ハートからの試練
翌日、お互いにすっきりと休んで、再び祠の前に集合していた。
「何か掴めたようね?」
「ああ、おかげさまでな。それより、子供への教育にしては、ちょっと厳しすぎねぇか?」
俺の嫌みに動じた様子も無く、どこか誇らしげに笑う。あの後、何度かかくれんぼを続けたおかげで、俺が掴んだと思った感覚は確かなものになっている。
それを教えた張本人に、どれだけ通じるのかは分からないが、やれることをやるだけ。
「さぁ、試練を始めましょうか」
押し付けるような色気を含んだピッチャーの声。吹き荒れていた風がピタリとやむと、気が狂ってしまうほどに胸糞の悪い晴天へと変わる。
暗闇を謳歌する吸血鬼からすれば、おおよそ地獄のような陽の下。
赤いドレスの隙間から溢れる胸筋の谷間から鞭を取り出すと、感触を確かめるように地面を叩く。
祠が赤く発光し、結界が作動する。
ピッチャーの動きが封じられた代わりに、シャルハートの力の一部が受け継がれ、彼の魔力が膨れ上がった。
やはり最初は昨日と同じ突進。
足元に鞭が打ち付けられて体勢を崩す。とっさに魔導書を開いて前進を発動させる。
軽い跳躍の後に、魔導書のページが変わって勝利の儀式が与えられた。指先に水の弾丸がチャージされ、ピッチャーの手元めがけて射出する。
鞭で弾かれ、水しぶきが舞う。
微かだが視界を奪うと、禍々しい紫色の剣を召喚し発走する。
「奇跡の知恵!!」
「黄金色愛、祝福の儀式!!」
目が焼かれるかと思うほど真っ赤な炎を纏った鞭が『魔術師』の剣を掴んだ。すぐに手を放して、火車を叩き込む。
躱されてしまったが、その表情に余裕はない。
「何かを掴んだと言っていたのは嘘じゃないようね……!!」
昨日のかくれんぼで、自分の気配の隠し方は学んだ。といっても、人間の子供相手に通じる程度の付け焼刃の技術であり、ピッチャーを相手にするにはまだまだ弱い。
だからせめて、攻撃の軌道だけでも隠せないかと試しているのだ。
「効果アリってところか。どうだ、心臓は高鳴りそうか?」
「ええ、とってもいいわ。ゾクゾクしちゃう!! だから少し、本気で絞め殺してあげるわ」
幾重にも重ねた魔法。
致命的な当たりはないが、ピッチャーの反応は遅れている。完全に隠しきれているわけではないが、多少は様になっているらしい。
氷の魔法が一瞬だけ黄金色愛の動きを止める。
その隙を逃さまいと必死に手を伸ばしたが、さすがに躱されてしまった。
「ウフフ、もう少し頑張りなさい」
「ああ、必ず捕まえてやるよ!!」
体を霧へと変えてピッチャーに幻覚を見せる。まったく明後日の方に土煙を撒くピッチャーの背後を取ると、魔導書から魔法を編み上げた。
「あらら、まんまと騙されたってわけね?」
やはり直前で気付かれると、目の前に造り上げらえた魔法を鞭で振り払った。
しかし、ピッチャーの想定に反して魔導書から生み出されている炎の魔法はかき消えることはない。あくまで創造で作った見た目だけの偽魔法だからだ。
「本命は、幻覚の通りだよ!!」
未熟な俺の技術では、攻撃の気配を隠しきれない。ならば逆転の発想で、攻撃の気配を上書きしてしまえばいいのだ。
「愚者に奇跡を!!」
詐術で隠した奇跡の雷。
雲一つない爽やかな平原に怪しい雷鳴が響き渡り、事の行く末を見守るリリシアの表情がこわばった。
焦って鞭を振り回しているが、奇跡を見つけられないらしい。標的を変えて、青い炎が燃え盛る黄金色愛は俺の首へと向かってくる。
ガードしたとしても衝撃は殺せないだろう。そうなれば、奇跡は消える。
「愚者は神を超える。アルカナ解放、【不完全な奇術師】」
『魔術師』のヴァンパイアロードが作り出した最高の魔法。
陽の光を嫌う吸血鬼が、太陽さえも飲み込むために造り上げた、規格外の一手。もとより『太陽』のおかげで陽による弱体化は受けていないが、右手に纏った奇術師がピッチャーの鞭を受け止めた。
本来ならば太陽によく似た青い炎が俺の手を焦がすはず。
しかし、轟々と音を立てて燃え盛る蒼炎は鞭以上に燃え広がることも無く威力が殺されている。
