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愚者のズルとハートのズル

 絶えず絶望を照り付ける太陽を見上げて、力なく倒れた。


 すっかり吹き飛ばされてしまい、円のはるか遠くの森に叩きつけられる。いろいろな感覚が音を立てて崩れ去った。


『挑戦を辞退しますか?』


 頭に響く声。

 俺の意思を問う声だ。


 シャルハートの渋い声に似ているが、飄々とした様子を無くして無機質さと冷酷さに感情を振りきったような声だった。


 ここで頷いてしまえば楽になれるだろう。


『挑戦を辞退しますか?』


「……」


 どうせ愚か者は何も手に入れられない。理不尽に妹を奪われて不条理を前にしても立ち尽くすだけ。一体、俺に何ができるの言うのだろうか。今まで何が出来たというのだろうか。


 魔術師からブランを守れなかった。

 リリシアの故郷を守れなかった。

 世界と塔に立ち向かえなかった。


 ライの仇敵も逃した。


「ああ、本当に嫌になるよ……」


 何も成せない俺が、一体誰に嫉妬をするというのだろう。不条理を嫌っているくせに、自分が一番不条理ではないか。


 サンサンと降りしきる陽の光の下で、何もできず蹲るだけ。


「あれ、クーリア? ここで何してるの?」


 木々の隙間を縫うようにして現れたのは、吸血鬼に故郷を滅ぼされた赤毛の少女、ライだった。


「お前こそ何してるんだ!?」


「私はかくれんぼ。クーリアもやる?」


 いつか、復讐を誓った時とは違う、あっけらかんとした無邪気な表情。

 まだ過去を乗り越えたわけではないのだろうが、リリシアの影響もあって少しずつ前を向き始めている。復讐を止めることはないだろうが、少しの間忘れて、ただの子供としてふるまえるようになっていた。


「いや、今は忙しいんだ。……そう、俺にはやらなきゃいけないことがある。ここで止まってる暇はない!!」


『挑戦を……』


 折れた心を燃やしながら立ち上がる。

 尚も意思を問うてくる無機質な声を振り払ってライの綺麗な赤毛を撫でた。


「試練は続ける。クソみたいな不条理を超えてきたんだ。こんな試練、簡単すぎて笑えて来るぐらいだ!!」


 思いきり地面を蹴って、円の中心で立っているピッチャーへと突進する。

 背後からはライの大きな声援。リリシアの感嘆の声。


「奇跡よ、愚者(おれ)に力を貸せ!! 奇跡の汎用(ミラクルコイン)!!」


 鞭を振りかぶる筋肉質な男の目の前で巨大な火の玉化が生成される。

 内包される魔力を感じ取ったのか、鞭を引っこめて全力で回避を始めた。


「吸血鬼殺しの魔法!? 奇跡を名乗るのは伊達じゃないようね」


 正しくは、疑似的に吸血鬼の再生能力を止めるだけ。

 本物の奇跡には届かないが、神をも越えようとする魔術師(トリックスター)に憧れた幼馴染(クラブのスート)の覚悟の象徴だ。


 ピッチャーの眼前で破裂した火炎の塊。

 その向こう側に俺の姿はない。動揺して鞭を振りかぶろうとするが、判断が遅れた。


 ――取った!!


 完全にピッチャーの背後について、その大きな背中に触れられる。

 そう確信したところで、唐突に彼は振り返った。


「とても惜しいわね。でも、まだ貴方には足りないものがあるわ」


 ピッチャーの持つ鞭が太陽の色を超えて黄金色に輝く。ほんの少しといったところで真横からの衝撃を喰らい吹き飛ばされた。

 極限まで赤みを帯びて白い輝きを見せる黄金色愛(ピッチャーの鞭)は、すぐ近くの樹木を根から引っ張り、俺を弾き飛ばしたようだ。


「うふふ。試験官(わたし)が円の外に出るのはルール違反。(ペナルティ)よね」


 ピッチャーが扱う武器であっても、外に出た時点で制約(ルール)違反に変わりはない。なぜ、そこまでして俺を止めたのかは分からないが、理不尽な理由ではない気がしていた。

 確か、俺に足りないものがあるとか言っていたはず……。


「わざわざ(ペナルティ)を受けてまで、俺を止めたのか」


「ええ、今の貴方が試練を超えたとしても、それは、シャルハート様と同等とは言えないもの。発想は悪くなかったけれど、あそこで私に気づかれた時点で、試験官としては認められないわ」


