クラブからの試練 5日目
「この色、どこかで見たような」
「クーリア!! 大丈夫だった!?」
赤い布切れが灰へと変わっていき、馬車に乗ってリリシアがやってきた。建物が崩れた音を聞きつけたのか、2人とも心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
無事であることを伝えると、まるで姉妹の様にそっくりな表情で安堵した。
「ずいぶんと派手にやったみたいね?」
荷台から遅れて降りてきたのは、左手に包帯を巻いたスタッフだった。嵌めていた指輪をわざわざ服の中にしまってあるのか、彼女がこちらに歩くたびに軽快な音が響いている。俺の背後に広がっている施設の惨劇を一瞥すると、悲しそうな、けれど何故か嬉しそうな顔を見せた。
「今日の試練も突破出来て何よりだわ。この国には、時間が無いのかもしれないわね」
「……分かってる。シャルハートの復活を急げって話だろ」
プレッシャーを掛けてくるスタッフに頷いて返すと満足したらしい。時間が無いのは百も承知だが、焦らされても試練は超えられないことは彼女もわかっているはずだ。
すると、リリシアが包帯の巻かれた左手を見つめながら言う。
「ねぇ、今回の襲撃者って、どんな奴なの? クーリアはともかく、ヴァンパイアスートのスタッフまで追い詰められるような敵?」
「どういうことだ? 追い詰められるって……?」
祠を守る俺が襲われるのは分かるが、無関係のスタッフが追い詰められるというのは奇妙な話だ。自分から追いかけて行ったというなら、そんなことをする理由がわからない。
俺はスタッフに2人と馬車を守ってもらうように頼んだはずである。
「スタッフ、昨日馬車を出て敵を追いかけたのか?」
「ええ、村が心配だったからね。当然でしょう」
余りに迷いのない言葉。
それだけに嘘っぽさがにじみ出ていた。
しばらく時間が経って、働きに来た村人たちがスタッフの前に集まる。今日も吸血するらしい。決して全員に強制しているわけではないが、調子のいい者は積極的に血を吸われることを望んでいた。
そんなヒーワー村の住人たちの様子を眺めながら、馬車でおしゃべりをしているリリシアとライに声を掛ける。
「一つだけ聞いていいか? 昨日、スタッフはどっちの方向に行った?」
「え? いや、暗かったから覚えて無いなぁ……」
「あっちの方だったよ。ここから見て西の方」
方向感覚の優れているライが答えた。
そして、全てに合点がいく。ライも微かに気づいていたのだろう。スタッフへ恐怖を抱いていたからこそ気づけたのかもしれない。
「俺の邪魔をして村に襲撃してるのは、あの女だ」
試練最終日の夜。
真っ赤なローブを着た10人の吸血鬼がヒーワー村へとやってくる。いっそ分かりやすいまでの服装だったにもかかわらず、今まで気づかなかった自分が情けなくてしょうがない。
魔導書をペラペラとめくり、『魔術師』のページを開いた。
「奇跡の象徴よ。愚者に神秘を与えろ。そして、暴け」
魔導書から漏れる光が顔を隠した吸血鬼たちに襲い掛かる。途端に認識阻害の魔法が破壊されて全員の顔が晒された。
相対する吸血鬼たちの顔は、全員が同じだった。
自身に満ち溢れたような猫のような目つきに、存在を暴かれて動揺しているのか驚いたような表情。吸血鬼らしい不自然なまでに芸術的な顔。
瓜二つ。というよりむしろ、全くの同一と呼ぶべきだろう。
「油断してたんだろうなぁ。敵を知らなくても勝てると高を括っていた。だから、無意識に存在看破の魔法を使わない選択を取っていた。愚か者が、そんな心構えでいいはずかないのにな」
「……驚いたわ。私から何かを告げるまでも無く、そこに気づくなんてね」
自分でも気づいていなかったが、今まで俺は最弱の分際で愚かにも油断をしていたらしい。
ヒーワー村の努力を守るだとか、敵の正体を掴めないまま祠を警護するだとか、あろうことか試験官であるスタッフの心配をするだなんて。これを油断と言わずして何と呼ぶのだろうか。
今は無くなった村人たちの地道な努力を背後に、気味の悪い光を放つ祠を守る。10人が相手ではあるが、たった一人にでも触れられてしまえば終わりだ。
「俺はもう、油断しねぇ。不条理に抗うなら、油断なんてしてる場合じゃない!!」
「覚悟は決まったようね。けど、言うだけなら誰でも出来る。行動で示しなさい!! 祝福の汎用」
そういってスタッフは両手の指を開いて手のひらを向けてくる。10人全てが寸分の狂いも無く同じ動作をしていた。そして、全員の指に嵌められている特徴的な宝石があしらわれた指輪がカタカタと震える。
バスンッという生々しい裁断音。
