺の背後でライが怯えたように目を閉じて両耳を手でふさいだ。


 指1本分とはいえそれなりの威力であり、さすがのクローネものけぞるぐらいはしているだろう。


「……これが戦車? せいぜい豆鉄砲じゃろうな」


 土煙が晴れてローブと割烹着が薄汚れただけのクローネの姿が映る。

 円の外の地面は抉れているというのに、試練の領域として囲われた円の中はせいぜい砂ぼこりが巻き起こっている程度だった。


「クーリアの火車(アポロン)を受け止めた!? なのに無傷……!?」


 目を見開いてツインテールを揺らすリリシアの言う通り、クローネは片腕で爆発を受け止めたようだ。


「うぬは山を殴ったところで崩れると思うか? ワシの試練はそういうことなのじゃよ」


 どこかの国の言葉に『動かざること山のごとし』というものがあるが、まさしくそれだ。

 クローネ・ソルは決して動かない。


 揺るがない。


 何処までもまっすぐに、俺の攻撃を受け止めるのだ。

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