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苛烈な迷子

 ルイチャドゥ村を出発した俺たち3人は、次なる村へと馬車を走らせていた。

 なんでもピッチャーに戦い方を教えた師匠が村長をやっているらしい。ウォーリン村という農村で、()()()シャルハートの冠が封印してあるそうだ。


 そこでも試練を受ける必要はあるが、それ以上に学べるものも多いだろう。


 馬車を操縦しているのは我らがリリシアだ。今日も今日とてヘソと肩を露出させた服を着ている。ブランは絶対に真似させないようにしよう。あと、着替えているときのリリシアを尊敬の眼差しで見ていたライも不安だ。


 そんなライは、ルイチャドゥ村で見せてもらった地図を頼りにウォーリン村までの道を手綱を握るリリシアに指示をしている所だ。本当だったら地図そのものが欲しかったが、子供たちに教えるために浸かっている者らしいので、借りるわけにもいかなかったのだ。


 それにしてもメモを書いたとはいえ、地図も無く道案内など、よくできるものだな。


 何度か曲がったり昇ったりを繰り返していると、ふと手持無沙汰な自分が気になってしまい、意味も無くシャルハートの心臓を影から取り出した。

 当然だが血管はブツ切られており、血が通っている様子もない。


 吸血鬼は不死で回復力が高いとはいえ、内臓を失くして動けるほどタフではないし、心臓をすぐに再生させられるほど便利な体をしていないのだ。

 しかし、心臓のみをくりぬかれていても絶えず脈打ったままとは……。


 鼓動を刻む心臓を観察するという非常に稀有な経験をしていると、思わずシャルハートをからかいたくなってしまった。


 文字通り心を掴まれている状態であり、何かと癪に障る発言をするアイツに仕返しをする絶好のチャンスだ。シャルハートの心臓を握ったまま影の中に手を突っ込んで魔導書を持ち上げる。

 いつもなら鬱陶しい赤い色で光っているはずなのに、今日はそれがない。


 いや、今日に限った話じゃない。この数日、シャルハートは一度も表に出てきていないような……。


「おい、シャルハート? 無視を決め込むなら、うっかり心臓を握りつぶすぞ」


 微かに不安を抱きながらも、あくまで軽い調子で告げる。心臓を揺らしても魔導書を開いてもシャルハートの反応はない。『太陽』の恩恵――陽の光による弱体化の無効化――は使えているが、シャルハートが扱う魔法は借りれない。


 背の高い草が街道を隠す草原で不穏な風が吹いた。コレがすべて、俺の気のせいなら。ただ回復させている途中で、明日の朝にでもいつもの気楽な様子で現れてくれるはず。


「ああくっそ、ただでさえ考えることが多くて頭痛いのに……」


「クーリア、頭痛いの? 大丈夫?」


 いつの間にか俺の隣にはライが居た。もともとはリリシアのバックが置いてあったのだが、勝手に移動させて自分の座り場所を確保したようだ。そこまで狭い荷台でもないのだから、わざわざ隣に座ってこなくてもいいんだが……。


 心配そうにのぞき込んでくるが、何でもないと言い返した。

 あのシャルハートのことだ。心配するだけ無駄だろう。


「ねぇ、それってシャルハートの心臓だよね? 私も触りたい!!」


 先ほどまで俺を心配してくれていたライは片手に掴んでいた心臓の方に興味を持ったらしい。こんなもの、グロテスクなだけで触っても楽しくはないと思うが……?

 もちろん、普通の人間に吸血鬼の心臓を触らせるなんて真似はしなかったが。


「ダメだ。やめておけ、碌なことにならないぞ?」


「えぇ~。だって、これ以上は迷う道も無いし、暇なんだもん」


 赤毛の少女は唇を尖らせて文句を言う。ルイチャドゥ村で貰ったピンク色のシャツの裾を引っ張って、退屈を噛み殺したような表情を浮かべていた。


「だからってシャルハートの心臓を暇つぶしに使うなよ……」


 キョトンとした顔で小首をかしげる少女の行く末に恐れおののくことしかできなかった。


 しばらく馬車を走らせていると、徐々にスピードが落ち始める。やがて、完全に停止すると御者台の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 また何か邪魔が入ったのかと慌てながら荷台から降りると、街道の先に一人の女が立っていた。


 遠くからでも分かる美しい赤毛。

 肩にはつかないほどのミディアムヘアの少女は、リリシアよりも少し年上に見える。ピッチャーと同じように真っ赤なドレスを纏っているが、あの少女の方が派手で色っぽい。(ピッチャーの衣装が凶悪なだけとも言えるが)


