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第一の試練

 2人に感謝を告げて、鞭を構えているピッチャーへと向きなおった。


「覚悟は決まったようね。絞め殺したくなるほど素敵な顔をしているわ」


「そりゃどうも。それで、試練の内容は?」


 暴力的な色気を孕んだウィンクを躱すと、大きな舌打ちをしてから祠に触れる。


「ルールは単純。祠を中心として円が出現する。試験官である私はその円の中から動かない。挑戦者である貴方は、私に触れることが出来たらクリアとなるわ」


「もし外部からの手助けを受けたら……?」


 俺の影に隠れていたリリシアが控えめに手をあげて尋ねた。あわよくばシャルハートが力を貸してくれることを期待したが、二重の意味でそれが不可能であることを告げられる。


「今のワシは魔導書から動けない。助けは無理じゃ」


「当然、試験官と挑戦者以外が円の中に入ってきたら、強制的に中断よ。ただし、挑戦権は失われず、仕切り直しということになるわ」


 挑戦権……?

 引っ掛かる物言いに尋ねると、試練を受けられるのは一度だけだという。何度も試練を受けられるのならば、試練とはならないからだ。


「試練が失敗になる条件は?」


「そうね。1つは貴方から挑戦の意思がないとされた時。これは私ではなく祠が判断するわ。もう一つは挑戦の意思はある状態で中断せざるを得ない場合。仕切り直しにはならず失敗とされるから気を付けてね」


 なるほど。俺の勝手な都合でやめることは出来ないらしい。

 そして、他にルールは無く、互いに怪我をさせたり祠含めて周囲の環境をどれだけ悲惨なものにしたとしても構わないと言われた。


「ま、極端な話、私を殺したっていいのよ? 出来るのならね」


「は、ははは。せいぜい、俺が殺されないようにするよ」


 2mを超える怪物を殺すなんて到底出来もしない。

 突拍子もない冗談に引きつった笑みを返すと、退屈そうに肩をすくめた。


「それともう一つ。試練の最中は、外部からの援護は受けられないとは言ったけど、試験官は祠からの支援を受ける状態で始まるわ。簡単に言うと、シャルハート様の4分の1程度の強さはあると考えてね」


 そのことを伝えるのも試験内容に含まれているのか、思い出したかのように告げる。何でもないことのように言っていたが、伝説の片鱗を相手にしなくてはならないという、分かりやすい絶望だった。


「そりゃ、笑えねぇ冗談だ……」


「冗談じゃないからね。うっかり絞め殺されないで頂戴よ?」


 ピッチャーの軽口に何も言葉を返すことが出来ず、間もなく試練が始まった。

 淡い赤色の光が吹き上がったかと思うと、祠の中心に、見えない円状の結界が取り囲んだような感覚を覚える。ピッチャーはこの円の中に封印され、動きを制限されたという合図だ。


「さて、始めましょうか?」


 シャルハートによく似た赤髪の男が鞭を構えた時には、すでに俺は突進を始めていた。


 手には魔導書を携えており、シャルハートのページは開けないが、それ以外は十分に使える。開かれたのは紫色の中扉が挟まれた『魔術師』の項目。


奇跡(ミラクル)の象徴よ。愚者に価値(コイン)を与えろ!!」


 一瞬で体を霧に変えて大男にとびかかる。


 ――実体のない体ならばピッチャーの鞭を潜り抜けられるはず!!


「甘いわね。ちょっと強めに絞め殺してア・ゲ・ル」


 炎を纏っていない鞭を地面にたたきつけると、柔らかい土が抉れて砂煙が立ち込める。霧状の体へと付着すると魔法を超えた反応を示し、強制的に奇跡の価値(ミラクルコイン)が解除された。


 実体化した体に鞭が絡みつき、そのまま円の外へと放り投げられる。


「クーリアが円の外に出た!?」


 リリシアの悲痛な叫び声。

 たった一瞬。勝負にもならない勝負にジワリと後悔が滲んだ。


「あら、少し誤解させたみたいね。試験官は円の外に出ると(ペナルティ)を受けるけれど、挑戦者は円の外に出ても構わないわよ」


「そうかよ。それを聞いて安心したぜ」


 零れかけた涙を拭って、円の中のピッチャーに腕を向ける。


 開いたのは、赤い中扉。


「戦車に蹂躙を。愚者に勝利(ヴィクトリー)を!!」


 銀緑色に輝く腕を切り離し、ありったけの魔力を込めて射出する。まっすぐに吹き飛んだ俺の左腕は、あっけなくピッチャーに捕らえられる。


ピッチャーの鞭によって、俺の左腕が不自然に浮かんでいた。


「だろうな。吹き飛ばせ、火車(アポロン)!!」


 肘から指先にかけてのみ残された左腕を目の前で爆発させる。


 一瞬だが、驚いた!!

