試練 4日目
スタッフは、その日も村人たちから吸血した。あまりに立て続けに頼んでいるものだから、一人の青年から「どうしてこんなに血を吸うんですか」と聞かれるほど。しかし、彼女は誤魔化すように笑うだけで答えようとしなかった。
「先日、襲撃を受けたばかりなのに、これ以上村人を不安にさせられないわ……」
小声で呟く派手なドレスの彼女を横目に、馬車で待つリリシア達の下へ向かう。昨日は手ごたえが無さすぎて、消耗らしい消耗はしていなかったが、念のために吸血しようと思ったのだ。
「リリシア、少し血を吸わせてくれないか?」
「もちろんいいよ。村を襲ってる奴ら、そんなに強いの?」
リリシアの不安そうな顔に笑って返す。相手はさしたる強さではないし、今まで戦ってきた吸血鬼に比べてずっと劣る。決して弱いとは言わないが、至って平均的な強さだろう。灰になっているのも、死んだわけではなく回復に時間がかかっている結果であり、今日の夜にはもう一度やってくると思われる。
一撃で倒せるとは言え、面倒であることに変わりはない。
憂鬱な気持ちを噛み殺すようにしながらリリシアを見つめる。もともと肩を露出させるような恰好をしていたため、服をめくる必要はなかった。
「……リリシア、顔色悪くないか?」
「え、いや、そんなことないけど……」
いつも見せる溌剌とした笑顔には覇気がなかった。ツインテールもいつもより低い位置で結んであるし、薄紅色の唇は微かに青白い。明らかに貧血気味だ。
昨日は警戒のためにかなり多く吸血したため、その影響が出ているのだろう。
「吸血はやめた。昨日食った分が残ってるからな」
「待ってクーリア、少しでもいいから血を吸って行って!! 何かあったら……」
怯えた子犬のような表情で首筋を差し出してくる。そうは言われても体調の悪い人間から得られる血は不味いのだ。血には変わりないため栄養としては遜色ないが、せっかくならば万全の状態を吸血したい。
「じゃ、じゃあ、私の血は? 私の血を吸ってよクーリア」
荷台から赤毛の少女が飛び出してくる。おそらく俺とリリシアの話を聞いていたのだろうが、ライから吸血するなど、リリシア以上にできないことだ。
子供から血を吸うのは命にかかわる危険がある。
「ライ、怯えてるじゃないか。吸血鬼が怖いんだろう? 無理する必要はない」
少女の提案もはねのけて祠がある建物へと歩き出した。スタッフと共に馬車は村の外へと出て行く。遠ざかっていく影を見送って夜の始まりを待つ。
そして、陽が落ちきって、頭に耳障りな声が響く。4日目の試練の始まりだ。
今度は試練の開始と同時に西の方から足音が聞こえた。
3人ではなく、もっとずっと数が多い。5人、いや6人程度。一糸乱れぬ隊列の様に走ってきているようで、ドタドタという地鳴りのような音と微かに振動が響いている。
それからしばらくして現れたのは、昨日と同じように目が眩むような真っ赤なローブを羽織った吸血鬼達。聞こえた通りの6人組であり、姿形は全く同じだ。
再び警告しようと口を開くと、それを待たずして襲撃者は走り出す。
目的は祠なのだろう。あちこちに分かれて俺を無視して突撃してきた。しかし、それでみすみす通してやるほど俺は甘くない。
「まとめて吹き飛ばしてやるよ。火車!!」
散開しきる前に右腕を爆発させてローブの吸血鬼たちに直撃させる。
雑草が空に舞うほどの煙の中、影は依然変わりなく6つ。
「効いてない!? ど、どういうことだ……」
敵が昨日の通りならば、火車1発で全員仕留めきれるはずだったのだ。
そうならないということは、襲撃者はより強い吸血鬼の刺客を送ってきたのか?
――いや、今は考えている場合じゃない!!
