馬車の中の女子会
なんとなく書きたくなった番外編です
ウォーリン村に到着した日から少し遡って――
ヒーワー村の試練、一日目のことである。
陽が完全に落ちて、真夜中と言っても差し支えないほどの時間。当然、ヒーワー村にはクーリア一人だけであり、村で働く者たちは他の村に帰っている時間だ。
リリシアとライは村から離れたところに馬車を隠して、試練を受けているクーリアを応援していた。
「……人間は夜眠るものだと思っていたけど、アンタたちは寝ないの?」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
「ハァ!? べ、別に心配なんかしてないわよ。起きていたところでうるさくて邪魔になるから聞いただけよ。勘違いするんじゃないわ!!」
スタッフは顔を真っ赤にしながら叫んだ。直後、慌てて自分の口を塞ぐ。彼女の大声に怯えるようにライはリリシアの後ろに隠れると、少しだけ顔を覗かせて様子をうかがう。
ニコリと微笑んで怖くないアピールをしたが、無意味だったようだ。
「もし何かあったとき、すぐに逃げられるように起きてる。あとは、クーリアを応援するためにもね」
「わ、私も!!」
キョロキョロとあたりを見回す馬を一瞥すると、クーリアが居るであろう村の方に思いを馳せて告げる。しかし、スタッフは思わず呆れたような顔をした。
「吸血鬼が本気を出せば、馬車なんてすぐに追いつくわよ。そもそも、逃げる前に殺されるわ」
「そうならないためにスタッフが居るんでしょ?」
スタッフの嘲笑をものともせず、毅然とした態度でリリシアは言い返した。まっすぐな心根の少女に真っ赤なドレスの吸血鬼は肩をすくめて知らんぷりをする。
すると、荷台に擦り切れた茶色のカバンを見つける。
リリシアの故郷であるコーウィン村が人を送り出すときの餞別の品であり、最近は歩き回る機会が増えて肩に掛ける紐が微かにほつれている。
「これ、リリシアのバック? 何かはみ出してるけど……」
「あ、本当だ。ライちゃん、おとぎ話は好き? ちょっと読んでみる?」
茶色の肩掛けカバンから取り出したのは、『お姫様と吸血鬼』というタイトルのお伽噺である。大昔に存在していたという人間のお姫様と吸血鬼をモチーフにした恋物語だ。
誰でも知っているというわけではないが、スタッフもタイトルだけなら見たことがあった。
「それ、バッドエンドのお話よね? そんなものが好きなの?」
「皆はバッドエンドっていうけど、私はハッピーエンドだと思うな。このお姫様は、最後の最後まで吸血鬼に好かれたまま死ねたんだから」
リリシアが小さいころからの愛読書であり、この本に憧れて吸血鬼との恋物語を夢想していた。
「リリシアお姉ちゃんは、クーリアが好きなの?」
ライからの真っ直ぐな疑問。さすがのリリシアも照れた様子でツインテールを指先に搦めて弄ぶ。そのまま黄色の髪の毛で顔を隠すと、小さく頷いた。
「顔はめっちゃ好き。たぶん、この本の影響もある……かも?」
本の中に登場する吸血鬼は、雪のように真っ白な髪をしている。それはべつに『愚者』をモチーフにしているというわけではなく、単なる偶然だ。けれど、おとぎ話に恋い焦がれていたリリシアは、その偶然にも意味を見出してしまうのだ。
「ちっちゃいころから吸血鬼が好きなんだ。といっても、おとぎ話に出てくる吸血鬼しか知らないんだけどね」
「……吸血鬼を好きになるなんて、変なの」
微かに瞳を曇らせたライが冷たく告げる。一瞬、おかしな間が生まれたが、スタッフもそれに賛同する。
「吸血鬼を嫌いだって人間はたくさん見てきたけど、大っぴらに吸血鬼好きを公言する人間は初めて見たわ。アンタも愚かなのね。お似合いだわ」
からかうようにスタッフが笑う。
