真っ白なヒーワー村
すっかり怯えたライが荷台の端で丸まっているのを眺めながら、目的地を変えてヒーワー村へ向かった。
「ちょっと、そこの小娘、ガタガタ震えないでくれる? こっちが悪者みたいじゃない」
俺の陰に隠れて怯えながらもスタッフの様子をうかがう少女が気に障ったのか、御者台の方から顔だけを覗かせてライを睨んだ。思わず庇うように前に出ると、さらに強く睨む。
「何よ!! しばらく一緒になるから仲良くしようとしてるのに!!」
「ライちゃんは吸血鬼に村を滅ぼされてるんだ。だから放っておいてあげて」
手綱を握っているリリシアがやんわりとフォローする。真っ赤なドレスの女は驚いたような顔をしたかと思うと、途端に申し訳なさそうな表情で謝罪を口にした。
どうみてもキツイ性格だと思っていたが、存外まともな感性を持っているらしい。
「なぁ、ライ。どうしてアイツには怯えてるんだ? 俺もピッチャーも平気だったろ?」
ルイチャドゥ村では、(確かに一瞬怯えたとは言え)筋肉ムキムキのピッチャーに抱かれても嫌な顔一つせず、むしろ、懐いているようにも見えた。俺のことだって特に苦手意識や怯えを表に出すことはないし、現にこうして俺を盾にしている。
「……えっと、その、村を襲ったのは、女の吸血鬼だった……ような気がする」
その言葉を聞いて合点がいった。俺はライが見た紫髪の女吸血鬼という条件から外れるし、ピッチャーも口調こそ女の振る舞いだが体つきは男そのものだ。たいして、美しい紅蓮色の髪をしており、つつましいスタイルでドレスを着こなし、おおよそ女らしい姿。
特徴的なドレスは、闇夜に見れば返り血を浴びた凄惨な吸血鬼のように映るだろう。
「私が見たのは首輪も違うし、指輪も着けてなかったけど……」
「それでも怖いんだろ。いいよ、隠れてろ」
×印が描かれた俺の服を掴んでいる少女の赤毛を撫でる。
たしか50年ほど前ブランが幽霊を見たと騒いで眠れなかったことがあったな。その時もこうやって頭を撫でて落ち着かせてやったのだ。
「小娘なんて呼んでごめんね。ライという名前なの? とても美しい名前だわ」
「だ、大丈夫」
オロオロとしているスタッフがゆっくりと手を差し出す。握手がしたいようだったが、ライは俺の服から手を放すことは無く、むしろより強く握った。
……シワになるからやめてほしいとは言えないな。
「スタッフさん、こっち戻ってもらえます? 馬車が安定しないので」
「な、どうして私があなたの言うことを聞かなきゃいけないのよ!! で、でも仕方ないから戻ってあげるわ。感謝なさいよね」
面倒だな。とは思ったが、適当に受け流すリリシアをみて、俺も口をつぐんだ。スタッフも顔を真っ赤にして怒りながらもリリシアの言葉に従っている。
未だに指先が震えているライを落ち着かせようと背中を優しく叩く。唇を噛んで涙を誤魔化しているが、少しずつ雫がたまっては俺の服にこすりつけて拭う。どうせ汚れても魔法で洗えるので、特に気にしない。むしろ、彼女の頭を抱いてやった。
しばらくそうしていると、御者台の話声がだんだんと騒がしくなる。
何があったかと思えば、2人が口喧嘩をしているらしい。
「絶対、ロンパイア様の方がかっこいいわよ!! クーリアなんて、目つきは悪いし、ぶっきらぼうで、ちっとも魅力的じゃないわ!!」
「わかってないな~。アンニュイな感じがグッと来るんじゃん!! 不器用な優しさを見せる時がキュンキュンするっていうかさ~!!」
聞かなかったことにして荷台に戻りたかったが、ライが落ち着いて眠り始めたところだ。アホ2人がやかましいままでは落ち着いて眠れないだろう。
どうやら、夜になるとトラウマを引き起こして眠れていないみたいだしな。
「おい、少し静かにしてくれ。ライが寝たところなんだ」
勢いよく2人が振り返り、それぞれの髪から甘い匂いと花のような匂いが漂ってくる。しばらく目をパチクリさせて俺の顔を見つめていると、とたんにリリシアが勝ち誇ったような顔をする。
「ほらね!! こういうところがカッコイイんだよ」
「いいえ、ロンパイア様のように誰にでも分け隔てなく優しい方がカッコイイです。ま、まぁ、私が特別な感情を抱いているわけではないのですけどね……?」
