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試練 3日目

「昨日と変わらず。これが5日も続くなら余裕だな」


「へぇ、それは頼もしいわね」


 珍しく素直に誉めるスタッフを不気味に思いつつ、3日目の夜を待った。

 陽が傾き始め、ヒーワー村で働く人間たちは帰り支度を整える。リリシアとライも馬車を動かして、村の外へと出る準備を始めている。すると、スタッフは帰ろうとする村人を引き留めた。


「ごめんなさい。少しだけ血を吸わせてもらえないかしら?」


「ええ、それはもちろん構いませんよ」


 昨日吸血したばかりだというのに、おかしな奴だ。吸血鬼にとって血は嗜好品とはいえ、毎日飲むほどでもない。なんとなく不思議に思って聞いてみる。

 すると、グイッと体を近づけて小さな声で告げた。


「前を見たまま聞きなさい。西の方に丘があるでしょう? そこにコウモリが居るわ」


 コウモリ――。

 十中八九、どこかの吸血鬼が偵察用に飛ばしているものだろう。近くに洞窟や深い森があるわけでもないのに天然のコウモリが居るわけもないしな。


 そもそも、スタッフが警戒をしているのなら、敵であることに間違いない。


 顔を動かさないように西の方へ視線を向けようとするが、足の甲を思いきり踏まれて止められる。スタッフ曰く、視線を気取られたら逃げられてしまうとのことだ。


「最低限、試練を妨害させないように手をうつわ。けれど、せいぜい気を付けなさい」


 スタッフの忠告に頷くと、頭の中に無機質なシャルハートの声が響いて夜の始まりを教える。全身から力を抜かれ、体を縛りつけるような倦怠感が重くのしかかる。それは、試練を監督するスタッフも同じであり、わずかに苦しそうな顔を浮かべた。


 試練が始まったことでスタッフと別れ、廃棄された施設の中に残されている祠へと向かう。相変わらず禍々しく輝いており、俺の僅かな魔力さえもが祠へと吸収されていくのを感じ取った。

 またも1人の時間が始まって、恐怖と孤独感が入り混じった気持ちになる。


 せめてリリシアが居てくれればなぁ……。


 それから何時間経っただろうか。月光によって射す影はどんどん背の高いものとなり、スカスカの屋根でむき出しになった杭の影が壁へと到達する。

 もうすぐ3日目も終わりだ。


「このまま何もなければ、言うことなしだったんだがなぁ……」


 はるか遠くから聞こえる足音。

 おそらく2人か3人ほどだろう。まだ距離はあるようで、ギリギリ村の外である野原を駆け抜けているようだ。距離があると言っても吸血鬼の身体能力で考えれば、もうすぐ到着するはず。


「1人ぼっちの俺を襲うなんて、理不尽だよな? 試練の邪魔をするならぶっ殺してやる」


 廃墟となった施設から出て行き、襲撃者を出迎える。

 夕方、スタッフが言っていた西側の丘から足音は響いており、すでに村の中へと侵入しているようだ。


大当たり(ビンゴ)!! 聞こえた通り3人組だな」


 奴らは月光に照らされ暗く濁った血のような赤色のローブを纏っていた。姿も年齢も掴ませず、目深にフードを被っていて顔が見えない。その上で、全員が認識阻害の魔法を自身に掛けており、たとえフードを引きはがしても正体は掴めないだろう。


 俺でも使える透明化の魔法とは違って、認識阻害は多少高度な魔法である。ピッチャーの試練で学んだ、攻撃や気配を隠す技術の超・上位互換というべきか。存在そのものをあやふやにして、身分を隠すときに使われる魔法だ。


 透明化は弱点が多く、人間でも看破できる可能性があるのに対し、認識阻害は対抗する魔法、存在看破でしか見破ることは出来ない。そして当然、『愚者(おれ)』はその魔法が使えない。


「魔導書にある『魔術師』のページを開けば見破れるが、そうなると攻撃が出来なくなるな……」


 俺が使う魔法は、そのほとんどを魔導書に頼っている。シャルハートの修行のおかげで、()()()()()ぐらいなら魔導書から複数同時に呼び出して使えるようになったが、アルカナ固有の能力は並列使用できない。


