『太陽』の心臓(ハート)
「控えろ、ハートのヴァンパイアスート」
「ほ、本物のシャルハート様!? そんなまさか。嘘に決まっている……!!」
傲岸不遜にたたずむ分身体を前に、ドレスの男は驚愕の表情を浮かべた。
「愚か者よ、どうしてすぐにワシを呼ばなかった? ワシならばコイツを止められるというのに」
芸術のような筋肉美を晒すシャルハートが不満げにつぶやく。
「お前を呼んだ方が、話がややこしくなると思ったんだよ」
ただでさえシャルハートの遺物を盗んだと疑われていたのだ。ここで魔導書を出してシャルハートの力を借りれば、俺が殺したと思われるかもしれない。
暴走している大男を止めるには、完膚無きまでに勝って話を聞かせるのが一番だと考えたのだ。
「愚か者が……。いらぬ心配をするでない」
見透かしたような目をするシャルハート。
アルベルデとの戦いが尾を引いているのではという愚かな邪推を窘められて肩をすくめた。
「まさか!! シャルハート様はすでに輪廻に帰っているはず。御方を語る不届き者だというのなら容赦はしない。泣き喚いて謝るまで絞め殺してやるわよ!!」
今までよりも激昂し、さらに筋肉を盛り上げる。
ハイスピードで鞭を振るうと余裕の笑みを浮かべて佇むシャルハートめがけて青い炎を纏った鞭が襲い掛かった。
「ワシを見誤るとは、『太陽』のヴァンパイアスートも堕ちたものじゃのう」
燃え盛る鞭を掴んだかと思うと、思いきり引っ張って巨漢を引き付ける。あの巨体を引きずれることに驚くと、それだけでは終わらない。次の瞬間には、赤いドレスの男が空を舞っていた。
まるで、ボールを弾くかのように軽々しく空へと飛ばす。
「ワシを思い知るがいい。完全・巨砲」
シャルハートの腕が緋色に輝くと、大爆音と共に火花が散った。さすがに空に投げ出されて躱すことができない大男に直撃させたわけではないが、男は頬から血を流していて唖然としている。
「ほ、本物のシャルハート様……!? いったいどうして!!」
「ワシは永遠を望んでいる。完全な不老不死じゃ。そのために、一時的に自分を封印しておったのじゃよ。おぬしらにはずいぶんと苦労を掛けたようじゃの」
珍しいほどの慈愛に満ちた表情を浮かべる。いつもとは違った老人の様子を冷やかすように笑っていると、シャルハートと大男の両方から睨まれた。
「グッ……!! 愚か者よ、ワシはそろそろ限界じゃ!!」
突然シャルハートの分身体が崩れたかと思うと、弱々しい緋色の光が魔導書へと引っこんだ。限界という言葉の通り、魔導書の力も消えている。『太陽』のページが開けないのだ。
「『愚者』の吸血鬼、事情を説明してくれる?」
「今のシャルハートは力の大部分を失っているんだ。血も喉を通らないような状態で、分身を作り出して動かすのがやっと。けど、ちょっと事情があってシャルハート自身が戦うことになってな」
「じゃあ、アタシが追い詰めちゃったみたいなものじゃない。ああ……アタシはなんてことを!!」
真っ赤なドレスの男は自分の胸に鞭を押し付けて仕舞う。『太陽』のアルカナ因子を持っていることを示す、ヒマワリの種を繋ぎ合わせたような柄のチョーカーに触れると膝から崩れ落ちた。
あまりにも体が大きすぎて、座っている状態でも俺の身長の半分近くある。
「改めて、俺は『愚者』の吸血鬼、クーリア・ナールだ。馬に乗っている黄髪が人間のリリシア、その後ろで抱き着いているのがガーディニア村の生き残り、ライだ」
「ガーディニア村の生き残り……!? そう、アナタだけなのね……」
ドレスの男が悲しそうな表情を浮かべる。リリシアの後ろに隠れるライへと近づくと優しい手つきで頬を撫でた。赤毛の少女を抱き上げると、一瞬顔を強張らせたライが男の胸に顔をうずめる。
小さな嗚咽を漏らす声。俺たちは聞こえないふりをした。
「勘違いしてゴメンなさいね。私はピッチャー・ソル。『太陽』のヴァンパイアスートの一人よ。すぐ近くのルイチャドゥ村の村長も兼ねているの。案内するわ」
