試練 1日目と2日目
「聞かせてくれてありがとう。それじゃ、試練の内容を教えてあげる」
ふわりと微笑むと、祠に手を掛ける。小屋の中に封印されているシャルハートの魔力が試練の開始を告げるように輝く。
「5日間、この祠を守るだけ。簡単でしょう?」
「……は?」
何でもないように試練の内容を告げると、それで十分だと言わんばかりの表情を浮かべた。意味を計りかねるが、特に何かを言う様子はない。
確かにシンプルな試練だが、何から守れというのだろうか。
「ペティンシアからの侵略を受けても祠は無傷だったんだろ? 誰から守ればいいんだ?」
「そんなもの決まってるじゃない。全てからよ」
勝ち気な表情を崩さないスタッフ。
全てと言われても、ブレッシュに侵攻を仕掛けているペティンシアの連中以外に思い当たる敵はいなかった。だからこそ、何から守ればいいのかがわからない。
「あまりに言葉足らず過ぎる。もっとちゃんと説明してくれ」
「し、仕方ないわね。特別サービスよ? まず、試練は夜間にのみ行われるわ。それと、夜は挑戦者であっても祠に触れてはならないわ。5日間、誰も祠を触らなかったら試練は成功。他に質問は?」
冗談めかしてアリ一匹でも許されないのかと尋ねてみると、当然のように頷いた。生物、無生物に関わらず、何であっても祠に触れてはいけないらしい。
ただし、試練は夜のみであり、陽の出ている間であれば誰が触っても失敗とはみなされない。
「それと、挑戦者が守るのは祠だけでいいわ。たとえば、この施設が木っ端微塵になっても試練には何の影響もないから安心して」
「そりゃ好都合だが、せっかくなら残してやりたいな……」
さんざん破壊され尽くした後であり機能停止しているとはいえ、今までこの施設によってブレッシュは支えられてきたのだ。試練に巻き込んで壊してしまうことは避けたかった。
そう告げると、スタッフは肩をすくめた。
しかし、そっぽを向いたその表情はどこか優しく温かみのあるものであることを見逃さない。
「夜、というのは陽が出ていない時間のことを指すわ。まぁ、その判断は祠が行うし、挑戦者がわかりやすいようにアナウンスもあるから安心して」
「へぇ、至れり尽くせりだな?」
「当然でしょ。シャルハート様の眷属には試練を突破してほしいからね。といっても、試練の条件は全員同じだし、資格がある者全てが平等よ。特別扱いってことはないわ」
ピッチャーの試練でも思ったが、彼らは誰が試練をクリアしても関係ないと思っているらしい。シャルハートの復活を望むもの(もしくはシャルハート自身)以外は試練への挑戦すら出来ないため、最終目標が変わらない以上、過程はなんでもいいのだ。
それが、歴代の『太陽』のヴァンパイアロードであっても、シャルハートの力を借りた『愚者』であっても。
「さて、今日の夜から試練が始まるわよ。小屋に空きがないから馬車で休んでもらうことになるけれどいいかしら?」
「別に構わない。ただ、試練の最中リリシアとライを村の外れまで連れて行ってほしいんだが……頼めるか?」
シャルハートの魔力は昼夜で効果が違う。昼間こそ、感覚が過敏になりメリットのある恩恵をもたらすが、陽が沈むと範囲内の生物の力を奪い盗り途端に牙をむく。
それは試練の挑戦者も例外ではない。
シャルハートが回復に専念していて『太陽』の力も使えないし、『愚者』の能力は未知の敵相手には無力。他のアルカナ因子も本家に比べると明らかに格が下がる。そんな状態の俺が、祠を守りながら2人を庇えるとは思えない。
最悪、2人はルイチャドゥ村に戻して保護してもらおうかとも考えていると、スタッフが快く護衛を引き受けてくれた。ライのことは心配だったが、その辺りはリリシアが上手くやってくれるだろう。
ボロボロの施設を出ると、タイミングよく昼食時だった。
馬車へと戻ってバゲットと塩漬けにされた肉を用意する。リリシアが手伝おうと手を伸ばすが、そこまでこった料理を作るつもりでもない。せいぜいカットされた野菜を用意する程度だ。
「ライ、そろそろご飯だから起きた方が良いぞ~」
もう少し寝かせてあげたかったが、人間は昼間眠っていると体にとって悪影響を及ぼすらしい。優しく肩を揺すって起こす。
何気なく髪の毛に触れてみると、根本が暗い黄色に光った。
……赤い髪は地毛じゃないのか?
