少女の仄暗い覚悟
時はほんの少しだけ遡り、夕食の準備中――。
水田近くの河原で火を起こして、すぐ隣で大きめのまな板を用意する。リリシアは可愛らしいデザインの愛用包丁を片手に、俺の影の中で冷蔵しておいた生鮭を捌き始めた。
ぎょろりとした目玉が闇夜に輝いており、ライは小さく悲鳴を漏らす。
手伝おうと思って馬車から降りてきたようだが、子供が調理に参加するのは危ないだろう。ましてや、料理センスがぶっ飛んでいるリリシアを監視しながらというのは難しい。馬車に引っこんでいるようにと告げるが、どうしても手伝わせてほしいと言って聞かない。
「はぁ、怪我はするなよ」
「ありがとうクーリア!! 優しいね」
人間相手に優しさを見せるほど愚かではない。ただライを説得するのが面倒になっただけだ。
「ねぇ、クーリア。鮭って3等分でいいの?」
「そのぐらいでいいんじゃないか。おお、手際良いな。ありがとう」
ミラクローアに囚われていた時は『海の岬亭』という料理店で働いていたこともあって、魚を捌くのは上手いようだ。いや、料理の技術だけで言えば俺よりも優れているのだろう。
ただ、いろいろなセンスが絶望的なだけで……。
「ライ、じゃがいもの皮むき頼めるか?」
「やったことないから分かんない……」
ガーディニア村は大きな農村で川から離れたところには、じゃがいも畑もあったはずだ。料理を手伝いたがるわりに皮むきもやったことがないとは珍しい。過保護に育てられたのだろうかと推察すると、俺とブランの関係によく似ていることに気づいた。
あの娘を甘やかしすぎて、料理もまともにできないかもしれない。
「よーし、ライ。俺が丁寧に教えてやるから、よく見ておくんだぞ?」
「急に乗り気になった理由が安易に想像つくんだけど……」
リリシアから冷たい目で見られながらも、ライと一緒にじゃがいもの皮むきや、玉ねぎをスライスする。あとは温めた鍋にバターを溶かして野菜と小麦粉を入れる。
牛乳を注いで、しばらく火を通しリリシアが切った鮭も追加してしばらくは様子見。
全体的に火が通った頃合いで、塩コショウを振って味を調整する。本当はキノコ類を入れようと思ったのだが、使えそうなものがなかったのだ。
「あ、ねぇねぇ、今思いついたんだけど、ブロッコリー入れようよ!!」
「あのな、料理は思い付きでやると失敗するんだよ」
そうは言いつつも、ブロッコリーというアイデアは賛成だ。今までとは打って変わって有能さを発揮するリリシアに感心していると、俺の影の中に手を突っ込んでブロッコリーを取り出した。
正確には、ブロッコリーの茎を。
何のためらいも無く茎を鍋の中に入れようとしているので慌てて止める。棒状のまま鍋に入れたって、絶対に火が通りきらないのは目に見えているし、スライスしたとしてもいまさら遅すぎて硬いまま食べることになるだろう。
「ブロッコリーは却下。それ、食ってもおいしくないから捨てろって言ったはずだろ」
「いやぁ、もったいなくて。吸血鬼なら食べれるでしょ?」
「だから、味覚は人間とほとんど変わらないっての!!」
飄々とした態度でブロッコリーの茎を俺の口元に近づけてくる。しばらく日が経ったせいで独特の臭さが鼻を刺激した。思わず、リリシアごと突き飛ばしてしまう。
「えー。何とかすれば食べられるんじゃないかなぁ。あ、こっち入れるのはどう?」
ブロッコリーの茎――いやもうごみと呼ばせてもらおう
生ごみを懲りずに俺の影に入れようとする。必死に拒絶したが、影の中に引きこもっていたシャルハートが面白がって引き込んでしまった。あとで必ず殴りたいと思う。
「なぁ、指さしている先には、魚の内臓と骨しかないぞ?」
「あってるよ。頭の部分とか入れてみたらどうかな」
どうして可食部ではないところばかり勧めてくるのだろう。
行き過ぎたエコの精神は人間のエゴなのかもしれない。
我ながら上手いことを言ったものだと感心する。結局、魚の頭を入れるか入れないかでしばらく揉めていた。こんなくだらないことで人間と喧嘩するのはずいぶんと久しぶりだ。
「尾頭付きって料理もあるじゃん!!」
「アレは食べることを前提に考えてないだろ。あくまで飾りだ!!」
アホを煮詰めたような不毛な言い合いを続けていると、微かにライは笑みを浮かべる。そのまま堪えきれなくなったように噴き出すと、出会ってから初めて楽しそうな表情になった。抜けたような色の赤毛がフワフワと揺れて、腹を抱えて足をバタつかせる。
そこまで笑われると思っていなかったが、ライの笑顔を起点に、俺とリリシアのバカみたいな言い合いは止まった。とりあえず、ライの要望で魚の頭は入れないことになった。
