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遺物の隠し場所

「……この国(ブレッシュ)への襲撃を企む吸血鬼が居る」


 ガーディニア村の惨劇を思い起こしながらピッチャーに真剣な目を向ける。一瞬、目つきが鋭くなったかと思うと、ゆっくりとため息を吐く。

 微かな警戒の色は見せたが、驚いた様子はない。


「ここ数日、私たちを探るような視線が村の周りを囲んでいたのよ。いろいろな村から子供を迎えに来た人たちも、近くで不審者を見たと報告してくれているわ」


「高貴な吸血鬼を人間の子供なんぞの遊び相手にしているのは、警戒の一種かのぅ?」


 魔導書の中から出られないシャルハートが告げる。

 引きこもっているくせにずいぶんと目ざとい。力を失っていても伝説の吸血鬼という称号は伊達じゃない。


「いえ、アレは普段から自主的にやっていることでございます」


「マジかよ。奇特な吸血鬼も居たもんだな」


 しかし、俺は驚きつつも納得もしていた。人間の子供に限った話じゃないが、小さい子供と遊ぶというのは退屈を殺すのに都合がいい。永久を生きる吸血鬼の大敵でもある退屈感を吹き飛ばすためなら、見下している人間と同じレベルに落ちるのもいいものだろう。


「それで、ガーディニア村を襲ったのはどこのどいつなの?」


「残念だが、正体はわからない。俺たちがライの案内で村に行った時、すでに姿を消していた」


 すくなくとも、俺やシャルハートに気づかれず、ピッチャーの監視を潜り抜けるほどの吸血鬼。痕跡すらほとんど残っていなかったことを考えると、おそらくアルカナ因子を持ったヴァンパイアロードだろう。

 ここには居ない赤毛の少女の話では紫色の髪をした吸血鬼。


 そして、その目的は……


「狙いは、シャルハートの遺物。ガーディニア村にあった冠が奪われた」


 ライが見せてくれた祠。

 そこに飾られたであろろう全盛期の伝説が被っていた緋色の冠は、すでに敵の手に落ちている。だからこそ、一刻も早くこの村に残されている遺物を手に入れなくてはならない。


「ちょっと待って、ガーディニア村にシャルハート様の遺物? そんなものないわよ……」


 テーブルを挟んで正面に座る赤ドレスの男が首を傾げる。

 種を繋ぎ合わせたチョーカーが微かに歪んで、赤ん坊の腹回りほど太い首筋に生き物のように蠢く血管が浮かび上がった。


 とぼけたような表情を浮かべているが、嘘や冗談を言っているわけではないらしい。


「ガーディニア村にあるのは単なる複製品。本物の冠を元に2代目『太陽』のヴァンパイアロード様が作った贋作よ」


「いやいや、それじゃあ辻褄が合わない!! 確かにあの土地は自然豊かだった。その全てがシャルハートの遺物のおかげだとは言わないが、大きく貢献しているはずだ。そうでなくてはあり得ない……!!」


 あの土地に満ちていた魔力が紛い物?

 だとすれば、俺が感じた大地の鼓動や水の息吹、風のざわめきというのは自然現象ということになる。何の変哲もない平凡な土地で、そんな完璧な環境が整うとは思えなかった。


「贋作に力がないと思わないことね。うっかり絞め殺すわよ」


 妙に色っぽく、それでいて頬を蠱惑的に釣り上げて笑った。


「ガーディニア村に残されているのは偽物の冠。伝説の吸血鬼が背負っていた力に憧れた2代目が造り上げたでっち上げだけれど、真似ただけでも力を持ってしまった」


「すなわち、ワシの力が強大すぎるがあまり、その余波と言ったわけじゃな」


 シャルハートの調子に乗った物言いに微かに苛立つが、紛れもない事実なのだろう。彼が強すぎて、伝説を模した贋作ですら力を持ってしまう。

 信じられないことではあるが、実際に起きている出来事だ。


「さて、『愚者』の吸血鬼さん。そこから考えられることは何かしらね? 答えられなかったら絞め殺しちゃおうかしら」


「物騒で色気のない脅し文句だな。つまりは、襲撃者は偽物と本物の区別がつかない。レベルの低い吸血鬼だって話だろ? だからこそ、チグハグで浮いている」


「……そっか!! クーリアと弱ってるシャルハートはともかく、普通の状態のピッチャーさんから隠れる能力はあるのに、情報の詰めが甘くて嘘に踊らされてるのがおかしいってことだよね?」


