ウォーリン村の老婆
シャルハートの魔力を手に入れて、今度こそピッチャーが教えてくれたウォーリン村へと向かう。中途半端にヒーワー村を経由したせいで道が分らなくなってしまい、スタッフに地図を貸してくれと頼んでみたが、紛失してしまったという。
どうやら、村周辺の地図や他の村から届いた手紙などは、全て中央の施設で管理していたらしく、すでに瓦礫の下に埋まって読めなくなっているとのことだ。
どうしたものかと悩んでいると、ライが何とかなると言って出発を促してくれた。
「……本当に大丈夫なのか?」
「クーリアは心配性だなぁ。道は分からないけど、方向が分れば大丈夫だよ。リリシアお姉ちゃん、次の道は左に行って」
特に迷う様子も無く森や平原を突き進んでいく。所々に建物の残骸が残されており、放棄された町の痕跡があった。どこも踏み荒らされており争いの形跡が如実に残っていた。
「どこが祝福の国だよ……」
石を積み上げて作られた大きな家は苔むしており、伝説が築き上げた王国とは思えない。
月の国が何のためにブレッシュを襲っているのかは分からないが、碌でもない理由であることは確かだ。
「それにしても、ライは本当にすごいな」
「へへ。私の村は森がいっぱいあってね。いつもお母さんとかくれんぼをしてたの!!」
無邪気な笑顔を振りまく彼女の頭を撫でてやる。すこし固い髪が指の間に引っ掛かった。
そこからしばらく馬車を走らせていると、御者台に座るリリシアが何かを見つけたようだ。
「クーリア、立て札があるよ!!」
「どれどれ、『この先ウォーリン村』か……。わざわざ知らせてくれるとはありがたいな」
まだ少し先ではあるが、吸血鬼の目なら十分に見える。
そのまま立て札を通り抜けると、整備された道へとつながった。どうやら村の端へと到着したらしい。そこまで遠くではなかったが、無事に到着してホッとする。
道なりに走っていると、コウモリのような羽を背中にはやした吸血鬼が空から降りてきた。
「うぬら、この国の人間じゃないな? そうか……。ピッチャーが言っていたシャルハート様の使いというのはうぬらのことじゃったか」
「ただの人間の私でも分かるようになってきたよ。お婆さん、ヴァンパイアスートでしょ」
背中の翼をしまって地面に足を付ける。羽のように軽い所作ながら、そのプレッシャーは重苦しかった。一見すると皺が出始めた程度の老婆に見えるが、怪しいローブを被っており微かに覗く朱色の髪が不気味さを高めていた。
背丈はそこまで高くはない。しかし、無視できないほど強大な気配。
「いかにも、ワシはコインのヴァンパイアスート。クローネ。クローネ・ソルじゃ」
「俺は『愚者』の吸血鬼、クーリア・ナール。こっちがリリシアで、俺の後ろに隠れてる子がライ。ライはガーディニア村の出身だ」
老婆に怯えるように俺の背に隠れてしまった赤毛の少女を前に出す。クローネは優しくライの顔を覗き込むと、吸血鬼とは思えぬほどに温かな笑みを浮かべた。
先ほどまでの重苦しいプレッシャーも霧散してしまう。
「ライちゃん。はじめまして、おばあちゃんはクローネというのよ。そんなに怖がらなくてもいいからね。ほら、飴でも食べるかい?」
「あ、ありがとう……」
割烹着のような服のポケットから黒飴を取り出すとライに見せびらかす。恐る恐ると言った様子で飴を受け取ると、袋を破ってその場で食べ始めた。
「ほら、クーリアちゃんとリリシアちゃんもお食べ」
「あ、ありがとうございます」
「俺も? じゃあ、いただきます……」
もう2つ飴を取り出して俺とリリシアにもくれる。本当に吸血鬼なのか疑いたくなるほどに穏やかな性格だ。それにしても、ローブの上に割烹着って、あまりに特殊な格好すぎないか?