リリシアはもったいないと憤っていたが常人が増えて何よりである。
「リリシアお姉ちゃんとクーリアっていつもこんな感じなの?」
「俺が呼び捨てなのが気に食わないが、だいたいこんな感じだ」
「さすがに、いつも言い合いをしてるわけじゃないけどね」
言われてみれば、お互い本気じゃないとはいえ、リリシアとああも激しく言い合いをしたのは始めてだ。真っ暗な宵闇に畑と川の間でふざけた言い合いをしていると考えると馬鹿らしくて笑えて来た。
いや、ちょっと離れたところに村人を埋葬していて、笑ってる場合ではないが。
なんだかんだで揉めたが、そこまで手の込んだ料理ではない。(リリシアが余計な提案をしなければ、もっと早く終わった)それなりに腹が空いてるし、冷めないうちに食べよう。
ナイーブな人間2人は最初こそ躊躇ったが、疲労と眠気、なにより空腹に負けて食事を始めた。まだ12歳のライは夕食を食べてすぐに眠気に誘われて船を漕ぎ始めてしまう。
「リリシア、片付けは俺がやっておくから、ライを寝かしつけてくれ。そのまま休んでいいぞ」
「ありがとうクーリア。おやすみ」
いつ、シャルハートの遺物を集める吸血鬼が襲って来てもおかしくない。警戒の意味を込めて今日は徹夜した方が良いだろう。
ブレッシュも昼夜の気温差はないようだが、さすがに深夜ともなれば若干冷える。氷漬けにされても生きているであろう吸血鬼が暖をとるとは奇妙な話だが、河原近くの焚火で夜を明かした。
早朝。
陽の光を嫌う吸血鬼には一番苦手な時間だ。『太陽』の恩恵(端くれだが)を受けているとはいえ、肉体的ダメージだけが防御されている状態。精神的には眠気を感じるし、嫌な時間だ。
昇る朝日を忌々しげに眺めていると、馬車の裏手から物音が鳴る。
「ライ、どこに行くつもりだ? トイレに行くにしては、足取りが確かすぎるし、格好もちゃんとしすぎているような気がするが?」
「なんだ。気づくんだ」
あまり吸血鬼の感覚を舐めない方が良い。人間とふざけた言い合いをしていても、最強の生物であることに変わりはない。人間の足音なんて簡単に聞き取れる。
ましてや、焼けこげた畑を踏まないように注意しながら歩く音なんて、見つけてくれと言っているようなものだ。
「ごめんね。止めないで!!」
「目的は、村を滅ぼした吸血鬼を探すことか……。復讐なんてのも考えてそうだな」
彼女が携えているのは、昨夜リリシアが使っていたメルヘンなデザインの包丁。
彼女の愛用品であり思い出深い品ということもあって、俺の影の中に入れていない物の一つだ。言う間でもないが、包丁1本で吸血鬼を殺せるわけもない。
「当てはあるのか?」
「とりあえず、クーリアたちが話してた『モーブ・ストレガ』に会ってみるよ。だから、私はミラクローアまでいかなきゃいけないの」
つまりは行き当たりばったりということか。
「これは独り言だ。お前の復讐を止める気なんてない、倫理観の壊れた愚かな吸血鬼の戯言だと思ってくれていい」
突然の一人語りに戸惑いの表情を浮かべる。リリシアの包丁から手を放そうとはしないが、無視して歩きださないところを見ると、少しは聞く気があるようだ。
「敵の目的は伝説の吸血鬼の遺物。知っての通り、数十万年前の王冠でも村に豊穣の奇跡を引き起こすほどのものだ。俺たちもそれが欲しくてブレッシュに来た」
ここまでは昨日も語った通り。
「ここまで来たはいいが、他の村への道を知らない。誰か案内役が居れば、必ずライの復讐相手にはたどり着くだろうな。そのとき、包丁1本しか持っていないお前と、同じ吸血鬼の土俵に立つ俺」
――はたして、有望な未来はどちらだろうか?
俺の無言の問いかけに、赤毛の少女は固唾をのむ。
ライに道案内をさせるというのは、思い付きの言い訳ではない。ヴィクトレースとブレッシュを繋ぐ街道は途中で途切れていたし、ガーディニア村は畑や水田が広がっていて同じ景色が続く。それでも迷わず最短時間で村にたどり着けたのは、少女のおかげだ。彼女の空間把握能力には目を見張るものがある。
「クーリア。本当に手伝ってくれるの?」
「ああ。たとえクズな吸血鬼でも自分の言動には責任を持つ。俺はお前の復讐に協力するし、ガーディニア村を襲った吸血鬼には、それなりの罰を受けさせる」
種族、性別、年齢に限らず俺は不条理を許さない。たとえどんな理由があったとしても無関係の人間たちを傷つけるなんてことは許されないのだ。
「クーリア。私を、必ず助けてね」




