ルイチャドゥ村の子供たち
「はぁ……。試練を中止するわ」
俺の意思とは裏腹に、ピッチャーが終了の合図を唱える。
地面に伏したままピッチャーを睨むと、彼の左腕が消失したのが見えた。それと同時に、頭をカチ割られるような痛みも消えていく。
「お前、俺の罰を引き受けたのか!?」
試験官の都合で試練を中断した代償なのか、俺が受けていた罰がピッチャーへと引き継がれる。構えていた鞭が地面に転がると、抉れている左肩を抑えて呻いていた。
試練が終わっているためか、徐々に回復を始めているが、その痛みは引いていないらしい。
「何のつもりだ、ピッチャー・ソル!!」
「期待してるのよ。シャルハート様が選んだ貴方なら、必ず私の試練を超えられるわ。けれど、未熟なまま挑戦を終わらせるわけにはいかない。私の言うチャンスが見つけられるまで、村に居るといいわ」
それだけ言うと、地面に転がっている黄金色愛を胸筋の隙間に押し込んで収納し、左腕を庇いながら祠をあとにした。
リリシアとライが俺の方にやってくると、2人ともホッとした顔をする。
「クーリア、戻ろ?」
ライの短い一言。
とくに何を取り繕うわけでもない自然な言葉に、ただ頷くことしかできなかった。
赤毛の少女に手を引かれ、森を抜けてルイチャドゥ村へと戻る。俺の一歩後ろを歩くリリシアの優しい視線が背中を突き刺した。
村の中心に建てられているハウスまで戻るが、ピッチャーの言うチャンスというものが何を指しているかは分からなかった。
綺麗に整えられたベッドに寝転がると、リリシアは隣のベッドに腰を掛ける。
「リリシア、ライ、シャルハート、本当にすまなかった。俺は結局、愚かで弱くて、何もできない。何もわかってなかったんだ……」
天井を見つめながら、傍らに座る2人と魔導書に引きこもっている老人に声を掛けた。悔しさで唇を噛みちぎりそうになるのを必死にこらえながら涙を拭う。
「クーリア、怪我してない?」
余りに的外れなリリシアの言葉。
責めるわけでも励ますわけでもないが、何よりも心に沁みた。
「ねぇ、クーリア。気分転換に、かくれんぼしない?」
思いもよらないライの提案に耳を疑う。緋色の瞳の少女は、それ以上何かを言うわけでもなくただ問いかけてきた。なぜかリリシアも乗り気であり、動きやすいようにとさらに丈の短いトップスに着替えている。
「遊んでる場合じゃ……。いや、やるか。このままじゃ、ダメだろうしな」
部屋を出ようとして、ふと魔導書に触れる。シャルハートは先ほどから一言も発さないのが気になったが、全く反応がない。体力を回復させることに集中しているのだろうか。
気がかりではあったが、自分のことに精一杯で、影の中に魔導書を落とした。
ライの背について行くと、朝方見かけた少年少女たちが庭に集まっていた。だいたいの子供たちがライと同じぐらいの年齢のようで、チラホラ小さい子たちも見受けられるが、誰かの弟妹のようだ。
子供たちの中心に立っていた赤橙色の髪をした少年が微かに俺に警戒を見せる。
見慣れぬ吸血鬼ということで若干怯えたようだが、俺とピッチャーが一緒に歩いていたのを思い出したのか、どこか納得したような表情に変わった。
「トーマ、リリシアお姉ちゃんとクーリアも一緒に遊んでいい?」
「お姉ちゃんたちもかくれんぼするの? 僕たち強いよ!!」
スタイルのいいリリシアに一瞬見惚れたようだが、すぐに無邪気な笑顔を浮かべる。
かくれんぼに強いも弱いも無いと思うが、しょせんは子供の言うことだ。リーダーらしき男の子が、鬼をやりたいと言い出したので、俺とリリシアは遊具の陰に隠れた。
「もういーかーい?」
「もういーよー!!」
お決まりのセリフが庭に響いて、目を閉じていたトーマが動き始める。
キョロキョロと辺りを見回し、微かに唸り声をあげる。何度か首を傾げたりしながら、まっすぐこちらに向かって走ってくると、あっさりと俺たちを見つけた。
子供のかくれんぼに本気で隠れるほど大人げないことをするつもりはなかったが、さすがに見つかるのが早すぎた。少しバカにし過ぎてしまっただろうか。
トーマは俺たち以外を見つけるのは苦戦していたが、10分と経たぬうちに全員を見つけ出した。決して範囲が広いわけではないが、15人程度を見つけるにしては早い方だろう。
自分で強いといった言葉は嘘ではないらしい。
「クーリアたちがすぐに見つかったから、もう一回ね!! 今度は本気でやってよ?」
トーマもライも頬を膨らませて怒り始めた。リリシアが宥めてくれたが、さすがに子ども扱いが過ぎてしまったらしい。ブラン以外の子どもと遊んだことが無かったので、つい、その感覚で相手してしまった。
リリシアを抱きかかえて、ハウスの屋根へと飛び移る。機を見て見つけやすい場所に移動するつもりだが、子供たちを楽しませるには十分な場所だろう。
方形屋根はリリシアを抱えたままでは滑り落ちそうで不安だ。
ギリギリのところで踏みとどまって、鬼であるトーマの様子を窺った。またも、おなじみのセリフによって開始の火ぶたが切られると、すぐに俺たちの方を見上げる。
「クーリア、見つけた!! ちゃんとやってよ、簡単すぎる~!!」
本気で怒っているようで、地団太を踏み始める。まさか屋根の上が見つかるとは思わずに驚くが、ギリギリのところに立っていたから体の一部が見えていたのだろうか。
それとも影で気付いたのか?