 口調こそ先ほどまでと変わらないが、その表情は真剣そのものである。彼の言う、俺に足りないものというのが何なのかを考えてみるが、さっぱりわからなかった。今の俺には足りないものだらけで、伝説どころか支援を受けていないピッチャーの足元にすら及ばないだろう。


「ほんの少し、何かを掴めるなら!!」


 魔導書を開いて魔法を展開する。

 放つ前に鞭が襲い掛かって打ち消されてしまった。


「奇跡の象徴よ。愚者に詐術(ペテン)を与えろ」


 不可視の魔法を発動させ、放たれる方向を気づかせないために、あちこちから創造(マジック)を織り交ぜて奇跡の力を借りる。

 それでも、的確に不可視の魔法だけを鞭で撃ち抜かれ、ブラフの魔法は躱されるばかり。


奇跡の(ミラクル)……

「てんで遅い。退屈すぎて心臓ハートに響かないわ」

 知恵ソード!?」


 グラディウスが使っていた一撃必殺の剣技。


 剣先を少しずらされ地面を転がった。

 倒れたままの姿勢で即座に火車(アポロン)で吹き飛ばす。


 砂塵が辺りを舞い、ひときわ目立つ影へと近づくが呆気なく鞭で捕らえられて放りだされた。


 すでに祠の周りに生えていた雑草たちは、鞭で叩かれ過ぎてくたびれている。

 それだけ続けても届くことはなかった。


「もっと考えなさい愚か者。本気で絞め殺すわよ?」


「足りないのは分かってる。だが、何が足りないか、分からねぇ!!」


 これほどまでになく自分を呪った。それでも答えは出ずに、シャルハートが捨てた引っこ抜かれたばかりの大木を背にして座り込んだ。

 挑戦の意思を失くしたわけじゃない。むしろ、始めた頃よりも高まっているぐらいだ。


 まだ土が根本についており、今からでも成長しそうな木だ。

 まぁまぁ巨大な木ではあるが、ピッチャーは軽々しく振り回していた。もし俺だったら、数秒耐えて押しつぶされるのがオチだろう。


「……押しつぶされる?」


 たとえば、ピッチャーの近くを超える速度で接近すれば?

 今までの攻撃はすべてピッチャーに見破られていた。それは、経験の差というだけでなく、俺を知覚する能力に長けていたからではないだろうか。あの鞭は、最大の攻撃且つ最大の防御にして、最大の索敵として利用しているのではないだろうか。


 むやみやたらと炎を出し続けるわけではなく、しかし振り回すことを止めない。


「見えたぞ、ピッチャー・ソル」


「フフフ……。とてもまっすぐな瞳をするのね。思わず濡れて来ちゃうわ!!」


 俺に足りないもの。

 それはピッチャーに見つからないための能力。

 生半可な目くらましでは見破られた上に阻まれたのは、それを気づかせるため。


 ……アイツの鞭の速度を超えられるなら!!


 ピッチャーの知覚を超える。

 そのイメージだけで背後に倒れる樹木に手を触れた。


「俺は奇跡を起こす。愚か者の、奇跡の儀式(ミラクルカップ)!!」


 リラ・ストレガが使う最大回復魔法。

 それは、()()()()()奇跡を願う吸血鬼が使う魔法だ。その効果は、自分の魔力を他者に譲渡して、強制的に超回復させる。


 ここでいう()()というのは、自分以外の生物全てを指し、吸血鬼、人間、動物、植物を問わない。

 例えば、ピッチャーが無理やり引き抜いた樹木だとか。


 引きちぎられた根っこに魔力を流すと、一気に体の力が抜けていく。相対的に倒木が見る見るうちに成長を初めて、すぐそばの地面に根っこを突き立てると、歪な形のまままっすぐに伸び始めた。

 その余波とでも言うべきか、折れた幹がムクムクと膨れ上がる。


 過剰に流された魔力を投げ捨てるように、完全に成長しきった木は不自然な勢いで形を変えて、俺の体を吹き飛ばす。


 残りカスのような魔力をかき集めて、背後に火車(アポロン)を放つ。

 さらに勢いが増して、今までの何よりも速いスピードでピッチャーへと突進した。慌てて鞭を振るっているが、明らかに間に合わないだろう。


 ――確実に、捉えた!!