 例外的に創造(マジック)詐術(ペテン)は同時に使えるが、それだって気を抜けば両方破綻してしまう。どんな力を得ようとも『愚者』は『愚者』なのだ。


 存在看破が使えない以上、敵の正体を掴めないままで戦うしかない。


 村の施設には目もくれず、外観上はすでに壊れた中心の建物を目指しているようだ。真っ赤なローブの吸血鬼たちは、まっすぐ祠に向かって走ってくる。

 わざわざ壊れた建物を狙うということは、祠のことを知っている。


 スタッフが見たというコウモリの主で間違いないだろう。


「それ以上近づくようなら、まとめてぶっ殺すぞ? お前たちも弱体化に悩まされてるんだろう。昼間に襲撃してきたらどうだ?」


 まぁ、昼間はヴァンパイアスートであるスタッフが村を守っているので、今以上に大変だとは思うが。


 しかし、警告を聞き入れる様子も無く3人はスピードをそのままに突進してきた。当然、そのまま見過ごすわけも無く、右端に居たローブの吸血鬼にとびかかると、首根っこを掴んで魔導書をめくる。


「忠告はしたはずだ。聞き入れないお前たちの自業自得だな。火車(アポロン)!!」


 女のように細い首をローブ越しに掴んだまま、俺の手首から先を爆発させる。おもちゃの様に胴体と首が切り離されたかと思うと、途端に灰へと変わった。


 ――いくら弱体化されているとはいえ、弱すぎないか!?


 火車(アポロン)で吹き飛ばした手を見つめながら、あまりにも呆気なく終わった命に唖然とする。その隙に残りの2人が壊された施設の中へと入り込んだ。

 1人は捨て駒。最初から、そのつもりだったらしい。


 慌てて追いかける。


 襲撃者共は道に迷うことも無く祠のある中心へと到着していた。

 背中から頭を蹴り飛ばすと、またも灰になって消えていく。最後の1人がローブで顔を隠しながら祠へと手を伸ばす。


 魔導書のページを開くよりも、襲撃者が祠に触れる方が早い。


「させるかよ!!」


『夜が明けました。3日目、クリアです』


 ボロボロになった壁から朝日がのぞき込む。あまりの眩さに目を細めると、襲撃者の手は止まりフードを被り直すと建物を出て行った。

 追いかけようとしたが、はためくローブに視界を遮られ行く手を阻まれた。


「ああ、クッソ!! 逃げられた……」


 全身を焼き焦がすように降り注ぐ朝陽に思わず舌打ちをした。

 だが、日が昇ったおかげで助かったのも事実。


「何者だよ、アイツ等」


「クーリア!! 無事!? 試練はどうなった?」


 慌てた様子でスタッフがやってきた。

 セミロングの髪も乱れており、真っ赤なドレスから漂う覇気が薄れている。左手の小指と薬指には包帯が巻かれており、見るからにボロボロの格好だ。


「そっちこそ無事か? 怪我してるみたいだが……?」


「村の外を見回っていたら、ローブで姿を隠した吸血鬼に襲われてね。あんたなんかに心配されなくても、このぐらいの傷、すぐに回復するわよ」


 今しがた起きた出来事を話すと、神妙な面持ちで頷いていた。

 幸いにも襲撃者は祠以外に興味が無かったおかげで、ここに遺されている加工品や設備は破壊されていない。ほとんどがすでに使えないとはいえ、せっかくならばそのままにしておきたいものだ。


「敵は祠のことを知っているらしいな。おそらく、俺の妨害が目的だ」


「へぇ? その根拠は?」


「初めてのはずなのに、迷うことも無く祠を狙っていた。それに、試練時間外になると途端に諦めて帰ったのも不自然だ。多分、シャルハートの復活を快く思わない連中だろう」


 そして、その相手は言う間でもなく月の国(ペティンシア)


「ウフフ。4日目が楽しみね?」


 まばらに出稼ぎにやってくる村人たちを眺めながら、スタッフは笑った。

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