情報提供先リスト
「クーリア。私を、必ず助けてね」
少女の覚悟に対して、無言の頷きで返す。答えに満足したのか、柔らかな笑みを浮かべると、リリシアの包丁を俺に渡して馬車へと戻っていった。もう一度寝るつもりなのだろう。
翌日、ライの案内に従って馬車を走らせる。ヴィクトレースの兵士からもらった地図はブレッシュの一部分までしか描かれておらず、ここから先は地図には頼れない。
街道はあるのだが、雑草が生い茂っていて、案内が無くてはまともに進めないだろう。
「ライ、お前の事情についてだが、リリシアには話すなよ」
「分かってる。わざわざ言いふらすようなことでもないしね」
残念だが別の理由だ。俺が気遣っているのはライではなくリリシアの方。
共に吸血鬼のせいで故郷を失ったという境遇ながら、進んだ道は全くの逆である。そうなると互いに悪影響を及ぼすことが考えられるし、なにより過去の痛みを払拭しようとしているリリシアからすれば、ライの復讐心は甘い猛毒になりかねない。
「俺はお前の復讐を止める気はないし応援はしている。けれど、リリシアがそれを考えるのなら、止めるつもりだ。だから、くれぐれも発言には気を付けろよ」
「なにそれ。リリシアお姉ちゃんを特別扱いしてるの?」
ライが口に手を当ててからかうように笑う。
余りにバカバカしいので肩をすくめて返すと、生暖かい目を向けてきた。イラっとしたので、それ以上何も言うことは無く、影の中から紙束を取り出す。
「ねぇ、ライちゃん。次はどっちかしら?」
「そこは右じゃ。長年ブレッシュを治めてきたワシが言うんじゃから間違いない」
「えと、右の道は水路で行き止まりになってるよ? 左から回り込まないと……」
シャルハートを蚊を叩きつぶすように魔導書に挟み込むと、勢いよく影の中へと放り込んだ。これ以上あやふやなことを言ってリリシアが事故を起こすなんてことがあったら大変だ。
ライには負担をかけてしまうが、シャルハートは使い物にならない。
何度か方向を指示していると、一本道を見つけたのかリリシアの返事が聞こえなくなった。ほどなくしてライが荷台の方へと戻ってくる。
「しばらく道なりだから、私の指示も要らないでしょ?」
「そうだな。ご苦労様」
手に持っていた紙束――ヘンドラーから買った俺の情報を買った客のリスト――から目を離すことなく、ライを労った。俺の様子が気に食わなかったのか、わざわざリリシアの荷物を動かして向かい側へと座った。
「なんだ?」
「べっつに~。ただ、なにを読んでるのかなぁって気になっただけ」
子供のよう(子供だが)に頬を膨らませて赤毛を揺らす。相手をするのが面倒だと思って、無視しようとしたが、道案内も終わった彼女は手持無沙汰で暇なのだろう。敵の名前が書き連ねてあるリストを真剣に読むのも馬鹿らしいので、ライの相手をしてやることにした。
「俺たちはいろいろと敵が多くてね。胡散臭いクソ守銭奴の知り合いが俺たちのことをベラベラと話したものだから、警戒しなきゃいけなくなったんだよ」
「……それって、クーリアたちの情報を買った奴のリストってこと?」
子供のくせに察しが良い。
首肯を返すと、リストをじっと見つめて「邪魔してゴメンね」と小さく呟いた。俺と目を合わせようとせずに落ち込んだような表情を浮かべるライは、料理の邪魔をして叱ったときのブランと同じ顔をしている。
(どうにも、子供に甘いんだよな……)
「気にするな。まだライは子供だからな。馬車の荷台は窮屈なんだろ?」
まるでブランにするようにライの赤毛を撫でる。一瞬顔を強張らせるが、俺の手を受け入れたかと思うと、徐々に顔つきは明るくなっていく。
「ところでさ、クーリアは商人が嫌いなの?」
ニコニコしながら首を傾げる。まるで好きな色でも聞いてるような口調だが、質問の内容は子供がするようなものとは思えなかった。そして、なかなか痛いところを突いてくる……。
「まぁ、好きにはなれないな」