どちらにせよ、なかなか鋭い観察眼を持った子供だった。
「クーリアがちゃんとやんないから楽しくない!! 誰か、鬼代わって!!」
余りに退屈だったのか、鬼役を放棄した。
代わりに別な少年が鬼となったが、俺は、ほんの少しだけ悔しさを覚えていた。こう何度も続けて一番に見つかってしまうと、どうにか勝ってやろうという気になる。
あえて、範囲ギリギリの森の方まで隠れる。木の上に昇って葉っぱで自分の体を隠した。これならば、どうやっても見つからないだろう。
「もーいーかい?」
「もーいーよー!!」
3度目の正直。と思っていたが、新しく鬼役になった少年もあっさりと俺を見つけた。
「オイオイ、俺が見えてたのか!?」
「うーん。見えては無いんだけど、なんか分かるの」
分かる……?
それはいったいどういうことだろうか。ただの直感というには、正確に俺の居場所を突き止めていたようだし、吸血鬼を感知するような仕掛けが村に施されているわけでもないようだ。
ふと、ハウスの方に目を向けると、窓からピッチャーが俺たちの様子を見ていた。
むしろ、俺の姿を見ているような……?
「なぁ、ピッチャーが俺の居場所を教えてるのか?」
「そんなわけないじゃん。クーリアがかくれんぼヘタなだけだよ」
トーマの真っ直ぐな言葉に思わずたじろいだ。
これでもブランとかくれんぼをした時は、なかなか見つからなくて、あの娘が泣きだしたこともあったんだがな。
大人げないとは思っているし、人間相手に情けないともわかっているが、自分自身に透明化の魔法を掛ける。これならば見つからないだろうと高を括っていると、鬼役の少年がきょろきょろとあたりを見渡した。
そして、何のためらいも無く、不可視状態の俺へと触れた。
「吸血鬼のお兄ちゃん!! 透明になるのはずるいよ!!」
「……!? な、なんで気付けるんだよ!!」
こっちは魔法を使ってまで隠れているのだ。
ただの人間が見破れるほど弱い魔法ではない。
魔法が発動していないのかとも疑ったが、透明はずるいという言葉の通り、透明化は出来ているようだ。
自分の姿をコウモリ伝手に見ても、ちゃんと透明化している。
「どうして、俺がここにいるって気づいたんだ?」
「だって、そこに居たんだもん。隠れようとしてるのが、すごい伝わってきたよ」
隠れようとしているのが伝わった?
まるで一流の暗殺者のような言い分だ。だが、どこか身に覚えのある感覚。
……そういえば、ピッチャーへの不意打ちも見破られていたな。
試練の際も、昨晩の誤襲撃の時も、俺の行動を先読みされていた上に、不意打ち、だまし討ち、目くらましの類は全て躱されていた。
そこでふと気づく。
俺を知覚していたというのは言葉足らずなのだ。ピッチャーやルイチャドゥ村の子供たちは、俺の意思や思考を感じとっている。
「一つ聞いていいか? ピッチャーともかくれんぼで遊んだことがあるか?」
「うん!! ピッチャー先生は、かくれんぼ大好きだよ!!」
その言葉で、俺の仮説は確信に変わった。
ハウスの窓辺では、ピッチャーがどこかワクワクしたような目つきで俺を見ている。
「お前の言うチャンスとやら、掴めたぞ!!」