 勝機はそこに……


 全速力で野原を駆け抜けて祠の隣に立っているピッチャーへと切迫する。

 しかし、あと一歩、届かない。


「悪くはない組み合わせだったわ。けど、心臓(ハート)には響かないわね」


 残り30cmといったところだろうか。


 ピッチャーの鞭が俺の右腕を掴んでおり、それ以上動かすことができない。掴まれているのは手首と肘の間あたりなのに、強く締め付けられていて指先すら動かなかった。


「だったら、詐術(ペテン)に潰れろ!!」


 俺の背後から不可視の壁がピッチャーを押し出す。

 衝撃に弾き飛ばされ体勢を崩した。


 鞭による拘束も緩んだのをみて、トドメを刺そうと壁をさらに強く押し付けた。


 しかし、途端に壁がそこで止まる。


 ……何かが引っ掛かっている?


「すっごく、大きいけれど、やっぱりダメね。大きいばかりで技術(テク)がない」


 彼の巨体を超えるほどの不可視の大壁を、鞭から手を放さず片手で受け止めていた。

 脚の力と、抑える腕の力だけ。

それ以上は全く動かすことができない。


 まさしく、規格外のパワー。


「そんなんじゃ、男も女も喜ばせられないわよ? ウフッ」


 言葉の端から、押し付けるような色気が滲んでいる筋骨隆々の男は、なんら苦でもないような顔をしている。あれだけの巨壁を不可視で動かすまでの努力が否定された気分だった。


「ああ、クッソ!!」


「焦ってとびかかってくるなんて、どれだけ愚かなのかしら」


 容易く鞭で捕縛されたかと思うと、空中に投げ出された。


 地面へと叩きつけられて、全身が痛む。

 けれど、まだ、諦めるわけにはいかないのだ。


勝利の儀式(ヴィクトリーカップ)


 力なく魔導書を開いたが、『戦車』のヴァンパイアスートであるフラッシュが使っていた七賽戦槌は呼び出せない。アレは、彼女固有の武器であり、アルカナ因子の能力とは無関係。

 魔導書から与えられた魔力はあまりに貧弱で、それが今の俺の限界らしい。


 小さな水の弾丸を指から放つが、ピッチャーは特に気にも留めずに軽々しく躱す。


「その鞭、炎が出てねぇな……? これでも、手加減されてるってのかよ……!!」


ふと気づいたことを呟くと、途端に自分がみじめに思えてきた。すこしでも嫉妬の引き金(トリガー)になってくれれば僥倖(ぎょうこう)だ。


「そうね。今のあなたにそこまで使う必要はない。それと、この子の名前は【黄金色愛(こがねしきあい)】っていうのよ。無粋な呼び方しないで頂戴」


 連続で水の弾丸を放つが、呆気なく躱されるだけ。

 どれだけやっても無駄だった。


「……出し惜しみするのも気分が悪いから、少しは本気を出してあげるわよ。祝福の儀式(ブレスカップ)


 眩しく美しい青い炎が鞭を燃やす。

 ごうごうと燃え盛る蒼炎に魅せられて、俺は力なく円の中に入るだけだった。


 愚者の策は尽きた。

 これ以上の勝機はない。


 体を青い炎で焼き尽くされて、どうしようもない強さに打ちひしがれて、これ以上の敗北はないだろう。けれど、意地を貫いたがゆえに挑戦の意思だけは捨てられない。


「もう、少しだけ!!」


 風すら吹かぬ静寂の平原に青い炎が飛び回る。


 最期に隠していた勝利の儀式(ヴィクトリーカップ)を、再生しきった左腕から放つ。


「……本当に愚かね。その程度の攻撃で、伝説が超えられるとでも?」


 最後の最後まで隠していた切り札を受けて、尚も平然と佇んでいた。

 ヒマワリの種を繋ぎ合わせたような首飾りを纏った目の前の大男が、詐術(ペテン)で作り出した壁よりも大きく見えた。


祝福の儀式(ブレスカップ)……」


 小さく呟く。


 蒼炎を纏った鞭が全身を縛りつけて、まやかしの檻に閉じ込められた。

 途端に炎は俺の体を焼き尽くし、全身に痛みが走る。


 たった数秒であるはずだが、数時間、炎に晒されたような感覚。


「ああ、俺は、何をやっているんだろう……?」


 絶えず絶望を照り付ける太陽を見上げて、力なく倒れた。

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