10人のスタッフたちは右手の親指以外を切り落とし、血だまりと指の群れが草一つない土を濡らした。
蠢く気味の悪い指たちを眺めていると、だんだんと膨れ上がって人間大のサイズに変化した。
そして、生まれたのはスタッフの分身体だった。
「祝福の汎用は分身を作る。指を切り離さなきゃいけないのは不便だけど、作り出した分身も指を切り落とせば同じことが出来る。まぁ、破壊されちゃうと、ダメージも大きいけどね」
俺の過ちを思い知らせるように、わざと自分の能力を明かした。
ただ単に煽っているようだ。
思わず怒りが膨れ上がるが、その感情はお門違いにもほどがある。今まで自分がしてきたことを突き付けられて腹を立てるなんて、そんな理不尽なこと、子供のすることではないか。
分身したスタッフの大群は轟音のような足音を鳴らして土を踏み鳴らす。圧倒的物量で壊れた施設――その中にある祠を目指しているようだった。
すでに俺が破壊してしまったスカスカの壁から建物内部に侵入すると、村人たちが作った加工品だった物を避けて中心へと迫っていく。
「俺はもう油断はしない。最初から全力で行くぞ。愚者には、それがお似合いだからな」
自虐的に笑うと、魔導書を開き【不完全な若き王】を発動させる。
即座に勝利を放って施設の中に大嵐を発生させる。ただでさえ脆くなっている小屋は崩壊が始まり、降り注ぐ瓦礫に押しつぶされてスタッフの分身たちは灰へ変わった。
だが、決して油断はしない。
「奇跡の象徴よ。愚者に奇跡を与えろ」
室内に降り注ぐ黒い雷。
吸血鬼の再生能力を超えて殺す凶悪な一撃が真っ赤なローブの吸血鬼たちを襲った。しかし、その背後からはさらに多くの分身体がやってきて、俺には目もくれず祠を目指す。もはや隠すつもりは無いのか、顔を隠すようなローブではなく、特徴的な真っ赤なドレスだ。
「祠には触らせない。試練は必ず超えて見せる!!」
「この私を前に、果たして本当にそんなことが出来るかしらね!!」
回復するたびに指輪を嵌め直して指を切り落とす。蓄積されたダメージが彼女の顔をゆがめるが、それでも祝福の汎用は止まらない。
「奇跡の象徴よ。愚者に剣を与えろ。奇跡の知恵」
尚も回復を続けるスタッフ本人へ紫色の剣を向ける。
俺はまともな剣技を使えない。見様見真似の横薙ぎの一撃だ。けれど、そんなものに頼らないと何もできないほどに愚かなのだ。
祠のある部屋はすっかり野に晒されてしまっている。2度も勝利を炸裂させて、100人近いスタッフの分身体が踏み荒らしたのだから、ボロボロの建物は跡形も無く崩れてしまっていた。
油断しないように一人一人を手に掛ける。
着実に灰を増やしていき、ついに祠の周りには誰も居なくなった。
勝利や火車の連発でボロボロになった指をスタッフに向ける。彼女も|祝福の汎用《ブレスワンドによるダメージで疲弊しているようだ。
「俺はもう、油断をしない。確実にお前を殺す」
「愚か者風情が、出来るならやってみるがいいわ!!」
今までかたくなに切り落とさなかった右手の親指に手を掛ける。他の指輪は何度も落としているかのように傷だらけであるのに対して、その一指に飾られた深紅の宝石だけは無傷の輝きを放っている。まるで、シャルハートの魔力の様に怪しい光を持って。
「奇跡の象徴よ。愚者に奇跡を与えろ」
「祝福の汎用!!」
親指のリングを外して影の中に落とす。
装飾の無い指を左手が包み込み、バキバキという生音と共に不自然な方向へと折り曲げていく。引きちぎられて地面に転がる肉塊が膨れ上がったかと思うと、スタッフそっくりに変化した。
一直線に向かってくる2人のスタッフ。
魔導書から生み出された吸血鬼殺しの魔法が赤いドレスの偽物を貫いた。微かに動揺を見せるが足を止めることはない。
振りかぶった拳がスタッフの頬を打つ……かに思えた。
『試練が成功しました』
短く無機質な低い声。
造られたシャルハートの音声が頭に響いて試練の終了を告げた。
「……終わったわね。おめでとう、クーリア」
「俺がどれだけ油断していたか痛感したよ……。良い試練だった」
『魔術師』や『戦車』を倒したことで驕っていたのだろう。そのことを突き付けられて、どれだけ自分が愚かであるか痛感した。何かを守るというのなら、常に全力でなければならない。
「ウフフ。結局、私が弱体化していないことに気づいてなかったわね?」
「……ど、どういう意味だ?」
スタッフが祠から魔力を取り出しながら告げる。
どうやら、試練の最中であれば試験官は弱体化の影響を受けず、むしろシャルハートの魔力の恩恵を受けられるらしい。それもまた、俺が油断していて気付かなかったというわけだ。
「……俺は、どうしようもないほど愚かだな」