「太陽の力を無力化してるのね……。それはまさしく、神も奇跡も超えた奇術だわ」
Vネックのドレスを着た大男が優しく微笑む。
更に炎を吹き上げる鞭を軽く引っ張ると、抵抗も無くピッチャーの体は倒れた。
軽く支える程度の力で大きな胸板に触れる。彼の心臓は手が押し返されるほど大きく脈打っており、まるで直接触れているかのようだった。
『試練が成功しました』
頭に流れる無機質に変声されたシャルハートの声。
祠を中心に取り囲んでいた結界が一瞬で消え去ると、決壊したダムへ水が流れるかのように爽やかな風が俺たちの間を通り抜ける。
「おめでとう、試練は成功よ。クーリア・ナール」
今まで誰も突破できなかった試練を、どこの馬の骨とも知らぬ愚者に攻略されたというのに、ピッチャーの表情は明るかった。まるで初めから、俺をクリアさせるためだったかのようで……。
「なぁ、手を抜いていたのか……?」
そうだ……。この試練は今まで数々の吸血鬼が挑んできたという。特に『太陽』のヴァンパイアロードはシャルハート本人を除いて全員挑戦しているらしい。そして、心臓がここに遺されていることから、その結果は言うまでもない。
初めから、シャルハートに心臓を返すための出来レースだった……?
「安心なさい。正真正銘、貴方の実力よ」
「笑えない冗談だな。今の俺が、歴代のヴァンパイアロードよりも強いって? いくら愚かな俺でも、そんなウソに騙されるわけねぇだろ」
俺の怒号が平原に響き、リリシアが怯えた表情を浮かべる。彼女が連れている馬が唸り声をあげて、庇うように前に立った。ピッチャーが大きなため息を吐くと、手に持ったままの鞭を振るった。
とっさに腕を構えて防御する。
まるで透明の壁に阻まれたように直前で鞭は止まったが、急な攻撃の理由がわからずにピッチャーを睨んだ。
「結局は相性の問題なのよ。ただの力比べならアナタとロード様たちには大きな溝があるわ。はっきり言って比べるのも烏滸がましいくらいにね」
「だったら……!!」
「けれどね、強さをひけらかすだけじゃ、この試練は突破できない。シャルハート様の試練は守ることを重視しているの」
ピッチャーが祠に触れる。変わらず天に浮かんだ太陽が、一瞬だけキラリと光ると、懐に携えている魔導書が微かに暖かくなった気がした。
シャルハートの遺物。
それは、祝福の国がそう呼ばれるための最後の砦なのだろう。月の国の侵攻を受けて、まともな軍備も整えられず、孤児院だけが立派になっていく国で、遺物を失うことは滅びることを意味するのだ。
「シャルハート様の心臓は、怯えて眠る子供たちに安寧を与える。健やかな成長を促し、心身を育む最高の休息を与えるわ。もちろん、他の遺物にも匹敵するぐらいの素晴らしい効果がある」
――だから、守る価値がある。
「スートは守り続けてきた。守られ続けてきた。けれど、シャルハート様が復活されるというのならば、それに付き従う。クーリアには、それを示してほしいのよ」
ピッチャーの真っ直ぐな視線。
「だったら、そんな大切な物を簡単に託していいのかよ……!?」
「簡単じゃないわよ。ただ、挑戦を願った貴方を尊重し、試練を超えた貴方を尊敬しているだけ」
祠に手を伸ばすと、ドクドクと脈打つ心臓を取り出して、俺の方へと近づけてくる。異様な見た目であるが、太陽のように暖かいそれを受け取った。
「それより、次はどこに行くか決めているの?」
「いや、決めてないんだ。けど、腕のいい案内士が居るからなんとかなるだろう」
途中でピッチャーの邪魔が入ったとはいえ、ガーディニア村からルイチャドゥ村まで一度も道を間違えずたどり着いたほどだ。
この村には一度も来たことが無いと言っていたのに、ずいぶんと才能があるらしい。
ガーディニア村を襲った吸血鬼をぶっ殺した後も引き続きライに道案内をしてもらった方が良いかもしれないな。
「ねぇ、ライちゃんのことだけど……」
弱々しく離し始めたピッチャーは、まるで言いたくないことを無理やり絞り出すかのような声だった。