「弟子と孫娘から話は聞いてるよ。シャルハート様に代わって遺物を収集しているらしいね。そして、あの御方の復活をてつだってくださるんだとか……?」
「ああ、そうだ。すでにその2人の試練は突破している。ここでも試練を受けさせてくれないか?」
道の真ん中で頭を下げる。いくら心根の優しい老婆であっても、いきなり現れたよそ者を受け入れるとは思えない。こういう時は誠心誠意、礼儀を尽くすのが条理というものだ。
自分の信念に従って下げた頭をあげずにいると、不意に優しく暖かい手つきで撫でられた。
「クーリアちゃん、試練まで案内するからおいで。そっちの2人も着いておいで」
今まで出会った吸血鬼とは打って変わっての聖人ぶり。本当にあのシャルハートと同じアルカナ因子を受け継いでいるのかと疑った。
いや、たぶん受け継いでないな。
クローネさんは人間でも吸血鬼でもない別な種族なのかもしれない!!
彼女の後ろをついて行って、小高い山を登っていく。決して疲弊するほどの急な坂というわけではないが、荷台は馬にとって負担になるかもしれないので道の途中にあった茂みに置いて来た。
俺の影の中に仕舞うことも考えたが、今はごちゃごちゃしているので入れられなかった。
「これがウォーリン村にある祠だよ。封印されている遺物はシャルハート様の冠さね」
伝説の吸血鬼が被っていた緋色の冠。
ガーディニア村に飾られていたという偽物ではない。その温かな力を放出し続ける遺物は、まさしく本物のオーラがあり、今までの遺物と同じように不思議な魅力がある。
「これが、本物の冠……。私の知ってるものとは、全然違う!!」
ライが呆けた目をして祠へと近づく。ガーディニア村で見ていたであろう2代目『太陽』のヴァンパイアロードが作った偽物とは一線を画す遺物の虜になってしまったようだ。
「ライちゃん、あまり近づいちゃあぶないよ。これでも結界が張ってあるからね」
「あ、ごめんなさい。クーリア、試練、頑張ってね」
親指を立てて応援してくれる赤毛の少女に笑みを返すと、クローネはリリシアとライを遠ざけた。祠に触れて試練の準備を整え始める。
「さて、2人も離れたことじゃし、試練の説明をしようかの」
そういうと、近くにあった適当な木の棒を使って祠から二歩半ほど離れたところに円を描いた。ガリガリと地面を削れる音が響いてクローネ自身を取り囲む。
せいぜい、3mにも満たないほどの円だ。
「簡単な試練じゃ。ワシをこの円の外に出すだけ。誰にでも出来ることじゃろう?」
「本当にそれだけか? だったら、転移魔法で……」
穏やかな目を浮かべるクローネに微かな不信感を抱きながら魔導書を開いて転移魔法を呼び出す。そこまで手荒なことをするつもりはないが、とりあえず円の外に出て行くぐらいの所までは転移してもらおう。
「おっと、転移魔法はダメじゃ。転移に限らず、円を消すこともダメじゃぞ」
「だろうな。そんなことが許されるなら試練なんかじゃない」
「じゃが、転移と円を消すこと以外であれば、どんな手段であっても構わんぞ。お主が円に入ってくることも良し。ワシに触れても、蹴っても殴っても。魔法を当ててくれても構わん。無論、交渉で遠ざけても良いしの」
あっけらかんというが、もし俺が悪い吸血鬼なら今すぐ殺している所だ。
この村は本当に大丈夫なのだろうか?
「ちなみに、失敗の条件は?」
「それも簡単。ワシが見込みなしと判断すれば試練は終わる。それまでなら何度でも挑戦してくれて構わんからの」
ようはクローネの気分次第か……。たとえば村人を人質にしたりするような卑怯な手は使えそうにない。勿論、ブランに合わせる顔が無くなるので、そんなことは絶対にしないが。
「動かすだけなら簡単だぜ? ちょっと失礼」
クローネの腕を掴むと、円の外へと引っ張った。
余りにあっけないが、こんなもんでおわりだろう。
「言い忘れておった。試練中のワシはシャルハート様の遺物から力を分けていただいている。普通よりも強いと思ってくれてよいぞ。そして、こういう手を使わせてもらう。祝福の価値。」
軽い調子で腕を引っ張ったが、ピクリとも動かない。まるで巨大な岩石を引いているようであり、自分の力が急激に衰えたかと錯覚する。
「……めちゃくちゃ重い!? 自分の足を地面に固定してんのかよ?」
「そんなことしとらん。祝福の価値は自分の体重を自在に操る。今はそうじゃのう……200万tほどかの」
……それだけの負荷がかかってよく地面に埋まらないものだ。
きっとそれも魔法で何とかしているのだろう。
心優しく見えていた老婆が途端に鬼か悪魔に見えてきた。
「まず試すべきは……対話かな」