 今度こそ。

 ピッチャーの知覚を超えた猛スピード。

 攻撃の遅れこそが、俺の殺意を感じ取れなかったという何よりの証だ。


「とてもゾクゾクするわ!! 心臓(ハート)が高鳴っちゃう……!!」


 俺へと向けられた鞭はいきなり軌道を変えて、赤い炎を纏ったかと思うと何もない地面を叩いた。

 ほんの数mmといったところで、必死に伸ばす手の行く先が消えた。いや、消えたというのは正しくないだろう。この表現が正しいとも思えないが、座標がズレたとでも言うべきか。


「ピッチャー!!」


「とても惜しかったわ。おもわず地面を動かしたぐらいにはね」


 怪力とかいう次元じゃない。

 地面そのものに手を加えるなんて、世界を掌握していると言っても過言ではないだろう。むしろ、それだけのことをやってのけて、『太陽』の一部しか力を与えられていないなんて。


「……あーあ。もう、無理だ。バケモノが相手じゃ、勝てねぇよ」


 零した弱音を聞き逃すことなく、すかさず無機質に変化したシャルハートに似ている声が頭に響く。挑戦の意思を問われているが、試練はまだ終わらない。


「俺は、どんな手を使ってでもライを救うと決めたんだ。あの娘が復讐を望むのなら、安寧を願うのなら、不条理に泣くのなら。もう二度と、失いたくないから……!!」


 腹の底から膨れ上がった感情は、不条理に対する怒りでもなく、自分の弱さを呪う嫉妬でもなく。

 何も持たない愚か者の癖に、全てを手に入れたいと願う強欲だった。


「欲しい。寄越せ。全部俺の物だ。【黄金色愛】も【シャルハートの心臓】も、全部、俺の物になればいい!!」


 吐き出したのは『愚者の強欲』

 複数の物を指定することで、強制的に奪い去る能力。ただし、いくつか条件があり、対象物に対する感情は等しくなっている必要がある。願うものすべて、同じだけ願っていなければならない。


 そして、それが確実に手に入るわけでもない。

 複数を指定できるが、必ず1つは取りこぼす。そして、その代償として自分の物を1つ失う。強欲は必ず我が身を滅ぼすのだ。


「ブランも、リリシアも、ライも、全部救う。ありとあらゆる不条理を下し、理不尽を是正し、平等で、正しく、誰も悲しまない。これは、そのための強欲だ!! 俺に、全てを寄越せ!!」


 微かに陰りを見せる太陽の下で、愚かな強欲を叫んだ。

 無風の平原に静寂が訪れると、心臓が仕舞われた祠がガタガタと揺れる。


 ――俺の勝ちだ!!


 シャルハートの心臓が引き寄せられるように感じ、思わず勝利の笑みを零した。しかし、強欲に祝福は訪れない。

 雲一つない()()()()()()に、肉塊が爆ぜるような音が響いた。途端に左腕の感覚が軽くなり、バランスを崩して倒れてしまう。


「お、俺の左腕……が……?」


 強欲のためにと伸ばした左腕が無くなっている。

 肩から先が、まるで解体されて没収されたかのように消失していた。


 不思議と血も痛みもない。しいていうのなら、無くなったという感覚だけが左肩に残されていて、それも自分の気のせいと言えばそれまでだ。

 俺は、元から左腕が無かったのだろうか……?


「それは(ペナルティ)の一種ね。失敗扱いにならないのは前例がなかったから、といったところかしら」


 ピッチャーの怒ったような低い声に呼応してジクジクとした痛みが走った。


 のたうち回ってしまうような激痛は、無くなっているはずの左腕から来ている。腕がないのに痛みを感じるわけが無いだろうと言いたいが、言い表せないほどにその通りなのだ。


 存在していない器官が痛む――。


「ぐ、あぁぁぁ!! な、んだよ、これ……!?」


『挑戦を辞退しますか?』


 今までよりも無機質な声が、激しい頭痛と共に頭に響いた。これ以上の苦痛から解放されたいという一心で、頷いてしまいそうになる。


「ダメだ。諦められねぇ……!!」


 耐え切れないぐらいに痛い。

 今すぐ投げ出してしまいたい。

 さっきまでの強欲がすべて無に帰して、後悔すらしている。


 けれど、焼け滅ぶ村を目の当たりにしたライの顔を思い出せば……。


「こんな程度で、試練を止められるかよ!!」


 俺があきらめたとして、誰が、ああも悲しそうな顔をする少女を救えるというのだろうか。


「はぁ……。()()()()()()()()

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