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赤青の鞭

 もうすぐ夜が始まるというのに、派手な青い火柱を立たせる鞭が黄昏を飛び回った。


 辺りに打ち付けられるたび、一瞬だけ赤い火の粉をまき散らして河原の石を砕いている。


「何のつもりだ……?」


「何のつもり? それはこっちのセリフよ。アンタは絞め殺してあげる!!」


 森を震わせながら現れたのは2mを超える大男。精悍で筋肉質な体つき、真っ赤に燃え盛った鞭を携えた巨漢は、深く息を吐きながら木々の隙間からやってきた。

 夕焼けでも目立つ真っ赤なVネックの服からは、あふれんばかりの胸筋がはみ出している。


 ヒラヒラのスカートを履いていて、丸太のように太い脚を晒していた。


「アタシの村に何か用かしら? 返答次第では絞め殺すわよ」


 色気を無理やりねじ込んだようなセリフだが、その声音は響くような重低音であり、どうみてもまともな話し合いが通じるとは思えない相手だ。

 左手の鞭を河原の石を砕きながら振り回しているが、背後で密集する木々に絡まることは無い。


「オイオイ。ルイチャドゥ村にはバケモノ用心棒が居るのか」


「絞め殺すぞ、青二才!! 純情乙女を指して何がバケモノよ!!」


 鈍い怒号と共に、鞭を振り回す。蒼白に輝く炎を纏った鞭は、いともたやすく俺の体を吹き飛ばした。バシャバシャと川の中を転がっていくと、さらに追撃が浴びせられる。


「痛いし熱いな……。あんまり喰らってられねぇぞ」


 数日たっても嫉妬の気だるさが抜けていない。

 なんとかリリシア達とは距離を取れたが、大男の矛先がいつ変わるともわからぬ状況では、安心できない。


「ガーディニア村を襲ったのはアンタね?」


 鞭をしならせる大男が尋ねてくる。やけに情報が早いが、何か勘違いをしているらしい。


「俺は、襲った側じゃな……」


「言い訳なんて聞かないわ。どうしても喋りたかったら、アタシに絞め殺されてから輪廻の輪の中で懺悔しなさい!!」


 筋骨隆々のスタイルとは想像できない程に細かく腕を振るう。精細な鞭捌きは少しずつ俺の体に傷と焼け焦げを残していく。たまらず森の中へと駆け出して行った。


 鞭という武器は剣と違って、威力は低いし取り回しも悪い。

 森の近くで勝負を仕掛けたことが奴の敗因だろう。


「勝利の象徴よ。愚者に前進(ブースト)を与えろ」


 一瞬のチャージ。

 脚に万力を込めて、爆発させる。


 激しい水飛沫(みずしぶき)をまき散らして、一目散に森の中へと身をひそめた。


「逃がさないわよ!!」


 真っ赤なドレスの大男が野太く叫ぶと、鞭が纏う炎の色が変わった。


「緋色の鞭!?」


 紅蓮の炎を纏った鞭が俺の隠れる木へと襲い掛かった。

 躱しきれず身構えていると、予想していた痛みが襲い掛かることはない。


 ただ、俺が背を付けていた幹に鞭が絡みついており、ギチギチと異音を鳴らしている。大男が幹よりも太いのではという両腕で鞭を掴むと、思いきり引っ張った。

 地面から響く、繊維の千切れる音。


 樹木の悲鳴。


 俺が縋った陳腐な盾は、根元から引きはがされており、男が操るままに空を舞っている。逆さまになって川の中へと突っ込んだかと思うと、丸裸の俺に蒼炎の鞭が切迫する。


「おいおい、冗談だろ……!?」


 驚愕のあまり途端に背を向けて逃げ出したが、足に絡みついて離さない。


 鞭が触れている箇所が、太陽で焼かれているかのように痛む。


「優しく絞め殺してあげるわ」


 押し付けるような色気と共に、俺の足に鞭が食い込んでいく。力を込めて抵抗していたが、血管が破裂したのか、徐々に生暖かい液体が噴き出し始めた。

 やがて締め付けは限界を迎えて、軽い音と共に柘榴(ザクロ)のようにはじけた。


「っつぅぅ……クソッタレ!! あ"ぁ!!」


 声にならない絶叫と喉を殺すようにがなり立てる。吸血鬼の特性上、すぐに再生が始まったが、じくじくとした痛みは残ったままだ。


「ガーディニア村から来てる子たちのお迎えが来ないから様子を見てみれば、村は焼けて人間たちは惨殺されている。そして、村から逃げるように出て行ったアンタの姿を見たわ」


「だからそれは……」


「お黙りなさい!!」


 どうやら見られていたらしい。俺もシャルハートも気が抜けていて気付かなかった。

 必死に弁解しようにも、背中を鞭で打たれてびくりと体を震わせた。


「それだけじゃないわ。アンタからはシャルハート様の気配がする。どこかの村の遺物を盗んだんでしょう。他にどこを襲ったの? ウォーリン村? ヒーワー村? 吐きなさい!!」