 さらに、その細く色白な首にはヒマワリの種を繋ぎ合わせたようなチョーカーを着けている。


「あの首輪、『太陽』のヴァンパイアか……」


 ピッチャーやルイチャドゥ村に居た吸血鬼の首にあった物と同じ。

『太陽』のアルカナ因子を持っていることを表す首輪だ。


 向こうも俺たちに気づいたのか、街道に沿って歩いて馬車に近づいて来た。すぐ目の前まで来ると少女のキツい表情がよく分かる。

 猫のようなつり目に自信満々な様子がうかがえる口元。

 すっきりとした鼻筋や腰に手を当てた傲慢なポージングは、どこかのお嬢様を思わせる。


「私は『太陽』のヴァンパイアスート、クラブを任されているスタッフ・ソルよ。あなた達、乗せなさい」


 ビシッという音が聞こえてきそうな程、鋭く指を向けてくる。

 その指には宝石が埋め込まれた指輪をはめている。特徴的な色をした美しい宝石だが、何度も落としているのかリングが傷だらけだ。


 スタッフと名乗った吸血鬼の高圧的な話し方に俺とリリシアは冷や汗を垂らす。ライの方も、猫のように睨む女吸血鬼を前に、すっかり怯えた表情を浮かべて俺の背に隠れる。


「あら、人間と吸血鬼? おかしな組み合わせね?」


「そっちこそ、ヴァンパイアスートともあろう御方が道の真ん中で何してんだ?」


 もしかしたらウォーリン村の村長とはコイツのことだろうか?

 しかし、ウォーリン村を治めるヴァンパイアスートはピッチャーに戦い方を教えた師匠でもあるという。見たところ鞭も持っていないし、ピッチャーのように隠せる場所があるわけでもなさそうだ。


「わ、私はアレよ!! その……連れとはぐれたのよ。私じゃなくて、連れが悪いのよ!!」


 早口でまくし立てる様に、俺たちはさらに冷や汗が溢れてきた。


 ……もしかして、コイツ迷子なのかなぁ


 おそらくリリシアも似たようなことを考えたのだろう。俺と同じように苦笑いを浮かべていた。


「はぁ、どこに行くつもりなんだ? ウォーリン村か?」


「違うわよ。私はヒーワー村に行きたいの!! そんなこともわからないの?」


 酷く偉そうな言葉に思わずカチンときた。

 コイツ、迷子の分際で偉そうだな。


 しかし、ヒーワー村のヴァンパイアスートというのなら話は早い。彼女を村に届けた先でシャルハートの遺物があれば試練を受けさせてもらおう。もしなかったとしても他の村にある遺物の情報を知っているはずだ。


(クーリア、ヒーワー村って遺物があるところだよね。ピッチャー先生が言ってたよね?)


 背に隠れたままのライがこそりと告げてきた。


 思い出してみれば、俺を誤解して襲ってきたときにそんなことを言っていたような気がする。


 教えてくれたライの頭を撫でつつ、ひとまずスタッフを馬車の中に入れてやることにした。俺たちと同じように荷台に座らせようかと考えていたが、ライが怯えたままのため御者台で我慢してもらうことにする。


「なんで私が人間なんかの隣に座らなくちゃならないの!! そっちの小娘が御者台に座ればいいでしょ!!」


「なんだ、人間はお嫌いか? だったら、人間(リリシア)が操縦する馬車に乗るのはお勧めできないな」


 俺だって人間は好きじゃないが、全員を等しく嫌っているわけではない。

 ブランと趣味が合うリリシアのことはある程度大切に想っているし、ブランと年の近いライはいずれいい友達になってくれると信じている。

 確かに気に食わない部分は多いが、人間相手でも吸血鬼相手でも変わらないだろう。


「……ふ、ふん!! そこの小娘がどうしてもと頼むなら隣に座ってやるわよ」


 うーわ、めんどくせぇ。と言いたくなるのを必死にこらえてリリシアに目配せをした。


 リリシアは御者台からスタッフに向かって手を伸ばす。


「えと、私がどうしても隣に座ってほしいです」

「ふん、分かればよろしいのよ。()()()()()()()隣に座ってあげるわ」


 頬を紅潮させてそっぽを向くスタッフを御者台に乗せる。雰囲気を感じ取ったのか馬たちは彼女を乗せることに気乗りしないようだったが、リリシアが手綱を握ると渋々走り出した。


 すっかり怯えたライが荷台の端で丸まっているのを眺めながら、目的地を変えてヒーワー村へ向かった。

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