偏見と言われればそれまでだが、商人という連中はどいつもこいつも自分の利益が優先で金のためなら他人に迷惑を掛けてもいいと思っている奴らばかりだ。1800年生きてきたが、どれだけ清廉潔白を気取った商人もどこかで金におぼれてほころびが生まれてしまうもの。
確かに欲や誘惑に弱い人間ならば、そうなってしまうのも納得なのだが、俺の知る限りでは商人どもは特にその傾向が強く、人を騙すことはもちろん金のために人殺しだってやってのけるのだ。ましてや、金に焦がれて自分を過信し、吸血鬼まで襲おうとするのだから救えない。
ヘンドラーの場合、隠そうとしない分、まだマシだが、俺たちを使って稼げるだけ稼いでやろうという魂胆が見えているので仲良くなりたいとは思えない。
まぁ、もちろん、子供に聞かせるような話ではないので、ライには適当にはぐらかしたが。
「結局、そういう不条理な連中が世の中を回してるんだ。クソだと思わないか?」
「アハハ。そうかもね……。なら、その商人を利用しようと企む人間は、最悪とでも呼べばいい?」
「そりゃ、いいアイデアだ。だったら、俺もリリシアも『最悪』になるのかもな」
どこか自虐的な少女の言葉に腹を抱えて笑いながら返す。
リストを眺めていると、その先頭に大きな赤文字で『世界』のヴァンパイアロード、マーディ・ヴェルトの名前が書かれている。その脇には『要警戒』『危険』というありがたい忠告。
そんな奴に情報を売るなよとも思ったが、全てを売買することを掲げているヘンドラーからすれば、金が払えればどんな危険人物も客なのだろう。
「『塔』のヴァンパイアロード、アーシェ・トゥルム……」
中性的で神秘的だったマーディよりも、頭のネジが外れていそうな顔つきだったアーシェの方が危険に見えるが、ブランの強奪はマーディが主犯で会ったことを考えると間違いではないのか。
さらにその下には、おそらく2人の配下と思われる名前が連なっている。ちらほら、野良と思しき吸血鬼の名前も乗せられており、こうも追いかけ回されていると賞金首の気分だ。いや、今のは笑えない冗談だったか。
「……!! モーブ・ストレガ!? 俺を調べてるのか……?」
特筆すべきでないと判断されたのか、野良の吸血鬼に混ざって『魔術師』の名前がリストにはあった。ヘンドラーから見れば、大したことではないと思ったのだろうが、ライのことを考えると、どうにも怪しく見える名前だ。
「クーリア、その吸血鬼がどうかしたの? 教えて!!」
真剣な表情でライが詰め寄ってくる。適当にはぐらかそうと思っても逃がしてくれなそうだ。
「俺の情報を買った客の中に、昨日話した吸血鬼の名前があった。だが、それだけだ」
「それだけでも十分でしょ。わざわざクーリアの動向を調べてるってことは、敵ってことじゃん!! ましてや、リリシアお姉ちゃんの故郷を壊したんでしょ!? だったら……!!」
いや、このリストから読み取れることは、本当にそれだけなのだ。
俺の情報を買ったやつが何を考えて買ったかなんてわからない。たとえば、純粋に俺の動向を知りたかったとか、俺が死んでいないかを確認したかったとか、そういう好意的な見方もできる。
たとえば、俺ではなく、シャルハートが死んでいないかを確認する為だったり……。
「ライの言いたいことは分かる、けど、これだけでは動けない。悪いが、もう少し我慢してくれ」
どっちにしろ、シャルハートの遺物を集めていれば、確実に衝突することになるのだ。わざわざミラクローアまで戻る理由にはならない。
それに、このリストには吸血鬼の名前だけが載っているわけではない。吸血鬼に雇われた人間か、はたまた賞金に釣られた阿呆か、それとも、第3の思惑がある者か。
リストに紛れた面白い名前をなぞって、紙束を影に沈める。
「はぁーあ。商人の中でもドラマティック・エデンの連中は選りすぐりのロクデナシだな」
心底面倒なことになったことを嘆いて、ヘンドラーが所属する組合とやらを口汚く罵ってしまう。視界の端で、びくりと肩を震わせて俺の影へと目を落とすライの姿があった。