 青い炎を纏った鞭が俺の腕を掴んだ。視界が歪んで、翼を広げていないのに空を飛ぶ。

 一泊遅れて投げ飛ばされたのだと気づくと、急に腹の底から怒りが湧いてきた。


「ダメだ。まだ温い……」


 この程度の怒りではまだ足りない。

 狂犬のように吠えると、空中で魔導書を広げた。


 開くのは緑銀色の中扉が挟まれたページ。嫉妬と悔しさと不甲斐なさを、右腕に蓄積させてエネルギーを膨れ上がらせた。


「勝利の象徴よ。愚者に火車(アポロン)を与えろ!!」


 地面めがけて目一杯の力をぶつけた。

 エネルギーが離れていくのを感じると同時に弾け飛んだ右腕が軽くなった。


「ざまぁみろ……!!」


 爆発で一瞬浮き上がったが、すぐに地面へと叩きつけられる。河原の石が砕けて煙が上がったが、徐々に薄まっていき、無傷で立っている大男のシルエットがあるだけだった。


 真っ赤な炎を纏った鞭が大木を掴んでいる。

 俺の爆発を受け止めたせいか、樹木が抉れているが、その奥にたたずむフリルスカートの男には届いていないようだった。


「クーリア、まだ生きてるよ!!」


「分かってる!! ライを連れて離れてろ……」


 大きな音に怯える馬を落ち着かせながらライを抱いているリリシアを庇う。俺が足止めをすれば、2人は馬に乗って逃げられるかもしれない。


「ああ、そういうことなのね。人間性愛の変態吸血鬼さん。人攫いの真似事は楽しいかしら?」


「だから、誤解だって。何か勘違いしてないか!?」


 いつまでも勘違いを続ける大男は、何度か鞭を地面に叩きつけると、先ほどよりも素早く横薙ぎに振るう。炎の形が歪んで色が判別できない程に早い。


(鞭が通り抜けた!?)


 とっさに防御したつもりだったが、俺をすり抜けていく。

 奇妙な間が空くと、反対の方向から岩石が衝突する。体勢を崩すと彼がもう一度大きく腕を振るった。


 その動作に呼応するように青い炎の鞭は俺を捕縛する。


「絞め殺しなんかじゃ許さないわ。直接アンタをぶっ殺してあげる!!」


 俺の体をキツく締め付けた鞭が引かれて2人の距離が縮まる。

 胸元を露出させる大男の太い腕が俺の首へと直撃し、一瞬息が止まった。


 殆ど呼吸を必要としない吸血鬼だって、一瞬喉を絞められれば苦しくもなる。


「ゲホッゲホッ……!!」


 空気が漏れ出るような醜い呼吸音。

 鞭で両腕を捉えられたまま心臓の当たりを踏みつけられる。少しずつ体重を掛けられて行き、肋骨が数本折れたあたりで怒りが最高潮へと達した。


 けれど、『愚者の憤怒』を発動させる条件が満たされていない。

 必要とされるのは明確な感情と、その対象の名前。


 今の俺は、燃え盛るような感情を抱えたまま、それをぶつける相手を見つけられないでいる状態だ。


「アンタはどこから来たの? 何が目的? シャルハート様の遺物で何をするつもりなの?」


 野太い声での拷問。

 だんだんと締め付けが苦しくなってきて、意識が飛んでしまいそうだ。


「俺に敵意はない……。ゲホッ……。敵は、他にいる……!!」


「この期に及んで嘘を吐く余裕があるとはね。アタシが優しいように見えても、アンタを殺すぐらいは出来るのよ!!」


 バキバキッ!!という骨が折れる音。

 内臓に刺さったのか、体の芯から温まっていき、全身の感覚が一瞬で途切れた。


 傍らに落ちた魔導書に必死に足を伸ばす。少しでも俺の体と触れていれば、箇所に関わらずページは開くのだ。


「……祝福よ。俺に力を貸せ!!」


「やっと、ワシを呼んだか。この愚か者が……!!」


 魔導書が足のつま先に触れると、すっかり日が暮れた河原が緋色に輝き始めた。

 強烈な旋風を巻き起こして勢いよくページが捲れると、俺の影の隙間から()()が飛び出す。


「ワシこそが、初代にして伝説にして『太陽』のヴァンパイアロード、シャルハート・ソル様じゃ」


 俺を踏みつけにする大男が、生物の限界まで鍛え上げたというならば、伝説を謳う吸血鬼の筋肉は、美を追い求めた究極の領域というのだろう。


 緋色のマントをはためかせ、青い腰布一枚で現れる。


「控えろ、ハートのヴァンパイアスート」


「ほ、本物のシャルハート様!? そんなまさか。嘘に決まっている……!!」


 傲岸不遜にたたずむ分身体を前に、ドレスの男は驚愕の表情を浮かべた。

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