ライを抱えたままのピッチャーが俺たちの先を進み、森の中を突き抜ける。携えた魔導書が微かに点滅を繰り返し、多少話を聞ける程度には回復したことを伝えていた。
「ライちゃんと言ったかしら。アナタはルイチャドゥ村に来たことがない?」
「ないです。お母さんと2人暮らしだったから」
奇妙な質問に、ヒマワリの種を繋ぎ合わせたような首飾りの男に意味を尋ねる。
「ルイチャドゥ村は子供たちが勉強するための施設を整えているのよ。あそこに見える大きな建物に子供を集めて、皆で勉強してるの。あとは、親が居ない子たちの家でもあるわ」
「そういうことか。村の周りに子供の痕跡が多かった理由がわかったよ」
チラリとこちらを見ると「子供たちが作った物に手を出さないでね?」と釘を刺された。おそらく子供が作ったであろう生簀の魚を捕まえようとしていたリリシアを一瞥する。バツの悪そうな顔をしてそっぽ向いてるが、動揺しているのが見て取れた。
「ああ、くれぐれも気を付けるよ」
含みを持たせた言い方をすると、リリシアが少しムッとした顔になる。
余りに間抜けな顔をしていたので思わず笑ってしまった。
森を抜けると、小さな畑や犬小屋、柵で囲われただけの厩舎がいくつかある。どれもこれも実用性を重視しているわけではないようで、教育の一環なのかもしれない。
中央に1軒だけ建っている小屋からは煙突の煙が吹き上がっている。ここが学校兼孤児院らしい。
すぐ近くには、遊具もそろっていた。
さすがに深夜ということもあって子供たちは遊んでいなかったが、どの遊具も使い古されて何度も修理した跡が残っている。
「今日は遅いから、明日改めて村を案内させて頂戴。ハウスの空き部屋をいくつか貸してあげるから、そこに泊まっていくといいわ」
「ありがとう。助かるよ」
先ほどまで絞め殺すなどと言って俺に鞭を向けてきた者とは思えないほどに穏やかな声だった。部屋まで案内されると、そのままどこかへと行ってしまう。
翌日、子供たちの騒がしい声で目を覚ます。
隣のベットを見てみれば、同じように起こされたらしいリリシアと、すでに起きていてウズウズしているライの姿があった。
「ライ、少し出かけてきてもいいぞ」
「い、いいの? 私の事、置いて行かない……?」
「大丈夫よ。クーリアは冷たい感じするけど、置いてったりしないから」
余計な一言を付け加えるリリシアを小突くと、赤毛の少女は安堵したように笑ってから部屋を出て行った。騒がしい声に混ざって足音が聞こえなくなる。
「リリシア、ピッチャーに会いに行くぞ」
「……それはいいけど、どうして?」
「ワシの遺物を持っておるからじゃろ? もしくは隠し場所を知っておるから」
魔導書に引きこもっているシャルハートの言う通りだ。
ガーディニア村では感じなかった奇妙な感覚。背筋がゾワゾワするような、全身を薄く焼かれるような独特の感覚が、ルイチャドゥ村に入ってから感じていたのだ。
そして、ピッチャーの口ぶりから察するに、シャルハートの遺物のうちの一つを所有しているはず。
部屋を出ると、何人かの吸血鬼が子供たちに勉強を教えたり、一緒になって遊んだりしていた。全員に共通して、ヒマワリの種を繋ぎ合わせたようなチョーカーを着けている。
そのうちの一人にピッチャーの居場所を尋ねると、自室にいるらしかった。
「ピッチャー、失礼するぞ」
「あら、クーリアちゃん、ずいぶんと早起きなのね?」
部屋に入るとすでにメイクを済ませている男の姿があった。昨日と同じような真っ赤なドレスを着ており、おぞましいウィンクを飛ばしてくる。早起きはお互い様のようだが、あえて口にはしない。
「さてと、じゃあ、いろいろお話聞かせてもらおうかしら……」
飢えた虎のように目を細める。
ベッドの横に備え付けられた丸テーブルに紅茶を用意すると、俺とリリシアに着席するように言う。特に長話をするつもりはなかったが、ピッチャーはそうでは無いらしい。
「……この国への襲撃を企む吸血鬼が居る」