尚もアホなことを言い続ける。怒りとため息が同時に襲い掛かり、何とも言えない感情を吐き出した。
「いいから黙れ。そしてリリシアは前を見ろ」
俺が本気で怒っているのを察したのか、それから2人とも大人しくなった。たまに小競り合いのように、こっちの方がカッコイイだの、こういうところが好きだのと聞こえてきたが、定期的に睨んで黙らせた。
街道をまっすぐに進んでいくと、ヒーワー村へと到着する。
そこはガーディニア村と同じぐらい酷いありさまだった。
村の中心に立っている大きな石造りの建物は倒壊しており、壁に仕込まれた鉄の棒が露出している。少し触れるだけで壁は崩れてしまうし、屋根からは今にも落ちてきそうなほどに異音が響く。
もともとは整然と並べられていたであろう加工品も徹底的に破壊されていた。
「ごめんなさいね。数週間前に月の国から襲撃を受けたのよ」
幸い、夜間の襲撃だったので人の被害はなかったらしいが、元々働かせていた大規模施設は完全に機能停止に陥っているらしい。
今は、各村にとって重要な資材のために間に合わせの小屋の中で作業をしているようだ。
「ヒーワー村はブレッシュ唯一の加工場。他の村にもあったけれど、軒並み破壊されてしまっているし、供給を間に合わせるためには、シャルハート様の遺物に頼るしかないのよ」
「村ひとつで国中の物資を生産してるのか!? いったい、どんな遺物なんだよ……」
ルイチャドゥ村に遺されていたシャルハートの心臓は、夜間だと休息の質が上がるというもの。他の遺物もその程度だと思っていたが、ヒーワー村の遺物は特別らしい。
「シャルハート様の魔力。その効果は神経を研ぎ澄まし、全身の感覚が鋭利になるだけ。ざっくりと言えば手先が器用になる程度かしらね。そのかわり、夜になると力を奪われるわ」
なんとも吸血鬼の遺物らしいピーキーな能力だ。しかも、遺物の効果によってもたらすものが、手先が器用になるとは、ごり押しが好きなシャルハートらしさがある。
案外、単純なパワープレイが好きなやつだしな。
「実は、シャルハートが封印された魔導書を持っているんだ。力を取り戻すためにシャルハートの遺物を集めている。ここにも試練があるんだろう? 受けさせてくれないか?」
「……なるほどね。シャルハート様の気配がすると思ったら、そういうこと。ついてきなさい、ただし、試練を受けさせるかどうかは別よ」
真っ赤なドレスを翻し、10本の指に着けた豪華なリングがぶつかり合って火花を散らした。ボロボロになった中心の施設に恐れることも無く入っていく。
念のため、リリシアとライを外に置いてスタッフの後ろをついて行く。
缶詰や成形された木材に鉄板、果ては魔力で動く魔導製品や魔導車のパーツ、ルイチャドゥ村で使うつもりだったのであろう組み立て式の遊具までが乱雑に置かれている。
しかし、その全てが踏みにじられていた。
スタッフは通路を確保するために、丁寧な所作で片付けながらも、途中途中で立ち止まっては苦しそうな顔を浮かべた。
ここに来るまで、小屋の中で働いている村人の様子を見たが、誰も彼もまだ諦めていない様子だった。それはきっと、スタッフが尽力した結果なのだろう。
「さて、コレがヒーワー村にあるシャルハート様の遺物。伝説が内包していた魔力の全てよ」
破壊された施設の中心に、たった一つだけ不自然なまでに無傷で残されている木組みの小屋。
扉は無く、中から美しい太陽のような輝きを誇る不定形の何かが残されていた。ほんの少し近づくだけで全身を焼き尽くされるような感覚。疑う余地のないほど、シャルハートの魔力だ。
「アンタ、シャルハート様の心臓も持っているわね。皆まで言わなくてもピッチャー様の考えていることは分かったわ。けど、試練を受ける前に一つだけ聞かせて」
まっすぐに伸ばした人差し指を向けてくる。
細く長い爪が俺の眉間を貫くのではというほどに近づけると、目が眩むような真っ赤なドレスの女はシャルハートそっくりな笑みを浮かべて問う。
「シャルハート様、元気?」
「ああ、元気だよ。毎日、鬱陶しいぐらいに元気だ」
魔導書の中で眠る老人の顔を思い出しながら、まっすぐに俺を見据えるスタッフに言葉を返した。
「聞かせてくれてありがとう。それじゃ、試練の内容を教えてあげる」