煙を突き抜けて6人組がまっすぐに走ってくる。破壊された工場の扉前に立ちふさがる俺が邪魔なのだろう。幾重にも魔法を紡ぎあげると、ちょっとした壁を押し退けるかのように、6発分の魔法が俺へと叩きこまれる。
間一髪で相殺したが、遮られた視界の外から鈍い衝撃が走った。
フードを目深に被った1人の吸血鬼が俺へと襲い掛かったのだ。そして、5人はそれを置いて行った。
「クッソ、やられた!! それが狙いだったのか……」
昨日は3人だったから失敗した作戦を、人海戦術でもってリベンジするつもりなのだ。
唇を噛みながら魔導書を開く。
即席で氷の魔法を作り上げると、目の前の吸血鬼の足を凍らせた。
フードの吸血鬼は突然の出来事に動揺が隠せていない。残りの5人を追いかけて走り出すと、ちょうど建物の中に入るところだった。
とっさに魔導書から魔法を呼び起こした。
選んだのは土壁の魔法。
地面から隆起した2つの壁が最後尾を歩く吸血鬼を捉える。わずかな抵抗もむなしく、魔法にされるがまま押しつぶされたかと思うと、隙間から灰があふれ出している。
「まずは1人!!」
今の一撃はなかなかに魔力消費が激しかった。ほかの襲撃者も妨害を受けなければ人ずつ確実に処理が出来るというのに……。魔法の精度も悪く、効率の悪い手立て。
自分の愚かさを目の前にして嫌気が差す。
「火車……。いや、再生が間に合わないか」
魔導書のページを開きかけて、手が止まった。『太陽』の魔法ならシャルハートの補助を受けて上手く扱えるのだが、どれだけ願ってもあの老人は応答しない。
4人が迷うことも無く祠へと走っていくのを追いかけると、背中に熱を感じる。振り向くと同時にコウモリのような翼を生やしたローブの吸血鬼が飛び掛かってきた。背中からのしかかられ身動きを封じられる。両腕を絡めとられて魔導書が目の前に落ちた。
――さっきの吸血鬼!!
足を氷漬けにしたはずの吸血鬼が、追いついてきたのだ。
「奇跡の……!! 勝利の……!!」
必死に叫ぶが魔導書は反応しない。目と鼻の先だというのに、一切の魔力を感じられなかった。
押さえつけられた肩に鋭い痛みが走る。這いつくばりながら首を向けると、俺の背に乗る吸血鬼が爪を立てて肉を切り裂いている最中だった。
自分の手先を包丁のように動かして。
牛や豚を解体するような丁寧な所作で。
おかしな方向に折り曲げられた腕の骨が折れる。防衛本能なのか、勝手に感覚を遮断したため不思議と痛みはない。にもかかわらず、傷口から流れる血の生暖かさだけが鮮明に感じられる。
切り取った両腕を適当なところに放り投げると、俺の背から離れて先行した4人を追いかける。次いでバランスの悪い状態の俺も這いずり回りながら起き上がった。
もうすぐ祠がある部屋に到着するだろう。触れられてしまえば終わりだ。
「もういい。全部諦めた。油断も認めてやる。だから……」
施設に残された村人たちの努力の結晶を眺める。これ以上、愚かな俺が意地を張ってもなにも成し遂げられない。くだらない価値観にいつまでも縛りつけられているわけにはいかないんだ。
「愚者が全てを蹂躙してやるよ。アルカナ解放、【不完全な若き王】」
『戦車』のヴァンパイアロードが考える素晴らしき勝負。
楽しい試合を永遠のものとするために、戦うことしか能がない漢が極めた、規格外の自己再生。じわじわと形作られていた俺の腕が時間が巻き戻ったかのように回復する。
すでに襲撃者共は祠の目前に立っていることだろう。
ギリギリのところで追いつくと、祠を取り囲む5人に両腕を向けた。リーダーらしき吸血鬼が祠に手を掛けて薄気味悪い笑みを浮かべる。認識阻害で顔が見えなくても分かるような嫌な顔だ。
「あとで、ヒーワー村の奴らに謝らないとな。勝利!!」
小さく鈍い爆発音。
一瞬の空白が生まれて部屋全体に衝撃波が広がった。
凝縮された大災害化の様に一室が荒れ狂い、周りを固めていた吸血鬼の体が空を舞う。祠に触れようとしていた吸血鬼の顔面には、俺の両腕が張り付いており、はるか遠くの壁へと打ち付けられる。
スタッフが整理していた村人たちが作った品も一瞬にしてガラクタへとかわる。
そこはまるで、地獄の大嵐が襲い掛かったような惨劇だった。
壁の崩壊は広がり、屋根は落ちてくる。地面には亀裂が走っており、一寸先も見えないほどの砂煙が部屋を覆っていた。
5人の吸血鬼たちはすでに灰へと変わっている。
試練前よりもボロボロになった工場に温かな朝日が降りそそいだ。
『4日目、クリアです』
無機質で苛立つシャルハートによく似た声。
無事に終わったという安心と同時に、村人たちの努力を守れなかったという無力感が全身を支配した。こうやって理不尽にぶち壊すようでは、俺の嫌いな連中と同じではないか……。
襲撃者たちが着ていた真っ赤なローブの切れ端を眺めてため息をついた。
……真っ赤なローブ?
「この色、どこかで見たような」