 今まで静観していたリリシアが声をあげる。

 勘が良い方であるとは思っていたが、ここまで出来るとは思っていなかった。


「馬の操縦は観察眼と空気の流れが大事だからね!! ふふん、私も結構すごいでしょ」


「ああ、すごいすごい。ただ、そうなると、余計に敵が分らなくなったな」


 紫髪の吸血鬼ということで一番怪しんでいた『魔術師』のヴァンパイアロード、モーブ・ストレガならば、贋作を掴まされるということはないだろう。

 事前に情報を掴んで、盤面を動かすような性格の吸血鬼だ。偽物の予想ぐらいしているはず。


 途端に情報の手掛かりが薄れて、部屋の空気が重くなった。


「……とにかく、ワシの遺物を回収したい。少しでも力を取り戻すために必要なのじゃ」


「かしこまりましたシャルハート様。すぐに祠まで案内しましょう」


 余り猶予がないシャルハートが大男を急かす。彼に案内されるままに後ろをついて行くと、庭で遊んでいた子供たちが一斉に集まってきた。

 大声で騒ぎ立てる子供たちを余裕の表情で担ぎ上げ、巨木の幹のような太い腕に子供たちを座らせる。


「ピッチャー先生、遊んでくれないの~?」


「ごめんねぇ。今からお姉さんはお仕事なのよ」


 心底残念そうな顔をするピッチャー。

 彼の足にまとわりついている誰かが小さな声で「お姉さんじゃなくてお兄さんでしょ」と呟いた。それを聞き逃さなかったピッチャーは、真顔になって子供たちを見つめる。


「何か言ったかしら~? 先生、怒って絞め殺しちゃうわよ~?」


 頬のみを釣り上げているが目は全く笑っていない。あまりに恐ろしいオーラに思わず無関係な俺たちまで身震いした。


 抱えていた子供たちを他の吸血鬼に預けてその場をあとにする。


「は、はは……。子供たちに慕われてるんだな……?」


 引きつった笑みのまま尋ねると、どこか嬉しそうに微笑みながら肯定した。絞め殺すなどと物騒なことを言ってはいるが、それなりに信頼されているようだし、好かれているようでもある。

 見た目は色々とアレだが、吸血鬼の中でもまともな感性を持っているようだ。


「さて、着いたわよ。ここが、シャルハート様の心臓が納められている場所。心臓の祠よ」


「確かにワシの力を感じるのぅ。そして、封印した時と同じ状態じゃ……」


 村から少し離れた野原。

 その中心に不自然なほど綺麗に建てられている祠があった。小型犬の小屋程度の大きさで、俺の腰に届くかどうかといった高さ。特別立派な雰囲気があるわけではないが、どこか強大さが感じられる。


 一般的に想像されるような三角屋根の祠の中には、むき出しの心臓が鼓動を鳴らしながら置かれている。


「これがシャルハートの心臓? 人間と変わらないんだね……」


「吸血鬼と言っても体のつくりは人間と一緒だ。違うのは魔力の源、魔石と並列で動いてるってだけ」


 心臓の身を切り取って飾ってあるような。ともすれば、はく製のようにも見えるシャルハートの心臓。しかし、本人が封印されていて切り離されている状況でも、変わらず自分の役割を全うするように脈打っていた。


「『愚者』よ。ワシの代わりに回収してくれんか」


 シャルハートの頼みにコクリと頷く。全員に見つめられながら祠に手を伸ばすと、心臓に触れる直前で弾かれた。冬場の静電気を何千倍も強くしたような衝撃に思わずのけぞる。

 リリシアとシャルハートは驚きの声をあげるが、隣で影を作る男はため息を吐くだけだった。


「どういうことじゃ、『太陽』のハート。ワシはこやつに譲渡しろと言ったはずじゃが?」


「それは出来ません、シャルハート様。この祠から心臓を取り出すには、試練を超えなくては」


 試練――。

 その言葉に嫌な予感がした。


「いつかシャルハート様が復活、もしくは初代と同等の力を持ったヴァンパイアロードが現れた時のために、祠が課す試練を超えなくては心臓には触れられません」


「この『愚者』が全盛期のワシと同等になるとでも?」

「おいおい、それは無理だ。全盛期どころか、封印された状態でも勝てないんだぞ? 試練なんて超えられるはずがない」


 すぐに否定するが、ピッチャーは首を横に振るだけ。


「シャルハート様のご命令でもこの結界は開けません。それが制約(ルール)なのですから」


 制約(ルール)と言われてしまえばしょうがない。ピッチャーも俺たちに意地悪をしたくて結界を解かないわけではない。聞けば、この祠を守る役目は、ヴァンパイアスートがずっと続けてきたらしい。ここであっさり開けてしまっては、先代たちに合わせる顔が無くなる。


制約(ルール)の主が行っておるのじゃぞ? 今すぐ開け!!」


「待ってくれシャルハート。俺に、試練を受けさせてほしい」


 力を完全に回復できていないシャルハートが無理やり魔導書を開こうとする。弱々しく赤い光が点滅しているのを手で制すと、悲痛な顔をするピッチャーを正面から見つめた。


「制約とか約束とか、そういうのは守るべきだ。どんな事情であれ、な……」


「この愚か者!! そういう子供みたいな次元の話ではないじゃろう!!」

「そうだよ、クーリア!! いつ、どこから敵が来るか分からない。少しでも早くシャルハートの力を取り戻さないと!!」


 2人の言い分はもっともだ。

 こうしている今でも、他の村が襲われている可能性だってあり得る。そもそもここにある心臓を横から搔っ攫うチャンスを付け狙っているかもしれない。


「けど、ここでズルをしたら、いつまでも愚かなままだ。自己満足かもしれないが、試練を受けさせてほしい」


 怒ったように点滅する魔導書をリリシアに預けて、2人に頭を下げた。

 ピッチャーは肯定するわけでも、否定するわけでもなくただ俺たちを眺めていたが、すでに試練の準備を始めているようだ。


「……勝手にしろ。ワシは知らん」


「私は、吸血鬼じゃないから強く口出しは出来ない。けど、クーリアの応援はしてるから!!」


 2人に感謝を告げて、鞭を構えているピッチャーへと向きなおった。

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