天に浮かぶ月は徐々に傾き始め、突き刺すような朝日が姿を現し始めていた。
さらに翌日――
2日目の試練のために、またも3人は馬車へと集まっていた。
昼間に多少仮眠を取ったとはいえ、ただの人間である2人は若干の疲弊を見せていた。それとは対照的に、目が眩むような赤いドレスの吸血鬼は、ワクワクした様子で荷台に腰掛ける。
「ねぇ、今日はお菓子を持ってきたのよ!!」
自身の体を月光に晒し、生まれた影の中に手を突っ込む。
ヒーワー村で作っている生乳を加工したクリームや、植物の種などから作った甘味菓子、果ては普通の果物までを用意して、荷台に広げる。
「今日、村の女の子から、女子会にはお菓子が必須と聞いたわ。私が用意してあげたからありがたく思いなさい!!」
「わぁ、こんなに? 本当に食べていいの?」
よりどりみどりのラインナップにリリシアが感嘆の声を漏らす。ライだけは怖がってリリシアの背中に隠れたままだった。スタッフが手招きをしても、リリシアがお菓子で釣っても効果はない。
しかし、食べたいとは思っているようで、うっすら目が輝いている。
「それで、今日は何を話しましょうか?」
「えと、べつにおしゃべりをするために起きてるわけじゃないんだけど……」
遠慮がちにリリシアが告げると、顔を真っ赤にして「分かってるわよ。単なる暇つぶしだから勘違いしないでよね!!」と呟いた。
「リリシアのツインテールっていつも同じ位置よね? 私も真似してみたらロンパイア様にスキって言わせられるかしら?」
「ロンパイアさん?の好みは分からないけど、ツインテールなら結ってあげようか?」
背中にしがみつくライに少し離れるように告げると、スタッフの後ろに立って美しい赤毛に触れる。慣れた手つきで髪の毛を縛ると、リリシアとは少し低い位置でツインテールが完成した。
もともと整った顔立ちであったため、残念なことに似合っていない。
「悪くはないけど、元の方が美人だね?」
「そ、そうかしら? そんなに褒めても何も出ないわよ」
頬を染めて照れながら影に手を伸ばす。リリシアにチョコレートを握らせると、「えへへ~」と笑った。
「ねぇ、ライちゃんもやってあげようか?」
「いいの? リリシアお姉ちゃんとお揃いだー!!」
微かに遠慮を見せながらも嬉しそうに微笑む。少女の赤毛は少し固くきしんでおり、ツインテールを作るのに苦戦していた。
何とか完成させるが、かなり不格好なものになってしまう。
「やっぱり人にやるのは難しいね」
「そのヘアゴム、かなり古いようだけど、いつから使ってるの? 新しいのをあげようか?」
赤いドレスの懐からヘアゴムを取り出す。しかしリリシアは受け取りを拒否する。
「この髪、小さいころお母さんがやってくれたんだ。ゴムも、その時にもらったの」
「へー素敵ね。人間が語る思い出は味があって好きよ」
能天気にスタッフは微笑んでいたが、ライは知っている。リリシアの故郷は滅んでいることを。父親との別れは聞いていたが、母親については聞いたことがない。けれど、いい別れではないことを察していた。
「私もね。このおかっぱ、お母さんが切ってくれたものなんだ。こんな風に綺麗に切れるようになったのは、つい最近だったんだよ」
零しそうになった涙をのみ込みながら告げる。自分のことのように泣き出したリリシアに抱きしめられると、一瞬驚いたような表情を浮かべるが抱き締め返した。
「……私も小さいころお婆ちゃんに髪を梳いてもらったことがあるわ。あの人の優しい手つきが何よりも好きだった」
荷台に繋がれた2頭の馬が、しんみりとした様子を心配してのぞき込んでくる。
3人は切り替えるように無邪気に笑うと、思い思いにお菓子を口に運び始めた。
夜は、もう少し続く……。