眠そうに目を擦りながらライが起きてくる。スタッフが居ないことを確認すると、俺ではなくリリシアの方へと歩き出し、彼女の足の間に腰を下ろした。
「分かってると思うが、この村でシャルハートの試練を受ける。5日間に渡っての試練らしいから、しばらく滞在することになるが、ヒーワー村には住めないらしい」
「馬車の中で寝泊まりするのは慣れてるから大丈夫だよ」
「私も!! お家は狭かったから」
リリシアはともかく、ライの故郷はなかなか大きな民家が立ち並んでいたような気もする。まぁ、自分の部屋が狭いとかそういう話かもしれないか。
馬車の荷台で食事をしていると、間に合わせで作られた小屋の軒先で食事をしている村人の姿が見える。
今まで働いていた中心施設が壊されているというのに、彼らの表情は明るい。しばらく眺めているとスタッフがやってきて何人かを吸血する。
誰も嫌がる様子は無く、むしろ進んで血を提供しているようだ。
スラッとしたドレスの女は、顔を真っ赤にして軽口混じりに恥ずかしがりながらも、吸血した村人の体をいたわっている。あれなら信頼されるのも納得だ。
あっという間に陽は傾き始め、続々と村人たちがそれぞれの方向に帰っていく。ある者は魔導車に乗り込み、ある者は馬車に相乗りし、ある者は他の村から迎えが来て。
スタッフが終業を告げて30分もしないうちにヒーワー村は無人になった。
まだ夜と呼ぶには早い時間であるが、リリシアとライの乗った馬車もスタッフの案内によって村の外へと出て行ってしまった。
久しぶりに1人になるという感覚にうっすらと寂しさを覚える。
思い出してみれば、ブランが生まれてから孤独感に悩まされることはなかった。ブランが奪われてからもシャルハートやリリシアなど、それなりに仲間に恵まれたし、今はライもいる。
「……1人って、結構怖いな」
だんだんと月光が廃工場を照らし始め、祠が禍々しい赤色に光り輝く。
『夜が始まりました』
短く無機質な声が頭に響く。残酷さだけを高めたシャルハートのような渋い声に思わず舌打ちをしてしまった。あの飄々とした様子が無くなるだけで、こうも不快に感じられるとは……。
体の奥底から力を抜かれる感覚。
試練の前にリリシアと協力して作ったポトフを食べたというのに、腹の中身が空っぽになったような飢餓感が襲い掛かってくる。
孤独感と弱体化に怯えているが、待てど暮らせど誰も来ない。
そのうち朝陽が登り始めて1日目をクリアしたという声が聞こえた。
特に何も起きることは無く、そのまま2日目の昼へと突入し、だいたい9時ごろになってからまばらに村人たちが集まり始めた。思い思いに仕事を始めており、大幅に遅れてきた村人がいても、誰も気にも留めていない。
一応、仕事だというのに、ふんわりとし過ぎている。
「クーリア。昨日の夜は何かあった?」
「なんにもなかったよ。といっても、まだ初日だし油断はできないけどな」
リリシア達と一緒にやってきたスタッフが試練の調子を尋ねてくる。試練の状況は試験官である彼女も把握できないらしい。いうなれば、完全に独立した試練ということか。
嵐の前の静けさ。
そんな風に嫌な想像をしながら、2日目の夜を迎える。
ピッチャーの試練の時だって吸血することはなかったが、今日は首筋がチリチリするような嫌な予感がしたので、リリシアに頼んで血を分けてもらった。魚の蒸し焼きを食べたばかりだというのに、血に甘味があってリリシアの体に異常を疑ってしまう。(もちろん、何でもないのだが)
「あーあ、今日も一人か……」
誰もいない祠の近くで座り込む。壊された施設は穴だらけで、あちこちから木のざわめく音が響いている。そのたびに敵かと思って警戒するが、何も起きない。
やがて退屈に耐えかねて生産された加工品を眺めはじめた。
どれもこれもしっかりと作り込まれていて、職人の技術が見て取れる。
人生が短いからこそ、創意工夫をこらせるのが人間の素晴らしいところでもあり美点だ。まぁ、どれだけ研鑽を積もうとも吸血鬼の領域には及ばないがな。
2日目も無事に終了し翌朝を迎え、前日と同じようにスタッフが状況を聞いてくる。
「昨日と変わらず。これが5日も続くなら余裕だな」
「へぇ、それは頼もしいわね」
珍しく素直に誉めるスタッフを不気味に思いつつ、3日目の夜を待った。




